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IS<インフィニット・ストラトス> ‐Blessed Wings‐ 

作者:やつき
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第二章 『過去と記憶』 ‐断片‐
  第28話 『姉と妹』

――これは、ある不器用な姉妹の話。 多くを知る姉と これから知りに行く妹の物語

――姉は、妹に対して翼を与える 妹は、その翼を持つだけの人間になると誓う

『もう、私は過去の私ではない 力に溺れる私ではない 覚悟と意思と信念 それらを持って未来を望む、探しに行く』

少女は、そう心で叫んだ


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……はぁ」

深夜、多くの人が既に眠っているであろう時間に私『篠ノ之 箒』は夜風に吹かれながらため息をついた。

今居るのは学園の屋上。
 
本当ならば、こんな時間にここに居ること事態織斑先生にでもバレたりすれば即刻『出席簿』というあの学園内部で最も恐れられている凶器で修正を食らうのがオチなのだが、今の私はどうしても気分転換がしたかった。


あの後……クラス対抗戦での一件は、最終的に一夏・鈴・梓姫により襲撃者――あの異形を撃破し、そして撃破したその後に急に現れたもう一機の異形はあの時の『バケモノ』、<Unknown>の一撃により文字通り消滅した。

恐らくだが、アリーナ内部の状況を理解できていたのはあの時と同じで、当事者である3人に悠とアリア、セシリアに私、それから管制室で指示を飛ばしていた織斑先生と山田先生だけだろう。

織斑先生から聞いた話だが、あの時、最初の『異形』が襲撃してきた時にハッキングされると同時にアリーナの観客席の防護壁は全て降りて、そしてアリーナ内部を確認できるライブモニターは私達が関係者が見ていたもの以外は全て停止していたらしい。

だから今回の一件について詳細まで知っている――というよりも、ちゃんと最後まで見ている人間は限られてくる。

そして、事態が落ち着きを見せた後に織斑先生が学園全体と来賓に対して行った告知は
『とある実験中のISが暴走して、そのISがあの時乱入してきた。 また、どこのISなのかは相手企業側の意思により詳細は告知できない』という内容だった。

当然、納得しない人間は大勢居た。

しかし、あの時の状況を探る方法など殆どなく、また告知を行ったのが『織斑先生』だったと言うのが大きかった。

本人の前で言うと私が怒られてしまうのだが、織斑先生――千冬さんは元といえど世界最強"ブリュンヒルデ"の名を持つ人物なのだ。
その名声・地位共に、非常に高い。千冬さんが望んでいなくともその経歴事態があの人をそうしている。

だからこそ、そんな世界最強から直接告げられた事実に対して、実際の話納得する生徒も多くいたし、疑念を持つ生徒は恐らく本当の意味で世界最強に逆らえばどうなるか、それが分かっていたのだろうか、行動は特に起こさなかった。

事態の収束は迅速に行われて、そしてあの場で全てを見ていた私達に対しては千冬さんから直接『緘口令』が敷かれた。まあ、当然だろう。

あの直後、<Unknown>を追いかけていって戻ってきた悠はどこか、いや――かなり険しい顔をしていた。
どうかしたのか、と聞いても悠は『ああ、ごめんごめん なんでもないよ篠ノ之さん』と返してくるだけだった。

そして、一夏だ。
一夏はあの直後、織斑先生と山田先生がアリーナへと突入すると、それを見て今まで張っていた気が抜けたのかそのまま安心したように笑って気を失った。

即座に保健室に搬送されて、私も最初はかなり心配したが、取り乱してはいけないと自分に言い聞かせ事態の進展を待った。

保険医の先生から言われたのは『単純な過労、休んでればすぐに目を覚ますよ』と告げられて、私は安心した。

保険医の先生の言うとおり、搬送されてベッドで寝ていた一夏は少ししたら目を覚ました。
言いたい事は沢山あった。

『どうしてあんな無茶をしたのか』
『なんで軽々しく命を捨てるような真似をしたのか』
『どうして――逃げなかったのか』

私自身の一夏に対する勝手な気持ちや憤りともいえる言葉が胸の中で溢れたが、私はそれを自身に一喝して黙らせる。

だが、そんなことを全て一夏に吐き出したら、きっと一夏のあの時の覚悟や決意、モニター越しに見えたあの眼を否定することになる。
それは最低なことだ。私の身勝手で一夏のその覚悟や信念と言ってもいいそれを否定し汚すことだけは、一番したくなかった。

もう私は――あの時の篠ノ之 箒ではないのだ。

いい加減大人になれ、篠ノ之箒。子供じみた自分の身勝手と自分の中だけの理論を一夏に押し付けて、それでどうなる?

何か変わるのか? 変わらないだろう。確かに心配だ、不安だ。そう思うのは当たり前だ。
だけど――そんな私の気持ちなんかより、あの場所、『戦場』に立っていた一夏は、恐怖や恐れ、それを痛いほど味わっていて、死と隣り合わせだったのだ。

そんな状況でも一夏は、戦った。『何かを護る』という信念の元に命を賭けた。
なら私は、そんな――自分が最も好きで、好意を寄せる存在の覚悟と意思を否定なんてしたくなかった。

目を覚ました一夏に対して、私が言った言葉は1つだった。

『一夏、心配したし不安だった――だけど、これだけ聞かせて欲しい。 やり遂げることができたか?』

そんな私の質問に対してベッドの上で上体だけ起こした一夏は、ふっと笑いかけてくれると同時に
『ああ、俺は自分の意志を貫いたよ。それと――心配してくれてありがとう、箒。 後、無茶して悪かった』
とだけ言ってくれた。私は、それで十分だった。

一夏は自分で『もう大丈夫だ』と言って、今は既に部屋へと戻っている。
アリーナでの一件については、もうほぼ沈静化したが、それとは別で私には1つのイベントがあった。

保健室に一夏を見舞った際の帰り道、鈴に呼び出されて告げられた言葉があった。
私としては、友人としてもあの場で戦っていた鈴も怪我の度合いは低くとも疲労があるんじゃないか、と心配していたが、鈴の言葉はそんな考えを一瞬で吹き飛ばした。

『箒、あたしは箒のことを友達だと思ってる――だけど、これから話す事は別。 あたしは、一夏が好き、あんな鈍感で朴念仁でたまに最低なことも言うけど、それでもあたしは一夏が好き――箒も、きっと一夏が好きなんだよね? だから、友人としてじゃなくて一人の女として宣戦布告。あたしは、一夏を諦めたりなんてしないから。だから――負けないからね、箒』

それは一夏に対して好意を寄せる、私に対しての宣戦布告だった。
友人としてではなくて、一人の女としての宣戦布告。
鈴が一夏対して何かしらの感情を持っているのは知っていたし、それが恐らく好意だろうという事も知っていた。

だからこそ、そうやって面と向かってちゃんと宣戦布告されて――私も礼儀として、女として、ちゃんとした返答を返そうと思った。

『ああ、私も一夏が好きだ――どうしようもなく鈍感で最低で、そしてあいつは鈴も知ってると思うが女性からの好意に簡単には気がつかない。だが私も、それでもあの一夏の信念に、意志の強さに惹かれている。私も――女としては譲る気はない』

そう、鈴に対して正面から告げた。
それは私からも鈴に対する宣戦布告。同じ一夏を好きだと思うものに対しての、絶対に負けないという、私が一夏を振り向かせるという宣戦布告だった。
まあ、それで私と鈴の関係がどうこう変わる訳ではないのだが。


そして今、私は寮の部屋を抜け出してこっそりとこの屋上へと来ている。
5月にしては少し風が冷たくて、寝巻きのままの私は何か上に着てこればよかっただろうかと考える。
ふと見上げた空は――雲1つなく、星空が広がっていた。

そんな星空を見ながら、私は今日あった事を自分自身で考える。

「……無力だな、私は」

そんな言葉が呟きとして漏れる。
不意にもれたその言葉は――きっと、私自身の本心だったのだと思う。

あの時、悠とアリア、セシリアが<Unknown>と戦った代表決定戦の時、私はただ見ていることしか出来なかった。
そして今日、化け物と言ってもいい『異形』が現れたとき――また私は、最も近い場所にいるのに見ていることしか出来なかった。

友人が、最愛の人が、命を賭けて戦っている。
命を賭けて何かを成そうとしている。必死になっている。
それにのに私は――最も近い場所で見ていることしかできなかった。

悔しい、何も出来ない、友の力にも、最愛の人の力にもなれない、無力な私に対して私は悔しいと思うと同時に自分の無力さを噛み締めた。
力になりたい、そう思っても私には――何かを護るための力が無い。想いがあっても、力がないのだ。

力が欲しいかと聞かれれば私は真っ先に『欲しい』と答えるだろう。
だがそれは、その返答は何も考えてない私の返答だ。

怖かった。
恐れていた。
心のどこかで、迷っていた。

もし、もしも私が力を手にしたら――それに溺れてしまうんじゃないかと。
『また昔の私に戻ってしまうのではないかと』私はそう思った。
だからこそ、私は――力を欲しているのに、欲しくないと思っている自分が居た。

 恐らく、そんな力を欲する自分というのは私の本心だろう。
だが、過剰に力を欲する私は、私が自分手作り出した影だ。私自身の闇だ。

そしてそれを生み出したのは私自身であり、私の――皆に対する劣等感、コンプレックスだろう。

まず、悠、悠は才能として『一種の先読みに近い能力』を持っている。
周囲の情報を読み取って、それを即座に理解したうえでの瞬間的行動能力と先読み。
言い方がおかしいかもしれないが、言ってしまえば不確実性の大きい未来予測だろう。
そんな一種の化け物じみた才能、千里眼にも近いそれを持つ悠は間違いなく化け物だろう。

そしてアリア、アリアは近接戦闘能力と瞬間的な状況判断と反応速度が異常なのだ。
天才的な才能に、馬鹿げた反応速度。近接戦闘という面では間違いなく天才、いや――武術を嗜む私から見れば神域にすら達している。
彼女に対しての、私には無い才能を持つ彼女に対しての劣等感。私にはそれがあった。

セシリア、鈴、梓姫、全員を見ても正直並みの域を遥かに超えていて、達人か天才、そんな領域の人物ばかりなのだ。
そしてその中にいる私は――何があるだろうか。

剣道、という面で見れば同じ近接技術である以上アリアに劣る。そして私は剣道では少なくとも、梓姫より弱い。

かといって、私はセシリアのように銃の扱いに秀でている訳ではない。
では、悠のように化け物じみた才能が私にはあるのだろうか? 少なくとも、今の私には無い。

唯一誇れることがあるとしたら――それは諦めないという想いだ。
その想いと渇望だけは恐らく誰にも負けないと私は自分て思っている。

だが……そんな想いだけでは、どうにもならない。
私はセシリアのようにIS適正が高いわけではないし、皆や――千冬さんのように天才と化け物を噛み合せたようなものを持っているわけでもない。

ISの適正はCだし、周囲から多くの事を学習して強くなっていく一夏と比べれば私の才能は、正直そこまで凄いものではないと思う。

それでも、私は――友と最愛の人を護るための、隣に立つための力が欲しかった。だけど、欲しいと願ってもそれが怖かった。

「本当に、何をしてるのだ――私は」

そうだ、力がないなら、私に出来ることを私らしくやろう。
そう決めたではないか。
無い物を強請っても仕方ない、現実を見ろ、篠ノ之箒。

私は考えを中断して、星空を見てため息を再びつく。
そろそろ冷えてきた、やはり何か羽織ってくればよかったと後悔する。
戻ろう、千冬さんに見つかればかなり不味いし、それにもし一夏が目を覚ましていて私が居ないのを見れば心配するだろう。

そう思いながら私は、屋上の手すりから手を放して踵を返そうとした。  
その瞬間に――携帯が鳴り響いた。

といっても、時間が時間のためにマナーモードにしてあるため振動したのだが。
誰だ?こんな時間に――
どうせワン切りや悪戯、そんなものではないかと思って発信元を確認した私は、
それを見て――驚いた。

「――姉、さん?」

発信元は、己の姉であり――自分としてはあまりいい感情を持っていない『篠ノ之 束』その人からだった。
私は姉さんの事をあまりよく思ってはいない。

その理由は、今の社会の象徴、力の象徴と言っても過言ではないISにあった。
今の私達家族は、姉さんがISを発明して以来、一家離散の状態が続いている。

私は、小学4年生の時から政府の重要人物保護プログラムにより日本各地を転々とさせられていた。篠ノ之束の関係者であり家族だから、という理由を政府に押しつけられて、そんな状況を幼少より強いられた。

そして姉さんが失踪してからは政府や周囲から執拗な監視と聴取を繰り返されて、正直な話私自身、心身共にかなりの負担を受け続けてきた。

――誰にも言っていないのだが、そんな周囲の状況と、自分の辛すぎる現実に一度だけ、『自殺』を試みた事もあった。

だが、それは『ある人物』によって防がれた。偶然昔知り合った、ある人物。
ニヒルな男の人で、人のことをフルネームで呼ぶ癖があり、周囲に対して冷めた目で見ていると思ったら、実は熱血の部分もある、私にとっての――あの時の私の心を救ってくれた恩人であり、恩師によって、私の自殺は防がれた。

そんな自殺未遂から色々あって――中学を卒業した私は、『篠ノ之束の妹』と言う理由でIS学園に入学させられた。

だから私は、姉さんに対してあまりいい感情は持っていない。というより、できれば関わりたくないとも少し思っていた。

けれど、自分の姉に対する感情を憎しみや憎悪かと聞かれれば、正直即答でイエスとは言えなかった。

それは、かなり昔――まだ自分が小さかった頃に姉さんが私に対して語っていたある夢が原因だった。


『箒ちゃん、私はね――この広い空を、ううん、満点の星空――宇宙(そら)を、飛んでみたいって思うんだ。  あ、決して空を自由に飛びたいなとか、そんなジョークじゃないよ? 私の、束さんの本心なんだ』


昔、姉さんはそう言っていた。そしてその時の姉の目と力強さは――幼少の私でもよくわかった。
何故姉さんがISという物を作り出したのか、私には多少なりとも理解は出来ていた。

きっと姉さんは、ただ『宇宙』を目指したかったのだ。
理由としてはそれだけで、本当は『戦争』の道具にしたり『兵器』を作るつもりなんて無かった。

姉さんは、自分勝手で我侭で。
周りのことなんて何一つ考えてなくて、自分の身勝手で周りを振り回して。
ISを作ったことにより、私を傷つけて、そして家族を引き裂いた。

そんな救いようの無い姉かもしれないが、私は――完全には姉さんを嫌いにはなれないでいた。


本当は、姉さんは優しくて、自分なりの方法で私のことを考えているということ。
昔から自分勝手にしているように見えて、実は心配しているということ。
恐らく誰よりも――自分がISを生み出して、それを『兵器』として使われて嘆いているということ。

私は一瞬迷った。
姉さんがこんな時間に、一体私に何の用件だろうか。
だが、私も……聞きたい事は色々とある。
ならば丁度いい、姉さんに聞いてみようじゃないか。
そのまま私は携帯電話の通話ボタンを押した。


「……もしもし、姉さん?」
「やぁやぁ、箒ちゃん。久しぶりだねー元気にしてたかなー? 学園に行って色々あったって聞いたからね、束さん心配しちゃったよー」
「――ええ、元気にしてますよ。 それで、何の用件ですか?」
「あはは、まったくもう冷たいなあ箒ちゃんは――ねえ箒ちゃん、ちょーっと訊いてもいいかな?」
「? 何ですか?姉さん」


「――絶対的な力、欲しくない?」


ドクン、と自分の心臓が跳ね上がる。
今――姉さんはなんと言った?
『絶対的な力が欲しいか?』それは、一体……

「どういう意味ですか、姉さん」
「言葉通りの意味だよ? 絶対的な力――ISっていう、それも束さんお手製の最高の力。何者よりも上を往く最強の力、欲しくない?」

それはまるで、悪魔の囁きだった。
とても甘美で、手を伸ばしそうになる――そんな誘い。
人である以上、そんな誘惑には簡単には逆らえないのだから。

そして私は……周囲の全員に対してコンプレックスを抱いていた。
『自分に力があればどれだけいいか』
そんな事――もう数えるのも嫌になる位に考えた。

そしてきっと、昔の私なら……手を伸ばしていただろう。
姉さんに対して、力が欲しいといっただろう。
それこそ、何の考えも無しにだ。

だけど、今の私は違う。
違うからこそ――私は返答を返した。


「そんなもの――いりません、姉さん」
「ッ……何で、かな?」

電話の向こうで姉さんが息を呑んだのが分かる。
それがどうしてかは私にはわからない、だけど――私の結論は決まっていた。

「簡単な話です。『他人から貰った力は自分の力ではない』などとは言いません。ですが……私には、そんな大きな力を持つ覚悟も資格もまだありません。 もし、何の覚悟も、意思も無しにそんな絶大な力を手に入れれば――それはただの暴力の塊です。信念、意思、覚悟、それがない力などただの暴力でしかなくて、それこそISはただの『兵器』なります。姉さん――私を試しているんですか? それとも、本当にそう言ってるんですか?」

「……言ってる意味がわからないな、箒ちゃん」

「――この際ですからハッキリ言いましょう。私は、姉さんがあまり好きではありません。ですが――嫌っているわけでもありません。 姉さん、姉さんがISを作った当初の目的は何ですか? 私は覚えています。姉さんが『宇宙を目指したい』と言っていたのを。あの時に姉さんが言っていたことが本心なら、姉さんは……『ISを兵器としてなんて作りませんよね?』 そう考えたら、今姉さんの問いかけは、私の推測でしかありませんが、姉さん自身のそんな意思を否定している。 だからこそ、私は思ったんです――姉さんは私を試しているか、それか心変わりして完全にISを兵器として見るようになったのかと」

「……あは、流石だね箒ちゃん。暫く見ないうちに――強くなったね?」
「もう一度訊きます、用件は何ですか?姉さん」

電話の向こうで姉さんが「そうだね」と呟くと、いつもとは違う――どこか真剣な声で言葉を紡ぎ始めた。

「さっき言った事は本当だよ、箒ちゃん。 力が欲しくない? っていうのはね」
「くどいですよ、今の私にそんな大きな力を持つ資格はありません」

「最後まで聞いて、箒ちゃん。 これは、束さん、ううん――お姉ちゃんからの警告。これから先、凄く大変な事が起こると思う。そして箒ちゃん、きっと箒ちゃんもそれに巻き込まれる。巻き込まれて、選択を迫られる。そんな未来の事態に備えて――今の箒ちゃんには力が必要なんだよ」

「……? 何を言っているのですか? 姉さん」
「そうだね、ちょっと不明確かな――だけど、説明は出来ないんだ。 できないけど、1つだけ言える――  『自分の過去と周りの過去をを追って』 箒ちゃん」

過去を、追え?
姉さんは何を言っているのだろうか。
力が必要になる? 選択を迫られる? 
わからない、どういう事だろうか。

そんな事を考えていた私だが、次の姉さんの言葉で思考していた頭は、その思考を一瞬で破棄することになる。


「……悪いんだけど、今の箒ちゃんのことちょっと調べさせてもらったよ。束さんの『娘』に協力してもらってね」
「……は? 娘? ね、姉さん子供が居るんですか!?」
「あー、うん、ちょっと言い方が悪かったね。そうだね――『娘』みたいな存在かな? 2人居るんだけど。そしてそのうちの一人に協力してもらって、調べさせてもらった――続けていいかな? 箒ちゃん」
「ふ、腑に落ちませんが……どうぞ」

「うん、今の箒ちゃんは――周りに対して劣等感を抱いている。違うかな?」
「ッ……ええ、その通りです」
「箒ちゃんは、学園で色々あって……自分は無力だ、何も出来ない、だけど何かで周囲の力になりたい、そう考えてるんじゃないかな?」
「――その通りです」
「……ふふ」
「な、何がおかしいんですかッ!? 私は――何も出来なかったんですよ!? ただ見ていることしか出来なかった、それが……それが悔しくて仕方ないんですッ!」
「ご、ごめんね箒ちゃん――そうじゃないんだ、決して箒ちゃんを馬鹿にしたとかそんなんじゃなくてね――本当、強くなったね」
「姉さん?」

「一体箒ちゃんをそうさせたのは何かな? いっくんに、ちーちゃんに、それから――他の周りと、『ゆーくん』かな?」

ッ!?
私は、姉さんの言葉で一気に身体が強張るのを感じた。
今――姉さんは『ゆーくん』と言ったのだ。
それは誰だ? もし、もしも私の想像が正しければ――
悠、月代悠ではないのか?

「姉さん――今、ゆーくん と、そう言いましたか?」
「うん? あー……うん、言ったね」
「それは――悠、 月代悠 ですか?」
「――そうだよ、箒ちゃんの思っているので間違いないよ」

私が知っている姉さん――篠ノ之束という人物は、愛称で人を呼ぶことなど殆ど無い。
私、一夏、千冬さん、少なくとも愛称で呼ぶのはそれくらいしか居なかったと私は記憶している。
だが、今姉さんは――悠のことを、愛称で呼んだ。有象無象や他人と言う言葉ではなく、愛称で呼んだのだ。

だったら――姉さんは、悠の事を知っている?

「……姉さんは、悠のことを知ってるんですか?」
「――束さんの失言だったけど、その質問には答えられないかな」
「姉さんッ!!」
「ごめんね、幾ら箒ちゃんの頼みでもそれは言えない――だけど」
「だけど?」

「何度も言うけど、過去を追って。周りの過去と自分の過去、それから――ちーちゃんと、いっくんの過去も。 その先はとても残酷だけど、箒ちゃんの探してるものが全てあるから。だから、覚悟と意思があるなら、過去を追って」

何故姉さんが執拗に過去を追えというのかはわからない。
だけど、その中に私が疑問に思っていることと、もしかしたら――まだ知らないことがあるのではないかと思った。

それに……姉さんが言った、この先起こる大変なこと、というのも気になる。
恐らくそれら全ては……過去と、見えない現実(イマ)にあるんだろう。

「……わかりました。どうせ聞いても答えないのでしたら、自分で探します」
「ごめんね箒ちゃん――それから、箒ちゃん。箒ちゃんは――自分が力を持つ資格はないとか言ったけど、そんな事はないよ?」
「――え?」
「箒ちゃんはもう十分に強くなった。私が言えた事ではないかも知れないけど、今の箒ちゃんは十分に強い。力って意味ではなくて――信念や覚悟、そんな意思の面では十分すぎるほど強くなってる。だから――束さんは、お姉ちゃんとして箒ちゃんに力をあげる」
「それは――」
「まだ時間は少しかかるかもしれないけど、きっと――今の箒ちゃんなら使いこなせる力、ううん――箒ちゃんだけの『翼』。未来を切り開いて、そして望んだ未来で飛ぶための翼。それをあげる――もし、もしもまだそんな資格がないって自分で言うなら……その時が来るまで、もっと強くなっておいて? そして、そんな強くなった箒ちゃんに私は力をあげる」

確かに、私本心から言えば力は欲しい。
信念や意志があっても、力がなければ何も出来ないのだ。
そして何かをするのなら、それら全てと覚悟がいる。
私は――それがあるのだろうか? わからない、だけど……

「――姉さんがそこまで言うのでしたら、わかりました。では『お願いします』。私に……力、いえ、翼を下さい。そしてその翼に相応しいように、私はもっと強くなります。強くなって、姉さんの言う過去を追います」
「ふふっ、任せて箒ちゃん。きっと箒ちゃんに相応しい、最高の翼を作ってあげるから。そしてそれを、時が来たら箒ちゃんにあげるから――さて、夜遅くにごめんね箒ちゃん。 時間も遅いし、切るね?」
「……ええ、わかりました」
「あ、最後に――箒ちゃん」
「はい?」


「だめなお姉ちゃんで、ごめんね?」



「え?」

返答する間もなしに、プツンと電話は切れてしまった。
だけど、今姉さんは――

「だめなお姉ちゃんで、ごめんね――か」

姉さんのその言葉には、一体どれだけの意味や気持ちが篭っていたのだろうか。
私にはわからない、だけど――姉さんは、きっとあの言葉に姉さん自身の想いを込めたんじゃないかと思う。

そして私は、そんな私の事を想ってくれる、本当は優しい姉さんだからこそ。

「だから嫌いにはなれないんだ、私は」


そう、呟いた。
見上げた空は、相変わらず星空で、星が輝いていて。
そしてそれを見る、電話をした直後の私は――どこか心が軽くなって、意思に溢れていた。
ならば、姉さんが知っている全てを私も知り、そして――私も少しでも背負えるように、強くなって、過去を追おう。
そう、自分に対して決意した。

携帯電話をしまうと、私はそのまま屋上を後にした。
そして、部屋への帰り道に千冬さんに見つかって、怒られるものだとばかり思っていたのだが。

『ほう、いい顔をしているじゃないか――何かあったのか?』

そう、嬉しそうに聞かれるだけだった。
私はそれに対して
『大事なことが見つかって、そして自分に対してある約束をしました』
とだけ言うと、千冬さんは本当に嬉しそうに笑顔を向けてくれて、「見逃してやる、ほら、早く戻れよ」とだけ言って去っていった。

部屋に戻る帰り道、その途中で私は――もう一度自分に言い聞かせた。
強くなろう、姉さんの言う過去と現実を追って、そしてその中から未来を掴もう。
そして、未来を掴む為に必要な力――いや、翼に相応しいだけの人間になろうと、そう自分に誓った。


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