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形而下の神々

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過去と異世界
  奴隷と傭兵

「ほら、二人分の前金だとさ」

 受け取った袋には、見覚えのある数字が彫られたコインが入っていた。

「5000円コイン?」
「円って言ったら日本の金だろ? ここじゃよく分からん単位だぞ」

思わず通貨の単位を円としてしまった。少し前なら確実にドルと言っていたが、ホームシックなんだろうか。

「いや、まぁな。合計で53万コインあるみたいだな」

 ジャラジャラと出て来るコインの数を数えると一つの袋に53万コインが入っていた。
 少しややこしい気もするが、呼び方が分からんのでとりあえず通貨の単位は「コイン」と呼ぼう。

「53万!? 大金じゃないか!!」

 金を数えたグランシェが大喜びしている。
 しかし……グランシェは甘い。


「甘いなグランシェ。この世界での53万コインは一体どれほどの価値なのか知ってるのか?」
「え……まさか激安なのか?」

 そう。現代に為替がある様に、現代とこの世界での通貨の感覚は全く違うものなのだ。

「色んな店を見て回ってきた。レートで言うと大体1コインで0.1セントだな」

 日本円にすれば1円で10コイン。要するに前金で53000円程貰った計算になる。

 そこそこの稼ぎだ。

「530ドル・・・まぁまぁだな」

 グランシェはそう呟いた。あの野郎は高級取りだからな。正直足りないとでも思ってるのか。

 俺にはこの金は有り難い限りなんだけど。



 その後、二人揃って30万コインのテントと寝袋セットを買った。

 実質3万円程度だからこれが妥当だろう。

「あとは……タイチの鞄と武器だな」
「グランシェは良いのかよ」

 聞くとグランシェは自慢げに言った。

「俺にはこれがある」

 ヤツは自分のマントとグローブ、そして投石紐とマンゴーシュを見せてくる。

 あのマントは神器で、4次元ポケットみたいな代物だから鞄は要らないし、装備もヤツが戦う分には充分だということだろう。全く、大したサバイバル魂だ。

「というかそのマントに俺のモノも入れてくれよ」

「いや、俺とタイチが離れてる時はどうするんだ? 大事でもない物なら持っておくが、武器や金、最低限必要な物は自分で持たなきゃ」

 確かにその通りだ。

「あ、そうか。迷子になったら帰れなくなっちまうな」

 冗談混じりに言ったが、本当に迷子になったら大変だろうな。


 俺とグランシェの持ち金は合わせて残り46万コイン。

 最初の前金が各自53万コイン。合わせて106万コインから、30万のセットを2人分買ったから結局46万コインだ。


「460ドルかぁ、良い物は何も買えないな」

 グランシェが残念そうに呟いた。

「良いよ別に、ショボいので」

 そう言うと、グランシェはいかにも西洋人といった風に肩をすぼめて言ってきた。

「分かってないなぁタイチは。武器ってのは妥協しちゃダメなんだ!!」

 ま、まぁ確かに言えてるな。

「お、おぉ、そうか……」

「まぁ仕方ないね、何か良い案はあるかい?」


 珍しくグランシェが戦闘の事に関して俺に意見を求めてきた。
 まぁ俺の命を守る武器の話だから当たり前だが、戦闘という彼の専門分野に関することで意見を求められると何となく嬉しいもんだな。

 せっかくなので、俺は自分のやりたい事を好き勝手行ってみる事にした。


「正直、武器はそう大した物は無くても良いんだ。これに甘んじるつもりもないが、俺には瞬間移動がある」

「おぉ確かに。瞬間移動があれば特別な装備はなくても攻撃は通るだろうな」

 お、思ったよりは好反応かも。

「そうだろ? だから、俺はある程度の剣と大量の手榴弾が欲しい」
「手榴弾?」

「そう、手榴弾だ。正確には手榴弾の材料。そこに血液を入れて軽い爆風で拡散させたいんだ」


 それさえ出来れば、俺の瞬間移動はかなり使える。


「ほぉ、確かに良い案だ。剣は軽い物を買って、後は手製の爆弾とその他の消耗品にかけるか」
「あぁ、そうしてくれ」



 そうして、俺には扱い易いらしい軽めのマンゴーシュがあてがわれた。

 お値段なんと45万コイン。

 残り1万コイン。それすなわち約1000円。こんなので何をしろって言うんだよ。


「心配するな、爆弾ならちゃんと考えてるから」

 俺の顔色を見て察知したのか、グランシェが説明を始めた。

「石を使うんだよ」
「石?」

 聞き返すと、ヤツはお得意のドヤ顔で語り出す。

「そう、あらかじめ石ころに血液を付着させとけば、その点を中心に瞬間移動が出来るだろ? いっぱい石を使えば、その分瞬間移動の性能も上がる。どうだ? 良い案だろ?」


「確かに……そりゃすげぇ」


 やはりグランシェは戦闘に関しての機転なら段違いに良いみたいだ。
 確かに、正直のところ手榴弾は少し重たそうだし、数をそろえるという観点ではコストもそれなりにかかるだろうから、決して扱いやすいとは言い切れないからな。

 そうして後の時間は石ころ拾いにいそしむ事となった。

 時間をつぶした後、例の初仕事の集合場所に行くと既にほとんどの人間が揃っていた。

「30人、全員揃っていますね」

 壮年の紳士が3人、集まった傭兵達の前に立って言う。

「私が今回のお仕事を取り仕切らせていただきます、依頼者のアーク=マストルと申します。
今回運んで頂きますのは子供の奴隷12人。イベルダから奴隷都市オリオリへ、片道10日かけて子供達を守って頂きます」

 そこで例の子供達がズラリとやって来た。が、どの子も奴隷と聞いた感じからはどうにも想像できない感じの身なりをしている。


「なんか思ってたのと違うな」

 グランシェにコソッと話し掛ける。


 俺のイメージでは手足に鎖でも繋がれて、ボロボロの布キレだけを身につけて檻にでも入れられてるのかと思っていたのだが、普通の洋服を着て、中には武器を携帯してるヤツも居る。


「家出少年みたいだな」

 どうやらグランシェも同意見みたいだ。


「あんなの逃げ放題じゃね?」

 本当に、見た感じ何にも彼らを束縛しているようなものは何もないのだ。

「まぁ色々と仕掛けがあるんだろうさ」

 グランシェは気軽な感じでそう言ったが、俺としてはそっちの方が嫌だ。
 だって、いつでも逃げられるような状態であるにもかかわらず逃げないという事は、それすなわち逃げたいとも思わないような好待遇なのか、逃げられないような弱みがあるのか、逃げるなんておぞましくて出来ないほどの何かがあるのか、だ。

 好待遇何てことは考えにくいし、そうなるとやはり奴隷制度は結構なわけありだという事になる。何とも恐ろしい話だ。


 と、そんな事を思っていると、例のマストルとか言うジィさんが口を開いた。


「今回のお仕事には私がマスターとして同行します。私の身の安全はこの両脇に居る者が守るので、皆さんは奴隷達を第一として下さい」


 マストルとやらの両脇の壮年の紳士は二人とも傭兵なのか。もしくは彼の戦闘奴隷というやつかも知れない。って言うか俺の仕事は子供を守る事なんだからジジイなんて正味、どうでも良いけどね。


「ご存知の通りオリオリへ続く道、アロン街道には山賊、魔物の他に大きな脅威があります」

 しかもそのジジイ、マストルが何やら不吉極まりない事を口走り始めた。

「アロン街道の東にある丘陵地帯は亜人、狼人の集落があります。最近は聞きませんが過去に彼等に襲われて壊滅した商隊は数知れず、依然として狼人は丘陵地帯に棲息し続けています」


「オイ、何だよ狼人って」
 小声でグランシェに聞く。

「俺の情報網に寄ると、狼男的な奴らだな」
「何の情報網だよ」

 グランシェの言葉から、早くもチート的な雰囲気が流れ出しているが、彼曰く、この情報網とは「努力と汗の結晶」らしい。

「傭兵館の仕事掲示板に『狼人討伐』があった。特徴とかも書かれてたけど忘れたよ」

 今回の情報網は、どうやら傭兵館だったらしい。

「狼人と魔物って何が違うんだ?」
「知らないよそんなの」


「そうか……」
 一番大事な所がいつも抜けている。それが彼の情報網だ。
 彼曰く、ちょっと曖昧なくらいの方がアクシデントに対応する能力が培われて良いのだそうで。


 その後、食事のタイミングや細かい話が続き、とうとう俺達の初めての街、イベルダを出ることになった。


 どうやら今回の仕事は主に2つ有るらしい。

 1つは奴隷を護る係。もう1つは荷物を護る係だ。

 奴隷を護るのは12人。
 奴隷自身も12人なので、1人の子供に1人の傭兵が着く算段だ。

 荷物を護る18人は、6人が先遣隊として支給された馬で少し先を行き、先々の安全をチェックする。そして別のの6人が荷物の馬車にピッタリくっついて護る。

 最後の6人は馬車から離れて隊列の周りを広く囲んでいる。

 まるでちょっとした行軍だ。わざわざ陣形を組むとか、それぞれに明確な役割が有るから迂闊に逃げ出せない。
 ……いや、まぁ逃げないけどね。請け負った仕事なら命がけででも責任を持って果たしきる。それがジャパニーズクオリティーってやつだろう。

 俺とグランシェはそれぞれ奴隷係に当たった。

 俺の担当はシュナウドという男の子。グランシェの担当はユイという女の子だった。
 
 

 
後書き
 一週間もサボっちゃってごめんなさい。心待ちにしていた! なんて方はいらっしゃらないでしょうが、これからもキチンと更新していきたいと思います。


 ──2013年5月27日、記。 
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