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連隊の娘

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第二幕その二


第二幕その二

「それでいいわね」
「はい、それじゃあ」
「まずはフィガロの結婚から」
 モーツァルトのあまりにも有名なオペラの一つである。この作品はこの時代から話題になっていたのである。
「楽しかった思い出は何処に。これにしましょう」
「その曲なのですか?」
「そうだけれど嫌なの?」
「モーツァルトでしたら」
 マリーは少し怪訝な顔になって伯母に対して言うのであった。
「皆で歌う曲が」
「貴女のレッスンなのよ」
 ピアノの席に座った侯爵夫人は咎める目で姪に告げた。
「それでどうして重唱を歌うの?」
「だって私」
 ここでマリーは声を少し小さくさせ眉を顰めさせて伯母に言葉を返した。
「そっちの方が好きだから」
「貴女の好き嫌いは問題ではないの」
 ぴしゃりと言い切る侯爵夫人だった。
「これは歌のレッスンなのよ」
「レッスンだからなのね」
「そうよ。それは問題ではないの」
 マリーにこう告げるのであった。
「いいわね」
「それじゃあ」
「はじめるわよ」
 ここでピアノの演奏をはじめた。しかしここでマリーが歌った曲は。
「うう、我が部隊よ」
 連隊の歌であった。
「我が愛すべき部隊よ」
「我が第二十一連隊よ」
 シェルピスもここで歌いはじめたのであった。マリーと共に。
「今ここに立ち上がり」
「祖国の敵を倒そう」
「我等の手にするのは勝利のみ」
「栄光が我等を待っている」
 二人調子を合わせて歌う。それは実に息が合っている。
「さあ、今こそ銃を手にし」
「敵に立ち向かい」
「止めなさい」
 二人が歌うのを演奏を中止して咎める夫人だった。
「モーツァルトなのにどうしてその歌になるの」
「それは」
「いや、申し訳ありません」
 シェルピスがマリーの前にすっと出て侯爵夫人に謝罪する。
「ついつい」
「ついついではありません」
 マリーを庇うシェルピスに対して言う侯爵夫人であった。
「全く。そんなことではですね」
「すいません、伯母様」
「わかればいいですけれど。まあいいわ」
 ここで怒るのを止めた。それで再び演奏をはじめるのだった。
「いくわよ」
「はい」
 またモーツァルトであった。しかしマリーが歌う曲はまた。
「さあ行こう我等の目指す勝利に」
「今ここで我等は敵を打ち破り」
「祖国の危機を救うのだ」
 また軍関係の歌であった。
「フランスの栄光と未来は我等が担い」
「そして旗が翻る」
「ええ、あの麗しき旗よ」
 二人に乗せられて侯爵夫人も演奏しながら歌いはじめた。
「今こそあの旗が翻る時」
「自由、平等、そして博愛」
「我等は永遠にこの三つと共にある」
「だからですね」
 自分も加わってしまったことに気付いてまた演奏を止めた侯爵夫人であった。
「モーツァルトを。もういいわ」
「宜しいのですか?」
「レッスンにならないわ」
 こう言ってピアノを収めて席を立つ夫人であった。
 
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