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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode5 旅路、猫妖精領


 ゆっくりと、目を開けた。人の気配を感じたからだ。
 芝生に寝転んだまま、少しだけ耳を傾け、感覚を研ぎ澄ます。

 たとえ『索敵(サーチング)』による接近警報がなかったとしても、それなりの間合いになにかが来ればなんとなく分かってしまうのは、あの頃の癖だろうな、と思う。そういえば、以前は睡眠時間こそ短かったもののその分眠りは深かったのだが、今は眠りが随分浅くなってしまった。夢を見ることが多くなったのも、そのせいかもしれない。

 (ま、燃費がいい、ってのは悪くないんだがな……)

 閉じていた目を、ほっそりと開ける。

 PK野郎なら即座に跳び起きて反撃……は、効かないんだったなこの「領内」では。ならば脱兎の逃走といきたいところだが、どうやら今回はその必要は無いらしい。覗きこむその顔に、見覚え……といっても今日会ったばかりなのだが……があったからだ。

 「何のようかな? 猫妖精(ケットシー)お姫様(プリンセス)?」
 「およ? 起きてたんダネ。てっきり寝てるんだと思ったヨ!」

 俺を上から見下ろす、褐色の肌の幼い顔つき。玉蜀黍のような色の髪から覗く三角耳は、少女がケットシーであることを示している。小柄(俺と比べるのは拒否する)な身体つきを水着の様なバトルアーマーで包んでいて、その背中のあたりでゆらゆらと尻尾が揺れる。

 「寝てたらどうするつもりだよ? PKでもしてみるかい?」
 「護ってあげようと思っタ、って言ったら信じるカナ?」

 挑戦的に頬を吊り上げてみたが、あちらさんもにやりと妖艶な流し目で笑いかけてきただけだった。幼い顔つきながらも様になったその色目遣いを見るに、もしかしたら年は少し上かもしれない。簡単な挑発に乗らず、これくらいの無礼を笑って流してくれるのは流石に領主としての器量か。

 (ケットシー領主、アリシャ・ルー……か)

 直に領主クラスに会うのは初めてだが、なるほど流石に一つの勢力を率いる者だけあってその感情表現や言葉遣い、立ち振る舞いにはどこか人を引き付ける物を感じる。選挙でかなりの長期政権を維持しているのも納得できるほどには。

 そんなことを考えながら見つめていると、その目線がふっと緩んだ。

 「本当だヨ。それニ、キミに挑んだって流石に勝てっこないヨ」
 「はっ、買い被りだよ。それにあんたも領主なら、そこそこに戦えるんだろ?」

 緩んだままの視線に、俺も表情を苦笑に変えざるを得なかった。





 話は、少し遡る。

 風妖精(シルフ)領でのゆっくりした行商と観光(ちなみに俺はクエスト探索はお預けとなった)を終えた俺達一行は、とうとう最後の領地へと足を踏み入れることとなった。アルヴヘイムをぐるりと巡って、音楽妖精(プーカ)領の隣。

 猫妖精族領首都、フリーリア。

 俺にとってはプーカ領を探索していた時代のノームに並ぶ仇敵だったためにかなり警戒していたのだが、それは取り越し苦労だと思われた。モモカに聞いたところによると、『空飛ぶ狩人(フライングハンター)』の連中のように積極的かつ金銭面関係なくPKを行うような種族は殆ど無く、あの火妖精(サラマンダー)だって狩る相手は一応は選んでいるらしい。

 そんなこんなで安心していた俺達の予想は、あっさりと裏切られたのだが。





 「君タチのコンビネーションもスゴかったけど、やっぱりあの乱戦での動きはすごかったヨ! 前衛四人相手に被弾ほぼゼロ、その上戦線を上手く動かして後衛に落ち着いて詠唱をさせなかった。とて
もALOを初めてまだ数カ月なんて信じられないヨ!」
 「ありゃアイツらが下手糞だっただけだ。敵さん連中『随意飛行』も満足にできない癖によく護衛付き牛車なんて襲おうなんて考えたもんだぜ」
 「ヘタクソって言ったって、私達ケットシーの護衛達は完全に押されてたみたいだけどネ? それだけの腕を持っているのに、単なる行商人なのかナ、キミは? ケットシー領でならぜひ傭兵として雇い
たいくらいだヨ」
 「ハハ。冗談言うなよ」

 ケットシーの領主、アリシャ・ルー。

 本来は俺なんかが望んでも会えないような大物が、こうしてやけに気さくに話しかけてくれるのは別に俺が出逢った瞬間に生じるタイプの好意を持たれている……というわけではない。

 ケットシーの操るテイム生物によるアイテム運搬騎乗生物、『牛車』。

 シルフの首都であるアルンからの交易をおこなっていた牛車が、唐突に野党に襲われているのを目撃し、……まあ、なんというか、ちょっとやんちゃをしてしまったからだった。全く、目立つのはあんまり好きじゃないし、得意じゃないんだがな。まあ、行商人なんかしておきながら何を言うか、とも思うのだが。

 「ウーン、仲よくしとくといいと思うヨ~、キミも移動が全然ラクになるヨ?」

 猫妖精。敏捷性とテイミングに長けた、猫耳のケモノ妖精。

 その最大の特徴は、やはり他種族にないMobのテイムの機能だろう。そこまで巨大なMobは基本的にテイムするのは不可能だが、それでもかなり多くの種類のモンスターや騎乗用生物を自分の使い魔や専用生物として扱うことが出来る。

 今回俺が偶々目にした、『牛車』もその一つだ。

 プレイヤーが羽を持ち、空を駆け回ることが売りのこの世界ではあまり流行らないだろうが、それでも一人では持ちきれないほどの重量級アイテムや大量のアイテムを使う行商人や交易人にはそこそこの使用があるらしい。

 (そう言えば、あっちの世界ではそこそこに使われてたな、牛車……)

 今は失われた、遠い世界に思いを馳せる。

 俺は所持容量を拡張するアイテムがあったしそこまでの大きな商いをすることはなかったから個人では使わなかったが、何度か大規模ダンジョンの攻略班の後方支援用の物資運搬に何度か用いられ、その護衛に同行したことがある。

 「それでなくてモこっちは感謝してるんだし、サ?」
 「だから買い被りだって」

 なおも食い下がる、アリシャ。
 どうも彼女も俺が「強い」と勘違いしているらしい。

 そう、それは勘違いだ。

 あの時の戦闘形態は、この世界では珍しい地上での防衛戦だった。もっと言えば、あっち世界での俺の得意分野の一つともいえた。敵は集団で一か所を狙ってくる。こちらはそれを待ち受ける。乱戦で地上戦で、俺なら護衛を味方に任せて敵陣に突入、混乱を引き起こせばいい。敵も味方も慣れていない状況では、俺の動きは流石に捉えられなかったのだろう。

 簡単に言えば、俺は「強く見えるように誤魔化している」のだ。
 実際には、強くなんてないのだ、俺は。

 それに。

 (それに、二人の支援も、すごかったしな……)

 後方支援のモモカ、ブロッサムとの連携は、風妖精領以降どんどんその練度を高めていた。二人が、あの『風の啼く岬』で何を思ったかは、知らない。聞いてもいない。だが彼女らだってそれぞれ何かを思ったのだろう。俺が、あそこでどうしようもない俺の中の弱さを知ったように。

 それがどのような力とどのような相互関係で作用したのかは不明だが、とりあえずいい方向にベクトルが向いていたらしく、三人での旅も、戦闘も、こうした集団戦も、以前より更にその連携は各段に上手くなっていた。魂が近づいた……なんてのは、ちょっと調子に乗り過ぎか。

 とまあ、二人の支援と勝負の相性が良かっただけであって。

 (まいったな……)

 俺はそんな、某二刀流だったり不死身の赤い聖騎士殿のような、すべてを覆すような強さなんて持ってるわけではないんだから、傭兵なんて出来ないんだが。





 しかし、思いとはえてして伝わらないモノである。

 「あれだけ強いなら、雇われてヨー!」
 「いや、俺弱いって。『随意飛行』はおろかまともな飛行すら出来ねえよ」
 「ウチの護衛達が揃って褒めてたのにかナ? 可愛い子もいるから紹介するヨ?」
 「俺にはその手は効かん。褒めてたのだって、地上戦だったからだ」

 必死に辞退するものの、アリシャは執拗に付き纏ってきやがる。

 寝ていた芝生からはもう起き上って宿に向けて歩き出しているものの、その周りをクルクルと目まぐるしく動き回りながら喋りかけて来ており、悔しいがネコミミとネコシッポをユラユラと揺らすその姿はなかなか……いや、とても愛らしい。領主選挙の得票率の高さも頷けようというものだ。

 「持ってるアイテムも、かなり高価だったらしいネ? 幾つか見たこと無いのあったヨ! 全部キミがゲットしてたんだって、売り子のオンナノコが言ってたヨ~。相当の腕じゃないとあれだけのレアア
イテム集めるなんて無理なんじゃないかナ?」
 「……いろいろ交換して貰って、わらしべ長者っただけだよ」

 嘘だが。八割は自前だ。

 「飛べないんだったら、いい騎乗用生物いるヨ?天馬(ペガサス)とか、鷲頭馬(グリフォン)とか使えるようになれば羽が使えなくても移動に困らないヨ!」
 「ああ、そりゃ便利だな」
 「だからその代わりニ」
 「断るっ!」
 「はヤっ!!?」

 全く、こういう奴の相手は苦手だ。コロコロと変わる表情。ピョコピョコと飛び回る体。バカっぽくて賑やかで、それでいてどこか放っておけない、人を引き寄せる力のある独特の人間性。見上げてくる瞳が媚びるような色を帯び、俺を絡め取っていく。

 全く。まーったく。

 「んー……ナカナカ上手くいかないネー……」
 「そうだな……」
 「問題の中心が何を言うかーイ!」
 「同じく中心が何を言うかーい!」

 ただし、まあ、こんなアホなネタに付き合ってくれるくらいには、ネットゲーマーだな。向こうの世界の彼女の外見はこの通りのそれでは無いのだろうが、おそらく同じように慕われているのだろうな。それは、なんとなく、感じる。彼女の笑顔を見ていると、なんとなく、な。

 まあ、だからと言って手伝うわけではないのだが。

 「んー、マ、良かったら領主館に遊びにきてヨ! ほら、通行証!」

 ……だが、バカには、突っ込まねば。これには、流石に。
 バカやって取り返しのつかないことをした奴だって、世の中にはいるのだ。

 「……それは流石にマズいだろうが。俺がスパイだったら、どうする気だ?」
 「スパイなの?」
 「そーだぞーすぱいだぞー」
 「ププッ。そんなんじゃ誰も信じないヨー!」
 「……、とにかく、気を許しすぎるのはよくねーよ、ったく」

 ちょっと、とげとげしかったか。気にして、ちらりと目をやってその横顔を見やる。その先にあったのは……おいテメー、言葉が通じてねーみたいな顔して首かしげてんじゃねーよ。テメーだってその外見通りの年ってわけじゃねえんだろうが。ちょっとボケてもかわいくねーぞ。ホントだぞ。

 「んー、ワタシは、折角だから楽しむべきだと思うけどナー」
 「……はぁ~…」
 「だから、サ」

 ととっ、と。数歩前を歩いて、くるりと振り返る。
 その拍子に、シッポがピコピコと揺れる。

 顔には、心からの、笑顔。本当に、人を信じきった笑顔。

 ―――全く、勘弁してほしいぜ、ホントによ。

 そんな彼女の態度に対して、俺はまた一つ大きくため息を付くしかなかったのだが。

 
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