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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第三十一話 少年期⑭



「おぉ、管理局の本局ってこんなに広かったのか」
『そうですね。管制施設やトレーニング用の施設などといった多様な設備。それだけでなく、局員とその家族、さらに一般人も住める居住区もあります。あとショッピングとかもできるそうですよ』
「つまり本局自体がミニタウンになっているのか」

 俺は感心しながら、辺りをきょろきょろと見渡す。本局に入るには何か手続きとかがいるんだろうか、と思っていたが普通に入ることができた。さすがに仕事場は止められるだろうけど、一般人のために解放されている区間が結構あるのだ。おかげでスムーズに目的地に向かうことができる。

 俺は副官さんから送ってもらった地図をディスプレイに映しながら歩いていく。目的地は本局でも奥の方にあり、ここは人の出入りが制限されているそうだ。一応話は通してくれているらしいので、司書さんにパスを見せれば大丈夫だと聞いたけどね。

 それにしても、仕事場があり、住む場所やお店、さらに公共施設や託児所のようなものまで設置されている。正直一個の町だと言われても違和感がない。あと本局の人はもちろん、地上本部勤めの人もここに多く住んでいるらしい。ちらほら制服を着た人とすれ違う。

 誰でも入れることに不用心だなぁ、と最初は思ったけど、こんなにも局員の人がいたら下手なことはできないよな。誰もわざわざ警察の真ん前で違反や犯罪を起こそうとは思わない。どんな走り屋でも交番の前では減速するような感じだろう。

「一般の人も結構いるんだな。お、子ども連れもいる」
『管理局のお膝元ですからね。安全面もバッチリでしょう。あとは魔導師ランクの試験や、資格類の発行手続きに来られる方もいるそうですよ』

 他にも裁判所としての役割もあるからそれ関係の相談窓口や、デートスポットとして有名な展望台もあるらしい。ちなみにこれらの情報はネットで簡単に調べられる。管理局って厳格なイメージがあったけど、市民との距離が意外に近いのだ。

 町を歩いていると、管理局員さんと会話を楽しむ姿を何回も見かける。みんな対応は丁寧だけど、突き放した感じがなくて、こう……親しみやすい雰囲気って感じだ。


「総司令官さんから教えてもらっていたけど、なんか納得したな」

 管理局は傲慢になってはならない。おじいちゃんから地上本部での説明を聞いていた時に話してくれた言葉だ。多くの世界から支持され、そして支えられている、世界を守る巨大な組織。管理局は間違いなくこの次元世界一の抑止力なのだ。

 聖王教会や他にも多くの名のある組織があるが、それでも管理局の存在を覆すことは難しい。多くの人に憧れを、畏怖を抱かれる立場にあるのだ。でもそれに奢ってしまいかねない危うさを持った立場でもある。

 だから『目』を用意したのだ。管理局のお膝元を解放することで、市民は局員を直接見ることができる。ただ守られる遠い存在ではなく、自分たちを守ってくれる身近な存在として。局員達も自分たちが守っている存在を、そして支えられていることを再認識できる。

 民と組織との間にできた『信頼』。管理局ができてから40年。多数の世界に認められるように年月をかけて少しずつ築き上げてきたものなのだろう。この他にも、俺の想像のつかないようなたくさんの努力をしているんだと思う。最後に総司令官が言った言葉がそれを裏付けていた。

『管理局員として必要なものは、不屈の心だ。管理局に来た願いなど人それぞれだろうが、折れない芯ほど強いもんはねぇと儂は思っとる。そのひた向きさがなけりゃ、ここではやっていけないじゃろう』

 そう言って、おじいちゃんは愁いを帯びた表情で笑った。

『そう、負けてはならんのじゃよ……過労に』


「俺、管理局を過小評価していたみたい。管理局退職率1位が過労によるものって何さ。管理局の定年退職率の低さが途中でぶっ倒れる人が続出するからって生々しすぎるだろ」

 次元世界の人たちって変に真面目すぎるよな。おかげで管理局に30年は務められればどんな職でもある程度やっていけると太鼓判が押されているらしい。どんなけ激務なの。どんなけ神経使ってるの。



「お、この建物の中にあるのか」
『さすがにここは警備が敷かれていますね』

 白で統一された建物の奥。俺とコーラルはようやく目的地である『無限書庫』の前に来た。自分よりも数倍以上も高さがある自動ドア。その前にいる警備の人と目があったので、もらった閲覧許可のパスを空中に映し出す。

 目を見開かれたが、たぶん俺みたいな子どもが来たことに驚いたんだろうな。それにしても、随分寂れたというか寂しい場所だ。パスの確認後通してもらった先は、どうやら無限書庫の入口に続くフロアらしい。だけど人気がほとんどなく、居ても隅にある机で本を読んでいる人や、グループで何か話し合っている人たち。カウンターに司書さんらしき人がいるだけだ。

 むしろ人よりも目を引いたのは本の山だ。無造作に並べられた本がいくつも置かれている。何やら話し合いをしているグループの周りには塔のように本が積み重なっている。図書館のように整理された空間とはお世辞にも言えない。どちらかというと、個人営業の古書店のような乱雑ながらも整理されているという感じだろうか。

「無限書庫ってこんなんだっけ……」

 俺が原作で覚えている無限書庫は、ユーノさんが闇の書について調べものをしていた場面のみ。第3期のStrikerSではユーノさんは司書長になっていて、確か無限書庫は身近な感じで描写されていたと思う。少なくともこんな黒魔術研究してそうな雰囲気の場所だったとは思えない。

 ……そういえば、ユーノさんが無限書庫を整理したおかげで今までよりもスムーズに調べものができるようになったって設定があった気がする。それまでは1つの情報を探すのに、グループになって捜索していた。つまり現在の無限書庫は、未整理で何がどこにあるのかもわけわからんな状態であるということか。

 とんでもないな、本当に。ユーノさんこの空間を整理したのか。ハイスペックすぎるだろ、フェレット司書長。

「ユーノさんが有能すぎる。あ、今うまかったんじゃね」
『ますたー行かないのですか』
「ごめん。現実逃避はここまでにして行きますか」

 司書さんに再びパスを見せて、俺たちは設置されていたゲートに向かう。司書さんの説明から、このゲートは無限書庫への転送ポートらしい。自分の転移以外でとぶのは初めてなのでちょっと緊張する。司書さんから簡単な注意を聞いて、俺たちはついに目的地へと足を踏み入れた。

 そして―――



「ぎゃぁああぁぁ、頭に血がのぼるゥーー!!」
『ちょッ、ますたー! 無重力なのわかっていたでしょう!?』
「いきなり空中に放り出されるとは思ってなかったわ! あ、ぐほぉッ!!」
『バランス! バランス取ってください! こう空を飛んでいる感じで』
「飛行魔法なんか覚えてるわけねぇだろ! ちくしょう、いつもふよふよ浮いているからって余裕かましやがっ…………ッうっぷ」
『駄目ですよーー!! ここ公共施設で、しかも本がいっぱいあるのですよ! 我慢して飲み込んで!』

 超無茶ぶりです。

「む、無理そう…。こうなったらコーラル」
『え、なんですか』
「とりあえず一回出して、すぐにデバイスの格納スペースの中に入れれば」
『絶対嫌ですよ!! 本気でデバイスをなんだと思っていますか!?』

 色々やばかったので転移で帰りました。



******



「俺、あの時はレアスキルがあって本当によかったって心から思ったよ」
『本当です』

 あの痛ましい事件から数日。とりあえず対策を講じる必要があると作戦会議を行った。コーラルが言うには無重力は飛び慣れることが一番の近道らしい。飛行魔術を習得している人なら、すぐにでもバランスを保てるようだ。

 飛行魔法は魔法の難易度で言うと、初級の最後ぐらいの魔法だ。習得だけならそれほど難しくないが、使いこなすとなると適正が必要らしい。俺って空を飛べるんだろうか、と母さんにさりげなく聞いてみたところ、わりとあっさり答えは出てきたけれど。

「きっと飛べるわよ。あなたぐらいの魔力量があれば、それほど難しくないと思うわ」

 ぶっちゃけると、飛行魔法は魔力である程度ゴリ押しできるらしい。適正が分かれる理由の1つが魔力量だからだ。確かに原作でも空を飛んでいた人は高ランクが多かったように感じる。それにしても繊細そうにみえた飛行魔法が、まさか力技上等の技術だったとは。


「というわけで、まずは飛行魔法を習得することから始めますか」
『そう言いますけど、そんなにすぐできるのですか? ますたーですよ』
「うん、無理だな」
『開き直ったよ』

 肯定したのになんで責められないと駄目なんだ。

 さて、現在俺たちは公共の魔法練習場に来ている。広さも十分で、万が一魔法事故が起こっても、近くにいる管理員さんが対処してくれるのだ。なのでミッドの人たちは、こういう場所を利用して練習するのが一般的だったりする。

「そこなんだけどさ、コーラル。今回はアレをちょっと外してほしいなーって思っているんだ」
『アレ?』
「ほら、前に言っていただろ。安全装置ってやつ」

 俺の言葉にコーラルは無言になる。安全装置は俺のためにつけられた物。本来なら母さんに許可を貰うべきだが、急に外さなければならない理由を聞かれるはずだ。ごまかすにしても、出来れば母さんに嘘をつくようなことはしたくない。なら、コーラルを説得するしかない。

 魔法はイメージが最も大切だ。イメージと魔力があれば、少なくとも魔法を発動させることはできる。なのはさんも最初は大変そうだったけど、中盤ぐらいには自由に空を飛びまわることができていた。

「今回の目的は、無重力空間で活動できるようになるために、空を飛ぶ感覚をつかむことだ。正直に言えば、完璧に習得できなくても空の上でバランスが取れるようになれればミッションクリアなんだ」
『理屈はわかります。しかし……』
「絶対危ないことはしない。コーラルの言うこともちゃんと聞く。だからお願い!」

 俺は手を合わせながら、コーラルに頭を下げた。それをコーラルは静かに光りを発しながら俺を見下ろし、そして小さく嘆息する声が聞こえた。

『……お願いはずるいです。もう、いいですか。絶対僕の言うとおりにしてくださいよ』
「あ、ありがとう」

 俺はコーラルの返事に喜色を浮かべる。断られても仕方がないと思っていたけど、受け入れてくれた。思えば、コーラルってなんだかんだで俺についてきてくれる。仕方がないですね、って感じで。

 だけど、今回みたいなことはこれっきりにしよう。魔法が使えるかもしれない興奮は確かにある。でも癖になったらきっとまずいし、コーラルの優しさに甘えるばかりではダメだ。いつか助長しかねない。コーラルもそこは引き締めてくれるだろうけど。


『いいですか。まずはデバイスを起動させます。起動コードはちゃんと覚えていますね?』
「たぶん!」
『いろんな意味でいい返事ですね!?』

 さて、茶化しはここまでにして俺は目を瞑る。右手にコーラルを掴み、自分の身体の中にあるものと感覚を繋げる。前世にはなかったリンカーコアという器官。そこから魔力を流し込んでいく。

 起動用パスワードが必要なデバイスもあるが、俺はそれをかなり省略している。というのも起動呪文とは、要は本人認証をするためのものだからだ。コーラルは俺用に作られたデバイスなので、そこらへんは問題なかったのである。

「深き底より、輝く命の守り手よ。契約のもと、その力を解き放て。コーラル、セットアップ!」

 俺の手の中にあった宝石から光が放たれ、次の瞬間には俺の身長よりも長く、硬質のある杖へと変化した。淡い水色の柄に、緑に輝く渦潮のような先端。その渦の中心には深い紅の宝石があった。

 相変わらず魔法ってすごいよな。今までに何回か見た光景だから、今更驚きはしないけど。でもやっぱり感動はする。杖を持つと自分は魔導師なのだと改めて実感できる。杖の重みが魔導師としての重みなのだ。

『いいですか。今回ますたーが使う魔法は『飛行(フライ)』ではなく、『浮遊(フロート)』です。落下緩和の魔法は僕がかけておきますのでご安心ください』
「浮遊? まぁ、空に浮かぶ感覚を掴むためなんだからそれでいいのか。ちょっと飛んでみたかったんだけどな」
『気持ちはわかりますが、高度を上げると途端に難易度が跳ね上がるのですよ。飛び回るには所定の訓練と試験も必要です。単純な飛行なら初級レベルですが、おそらくますたーが考えているようなレベルだと普通に上級者向けですよ』
「まじでか。なのはさん何者だよ……」

 俺が原作で知っている魔法初心者像がなのはさんなんだけど、絶対なのはさん初心者に見えない。他に目標になれそうな人物を探してみても、母さんは次元が違うし、フェイトさんは戦闘スタイルが違うし、はやてさんも初心者組なんだけど、参考資料が少なすぎてなんかすごいということしかわからん。……もっと目立とうよ。

 とりあえず、一度頭を振って、思考をクリアにする。余計なことを考えて失敗したら嫌だ。今日俺は、初めて魔法を使うのだから。そう思うとコーラルを握る手が汗ばんでいく。あがるなよ、自分。

 そしてイメージする。某ブラウニーさん風に言うと、イメージは空に浮かんでいる自分。


『イメージが出来たら、次はそのまま言葉を紡ぎます。リンカーコアに呼びかけるように、魔力(思い)実態(現実)へと変換させるのです』
「……『浮遊(フロート)』!」

 ギュッと杖を握りしめ、俺は呪文を口にする。思わず目も一緒に閉じてしまい、視界が真っ暗になってしまった。慌てて開けようとするが、躊躇してしまう。なんかあんまり変わっていない気がする。もしかして失敗した?

『ますたー、ちゃんと目を開けてください。危ないですし、もったいないですよ?』

 コーラルのくすくすと笑う声が耳に入り、恐る恐る俺は瞼を開いた。すると、いつも見ていた目線とは違う風景が目に映る。だけど、どこかデジャビュを感じる。なんだか懐かしいという感覚。

 ……そうだ、昔はずっとこの目線だった。大学生になって成長がストップしてからは何年もこの高さで過ごしてきたんだ。誰かと話す時も、放浪するときもいつもこの高さから見ていたんだから。今その時の景色が見えるということは、それはつまり。

「はは、飛んでる」

 少し震えてしまっていた手は、俺が認識したと同時に止まる。視線を下に向けてみると地面が足元より下に見えた。地に足がつかない感覚を今更ながら実感する。ちょっと落ち着かない気持ちもあるが、高揚する気分の方が強く、そこまで気にならない。

 これが魔法なのか。言葉にすればたかが数cm程度、空に浮かび上がっただけのこと。だけど、俺には今の気持ちを言葉にできないぐらい感動していた。もともと魔法なんて物語の中だけのものだと思っていたんだ。それが現実として手が届きそうになって、そして掴んだ。


「……すげぇ。――トッ!?」
『ますたー、目的忘れてません? 飛んでいる感覚に慣れるんでしょう。ほら、空中でしっかり立てるようにファイト!』

 ちょっと動いたら身体がくるりとひっくり返った。負けるものか、と必死に身体を支えようとしては、すぐに横転する。何回も挑戦してようやくコツらしきものがつかめてきて、ついに真っ直ぐに浮かぶことができた時は思わずガッツポーズをしてしまった。

 それから少しの間低空だが、散歩を楽しむ。冬の涼しい風が身体全体に滑るように当たる。それが素直に気持ちいいと思えた。なのはさんが空を飛ぶことが好きだ、と言っていた理由が今ならよくわかる。こんなちょっとしか飛んでいない俺でさえも、楽しくて仕方がないのだ。もっと大空を飛んでみたいと思ってしまうぐらいに。

『ますたー、そろそろ降りましょうか。長時間魔法を使いすぎるのは危険です』
「おう、そうだな。それと本当にありがとな、コーラル。飛べて嬉しかった」
『ますたーが頑張ったからですよ。でも、感謝の言葉は受け取っておきます』

 そうして地面に足がつくと、途端にバランスを崩し、俺は芝生に尻餅をついてしまった。揺れる視界に驚いたが、徐々に収まっていき、それからちゃんと地に足を付けて立つことができた。俺はパチンッ、と頬を手でたたき、喝を入れる。

 さぁ待ってろよ、無重力! お前を克服して、俺は目的を完遂して見せるぜ!



******



「ふはははは! 立った! 俺は立った!!」
『はいはい。ところでここからどうやって調べるのですか? どこを見回しても本だらけ。この中から目的の本を見つけるのは大変ですよ』
「そういえばそうか。えっと確か……そうだ、検索魔法っていうのを使えばいいんだ」
『また随分マイナーな魔法を知っていますね』
「確か父さんにお願いして、インストールしてもらっていたはずだから大丈夫だよな。これで作業もはかどるはずだ!」

 魔法発動。

「ぎゃぁああぁぁぁ! 頭割れるゥゥーーー!!」
『何しているのですか!? この量の本を一辺に対象にしたら当たり前でしょう!』
「ぐおぉぉ……有能さんを基準にしたらあかんかった。は、吐きそう」
『ちょッ、ますたー! これなんてデジャビュですか!?』
「クッ…。ま、負けてなるものか。こうなったらベルカ関係の本片っ端から調べてやるわーー!!」

 読書後。

「…………」
『…………』
「……読めない」
『……まぁ、ベルカ語ですから』

 問題は山積みすぎた。



******



「というわけで、俺は考えた。急がば回れ精神のもと、無限書庫は地道にやっていこう。まずは魔法が使えないとどうしようもないから、初歩の魔法から使いこなせるように頑張っていきたいと思います。本はミッド語で書かれている物から読んでいきましょう」
『正直そうするしかないですよね』

 検索魔法って調べものをするときに便利だけど、かなり難易度が高かったことが判明。まずマルチタスクが完璧に使えないと無理。並列思考をしながら、考えを分担して、さらに集めた情報をまとめるとか頭おかしくなる。

 使ったとき一瞬、仏様のような人が小さな畳のある部屋で何故かシルクスクリーンしているところを幻視してしまったよ。あれ、なんだったんだろう。しかし、これも少しずつ頑張っていくしかないか。要練習。

『それはわかりましたけど、それが何故家でファッション雑誌を読むことに繋がるのですか?』
「いや、これ重要。俺の将来を左右するぐらい重要なことだから」

 コーラルの質問に真顔で答える。魔法を練習するにあたって、決して避けては通れないもの。いずれ考えようと思っていたが、それでは時間がもったいない。ならいつ決める? 今でしょ。

 それにしても、本当に原作の方たちってすごすぎる。最近それをめちゃくちゃ実感する。今だって雑誌を読みながら、はやてさんすげぇ、と感心していた。さすがは忘れそうになるが文学少女。俺が必死に考えている物を、彼女は4つも考え付いたんだぜ。とんでもない想像力だ。

 適当なものを作るわけにはいかない。カッコつけすぎず、なおかつダサくない物。下手すれば周りから厨二病だとか言われかねない。黒歴史にカウントなどさせるか!

「本当になんて難解なんだ……バリアジャケット!」
『ここで躓くの、たぶんますたーぐらいだと思いますよ』



「バリアジャケットの案?」
「うん、みんなに聞いて回ろうと思って」

 わからないなら質問しましょう。これどんな時でも大切。メモ帳片手に、知り合いの方々に聞いて回ることにしました。デザインも重要だが、やはり実際に使っている人の意見も参考になるはずだろう。

 専門家である父さんは、現在お仕事の真っ最中だろうから連絡が取れない。こういうことはよくあるので仕方がない。メールだけ送っておいて、あとで意見を聞こうと思う。そんなわけでまずは、身近な大魔導師さんの意見から聞くことにしました。

 ちなみにバリアジャケットとは、通称『防護服』とも言われている。魔導師の勝負衣装という認識でいいと思う。かなり使い勝手がよく、魔導師を守るために不可視の防御結界も形成してくれる。多少魔力は食うが、デメリットも特にないため、魔導師ならほぼ必ず装備しているもの。魔法少女には必須の変身アイテムだ。

「母さんはどんな風にバリアジャケットを決めたの?」
「そうね。私は色と性能をある程度イメージしたら、デバイスがそれを考慮して作ってくれたって感じかしら」

 大抵の人はデバイスにもともと登録されている衣装だったり、ある程度の指針だけを示してデバイスに任せるパターンが多い。登録されている場合は、企業や組織系に多い。管理局でも同じような衣装を着ている人を何回も見たことがある。制服のようなものなのだろう。

 後者はなのはさんや母さんのようなタイプ。なのはさんは学校の制服をイメージしたらしいし、術者の素質に合ったものを選んでくれる。全部デバイス任せな人もいるらしいけど、その場合素質のみに偏るため時々残念なものが出来上がるらしいが。

 ただ俺の場合、この大多数の方々と同じ方法はちょっと遠慮したい。俺が使うデバイスが普通ならいいが、コーラルである。こいつの場合、適当に任せると自分の主観で作りそうなのだ。俺のことなどほぼ関係なく。

 コーラルに服のセンスがあるのかまったくわからない。しかも下手したら今嵌っているものとかで構成し出すかもしれない。前回ちきゅうやにコーラルを連れて行った時のことを思い出す。うん、任せられない。

「私は髪と合わせて、黒をイメージしたわね。ロングレンジが主体だから、接近されると私の場合対処が大変でね。まだ魔導師時代だったころに作ったから、こう私はすごいわよ、って相手を怯ませられるような感じがいいかなって思ったわ」

 なるほど。それがボンキュッボンな服の元ですか。我ながら表現が古い。間違いなく相手は怯みますね。もう女王様というか、目のやり場に困るというか。……母さんのデバイスわかっていてやってないよな。


「むぅ? お兄ちゃん、お洋服作るの?」
「アリシアか。うーん、まぁそんな感じかな。それにしても良く似合っているな、そのエプロン」
「えへへ。ありがとう」

 俺と母さんの話に釣られ、妹が台所からトテトテとやってきた。最近はアリシアのお手伝いスキルが認められ、家庭の大御所キッチンの中に単独で行動することが許されている。ちなみに俺は冷蔵庫を開ける以外、基本進入禁止だ。手厳しい。

 そんなアリシアが身に着けているのは、猫のアプリケットのついた優しい桜色のエプロン。少しぶかぶかだが、そこは成長するだろうとのことで、引き摺らないように母さんが紐の長さを調節している。これはこの前デパートへ買い物に行ったときに一緒に買った、アリシアの6歳の誕生日プレゼントである。

 例の事故でドタバタしてしまい、なかなかゆっくり買い物ができる時間もなかったため、随分時期がずれ込んでしまったのだ。ちなみに俺も同じ日にプレゼントを貰えたので、さっそく使い込んでいる。

「いいなー。ねぇ、私もバリアジャケット作れるかな?」

 妹のバリアジャケット。アリシアの顔を見つめる。黒のスク水、黒マント。うん、けしからん。って、俺の想像がけしからんわ。

「えーと、あれだ。アリシアはもうちょっと大きくなってからの方がいいぞ。ほら、女の子は成長が早いから」
「うーん、そっかー」

 そこまで乗り気ではなかったからか、アリシアは素直に引いてくれた。さっきの想像も大概だったが、アニメをよく見る子どもに変身衣装なんてものをあげたら暴走する可能性大過ぎるだろ。分別がつく年までは封印してもらうべきだ。

「……そうだわ。アリシア、いつかお母さんと一緒にデザインを考えてみましょうか。お母さんのデバイスを貸してあげることもできるから――」
「待って母さん。笑顔でやばいフラグ立てないで」



******



ケース① 地上本部の場合


「というわけで、バリアジャケットの案何か下さい」
「え、お前何調べてんだ」
「バリアジャケットのデザインかー、懐かしいのぉ。儂も若いころは色々夢をふくらませものじゃ」
「え、なんで乗り気なんですか」

 融通を聞かせて闇の書調べをさせていたら、バリアジャケット考案の話が持ち出された。ゲイズは頭痛がする頭を押さえながら繋がりを考えるが、すぐに放棄する。深く考えてもきっと無意味だと悟ったからだ。

「儂の場合は、防御面を重視した甲冑を意識したの。昔はもう少し身軽だったが、今は総司令官として最後まで立って指揮をしなければならないからな」

 総司令官からの話になるほど、と相槌を打ちながらメモを取るアルヴィン。そしてメモを取り終わると、そのまま視線を隣へと移す。それに総司令官も一緒に首を動かし、隣を見つめる。ゲイズは冷や汗を流した。

「ざ、残念だったな。俺にはリンカーコア自体がないんだ。参考にはならん」

 今まで何故自分に魔力がないのか、と嘆いたことはあった。だが、それがこの瞬間のためだったのではないか、とポジティブにすら考えられる。ゲイズは利用できるものは利用する、それなりに強かな性格だった。

「あ…、すいません。そうだったんですか。……それはそれとして、副官さんならどんなバリアジャケットが着たいですか?」
「お前ふてぶてしすぎるだろ!?」

 こんな面白そうなこと見逃しません、とアルヴィンの目が訴えている。もはや目的が完全に変わっている。さすがに不本意ながらも弄られ続けてきたゲイズは、それを瞬時に見抜いた。絶対に口は割らないぞ、と確固たる意志を見せる。

「こんなこともあろうかと、ゲイズ用のデザインを暇つぶしに考えたことがあってのぉ。ほれ、儂が作ったデザインとゲイズの写真を合成して映像化すると――」
「他に暇をつぶせるものはなかったのですか!? その無駄なクオリティの高さを別に使ってください!!」
「あ、おじいちゃん。これヘソだしルックとかにでき――」
「お前は順応早すぎるだろうが!!」



******



ケース② 開発チームの場合


「あら、アル君じゃない。久しぶりね」
「ん、坊やか。元気そうでなによりだ」
「こんにちは、同僚さん。強者さん」

 アルヴィンの挨拶に相変わらずのようだな、と男性は口元に笑みを浮かべる。アルヴィンが次にやってきたのは、春から母親を含め、開発チームのみんなが働く仕事場の休憩室。

 地上本部をさよならした後、通信で時間が取れるかを聞いてみたところ、丁度休憩中とのことだったのでお邪魔することにしたのだ。2人は仕事内容の打ち合わせと顔合わせのために、ここに来ていたらしい。

「確かミッドを守るための開発をするんですよね」
「えぇ、そうよ。地上本部と連携しながら作っていくことになるわ。それに我らがリーダーから具体案も出されているし、春から忙しくなるわね」
「母さんから?」

 本来の歴史ではプレシアはミッドチルダを追放されている。一緒にいた開発チームも事故の責任を取らされ、仕事を追われた者や信頼を落としてしまった者もいた。そんな暗い未来から、地上部隊が救い出してくれたのだ。すぐにでも恩に報いたいと、開発チームの誰もが精力的に働いている。

 嬉しそうな同僚さんの様子にアルヴィンはホッと息を吐く。ヒュードラの開発の時はかなりやつれていたから、なんだかんだで心配していたのだ。あの頃は暗黒面がよく「こんにちは」をしていたが、本来はちょっと暴走気味なだけだとたぶん思われる女性なのだから。

「ところで、バリアジャケットの案について相談にのって欲しいんですけど……」

 近況報告やおしゃべりも終わり、アルヴィンは目的を口にする。それに目の前の2人は顔を見合わせる。そして男性は考えるように腕を組み、女性はキラキラした目で見つめてくる。それにアルヴィンは安全牌だろうと、キラキラした視線から極力目を逸らして隣を見据えた。

「ふむ、私はあまり魔法を使わないから参考になるかはわからない。だけど、自分のポジションに合わせた選択をするべきだろう。坊やはレアスキルがあるから、わざわざ接近する必要も、距離を取る必要もないわけだ。個人的にスピードよりもいかに自分の最も得意とするポイントへ転移できるか、を主軸に置いた方が効率がいいかもしれん」

 かなりまともなご意見にアルヴィンはすぐにメモを取った。

「えー、そうかな? 私はスピードがある方がいいと思うよ。高速戦闘のいいところはやっぱり爽快感じゃない。こう素早く相手の懐に入ってホームランすると気持ちいいもの。私も基本装甲なんてつけてないし、急所を守れればOKよ!」
「……常々思うが、なんで君は研究者なんだ。やばい、い、胃薬……」

 アルヴィンは素で反応に困った。



******



ケース③ ちきゅうやの愉快な仲間たちの場合


「そんなこんなで現在バリアジャケットの案を考えています」
「そんなこんならへんが色々おかしい気がするのは俺だけか」

 ちきゅうやで店番をしていたエイカは、いつも通りわけがわからないやつだ、と適当にあしらっていた。しかしそんな程度じゃめげないアルヴィンはそのまま話を続ける。

「というわけで何かないかな。ちなみにエイカならどんな服を作る?」
「あ? まぁ、俺なら……」

 そこまで言って途中で途切れた言葉。エイカの視線がある場所でぴたりと止まる。そこはよく訪れるようになった日本のアニメコーナー。そこに映るのは金髪ブロンドの髪に、きらきら衣装と白タイツ。アルヴィンは慌てて話題を変えることにした。わりと必死だった。


「あら、なにかにぎやかだと思ったら2人とも来ていたのね」
「あ、いらっしゃいませ」
「……らっしゃい」

 ちきゅうやに入ってきたのは20代ぐらいの女性。さらりと揺れる栗色のショートカットと切れ長の瞳。傍から見ると知的美人って感じで近寄りがたいが、そこは彼女の温和な微笑みが崩している。アルヴィンはちきゅうやの常連客のお姉さんだ、とすぐにわかった。

「こんにちは。今日も服を見に来たんですか?」
「えぇ、いろんなお洋服を見るのが楽しいんですもの。日本というところにある着物なんて、特に興味があるわ。柄も素材もミッドでは珍しいから」

 彼女自身は医療魔導師として手腕を振るっているが、普段は裁縫が好きで、服作りにはまっているらしい。着物に惚れ込んだはいいものの、そのかなり高額な値段に足踏み。なら自分で作ればいいじゃない、と1から勉強しているようだ。わりとガッツがある。

 アルヴィンはこれは聞くべきだ、と常連のお姉さんにバリアジャケットの案を聞いてみた。彼女も大変興味がある分野だったからか積極的に意見をあげてくれる。アルヴィンは最初からこの人に聞いていたらよかったかもしれない、と心のどこかで思った。


「お、アル坊来ていたのか。何? バリアジャケットの案を考えているだと。そうかそうか」
「いや、もうだいぶ意見は聞けましたから。店主さんの意見は十分です」
「それならそうと早く言えばいいものを。変身魔法のことなら、このちきゅうやに案などいくらでもあるだろうが」
「すいません、話を聞いてください」

 店の奥から湧いて出た店主さん。ちきゅうやを最後に回した理由の張本人ご登場。絶対まともな案が出ないと思うから参加しないで、と心からアルヴィンは思った。たじろぐ友人が面白いのか、いつもからかわれているお返しかエイカはそれをニヤニヤと見つめていた。

「いいじゃねぇか。店主の意見ぐらい聞いてやれよ」
「エイカさん、俺いじめて楽しい?」
「すごく」

 いい返事だった。なるほど、いじるのってちょっと楽しいかもしれない、とエイカは思う。確実に友人の悪影響が原因だった。

「そうだろそうだろ。というわけで、見よこの変身スーツを! 素材バッチリ、通気性もバツグン! 覆面もあるから問題ないぞ!」
「問題ありすぎでしょ! 黒の全身タイツって、なんで敵側の衣装引っ張ってきたんですか!? そこはせめてヒーロー側持ってきてくださいよ!」
「注文が多いやつめ。ならヒーロー側ならこれなんてどうだ。科学忍者隊変身スーツ」
「さっきから全身タイツばっかりなのは嫌がらせですか、こんちくしょう!!」

 エイカが腹抱えてむせていた。常連のお姉さんはのんびりと「大丈夫ー?」とエイカの背中をさすっていた。この状況下でペースを崩さないあたり、さすがはちきゅうや常連客ということだろう。



******



 結局なんだか混沌とした何かで終わってしまった気がする。俺は書き疲れた手首をぶらぶら振りながら、家のソファに身体を沈めた。ちきゅうやのお姉さんとはまた今度話し合いの場を持たせてもらおう。店主さんがいないところで。

「それはそれとして、色はやっぱり黒系がいいよな。俺の魔力光は藍色だったはずだから、青系もちょっと混ぜる感じでもいいかもしれない」

 デザインは俺が考えるより、お姉さんにお願いした方が無難だろう。それならどういう性能にするべきか考えておくべきか。強者さんが言っていた通り、俺には『瞬間転移』があるんだからそれを主軸に決めるのが当然だよな。

 ならもしもの戦闘時などで、転移を使うなら俺はどのように使うだろう。転移があれば、まず相手に近づくのも簡単だ。接近されてもすぐに距離をあけられる。俺は母さんと同じロングレンジタイプの魔導師になるだろう。なら大切なのは、いかに相手との間合いを掴めるかだ。

 転移は相手の急所となる間合いを一瞬で作り出せるのだ。そう考えると恐ろしい。あれだろ、要はなのはさんがどこにでも現れるようなものだろ。それは大魔王すぎるような気がするけど。

 というか、転移でとびまくりながら四方八方から魔法を打ちまくるとか、相手の居場所さえわかっていれば爆弾みたいなのものを転移で送り届けるだけでも爆散できるとか、むしろ不意打ちで転移発動させればリアルいしのなかにいる状態も可能なんじゃ……。

「……あれ? もしかして、転移って実はめちゃくちゃ凶悪なものだった?」


『……一応聴きますけど、ますたーの持つレアスキルの認識は?』
『どこでもドア』


 その昔。5歳の誕生日の時に話した内容が、記憶の奥底から思い起こされる。コーラルが俺の返答に無言になった理由を、ようやく俺は知ったのだ。

「……とりあえず、みんなの意見をまとめることにしよう。そうしよう」

 心の平和って大事ですよね。そんなわけで、俺は無心になってメモ帳に書き込むことにしました。

 
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