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形而下の神々

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過去と異世界
  傭兵という職業

「そうか、そこまで言うなら俺はタイチに従うよ。ただし、最後に一つ言っておく」

グランシェは納得はしていないようだが俺に併せてくれるようだ。こういう優しさは、どこか妙に頑固になってしまいがちな性格の俺にはとっても助かる。

「なんだ?」

 彼の最後の助言を聞くと、グランシェは人差し指を立てて言う。

「奴隷を雇えば、この世の常識やしきたりなどについて誰にも疑われる事なく聞けるんだぞ? 例えばマナーとして定着してる事柄について質問するのはおかしいだろ? それも、奴隷になら聞ける」

「確かにそれはおいしい話だが、俺は雇わんつもりだ」

 一向に意見を曲げる気は無いぞと俺は頑なに目の前の大男を見つめる。が、グランシェは分かっていると言わんばかりに大きくため息をついて言った。

「分かってるよ、タイチは他人の言葉では意見を曲げないヤツだからな」

 言うだけ言って、グランシェが話題を変える。

「じゃあとりあえず、泊まる場所と金の心配をしようか」


 確かに、キャンプの用意なんてないから宿を取らざるを得ないだろう。そうなると金が要る。
 さすがにこんな世界でも、某ファンタジーゲームのように魔物を倒せば金が稼げるなんて事はないみたいだし。

「どうやって金を稼ごうか」

 独り言くらいの小声でそう呟いたが、グランシェはキッチリと返事を返してくれた。

「定職に就くなんて事は俺達には出来ないぞ? 身分もないし、そもそも定住する気もないだろう?」

 定住はしないよな。そもそも俺はナツキ・シライを捜したいんだしさ。

「そうだなぁ、何かパッと大金が稼げたら良いのにね」

 あるかっての、そんな職業。そう自分に自分で突っ込んだ。が、グランシェは簡単にしれっとパッと大金を稼ぐ職業を見つけ出した。

「少し危ない仕事ならあるぞ、ホラ、あそこは多分傭兵を扱う店だ」

 グランシェの指す方向を見ると赤い建物の間に剣のマークの看板がかけてある建物があった。
 中には屈強な男達の姿もあるし、確かにそれっぽい。

「おいおい本気でこっちでも傭兵する気か?」

 ついつい素っ頓狂な声で聞いてしまう。ここに来てまた命を賭けるのか……。

「まぁ、俺が食ってける世界はこの世界しかないだろうよ」

 グランシェはそう言って爽やかな笑顔を見せる。どうやら最初からやる気満々だったみたいだ。まぁ、俺も中々便利な公式を手に入れたんだ。少しくらいは戦えるかもしれないが。

「とりあえず行こうか」

 そう言ってグランシェはさっそく赤い傭兵のドームに入って行った。
 日本の缶拾いやアメリカの物乞いみたいな事をしてる場面は今のところ見ないし、本気で傭兵くらいしか俺達の生きる道はないのかも知れない。

 俺も意を決してグランシェについて行くと、グランシェが受付らしき場所に向かっていた。中の空気はまさにゴロツキのたまり場といった感じで、そこら中から酒臭くて汗臭い匂いがした。

 それでも流石はグランシェといったところか、全く怯む様子もなくズンズンと受付へ足を進めていきなり受付嬢に話しかけている。俺も少し遅れて受付でグランシェの隣に立つと、可愛らしい女性が俺達の対応をしてくれた。


「こんにちは、ご依頼ですか? 入会ですか?」

「ビンゴかもな」

 小声でグランシェが耳打ちをしてくる。そして……。

「すまないが、俺達はこの店についてあまりよく知らないんだ、詳しく説明して貰えないだろうか」

 と、受付の女性に聞いた。女性は少し驚いた感じではあったが、初めてのご利用ですねとか言って説明を開始してくれた。
 そういえばグランシェはレミングス達の中に居る時でも小まめに質問をぶつけていたな。もしかしたらこの世の常識・良識に関しては俺より詳しいのかも知れない。
 というかそこまでアクティブに動けるのが羨ましいよ。

 俺は正直、この世界の事もそうだが傭兵の事についてもまったくの素人だ。仕事と報酬のレートも分からん。
 やはり知らない世界にポンと放り出されたときのバイタリティーは、その辺の学者より常に命と身体を張る職業の方が断然高いんだと改めて感じ、少し自分の不甲斐なさにガックリきた。


 しかも受付の人がなにやら専門用語的なのを多用するからもはや何を言ってんのかも分からんし。

 と、言うワケで俺はグランシェにこの世の傭兵のシステムについて噛み砕いて説明してもらう事にした。
「じゃあ説明を始めるぞ」

 グランシェが一通りの話を聞いた後、俺達はその説明を聞くために一旦外へ出ることに。

「まず、ここの傭兵ってのは現代の傭兵とはまた種類が違うらしい」
「現代の傭兵が何かすら分からないからその辺は気にしなくて良いよ」

 そう、俺はホントに何も知らんのだ。現代の傭兵が何なのかも、この世の傭兵がどういう働きをしているのかも。 
 グランシェは俺の答えを聞いてから続ける。

「あぁ、そうだったな。じゃあ話は早い。こちらの傭兵を分かりやすく翻訳すると何でも屋さんって感じだ。それこそ戦場の一兵隊になるも良し、金持ちの家の庭の草刈りをするも有り、荷物の護衛って仕事もあったな」

「ほぉ、それなら危険じゃない仕事を選んでもその日暮らしくらいはなんとかなりそうだな」

「その通り。だからついでに今回はめぼしい仕事も既に見付けてきた」

 久しぶりに見たグランシェのドヤ顔。仕事が速い男は良いねぇ。


「おっ!! 良いじゃん良いじゃん……ってまさか戦闘主体とかじゃないよね?」

「まぁ、そういう類の仕事も考えたんだけど……」

 いやいや止めてよ。俺はまだ死にたくないってば。

「とりあえず今回のは荷物の護衛だ。しかも定員は30名。結構多いから簡単だと思うよ」
「護衛って……そういう護衛とかの仕事ってかなり戦うんじゃないのか? 敵が狙いに来たら倒さなきゃならないんだろ?」


 どこが簡単な仕事だよ。まぁ、楽して稼げるとも思ってなかったけどさ。

「まぁ待て待て、ちゃんとこの仕事にしたのには理由があるんだよ。それを聞けば納得するはずだ」

 グランシェは慌てたように弁解するが、俺は特に気にしていない。ココに来た時からある程度腹は括っているつもりだからな。

「別にその仕事で良いんだけどね」

 と、俺はそう言ったがグランシェはお構いなしで勝手に話し出す。

「まず、報酬が前払いと後払いに別れていた」

 あ、俺の話は無視なんですねわかります。

「次に出発が今夜なんだが、依頼はこの街から地図で見た感じで40km程離れた場所に片道10日で荷物を運ぶ事だ。その際、持ち物は武器と寝袋の他は任意らしい。要するに3食の飯はでるんだ」

 ナント、3食付のお仕事ですか……金の無い俺達にはもってこいのお仕事ですな。

「おっ、それは良いじゃないか。で、荷物って何なんだ?」

「え、それ聞く?」

 え、聞いちゃだめなの? そんなにヤヴァイ感じなの?

「聞くけど……」

 俺が聞きたいという意思を示すと、少しの沈黙の後グランシェが嫌そうに口を開いた。

「……奴隷だよ」
「……えっ?」

 え、奴隷……? 荷物が奴隷?

「奴隷だってば。これから奴隷都市って場所に行って売りに出される子供の奴隷!!」
「お……マジかよ」


 改めてハッキリとグランシェの口から放たれる中々ショッキングな事実。しかも子供って……。

「しかも奴隷って……荷物扱いなのかよ」
「え? うん。貴重品輸送の仕事の欄にあった」

 貴重品って……。なんとなく腹立たしい括りだなぁ。
 しかも奴隷は反対だという話し合いの直後にこの依頼はちょっと……。


 と、そんな事を考えたが、グランシェだってなにもいやがらせ的な意味でこの依頼を選んだのではないはずだ。彼は彼なりに考えて悩んだはずだし、俺の自分の将来の事を真剣に考察した結果、この依頼を受けようという結論に至ったんだろう。
 そんなグランシェの思いを、奴隷が嫌だからという理由で無下にする事なんて俺には到底出来ないし、なにより今は仕事を選べるような良いご身分ではないのだ。
 よって、俺の答えは一つに絞られた。

「……良い仕事だな。ありがとう、張り切って受けるよ」

 正直のところ、決死の判断だった。

 荷物の護衛とはいえ、内容はこれから奴隷として売られる人間の護衛なんだ。子供たちに俺がどうこうしてやる事なんて、どうせ今はまだ出来ないんだ。
 だったらせめて安全な旅を作ってやろうじゃないか!

「ほぉ、タイチが奴隷と聞いても仕事を受けるとはな。それでこそタイチだよ」

 グランシェは少し拍子抜けしたといった風だが、取り合えずはこのまま依頼を受けてみるという方向で話が固まった。
 そこで、依頼を受けるにあたってグランシェからの注意があるとのこと。

「何なんだ?」

 注意があるというから聞き返すと、彼は真剣な面持ちで口を開いた。

「これは俺がこの依頼を選んだ理由にもつながるんだが、輸送の割には雇用人数が30人と人数が多いんだ。身勝手な話だが、最悪の場合にはその場を放棄して逃げることも出来る」
「な、なんと……」

 要は仕事仲間を囮にするという事か。

「セコいかも知れないが、それが俺達の生き残る術だ」

 グランシェは相変わらず真剣な眼差しを向けて来ている。しかしまぁ、納得はできる。今の俺達には力も何もないんだ、そのくらいしか生き残る術はないよな。

「そして実はもう一つ、これを選んだ理由がある」
「どういう意味だ?」

 聞き返すと、彼は今度は少し頬を緩めて答えた。

「この世界の奴隷とはどういったものなのか。それをじかで見れる良い機会だろうと思ってな」

 そうか、奴隷を運ぶんだから奴隷と接触できるという事か。じゃあ彼らがどういう扱いを受けるかも分かるし、どういった立場なのかも分かる。

「敵を知るってやつか」

 俺が呟くと、やはりグランシェは目ざとく返事を返してくる。

「いやいや奴隷制度が敵かどうかはまだ分からんよ。もしかしたら本当に軽いものかも知れんし」

「まぁ……そうかもね」

 グランシェはどうしてそんなに奴隷にこだわるのだろうか。まぁ俺も逆の意味でこだわってはいるのだが。
 と、グランシェは場の空気を切り替えるかのように大きな声を発した。

「さ、そうと決まったら出発の準備だ!!」

 そう言って傭兵屋に入って行く。

 まぁ今更ごちゃごちゃと考えても仕方ない。運ぶモノが奴隷だろうがただの荷物だろうが、依頼主からすりゃあこちらはただの傭兵。

 まだ俺達がどうこう出来る話でもないんだし、今は生き抜く事を考えよう。


 俺はそう心に決め、また自身に言い聞かせるかのように勢い良くグランシェについて行く。

 いつもより少し大きな歩幅で一歩、強く踏み出した。 
 

 
後書き
 やっと20話まで来ました!! ここまで読んで下さってありがとうございます!!

 ここからが本格的な異世界ライフの入り口です。主人公のタイチは、今後奴隷とどう付き合っていくのか。そしてどう言った行動を起こすのか。
 のんびり更新ですがボチボチ読んでくれれば嬉しいです。

 尚、今日からそろそろテスト勉強しないといけないので、もしかしたら少しの間(1週間くらい)更新をサボるかもしれません。ごめんなさい。

 ──2013年05月16日、記。 
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