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トーゴの異世界無双

作者:シャン翠
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第三十二話 汚い大人ってどう思うよ?

 リューイの息がかかった立会人も、現況が理解できないのか、勝負が決しても硬直したままだった。
 無論彼はリューイが負けるなどとは、露(つゆ)ほどにも思っていなかったのだろう。
 だからこそ、リューイの買収を受けたのだ。
 しかし、現実に目にしたのは、リューイの敗北だった。
 闘悟がチラリと彼を見ると、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げる。
 闘悟に、自分がリューイの買収を受けたことがバレていると思って萎縮(いしゅく)しているのかもしれない。
 事実、闘悟にはリューイ本人から聞いているので、彼のことは明々白日(めいめいはくじつ)だ。


 闘悟は彼の元へゆっくりと歩き出す。
 彼はその動きが、処刑される断頭台に上っていく様子を感じていた。
 一歩一歩闘悟が近づく度に、自分の命が削られていく感覚が走る。
 リューイはもちろん死んではいない。
 だが、目の前のありえないほどの魔力量を放つ存在に、自分の命を握られていると感じずにはいられない。
 何しろ、自分は教師にあるまじき行いをして、闘悟の敵に回っていたのだ。
 その負い目で冷静に考えられなくなっていた。


 いつの間にか、闘悟はすぐ目の前にいた。
 ドサッと腰が砕けたように尻餅をつく。
 闘悟が口を開く。
 彼は必死に目を閉じる。
 何をされるんだと思った瞬間、闘悟の口から発せられた言葉は意外なものだった。


「早く勝ち名乗りをしてくれよ」
「……へ?」


 立会人の彼は、あまりにも間抜けな声を出してしまった。


「へ? じゃねえって。アンタ立会人だろ? だったら早く終わらせてくれって言ってんだけど?」


 闘悟の言葉の意味がようやく理解できたのか、フラフラしながらもその場で立つ。


「あ、ああ、分かった」


 そして、闘悟の方に手を向ける。


「し、勝者トーゴ・アカジ!!!」


 出せる精一杯の声でトーゴの勝利を称える。
 瞬間、空気が割れんばかりの歓声(ほぼ男性)が響く。
 リューイは取り巻きの者が現れて担架で運んでいく。
 闘悟も両手を上げて歓声に応える。
 そして、最後にクィルとミラニに向かってVサインを送る。
 クィルは可愛く両手を叩いて喜んでいる。
 ミラニは当然だとでもいうような表情を作るが、少し頬が緩んでいる。


 立会人は、自分の役目は終わったとばかりに、さっさと退場しようとする。
 だが、背後から闘悟の低い声が聞こえてきた。


「なあ、オレってさ、汚い大人って嫌いなんだよね」


 闘悟の顔を見ることができず、ただ背中で言葉を受け止める。


「……もう、顔を見せるなよ?」


 とても冷酷な言葉が突き刺さる。
 全身に汗を噴き出しながら、何度も喉を鳴らす立会人だが、許された行為である首を縦に振ることだけはできた。
 この後、彼は学園から去った。
 理由は一身上の都合というものだったが、その本当の理由を知る者は少なかった。





 未だ歓声が鳴り止まない中、気配を殺すように隠れて決闘を見ていた者達がいた。


「フシシシ、やるねぇ彼。トーゴ・アカジだっけ?」


 肩まで伸ばしている紫色の髪の毛を、後ろでスリーテイルに結(ゆ)っている。
 無邪気そうに笑うと八重歯が覗いて野性的な雰囲気を出す。
 それもそのはず、その頭にはウサギのような長い耳がピョコンと生え出ている。
 体の凹凸はハッキリしていて、出るところは出ている。
 間違いなく女性である証拠だ。


「どう思うのかなフービ?」


 彼女が視線を送った先には、ゴリラのような巨体で威圧感を放つ男が、腕を組みながら闘悟を見つめている。


「黙れシャオニ。獣人如きが俺の近くに寄るな」


 汚い物を見るような表情で、シャオニと呼ばれた少女を睨みつける。


「フシシシ、相変わらずだよねぇ。差別からは何も生まれないよ?」
「この国が異常なだけだ」
「……ま、いいや。ワタシは帰るね! あ~面白かったぁ! 出来試合だと思ってたけど、予想外の結末だよ! フシシシ、じゃあねん!」


 そう言うとシャオニはその場から姿を消した。
 またも嫌そうな顔をしたフービだが、再び視線を闘悟に向けた。


(あの時、リューイの最後の攻撃。奴はとんでもないことをしやがった)


 フービは先程の闘いを振り返る。
 リューイの『雷の枝(スパークトゥイッグ)』が闘悟に届く瞬間、闘悟は全身に信じられないくらいの魔力を宿し、全ての枝を叩き落とした。
 しかも、それを素手で行った。
 とてつもない速さと、魔力だった。
 恐らくあの時、闘悟が行った全容を理解できてる者は少ない。
 それよりも恐ろしいのは、この決闘で闘悟は魔法を使っていないということだ。
 身体能力を強化しただけで、エリート貴族を打ち負かした。
 それも武器も何も使わずだ。


「……トーゴ・アカジか」


 フービは楽しそうに笑みを溢(こぼ)した。
 まるで肉食獣が獲物を見つけたような顔つきだった。





「おいおいおいおい、勝っちまったよトーゴ……」


 呆然としながらも呟くように声を上げるのはネコミミ男子ことカイバだ。


「う……うん……」


 メイムも目の前の現実が信じられないといった様子だ。


「当たった……よ?」


 首を傾げているのは天使のように透き通った雰囲気を醸し出すヒナだった。


「当たったって何が?」


 メイムも首を傾げる。


「女の……勘」


 自慢するように胸を反らす。
 そういえば、ヒナは闘悟の勝ちを信じていた。
 しかし、その根拠はただの勘だった。
 今となれば、ヒナの勘が的中したことになる。


「で、でもよ……トーゴの野郎……あの魔力マジかよ……」


 闘悟の魔力量は、普通の魔法士から見ると異常だ。
 それはここにいる誰もが辿り着いてしまう心境だった。


「とんでもなく強かったんだねトーゴくんてば……」
「やっぱり……異世界人……ということ……だよ」
 それぞれ思うところがあるのかもしれない。
 それだけ、目の前の現実は異様なことだった。
 名も通っていない転入生が、無傷で三賢人の子息を破った。
 ハッキリ言って、規格外のことだった。
 今この学園に、リューイを無傷で叩きのめせる人物はいないと思っている。
 だが闘悟はそれを苦も無く行った。
 三人は少し沈黙を作ったが、それを壊したのはヒナだった。


「でも……トーゴは……ヒナ達の……友達……だよ」


 二人はヒナの顔を見る。
 ヒナはその済んだ真っ直ぐな瞳で二人の目を見返した。


「……そうだな、いろいろ聞きたいこともあるが、とりあえずは目出(めで)てえことだしな!」
「うん、こうなったらトコトン聞くわよ! それこそ根掘(ねほ)り葉掘(はほ)りね!」


 二人が怪しく笑っている隣で、ヒナだけは闘悟を見つめていた。


「……トーゴ……かっこいい……よ」


 その声を拾えた者はいなかった。


 
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