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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§33 類は友を呼ぶ?

「あーしんどー……」

「お疲れ様です、マスター」

 雁字搦めに縛られて路上に放置される者。吊るされてぶらぶらしている者。柱に縛り付けられている者。路地裏は死屍累々といえる惨状に変貌していた。もっともよく見れば彼らはほとんど傷を負っていないことに気付くだろう。ちなみにこちらは無傷なのはエルだけで、黎斗はかすり傷を負っている。

「さっすがに、この数はキツいわ」

 軽くズボンを叩いて埃を落とす。相手を極力傷つけず無力化することの、なんと難しいことか。数人ならなんとかなるが十数人ともなると黎斗も無傷とはいかなかった。

「ヤンキー達もこれで懲りるといいんだけど」

 相手で一番の重症者は宙吊りになっている少年だ。紐の跡が赤くてちょっぴり痛そうに見える。それに紐で吊るしたことによって血の巡りが悪くなっているだろうから、これからしばらくは血色が悪いかもしれない。

「ったた……」

 頬に手の甲に、いくつかある傷も超再生の力ですぐに治っていく。数秒後には傷があったことなどわからないだろう。

「一応、再発防止策でもとりますかね。あんま気が進まないけど」

 黎斗ならともかく、エルが襲われたらひとたまりもない。最悪の場合を考えて、不良軍団の荷物を漁り始める。次やったらどうなるのかを、直接身体に教え込む方が早いし確実なのはわかるのだが、痛めつけるのは黎斗の趣味ではない。

「あ、あったあった」

「マスター、ワルっぽいです……」

 痛めつけて縛り上げた挙句に財布を漁っているのだ。こちらが不良呼ばわりされても仕方ない。

「しょうがないじゃん」

 財布や手帳を探して、学生証や保険証といった身分証明賞を抜き出す。携帯電話のカメラで一つ一つ撮っていく。お金を抜くのは良心が咎めるから、無しで。ついでに指紋も左右計十本、全て貰っていく。

「さて、記録完了。これで警察にいつでも突きだせる」

 相手の携帯電話番号およびメールアドレス、自宅の電話番号は既に黎斗の携帯電話に赤外線で送信済みだ。ここまでやれば悪さは出来まい。一人悦に浸る黎斗だが、陽気な着信音がその幻想をぶち殺す。

「……ゑ?」

 ———発信者、甘粕冬馬。

「マジ?」

 どうしよう、いやな予感しかしない。しらばっくれようか?

「マスター、バックれても事態は悪化するだけかと」

「ですよねー」

 覚悟を決めるしかない。

「……もしもし」

「もしもし。悪い知らせと良い知らせ、どちらからお話ししましょうか?」

 開口一番から碌でもない。悪い知らせは現実になりそうだ。まして今回の彼は単刀直入。普段だったらおふざけが入るだろう展開なのに、その気配がないことが更に黎斗を不安にさせる。

「……良い知らせからお願いします」

 どうせ落胆するのが目に見えているのだ。ならば良い知らせから行こう。

「黎斗さんにお客様がお見えです」

「は?」

 意味が分からない。来客が良い知らせ?

「どういうことですか?」

 良い客か悪い客かどうやって判別したのだろうか。というより、何故甘粕が黎斗宛の来客を把握しているのだろう?

「次に悪い知らせですが」

「ちょ」

 強引に話題が切り替わる。良い知らせと銘打っておきながら甘粕自身もあまり良い知らせとは思っていなかったのか、などと少々場違いな事を考えていた黎斗の思考は、

「黎斗さんのアパート、全壊しました」

「はぁああああああああああああああああ!!!!???」

 甘粕の発言に、理性を全て削り取られた。携帯に向かって唾を飛ばし猛反論。

「ちょっとちょっと、意味わからないよなんだよそれ!?」

 あのアパートに住んでいるのは黎斗達だけだ。おまけに留守にしていたから人的被害は皆無だろうが、そういう問題ではない。あそこには黎斗が必死に溜めてきた、ライトノベルに各種コミック、PCゲームに携帯ゲームといった黎斗のお宝(たましい)が眠っていたのだ。それが、全壊。

「全壊って何だよそれ!?」

 発狂する黎斗を周囲がドン引きした目で見ているが、生憎構っている暇はない。

「来客者((・・・))の方と草薙さんが戦われまして、その余波で……」

「ごどぉー!!! あんの人でなしぃぃぃ!!!」

 往来(セカイ)の真ん中で親友(ごどう)に叫ぶ。

「ママー、あのお兄ちゃん変だよー」

「シッ!! 見ちゃいけません」

「……マスター、周囲からの視線が痛すぎます」

 打ちひしがれる黎斗に向かって、無垢な幼児が追撃をかける。

「黎斗さーん? 大丈夫ですか?」

「大丈夫なワケないじゃん……」

 流石に屋外でこれ以上の暴走は出来ない。しっかりと理性を保たねば。SAN値の貯蔵は十分だ。

「続けますよ?」

「……お願いします」

 現実をまずは把握しよう。

「私たちも事態を把握したのはつい先程なのですが」

 前置きをして語り始める甘粕。その内容に唖然とする。

「僕の知り合いを名乗る魔王サマ(カンピオーネ)がアパートに襲来。反町達とモメてるところに護堂見参、その魔王サマと交戦。苦戦しつつも相討ちに持ち込む。んで、その際の主戦場が僕の家、と」

 突っ込みどころしかない。

「わけがわからないよ…… 僕にカンピオーネの知り合いなんかいないぞ。ヴォバン侯爵や剣の王はお会いした記憶はあるけれど」

 彼らがわざわざアパートに訪問に来るなんてありえない。

「しかも反町達と何があったんだよ。アイツら無事なの?」

 カンピオーネと対峙して無事に済む筈が無い。ドニと戦った時は相手が手を抜いていたことに加え黎斗が間に合ったから良かったものの、あれは幸運が重なった結果だ。護堂が間に合ってくれたのか。

「いえ、その、まぁ……」

「……」

 妙に煮え切らない甘粕の態度に黎斗の脳裏に最悪の結末が思い浮かぶ。いや、そんな、まさか———

「非常に申しあげにくいのですが、彼らは来客者のお方に多大な精神的苦痛(トラウマ)を与えていただけで無事です。というか、とてもお元気です」

 何だそれは

「……イタズラ電話だったら切りますよ?」

「イヤホント、ホントですから、信じてください!!」

 必死な甘粕の様子を見るに、全く納得できないが彼の言は事実なのだろう。

心的外傷(トラウマ)て。何やらかしたんですか……」

「美女を目の前にご友人三人の理性(リミッター)が解放されたらしく……」

 なんということだ。馬鹿も極めればそこまで行くのか。

「……まぁ、義母さんも言ってたけどカンピオーネ(ボクら)は基本、愚か者だからなぁ。類友ってことか? 激しく釈然としないけど」

 ただひた向きに己の欲のままに振舞う者。そう考えればわからなくもない。だがとても納得のいく話ではないし黎斗の同胞が戦闘狂、大量破壊のプロ、ハーレムの盟主とただでさえ一緒にされたくない存在が並んでいるのにそこに変態×3が追加とか何のイジメだろう? 同類扱いされたことを原因に裁判起こしても勝てそうな気がする。

「……? すいません電波が悪くて聞こえなかったのですが。何とおっしゃいました?」

「あぁ、気にしないでください」

 よくよく考えれば人間の前で義母(パンドラ)の話はよろしくない。電波が悪かったことに感謝する。

「あー、じゃあ被害者、もとい魔王様は無事だったんですか?」

「セクハラ受けた魔王様はたいそうお怒りでして。草薙さんがなんとか相討ちに持ち込んだ形ですよ」

「……へぇ」

 護堂の戦闘を見られなかったのは残念だが、助太刀なしでそこまで出来れば上出来だろう。強くなっているようでなによりだ。

「それで、激戦の余波で黎斗さんのアパートが全壊。跡地が今クレーターになってますよ」

「……もう叫ぶ気力残ってませんよ」

 クレーターとはこれまた酷い。痕跡すら残っていないではないか。こんな芸当が出来るのなら、護堂達は建物の解体業者をやれば大成功する気がしてならない。

「……とりあえず護堂に変わっていただけますか?」

 文句の一つでも言わないと気が済まない。ラノベを返せ。マンガを返せ。

「残念ながらそれは無理かと」

「え?」

「草薙さんは先程、日光東照宮の方へ向かわれました」

「逃げやがったな!?」

 甘粕の微妙な声に違いに気付くことなく、黎斗は綺麗に誤解する。現地では護堂とヴォバンが戦っている頃だろうか。万全を期すならば黎斗にも事情を伝えて日光に行ってもらうべきなのだ。だが、現在日本は地雷原と化している。選択肢を一つ間違えただけで国土消滅(ゲームオーバー)となってしまう程の。有史以来ほぼ全ての魔王が一つの国に集まるなどあっただろうか?

(黒王子や剣の王の動向が不明な以上、黎斗さんまで動かすわけにはいきませんしね)

 甘粕も事情を包み隠さず伝えて協力を仰ぐべきであることはわかるのだが、勝手に誤解して勝手に納得している黎斗に逐一ツッコミを入れて訂正していくのもそれはそれで大変そうだ。

(本人は認めていらっしゃいませんが今までの戦果からみても黎斗さんは十中八九魔王陛下ですしねぇ。オマケに今回のお客様の話でクロと判明しましたし)

 彼女((・・))の言を全面的に信用するならば、水羽黎斗はヴォバン侯爵に次いで活動年数が長いカンピオーネであると断言できる。活動年数と実力を=で結びつけるには早計にすぎるが、一つの指標にはなるだろう。それだけの間、死線を越えてきたことの証明にはなるのだから。

「……まぁいいや。今夜にでも飛行機で帰りますので、詳しい話はまた後程」

 こちらの反応を待たずに通話が切れる。事情の説明をする前に終わってしまった。いくら黎斗が「甘い」王でも説明責任を果たさないのは拙い。

「恵那さんの件もありますしねぇ」

 護堂が移動した時点では日光に護衛として行っている恵那の無事は確定なのだが、今も無事である保証はない。彼女の実力なら大丈夫だろうが現地では只今神殺し同士の激闘真っ最中なのだから。何が起こっても不思議ではない。現地との通信ももはや敵わない状況になっているし。

「説明させてもらいますか」

 黎斗に再び電話を掛ける。出ない。数分後にメールが来る。バスに乗っていて電話が出来ないらしい。状況説明をする旨を送ると、東京に帰った時に聞くという。

「あんまりしつこく言うのも拙いですよねぇ」

 これは事前説明は諦めるしかないか。

「飛行機とか予約とられたんですかねぇ」

 もしかしてこれから飛行機の便の予約を取るのだろうか?

「こちらでとりますよ、っと……」

 メールで黎斗に予約を取る旨を送る。数秒後に「お願いしますm(__)m」の文が携帯電話の画面に踊る。

「ははは。お任せください、と」

 チャーターやVIP席はやめてくれ、と先手を取って懇願されたのでエコノミークラスで二席を予約する。この分なら今夜にはこちらに戻ってこれるだろう。

「黎斗さんがいらっしゃったら馨さんと会議ですね」

 黎斗がどこまで力を出してくれるか、賭けの部分が強いが誠意を見せれば、悪いようにはしない筈だ。されたら困る。

「まったく、残業手当だけじゃなくて魔王交渉特別手当も欲しいところですよまったく」

 甘粕の呟きは、まさに過労死寸前の会社員のそれだった。 
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