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ドン=カルロ

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第二幕その三


第二幕その三

「だが私にはそれをどうすることも出来ない」
 カルロは頭を振って言った。
「それが出来るのは父上だけだ。しかし・・・・・・」
 父が自分の言葉を聞き入れてくれるとは到底思えなかった。普通の父子とはあまりにも関係が違い過ぎた。父は王なのである。そして自分はその後継者だ。彼は子である前に彼の後継者でありまた家臣であったのだ。父は彼に対して常にそう言ってきた。
「いえ、殿下だからこそ出来るのです」
 ロドリーゴは表情を暗くさせるカルロに対して言った。
「私だから!?」
 カルロはその言葉に顔を上げた。60
「そうです、我が国の後継者である殿下だからこそお出来になるのです。フランドルの民衆を救うことが」
「一体どうやって・・・・・・」
 カルロはその言葉に対し狼狽した。
「殿下がフランドルへ行かれて直接政治を執られるのです。そうすればフランドルに無益な血が流れることもなくなるでしょう」
「しかし私にそんなことが・・・・・・」
 彼には自信がなかった。虚弱でいつも父の影に隠れていた自分にそんなことが出来るとはとても考えられなかった。
「できます、殿下には素晴らしいお力が備わっております」
 だがロドリーゴはそんな彼に対してあえて言った。
「王としての在り方はそれぞれです。殿下は殿下のその優しいお心を使われればいいのです」
「それでいいのだろうか」
「はい。そうすれば神はきっと殿下を御導き下さるでしょう」
 ロドリーゴはカルロを励ますようにして言った。
「それなら」
 カルロは顔を上げた。
「行こう、フランドルへ。そして血の海の中にあえぐあの地の者達を救おう」
「はい、皆殿下をお待ちしております。彼等をお救い下さい」
 ロドリーゴは強い声で言った。
「ロドリーゴ」
 カルロはそんな彼の名を呼んだ。
「それには補佐が必要だ」
「はい」
「私には君が必要なんだ。来てくれるかい」
「当然です、私の命は今より殿下に捧げます」
 彼はそう言って片膝を折り彼の前に跪いた。カルロはそんな彼を立たせて言った。
「有り難う、では私達はこれから死ぬまで一緒だ」
「はい、フランドルを救う為に」
 彼等は強く抱き締めあった。そして右腕を絡み合わせ誓った。
 そのユステの寺院の前である。質素な僧院であるがその前には緑の芝生が生い茂っている。オレンジや乳香樹の木々が生い茂っており向こう側には青い山が見える。特に整備されているわけではないが美しい場所である。
 そこに宮廷の女官達が集まっている。この場所は彼女達にも人気があるのだ。
「やはりここはいいですね」
 彼女達はオレンジの木々を眺めながら言った。
「ええ。宮仕えの気苦労を癒すには一番ですわね」
 彼女達は小姓達の奏でるマンドリンを聞きながらその場に座りゆったりと佇んでいる。そこに一人の濃い赤の豪奢な服に身を包んだ若い女性がやって来た。
「皆様、こちらにいらしたのね」
 彼女は女官達を見つけると優雅に笑った。
 黒い髪と瞳を持つ美女である。美しいことは美しいが何処か苛烈そうである。エリザベッタの美しさが鹿のものだとすると彼女のそれは豹のものであった。肌は白いく透き通っているがその白さにも何故か棘がある。仕草の一つ一つが外に向けられておりピリピリとしている。顔付きもきつくそれが彼女を近寄りがたいものにしている。
「エボリ公女」
 女官達は彼女の姿を認めてその名を呼んだ。彼女は宮廷ではその名を知らぬ者はない女性であった。
 軍人として名を馳せたエボリ公爵の妹である。幼い頃から美しく勝気な少女として知られ今では兄と共に王の側近として宮廷にいる。王妃とも親しくその良き相談相手である。
「皆様、ご機嫌よう」
 公女は彼女達に対して微笑んで挨拶を返した。
「今日は素晴らしい天気ですわね」
 微笑んだその顔は美しい。だがやはり何処か激しさを秘めている。
「本当に。毎日こんな日ばかりだといいのに」
 女官の一人が笑顔でそう言った。
「けれどそんな日ばかりだと飽きてしまいますね。雨も降るから余計に太陽がいとおしくなるものですよ」
 公女はそんな彼女に対して言った。
「ところで殿下はどちらですか?」
 彼女はカルロのことについて尋ねた。
「殿下でしたら僧院の中ですわよ」
 女官の一人が答えた。
 
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