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Monster Hunter ―残影の竜騎士―

作者:jonah
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13 「★★★『渓流のジャギィ討伐作戦』」

 
前書き
==============================
依頼主:わがままな第三王女
依頼内容:渓流行をするのじゃ。家臣たちに競争をさせるのも良いの。
     ふっふっふ。我ながら天才的なアイデアじゃの。
     だからの、邪魔なジャギィ達の討伐を頼むのじゃ。
     ん? 侍女よ、何をあわてておる?
==============================

第三王女キタ――(゚∀゚)――!
彼女を登場人物として出すのも相当面白そうですよねww 侍女の狼狽っぷりとか。同時に真面目な火の国のお姫さん連れてきたりとか。ああ、想像(という名の妄想)がふくらむ。むふ(黙 

 
「おはようございます! いい狩り日和ですね!」
「おはよう。デュラクは? いないの?」

すぐそこまで乗ってきたけど、もう帰したよ。

 欠伸をこらえながら返事すると、エリザの残念そうな声が響く。眠い。目覚ましを3つかけて(つまるところバネ仕掛けのタイマーである)ようやく今朝起きだしたナギは、同じく眠そうに、というか彼の頭上で完全に寝こけているルイーズを抱えて肩に乗せると、片腕で支えた。

「あら? 優しいのね」
「落っこちて騒がれたら困る。それに襟巻きみたいであったかいから。それだけさ」

 初秋の朝は肌寒いといってもよい。人間よりもやや体温が高いメラルーを肩に担ぐだけで、随分緩和された。ルイーズもナギの首元が温かいからか、無意識に擦り寄ってくる。ぽんぽんとその背を叩くと、妙な笑みを浮かべている少女2人を促して村に入った。
 朝早いというのに、もう村人の何人かは起きて働き始めていた。その筆頭がヴェローナ鍛冶店の長グレゴワール・ヴェローナ。何か木材を運んでいたのだが、ナギを認めると律儀に頭を下げた。無言だが、その力強い目からは「孫を頼む」という言葉が伝わってきた。こちらも無言で頷いて店の前を通りすぎ、集会浴場へ。

「どれくらい実力が上がったかを見たいだけだから、今回は小型モンスター掃討クエストでいこう」
「えっと、あ、はい」

 頭の回転が追いつかずどもるリーゼロッテだったが、うんうんと頷いて了承の意を示す。エリザは心得たように掲示板へと歩みを進めた。細い顎の下にほっそりした指を添えて小首をかしげながら、数枚の依頼用紙をピンから取った。ナギがやり方を知らないのを心得ているからだ。

「ここら辺が妥当かしら」
「ふむ…ジャギィ20頭と、ジャギィノス8頭、リノプロス8頭、ルドロス10頭ね。2人は孤島に行ったことないみたいだから、ジャギィノスはまた今度にしようか。あとは砂原、水没林、渓流だけど…」
「あ、あたしたち砂原も行ったこと無いわ。水没林は、何回か行った程度で」
「じゃあリノプロスも無し。やっぱり渓流が一番近いし、地理も把握してるね? それにしよう。ジャギィ20頭だ」
「じゃあわたし受付行ってきます!」

 元気よく依頼用紙を持ってカウンターに駆けていったリーゼロッテを尻目に、エリザが「そういえば…」とナギに尋ねた。

「あんた、ハンターじゃないのよね? 武器持ってるけど。あれ、防具は?」

 ナギの現在の服装は、リーゼロッテがばったり河ではち合わせた時に着ていたあの見慣れない服に、背中に銀の太刀を背負っているかたちだ。紺色の布地で、リーゼやエリザの普段着に上半身のところは似ている。が、もちろん下はスカートになっているわけではなく、重ねられた布が足首まで伸びている。見方によってはスカートと言えなくもない。白い帯で腰辺りを絞られ、ややたるみをもって胸元はそれなりにはだけさせていた。その上からはおそらく同じ型の濃紺の服を、袖を通さず肩に羽織っている。
 エリザとリーゼロッテの鍛錬を手伝っている時から、布の色は変われどもいつも同じ服装だった。流石に今日は防具を着てくると思ったのだが、その服――と、そこでエリザはハッと思い出した。

「あ、はんてん!」
「は?」
「あんたのその服、はんてんに似てるんだわ。前からずっと気になってたのよ。あんなにモコモコと綿は入ってないけど、はんてんの裾が長いのね! ああ、すっきりした」
「ああ…」

 エリザが何を言っているのか理解したナギは、ふっと笑った。そういえば村人は皆違う服を着ている。上は女性と一緒だが、下はズボンが一般的だ。彼らにとっては見覚えの無い服なのだろう。

「これは着流しといってね。まあ、俺の故郷の民族衣装というか、そんな感じさ」
「ふうん……。…あ、違う。あたしが言いたかったのはそれじゃなくて、あんたハンターじゃないんでしょ? だったら急いでハンター登録してこないと!」
「え?」
「ひょっひょっ」

 ナギが聞き返した時に、しわがれた声が彼の真横から聞こえた。エルザはびっくりして飛び上がる。ナギも表情には出さなかったものの、内心の動揺は大きかった。

(いつの間にここにいた!?)

「おぅ、チミがナギ・カームゲイルじゃな? アタシゃあハンターズギルドユクモ支部のギルドマネージャーをしておる。気軽にマネージャーとでも呼べぇい」
「あ…はあ、どうも」

 竜人族の老人である。垂れた耳と顔中を覆う髭が、どこか小型愛玩犬を彷彿とさせる風貌だ。柳色のベレー帽と同色の服、片手にはおそらく、というか確実に酒が入っているであろう瓢箪(ひょうたん)を持っていた。側に立たれただけでわかる酒臭さ。今もナギが返事をするあいだに瓢箪をぐいっと煽り、朝っぱらから「うぃ~ヒック」などと言ってすでに出来上がっているようだ。
 ギルドマネージャー、そんなのでいいのか。

「この間の宴会では挨拶できんで悪かったな。あの時ちょぉっと仕事で、近隣の村に行ってたからね。リーゼとエリザを救ってくれてありがとよ。ひょっひょっ。2人とも将来見込みのあるハンターだからな」
「当たり前ね」
「アー、それで、チミ。さっきリーゼが依頼書を持ってきたが、チミもそれに同行するのかい?」
「はい、そのつもりですが」
「申し訳ないんだけどねぇ、ハンターじゃねえ一般人は狩場に行っちゃァいけねぇってのが、ギルドのルールなんだわ。チミは渓流に住んどるから、まあ、ある意味例外っちゃァ例外なんだがな。うぃ~ヒック!」

 えっと声を上げたナギの横で、「やっぱり」と頭を抱えたエリザ。リーゼロッテはの後ろでどうしようどうしようと右往左往している。ふたたび勢いよく瓢箪をあおると、ギルドマネージャーは酒臭い口を開いた。

「簡単な話よぅ。チミもハンター登録すればいいのさ。なぁに、名前だけ登録するようなモンだ。別にこっちはチミを取り込もうなんざ思ってねェから、安心しな」
「……そうですね」

 一度師となることを了承した身。やるからにはしっかりやり通したい。ナギはそういう性格だ。

「そういうことでしたら」
「え、いいの?」

 エリザが横から口をはさんだ。断ると思っていたのだろう。それに頷いて、顔見知りになった受付嬢シャンテが用意した用紙にさらさらと文字を書く。特に難しいことはない。名前、性別、年齢、出身地、扱う武器と、オトモアイルーの名前と攻撃方法を書くだけだ。

(ナギ・カームゲイル、男、22歳、出身地は旧大陸ポッケ村…と)

「22歳ね…」
「旧大陸出身だったんですか! 船に乗ってこちらに? あれ、でももう7年間渓流に住んでるって……」
「ああ。子供の頃に、な。…武器は、太刀と弓、と。オトモアイルー…メラルーだけど、まあいいか。名前がルイーズ、近接のみ。あとはサイン…っと。これでいいのか」
「うぃ~ヒック。よしよし、これでチミも晴れてハンターの一員だ。といっても、まあ特に義務とかはないから、気にせんでもいいぜ。ウン。じゃ、依頼は3人の新人ハンターが受けたっちゅうことで。気をつけて行ってこい」

 “新人ハンター”という慣れない呼称にこそばゆさを感じながらも、会釈をしてまた門へ行く。門前の石階段には、行きにはいなかった青年が目をこすりながら座っていた。エリザが「げっ」というのに対し、リーゼは笑顔で青年の名を呼ぶ。

「あ、ロウェルさん!」
「おう。おはようリーゼちゃん、エリザ。今日もユクモ村の平和は…ん? 見慣れない顔だな。湯治客かい? む、その目つき、物腰、ただ者じゃないな! 怪しい奴! ちょっと待ってもらおうか!」
「え、あ、ちょ、ロウェルさん、落ち着いて――」
「ここはユクモ村。温泉が売りの、のどかで平和な村だ。ゆえに! 怪しい奴は通すわけにはいかねえ。このオイラの目が黒いうちはな!!」
「ちょっと、ロウェル。待ちなさいよ。…聞いてんの?」
「たとえ、凶悪な相手だろうと! 村の平和を守るため! 勇猛果敢に立ち向かう!」
「おーい、ちょっと。ロウェール?」
「泣く子も黙るユクモの鬼門番といえばオイラの痛デデデデ!!」
「おだまりっ」

 耳を掴まれてぐりぐり捩じり上げながら、エリザが冷たい目でロウェルを見た。まるで、道端に落ちている石ころを見るように。
 ひどい! よよよと崩れ落ちたロウェルを、エリザの冷たい視線が追う。まるで道端に落ちている虫の死骸を見るように。

「ランク下がった…!」
「大丈夫よ。売値は同じ1ゼニーだから。二束三文にもなりゃしないわ。ボンバッタですら6ゼニーで売れるのに……クス」
「うわあああん!」
「ウフフフフ」

 収拾がつかなくなってきた場を収めたのは、意外なことにナギであった。溜め息をついて、マイクテストをするように「アー」と無意味な声を出す。自然と注意がそちらにむいた。

「どうも、ナギ・カームゲイルです。2人の一応…師匠、のような立場になってます。さっきハンターになったばかりの新人だけど」
「……え? そうなの?」
「だからさっきからわたしがそう言おうと…」
「じゃあ、そういうことで。失礼します」

 一方的に会話を打ち切ったナギは、リーゼ達も置いてすたすたと門へと向かう。その後ろを慌てたように2人が追いかけていった。
 ロウェルはというと、嵐のように立ち去った少女達を呆然と見送り、ふと我に返った時にあることに気づいた。

「そういえばオイラ、自己紹介…してねえや……」

 門の向こう、消えた竜車を見送る彼の背に僅かな哀愁が漂っていたのを知るのは、無言で一部始終を見ていたヴェローナ鍛冶店古株鍛冶アイルー、ゲンさん(“ゲンさん”までが名前)のみだ。



***



「今頃ハーヴェスト達も頑張ってるのかなぁ」
「チェルシーに怪我させたら、ただじゃ置かないわよあのメラルー」
「ははは…訓練に必要なかすり傷や筋肉痛は、大目に見てやってくれよ」

 ベースキャンプに到着。2人は狩りの前の準備体操(これも実はナギが教えたものだったりする)をしていた。ナギは自分の太刀の切れ味を見ている。砥石のかけ方を間違えると火を噴く太刀だから、慎重だ。
 2人が話しているのは、村の訓練所で今頃特訓しているであろう彼女たちのオトモアイルーのことだ。1ヶ月の修行の中、初日はこなかったものの2日目以降は結構な頻度でハーヴェストとチェルシーもナギのもとへ来ており、一緒に修行をしたいと言いだしたのだ。そこにふんぞり返ったルイーズが獣人族としての戦い方をレクチャーしたのが始まりというわけである。おおよそ人間はメラルーのことを嫌っているが、メラルーとアイルーの仲はそう悪いわけではない。“黒い毛の同胞”や“白い毛の同胞”などと呼び合って、それなりに仲の良い関係を築いている。もっとも、人の集落で生まれ育った生粋の都会アイルーは、人間と同じ思考回路なのでメラルーのことを嫌っているというきらいはあるが。
 日頃デュラクやナギとともに手合わせし、様々なモンスター相手に立ち回ってきたことで、ルイーズは一流ハンターのオトモアイルーと比べて遜色ないほど、否、むしろ彼らを上回る能力を持っている。惜しみなく金や素材を(ナギにとっては勝手に)つぎ込んで作られたオトモ武具の力も大きいが。
 何せ毎日上位のナルガクルガの尻尾回転攻撃を受け止める修行(防御力の向上につながる)や、ユクモの堅木を一撃でかち割る修行(総合的に攻撃力の上昇が見込める)をしているのだ。一撃である。ユクモの堅木でそれを行うのは、一般的に獣人族よりも筋力はあるだろう人間の成人男性がやっても厳しい。鍛冶職人は別である。
 そんなルイーズが「その弱っちい根性を叩きニャおしてやるニャ!」と鼻息荒く言った相手はもちろんハーヴェストで、どうにか臆病“すぎる”性格を、ただの“臆病”に治すよう努力しているらしい。具体的に何をやっているかは知らない。だが、最初ナギの庭でわんわん泣いていたハーヴェストが、それでも修行をやり続けたのには密かに感心していた。なかなか根性があるじゃないか、と理由を尋ねたところ、なんとリーゼの役に立ちたいからだそうだ。それでこそ男だ。思わずマタタビクラッカーをご馳走してやった。目を輝かせて頭を下げるその様はハナとは違った愛らしさがある。ああ、愛でたい。
 チェルシーには「スキルの使い方がニャってニャいニャ。女のど根性で狩りはゴリ押すニャ!!」と言っていた。気合と根性で覚えたいスキルを全てモノにしたルイーズだ。おそらく同じことをチェルシーに要求するのだろう。ご愁傷様としか言えない。チェルシーのハッカの毛並みもメラルーにはない色合いで、ナギにとっては新鮮だった。うむ、可愛い。
 2匹ともこのまま頑張って是非リーゼとエリザの優秀なオトモになってほしい。まだハーヴェストの臆病っぷりの改善は、ルイーズ曰く「にゃふー…まだまだだニャ」らしいが。
 少女達の準備運動がひと段落着いた頃を見計らって、ナギは口を開いた。

「そういえばベースキャンプに着いてから言うのも何なんだけど、2人とも持ち物とかは…」
「流石にそれくらい大丈夫よ。回復薬は一応10個。こんがり肉も持ったし、ジャギィ相手にビンは必要ないし。あとは支給品でなんとかなるわ」
「わたしも研石10個持ちました!」
「よし。今渓流にはドスジャギィがいるみたいだけど、今回の狙いはジャギィ20頭だから無視していこう。会ったら逃げるようにして。じゃあ行こうか。頑張って」

 大型モンスターの狩猟ではない為日帰りの予定だ。渓流は気温もちょうど良いところなので、これといって絶対必要なものはない。狩猟環境もここ最近は安定しているし、何か不測の事態があったとしても、まあなんとかなるだろう。何せここは渓流。ナギのテリトリーなのだから。指笛1つでデュラクもすっ飛んでくる。
 基本的にナギは手を出さず、リーゼロッテとエリザの2人だけで対処するという方針で行くことは、既に竜車に揺られているとき決めたことだ。ベースキャンプを出るところから一切、ナギは助言も何もしない。これが彼の見る最初の2人の狩りだからである。これからの修行の内容を決めるためにも、命に関わる時以外、ナギはなんの行動も示さないことに決めていた。

「まずはエリア4から5に移動だよね」
「ええ。その次はエリア9あたりが狙い目かしら」
「うん。行こっ」

 双剣では初めての実戦ということで、先程から浮かれているのが丸分かりなリーゼロッテだが、これでもハンターの端くれ。エリア1に移動した時にはその目は獲物を狩る狩人のものとなっていた。ナギは静かに微笑む。2人とも後ろに彼がいることで変に気負うこともなく、またダラダラと構えることもなく、いい具合にリラックスしていた。
 エリア4。廃村の跡地が残るそこは、命からがらリオレイアから逃げ延びてきた場所でもあり、2人がデュラクを初めて日のもとで見た場所でもある。今は見える範囲で3頭のジャギィがうろうろと歩き回っていた。1頭がこちらに気がつき、警戒の鳴き声を上げながらこちらに走り寄ってくる。

「早速みっけ、っと」
「打ち合わせ通りあたしが牽制、あとは援護射撃だからね。射線上に入らないでよ!」
「分かってる。じゃ、行きます!」

 ダッと駆け出したリーゼロッテの横を、弧を描いた矢が風を切る音とともに追い抜いた。始めの1頭の額に突き刺さったったそれはジャギィをノックバックさせるものの、だがモンスターの強靭な生命を奪うには至らない。ジャギィはよろめき悲鳴を上げながらも、最後の意地とばかりにリーゼに噛み付こうと顎を大きく開けた。

「ハッ!」

 気合のこもった声とともにリーゼロッテは背の対の刃を抜き、牙を向く小型竜を恐れずに喉めがけて切り払う。鋭い犬歯が敵に届く前に、頚動脈を深く傷つけられたジャギィは断末魔とともに後方に飛び、二度と起き上がることはない。続いて飛びかかってきたジャギィを流れるように斬り上げでいなし、追撃。横からリーゼを狙ってきたもう1頭は目の前に突き刺さったエリザの矢に怯み、たたらを踏んだ。
 仰け反ったジャギィを続けざまに二段斬り、斬り返し、腰をしっかり落として車輪斬りで止めをさす。と、背中に衝撃が来た。エリザの矢が既に背中に数本突き刺さっている最後の1頭の回転尻尾攻撃だ。

「ったぁ…このッ!」

 ドスジャギィの防具を纏っているとはいえ、小型ながら仮にも鳥竜種であるジャギィの攻撃はリーゼロッテの華奢な背中に鈍く響いた。前に転びそうになるのを足をグッと踏ん張ってこらえ、振り向きざまに二連斬り。後方に跳ねたジャギィは地面に伏すも、再びむくりと起き上がると怒りの声を発した。エリザの矢が空を裂く。惜しくも狙いをそれた矢はジャギィの頭上すれすれを通った。後ろから舌打ちが聞こえる。
 エリザの射撃とほぼ同時に地を蹴ったリーゼの攻撃も、タイミングよくバックステップしたジャギィには当たらず、思わず「ああもう!」と声が漏れた。

「エリザ!」
「わかって…る!」

 声とともに限界まで引き絞られた弦が矢を弾く。3本連射された矢はうち2本がジャギィの躯に突き刺さった。今度こそ倒れたジャギィは起き上がることなく、弱々しい声とともに呼吸を止めた。
 側に構えて双剣を抜いていたリーゼロッテも、ほっと息をついて刃をしまう。そのまま2人は黙々と剥ぎ取り作業に入った。
 ナギは岩壁にもたれながら持参した投げナイフを弄っている。

「まずは3頭…ね」
「あと17頭! 行こっ」

 最後の1頭にやや苦戦したものの、双剣のデビュー戦としては中々良いスタートを切ったリーゼロッテはずれた帽子をかぶり直しながら気合を入れ直した。
 薄暗い森とも取れるエリア5。大きな切り株の周りにはジャギィがちょうどガーグァの食事にありついているところだった。幸いドスジャギィの姿はないから、先に食べ終わってエリア移動をしたのだろう。

「ハァ!」

 先ほどよりも数が多いがなんのその。再び切り払いで群れに切り込み、右からタックルをかましてくるジャギィの攻撃を前方に転がって避ける。立ち上がってすぐに二連斬り、勢いよく遠心力に身を任せ回転斬りすると、ジャギィは後方、エリザの足元に吹っ飛んだ。即座に近接攻撃でエリザが沈める。
 リーゼはその様子を見届ける間もなく次のジャギィの攻撃を交わし、カウンターで斬り払い。再び背中に一撃もらうが直ぐにエリザの矢でそのジャギィも息絶えた。
 直にエリア5のジャギィも狩り尽くし、2人はそのままエリア6、浅瀬の河と滝があるエリアへと足を向ける。息が切れてはいるが、肩で呼吸をするほどではない。体力に余裕はまだあった。
 大きな切り株の上に座ってその様子を上から眺めていたナギは、よっと飛び降りると、2人の後をついて行く。その顔は満足そうに微笑んでいた。

「ふぅ……ジャギィは2頭ね」
「ジャギィノスも1頭か…先にそっちをやったほうがいいかも」
「タックルが厄介だものね。あたしが注意を引くから、あんたは後ろからノスを仕留めて」
「引き付けるならわたしが…」
「あたしじゃ決定打を与えられるような攻撃力を持ってないのよ。逃げ回ってるから、その間にやって」
「わかった」

 すり足で河の中へリーゼは入り、じっと息をひそめる。エリザが力を溜めずに矢を水浴びをしていたジャギィノスに向かって射った。ノスの背中に当たった矢は、しかし固い皮に阻まれてかすり傷をつけるに終わる。3頭は怒りの鳴き声をあげると、一目散にエリザへ向かって走っていく。
 ダッと、リーゼが駆け出した。水を跳ねさせながらも、以前ここに来た時のように河底の石をひっくり返して転倒なんて格好悪いことはしない。ナギとの修行の中に、渓流の河の中をひたすら走るというものもあったのだ。走りにくく水の抵抗のあるところを1日中へろへろになるまで走らされ、リーゼは足腰の筋肉を鍛えた。

「やああ!!」

 鬼人化。自身の身の“気”を練り上げて全身の隅々にまで行き渡らせることで、一時的に自身の限界を超えた動きを可能とする技だ。双剣の特徴の1つでもある。身の内から溢れ出る気力はその刃に赤いオーラを纏わせ、【乱舞】と呼ばれる剣戟の嵐をもたらす。
 同じく太刀にも練気と呼ばれる技法があり、それと“鬼人化”はやや似通ったものであるが、やはり違う。双剣に変えたばかりのリーゼロッテはもちろん鬼人化の手ほどきを受けていないため、今できたのは力ずくで、偶然である。ゆえに通常よりも更に早くスタミナも消費し、早くも肉体は悲鳴を上げていた。
 やり方もわからず、ただ思うがまま無茶苦茶に剣を振り回し、ジャギィノスを死へとおいやる。その気迫のまま残りのジャギィの肉も裂き、気の影響のみならずドスジャギィの鮮やかな防具を赤く染めた。

「はっ…はっ…はっ…はっ…」
「リーゼ、あんた」
「はぁ…はぁ…、……はぁ。速く、倒さなきゃと、思って」
「まったく……体力持つの?」
「ごめん……無理」
「まぁったくもーぅ」
「ごめん…」

 リーゼロッテの体力が一気になくなったことで、順調に進んでいた狩りは一旦中止。ベースキャンプに戻ることとなった。
 固いベッドにどっかり座ったナギが、同じく目の前に座ってしょぼくれているリーゼロッテを見る。エリザに視線をやると、「好きにすれば」と肩をすくめられた。
 何も言わなくてもすでに十分反省しているようだから本心はそっとしておいてやりたいのだが、それは師としては駄目なのだろうと腹をくくった。人を上から叱るのに慣れていないから、なんと言えばいいのか正直まとまっていない。

「……リーゼ、今回の反省点は?」
「はい…。エリザが怪我する前に速くジャギィノスを倒さなきゃって思って…習ってもいない鬼人化をしたこと、です」
「ふむ。じゃあなぜそれをしてはいけない?」

 なぜと質問で返されるとは思っていなかったのだろう。暫く口ごもって考えていたようだが、やがてゆっくり話しだした。

「…太刀の練気斬りと、根本は同じでもやり方から何から全部違うのに、無理やりやったことで体力を消費して、狩りの続きができなくなること、です」
「そうだね」
「それから、変な剣の振り方をしたせいで、腕に負担をかけました」
「それもある」
「あとは……えっと……」
「…ふむ。双剣の刃を見てみて。刃がボロボロだろう? 太刀よりも刃が短い分、使う気力も制限して行かなきゃいけないのが双剣だ。まあ、過剰な気力を受けた分、一時的な切れ味は増しただろうけどね」
「本当だ…」

 オレンジと紫のグラデーションが鮮やかなジャギットショテルの刃は完全な(なまくら)と化しており、大陸規定の切れ味判定でいえば最低ランクの赤にまで下がっているといったところか。あのまま無理をして次のエリアに向かっていれば、途中で刃が折れたかもしれない。

「それから、もう1つ。君がそんな無理をしてまでジャギィノスを狩ったというのは、エリザを貶すことになる」
「え?」
「ガンナーだからって、たかがジャギィやジャギィノスのタックルの1撃や2撃、余裕なんだから。甘く見ないで!」
「つまり、もっとパートナーを信用しろって話しさ」

 ガンナーは細かい作業をしたり機動力を重視するために、総じて剣士装備よりも防御力が低い。それを知っていたからこそリーゼも必死になってジャギィを屠ったわけであるが、それを肯定的に受け止めるということは、ガンナーは剣士が守ってやる存在だと言っていることと同等になる。
 確かに普段の戦闘配置から、ガンナーの前には剣士が身を張って敵を引きつけて守っているというイメージがあるし、実際そうとも言えるわけだが、同時にガンナーは遠距離から敵の注意を引きつけて、攻撃力の高い剣士に攻撃のチャンスを与えるという役も引き受けている。彼らは対等でなければならない。それは下手をすればパーティの決裂にもなり得るからだ。

「ごめん」
「分かればいいのよ」
「それから、2人とも焦りすぎ。もうちょっとゆっくり狩りをすること。落ち着いて」

 2回目の狩りはエリア2を経由して野生アイルーの里を抜け、朽ちた鳥居と洞窟の入口があるエリア9へわたった。古いながら未だハンター達がお世話になっている頑丈な吊り橋から、エリザが先制攻撃をしかける。ハンターボウⅡの連射性能を生かし、群れへと矢の雨を降らせた。ジャギィ達は空からの突然の襲撃に混乱し、やかましくギャアギャア叫んでいる。
ギアア!!
 血飛沫が飛んだ。右往左往するジャギィの首を的確に狙ったリーゼの連撃だ。背中から迫るジャギィはエリザに任せ、目の前の敵に専念する。ジャギィを狙った矢がリーゼに当たるのではなどということは考えなかった。エリザを信じると決めたからだ。
  その後ドスジャギィに会うこともなく狩りは順調に進み、夕方前には20頭のジャギィを狩ることができた。帰りの竜車の上ではくたくたの2人が敷き詰められた藁の上でぐったりしている。その様子をナギは笑って見ていた。

「おつかれさん。エリザは随分精度も上がったね。そろそろ曲射の練習も始めよう」
「ええ…」
「リーゼロッテはあのあとよく頑張ったね。パートナーを信じきるというのも、なかなか勇気がいることだ。目の前にモンスターがいるなら、なおさら」
「はい…」
「村に着いたら、今日は奢るよ。一楽亭に行って、好きなだけ好きなものを頼むといい。遠慮はしないで。こう見えても、お金は結構あるから」

 その証拠があれだけ大枚をはたいて作られたナギの太刀やルイーズの武具である。
 2人はパッと顔を明るくし、元気よく返事をした。

「じゃああたし、抹茶あずき白玉特盛果物付き黒蜜掛けキャラメルアイス添え!」
「わ、わたしはツガル村特産のバニラアイス入り焼林檎焦がしキャラメルソース掛け、トッピングはドライベリーズとチョコチップナッツクッキー、シナモン多めでっ」
「Oh...」

 本当に遠慮なくデザート欄の高額トップ2(どちらがNo.1は推して知るべし)を頼んできた2人に苦い笑みを浮かべながらも了承した。年上の男として、今更「それは無理」だなど言うのは恥だ。大丈夫。いざとなれば倉庫にある過去狩ったもろもろの竜の素材を売れば、その場しのぎにはなる。
 用意したものの結局使わずに済んだ投げナイフと愛刀を撫ぜ、傾き始めた日を見上げた。だんだん日が短くなってきているが、村に着く頃はまだ日はあるだろう。何もしなかったが後ろからハラハラ見ていたので、精神的に疲れていた。既に夢の国の住人となっている2人に用意されていた毛布を上からそっとかけると、自分は藁にごそごそうまって目を閉じた。秋の穏やかな日差しが心地よく、じきにナギも居眠りを始める。御者アイルーの鼻歌が、子守唄となった。
 良い具合の揺れが止まったのに意識が浮上し、再びナギが目を開けると、ちょうど村に到着するところだった。同じく毛布の下で存分に伸びをしている2人の少女も起きだしたようだ。門前にはもう1台の大型竜車があり、なんだか村も騒がしい。いつも湯治客で賑わっているというのもあるが、ここ最近客が減っているとも聞くし、多分違うだろう。エリザもリーゼも特に思い当たることはないらしく、首をひねっていた。

「おう、帰ってきたか! お帰り、リーゼちゃん、エリザ! …と、カームゲイル」

 ナギのことを苗字で呼ぶことにしたらしい“自称・ユクモの鬼門番”ことロウェル・クロッツェン。彼は喜んでいるような悲しんでいるような微妙な表情を器用につくり、2人――ことエリザに話しかけた。どうやらエリザの姉オディル・ヴェローナとそのパートナー、カエンヌ・ベルフォンツィが村に帰ってきたらしい。ただ、カエンヌは平気な様子だがオディルが負傷して、現在眠っているとのことだ。エリザの表情がサッと曇った。

「命に別状はないらしいから、数週間寝れば治るらしい。オイラもほっとしたよ」
「そうなの。よかった。…ごめんリーゼ、ナギ。奢りの件今日はちょっとパスさせてもらうわ。姉さんのとこに行ってくる! じゃあね。リーゼ、後で報酬よこしなさいよー!」
「あ、うん! わたしもすぐ行くから!」
「じゃあ、今日のお祝いはまた今度にしようか。集会浴場までは俺も行こう。一応3人で狩ったことになってるから」

 そう言って村の真ん中を堂々と通っていく。前に立つのはリーゼロッテで、彼女は村人から口々に帰還を喜ばれた。その次にナギに目を向け、いい年したオバサン方がぽっと頬を染めたり、バンバンと腕を引っぱたいて「リーゼを頼むよ」と言ったり、兎に角ナギもだんだん村に受け入れられつつあるようだった。

「おかえりー。どうだった?」

 カウンターの受付嬢はピンクの制服を来た、リーゼとエリザの友人の少女、シャンテ・ブリアトーレだ。笑顔で対応し、慣れた手つきで鑑定をしていく。十分も経たずに呼ばれると、クエスト達成の報酬と領収書を渡された。行ったパーティの代表(今回はリーゼロッテ)のサインをすると、銀と銅のコインが詰まった巾着を渡された。これが今回の報酬の1800zだろう。リーゼロッテは3回数えて900zを自分の懐に入れると、残りを大切そうにポーチにしまった。事前にナギの分の報酬はいらないと話してある。恐縮しながらも、リーゼロッテは自分で稼いだ小遣いを見て嬉しそうである。双剣がうまくいったこともあるだろう。
 カウンターを離れ、最後にひとっ風呂浴びてから帰るかと出口へ向かったとき、ちょうど扉を開けて集会浴場に入ってきた1人の男と目があった。赤い防具を纏ったままの、長身の男だ。

「あ、カエンヌさん……」

 となりのリーゼが声を上げる。困惑気味の声だった。どうやら帰還を両手を上げての歓迎というわけではなさそうである。

「ただいま、リーゼちゃん。その男が君に双剣を勧めたっていう奴? ……ふぅん、防具もつけずにクエストに行くなんて、すごいなぁ。僕にはとてもじゃないけど無理だ。いやぁ、すごい。すごい」

 白々しい賞賛と拍手。
 どうやら、ナギもこの男には歓迎されていないようだ。

「この村に住んでいるわけではないらしいけど、リーゼちゃんとエリザの手ほどきをしてるんだって、聞いたよ。僕にもちょっと手ほどきしてもらえる?」

(……おいおい、マジか)

 一日はまだ、終わらない。
 
 

 
後書き
ここで来たテンプレ的展開。 
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