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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§31 鬼と人と

 爆炎をものともせずに襲い掛かってくる鬼の王にさしもの黎斗も背筋が冷える。

「ったく、コレ効かないとか鬼畜すぎだろ……!? だったら!!」

 炎が効かないならば、水で押し流す。炎タイプには水攻撃が定石だ。酒呑童子が炎タイプならば、同様に効く筈。試してみる価値はある。まさか吸収して超強化、などといったオチはないだろう。

「エル、ちょっとデカいやつやるから逃げてて!」

「えぇ!? マスターいきな」

 ガトリングを回しているエルを無理矢理黎斗の影に押し込み隠す。エルを強引に隠し黎斗がその場から飛びずさった直後、彼の居たところにクレーターが一つ。間一髪で酒呑童子の鉄棒から逃げられたようだ。

「あぁ……試作兵器が……」

 嘆いてばかりもいられない。敵は距離をとっていれば勝てるような、そのような生易しい相手などではない。

「契約により我に従え荒海の支配者」

 黎斗が口を開いた瞬間、莫大な呪力が渦を巻いた。

「来れ (そよ)ぐ波風 原始の大海 震えて満ちよ水面の滴 全て呑み込み押し潰せ」

 普通に唱えては神に敵う筈もない。いくら古代の大魔法といえども神々を相手取るには荷が重い。所詮は人が扱える程度の代物。だから、魔改造した呪文を続ける。それこそ”神”でないと使えないような禁忌の呪文。

「いと広き大地に生くるものよ崇めよ いと深き冥府に蠢くものよ恐れよ いと高き御空に住まうものよ畏れよ」

 更に力任せに呪力を注ぎ込む。まつろわぬ神相手にも深手を与えられるように。

「其は蹂躙也『始源の海嘯』」

 全てを無に帰す大津波は周囲に倒れ伏す鬼達と共に、巨躯の鬼王を押し潰す。

「ぐぉお……!?」

 呻き声は、濁流の爆音に一瞬で掻き消され、黎斗の視界を凄まじい奔流が埋め尽くす。

「さて、いかに大将がチートでも……」

 これなら深手を負っただろう、と口にしようとして辞めた。それではフラグではないか。

「静かだし、殺ったか?」

 水の奔流が通り過ぎた後には静寂が残った。水滴が地面に落ちる音すらよく響く。日光が水たまりを照らし、濁りの無いそれは黎斗の冴えない顔を写した。これは存外なんとかなったか、と胸を撫で下ろそうとする黎斗だがそうは問屋が卸さない。

「あぁ、やってくれたなぁ、黎斗よ……」

 やはり、というべきか無傷とまでは言わないが軽症の酒呑童子が土砂の下からその体躯を持ち上げる。放り投げれれた木材が黎斗の背後へと超音速で飛んでいく。

「まいったねこりゃあ……」

 これもダメか。この分だと他の呪文も効かない公算が非常に高い。確実な勝利を求めるのならば破壊光線(カタストロフィー)を筆頭に遠距離からバカスカ攻撃すればなんとかなりそうではある。だが。

「付き合ってやるって言っちゃったしなぁ…… しゃあない、殴り合い宇宙と洒落込みますか」

 だまし討ちで敗北した鬼神。闘争を求め、その果てに己が全力を振るうことが終ぞ叶わなかった哀しき鬼王。それを思う。理性が消滅し同等の存在との殺し合い(たたかい)が出来なくなることを畏れ、傷が癒えるまで幽世に引きこもる。その闘志に敬意を表し(もっとも敬意を表していても真似しようとは思わないし傍迷惑な闘志だと思ってはいるのだが)応えてやろう、と珍しく熱血展開に黎斗が入る。

「どうせなら、最期まで我儘に付き合ってやるかね」

 幽世ならば、被害が周囲に出ることは無い。遠距離権能抜き(インファイト)で雌雄を決する、もっともこれは黎斗個人のエゴであり、相手がそれを望んでいるかはわからない。その時の気分でこんなことをやるのだから、自分も相当歪んでいるな、と苦笑する。影から取り出すは投擲用の剣の数々。飛び道具はアリだろう。相手だって丸太とか投げてるし。

「さて、いくぞ大将」

「こいや小僧!!」

 初手から最大加速(ブースト)、すれ違いざまに死角から投げつける無数の剣は、酒呑童子の肉体に触れた瞬間に熔解していく。

「やっぱダメか。認識していなくても発動するとかちょいとばかし面倒だな」

 反撃で振るわれる金棒を避けるが、次いで襲ってくる衝撃波の勢いは殺しきれなかった。後ろに吹き飛ばされ出来た隙を逃さぬように、鬼神は追撃の手を増していく。フランベルジュを取り出し金棒を切り裂こうと試みるも、肉体と同様触れるだけで熔解する。

「これなら!!」

 左手を翳して障壁を作成。マモンの権能(チカラ)で空気を金属化、銀の楯を作り呪力を流し強化する。触媒としてうってつけの銀ならばあるいは。その目論見は、見るも無残に打ち砕かれる。

「弱い楯など見せるなァ!!」

 一撃。まるでなかったかのように、銀の防護壁は掻き消され、金棒は黎斗の身体を吹き飛ばす。

「!?」

 全身を粉微塵にされなすすべなく飛ばされる黎斗だが、大地に激突する瞬間には再生し受け身をとることに成功する。粉微塵にされた際に仕掛けたワイヤーも、屈強な肉体の前では役に立たなかった。彼の足元に散乱している引きちぎられた残骸が、それをはっきりと示している。

「どうしたどうした神殺し!? スサノオと殺りあった力はその程度か!?」

 鬼神の俊敏な動きは迷う暇も与えてくれない。角が五つに目が十五。異形の怪物と化した彼の攻撃は苛烈を極める。

「ワイヤーは熔解していない。熔解する条件はなんだ?」

 突進してくる酒呑童子。振り下ろされる鉄棒を紙一重で避け、鉄棒を持つ鬼王の腕を黎斗自身の背後へ引く。

「ぬ!?」

 右足を軸にして左足を鬼神に叩きつける。体勢を崩した酒呑童子に回避は不可能だった。背中に直撃した黎斗の蹴りが、酒呑童子を吹き飛ばす。

「ふっとべ!」

 素手での格闘は予想外だったのだろう。意外過ぎるほどあっさりと、黎斗の一撃が決まった。

「あの巨体でこうも飛びますか。っかアレは不死身だろゼッタイ」

 小休止をとる暇も無く立ち上がる鬼に、根負けしたくなってくる。

「賢しらな技を覚えたか。だが、それで儂を止められると思うなよ!」

「……えぇい、ロンギヌス!!」

 黎斗の影から飛来する運命の槍(ロンギヌス)が、鬼神の躰に傷をつける。若干穂先が熔けたものの、しばらくすれば回復するだろう。

「この程度で勝ったつもりか?」

 黎斗がロンギヌスを構える頃には既に躰は完治している。有効打が与えられない状況に、黎斗が舌打ちをしてもしょうがない。

「埒があかん。闇の総帥(アーリマン)が使えれば、くっ」

 邪気化させた手足での攻撃によって直接魂を削り取る。徒手空拳はあまり得意ではないのだが、武器が封じられている以上この戦法しか使えない。触れれば即死には至らずとも相手の生命力を奪えるのだ。これが使えないのは正直厳しい。友愛の神(アーリマン)で使える能力だって——

「あ」

 今は護堂の権能(ウルスラグナ)が使えるではないか。光り輝く剣が使える。

「だがそれなら迦具土の権能使った方が早いか?」

 しばしどちらを使うべきか考える。迦具土の権能は単一権能故か権能以外にも様々な状況で使えるので汎用性が高い。迷うところだが、相手の手札総数は不明であることだしこちらも手札を隠しておいた方が良いかもしれない。切り札は最後までとっておこう。今の状況で切れる札はまだいくつかあるのだから。

「まずは万里谷さんの力を借りるか」

 霊視の力を裕理から拝借。狙うは金属無効化能力の正体。これさえなくせば攻撃は通るのだ。幽世補正も相まって、裕理本人(オリジナル)でないにも関わらず、知りたいことの霊視をすることに成功する。

「んで、次は”戦士”で! ……さて、大将。悪いがこっちも色々いくぞ」

 黄金に輝く剣を、霊視によって得た知識で補強し強化する。

「鬼に金棒。この諺にあるように鬼の武器は鉄製だ。っか鉄の塊だ」

「また小賢しい武器を。しかも何を言い出すかと思えば」

 嘲笑するような酒呑童子の言葉。それも当然。まだ輝きは小さく今のままでは脅威に成り得ないどころか、傷をつけることすらままならないだろう。だから、黎斗は言葉を紡ぐ。敵の手札を破壊する鬼札(つるぎ)が、黎斗の手中で輝きを増していく。

「愛嬌のある鬼もいるけどさ、多くの鬼は朝廷の反逆者として、退治されてきた。だから鬼とは敗北してきたお上に抗う者達とも言えるんだが、さっきも言ったように鉄を大将達は武器として使うよなぁ? ……ところでその武器、どっから手に入れた?」

 他愛無い雑談。しかしそれがもたらした効果は絶大だった。ぴしりと、空気が凍る気配。鬼神はおそばせながらようやく察する。眼前の剣は、今まで見てきたどんな剣よりも凶悪な代物であると。

「鬼伝説のあるところに鉱山有り。現に大江山(ココ)、昔から金山郷と言われた大鉱山地帯なんだってね?」


「小童が!!」

 襲いくる鉄棒を金色の剣で両断する。今回初めて与えた有効打に、思わず黎斗の顔に笑みが浮かんだ。

支配者(おエライさん)は鉄が欲しい。武器としても。農具としても」

 鬼神の格闘を回避しつつ言霊を込める。単純な身体能力は依然脅威だが、単純な力”だけ”ならば対処のしようもあるというものだ。

「ところで製鉄民は製鉄の過程で廃棄物を川に流すよね。そしたら川の水で農業を営む農民からしてみればふざけんな、って話になるわけだ。両者の間で抗争が起こる。支配者(おエライさん)にとってコレって絶好の大義名分じゃない? 悪者をやっつけて、同時に鉄も手に入る」

 輝きを見るに威力は十分だろう。そう感じつつも、念のためのダメ押しの言葉も忘れない。

「一つ目鬼なんかはその典型例だ。産鉄民のシンボルは一つ目。なぜならば燃え盛る炎を用いる作業で目をつぶるから。火勢で目を潰すことも多いから。天目一箇神も、キクロペスも、バロールも鍛冶に何らかの形で関わってる」

 不意に、どこかの図書館で読んだ内容を思い出した。たしかそれは———

「あぁ、そうそう。なんだかんだここまで言ったけどさ、”鬼”を昔話とかに登場する「人に災厄を齎す存在」とするならば。川を汚染し稲を枯らす産鉄民って」

 袈裟斬りで一閃。呟いた言葉が伝わる前に、神速の剣は敵を裂く。

「———農民にとっては”鬼”だよね?」

 後ろに跳躍する鬼神を追撃せず、袖口に忍ばせたクナイを投擲。熔かされずに突き刺さるクナイは鬼神の肉体を抉っていく。

「……ここらは奥田継夫さんの受け売りだけどさ。言い回しはすごい秀逸だと思うの」

 雲霞の如く浴びせられるナイフの群れは、酒呑童子を追い詰めていく。

「これでワケのわからんその能力は封じたぞ大将。チェックメイトだ。やれやれ、鋼を自在に操る製鉄の民ならば火も水も効かんわなぁ」

 火も水も、鋼を作るのに必要なことを考えれば最上位の魔法で傷一つ与えられなかったのも納得がいく。

「ま、素直にここは行きますよ?」

 決意を決めて右手に持つは、かつて彼の鬼神を切り裂いた業物。人は其れを童子切安綱、と呼ぶ。左手に持つは、かつて彼の同胞を断ち切った業物。人は其れを鬼切、と呼ぶ。

「……虚無へと還れ。鬼の帝王。ホントは童子切と鬼切じゃなくて蜘蛛切と鬼切の方が良いんだろうけど、ここは雰囲気重視ってことで」

 柔らかい物腰だが黎斗の眼光に鋭さが交じる。鋭利な刃が煌めくのと鬼神が半分の長さとなった得物を振り下ろすのはほぼ同時だった。

「ちぃっ!!」

 耳をつんざくような金切音と共に、鉄棒は塵芥と化して砕け散る。細断された破片がキラキラと宙を舞う。一瞬だけだが、鬼神の視界を欠片が遮り黎斗の姿を覆い隠す。その刹那が勝敗を決めた。

「はぁッ!!」

 まずは一撃。左手で胴薙ぎ。鬼切は、鬼神の腹を捉えて切り裂いた。そして二撃。返す刀で切り上げる。

「ぐぅぅ……!!」

 押し込まれ後退する鬼神を追撃し、黎斗は右手の剣を振るう。体勢を整えさせる暇など与えない。

「三のっ、払いッ!!」

 童子切を右上から振り下ろす。回避すること敵わず、斬撃全てをその身に受けた鬼の王の体躯は見るも無残な有様に変わっていく。

「まだだ!!」

 これだけ傷を受けてもなお抵抗する鬼神の、神速でこちらへ迫る右腕。神殺しすら容易く握りつぶすであろうその暴虐な力も、当たらなければ意味などない。

「いい加減、倒れてよ!」

 開いた掌に左手の鬼切を全力で突く。寸分違わず撃ち込まれた刃は、鬼神の腕を大樹へと縫い付ける。刀を持つ手もあまりの衝撃に潰れてしまう。叩きつけようと振り下ろされる左腕は、童子切安綱を持つ黎斗にとってなんら脅威足り得ない。彼が右腕を動かすと同時に、肘から先は無数の斬撃をしっかりと浴び肉片となって飛び散った。

「はぁ、はぁ……」

「……」

 突きの反動で潰れた左腕を再生し、息も絶え絶えな酒呑童子に止めを刺そうとして————大鬼神が豪快な性格であったことを思い出す。

「僕からの餞別だ。とっておきを、くれてやる」

 再びアーリマン経由で護堂(ウルスラグナ)の力を発動。山羊の力で雷を呼び出す。カイムの力で植物の意思をかき集める(といっても近場に生命はなくだいぶ遠くからなのでかなり減衰しているが)。これを、八雷神に上乗せする。

「ウルスラグナとカイムと八雷神のトリプルコンボ、多分相当痛いよコレ」

 零距離でならば権能を使っても大丈夫だろう。もう決着はついたも同然だし。

「さて、またいずれ会う日まで」

 別れの宣告(ことば)と共に、八匹の龍が酒呑童子の肉体を貪っていく。高電圧と凄まじい熱量を保有する彼らは、存在するだけで周囲の空間を歪ませて爆発を巻き起こす。

「よくやった……」

 最後にそう聞こえた気が、した。





「うぇっ、ペッ…… うぅ……口に泥が……」

 視界を焼く閃光に目を閉じて歯を食いしばったのが運の尽き。爆風によろめき開いた口に飛ばされてきた土が入っていく。

「おぇえ…… ゼロ距離は流石に問題ありまくりか」

 気を取り直し周囲の状況を伺ってみれば、黎斗と酒呑童子が激戦を繰り広げた場を除くと、大津波に全て薙ぎ払われたのか草の根一つ残ってはいない。

「随分見晴らしがよくなったなぁ……」

「派手にやりましたね、マスター……」

 影から頭だけだしたエルが、周囲を見回し呆れて言った。

「大将相手に加減なんか出来ませんー。さて、せっかくだから茨木童子に挨拶したらそのまま観光して帰りますかね。反町達ににしんそば買ってこい言われてるから京都の土産物屋に寄らなきゃだし。……にしんそば売ってるかなんてわかんないけど」

 巨大なクレーターとなった跡地に石を積み上げる。まるで賽の河原のように。軽く祈ってから黎斗は去った。再び顕現した時は戦わなくて良いように願って。





 そして。

「ふむ。奴((・))と再戦前の景気付けにちょうど良い。光栄に思え。魔女王、貴様の思惑に乗ってやる。その神、狩ってくれるわ」

「ふふふ。それでは私はこれで失礼致します」

 東欧の老王、動く。 
 

 
後書き
どこかで鬼の話/奥田継夫
読みやすいのでオススメです、と紹介してみたり(爆
こういった形での引用もアウトですかねぇ(汗

読んでて農民にとっては鬼〜のくだりがすげえと思ったんですよホント


……鬼について言霊とか無謀なことにチャレンジする気は無かったんですけど知っちゃった以上はやってみようかな、と(何
まさか僕が再び言霊の剣を使うと誰が予想しただろういやない!!(反語
酒呑童子から微妙に論点がズレてますがスルーで(汗



呪文は某魔法先生っぽく
それっぽく見えます?
おわるせかいが好きでした(聞いてない


……と、ここだけ後書きは再掲載ですっ 
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