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ドン=カルロ

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第二幕その一


第二幕その一

                   第二幕 ユステ僧院
 ハプスブルグ家には名のある君主が多い。その祖である神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ一世をはじめとして中世最後の騎士と謳われたマクシミリアン一世、後のオーストリア中興の祖マリア=テレジア、オーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ=ヨーゼフ帝等である。その中でもフェリペ二世の父であるカール五世の名は特に有名である。
 神聖ローマ帝国皇帝として君臨していた。フランスやトルコと戦いルター等新教徒達と渡り合った。彼はその双肩にドイツとスペインを抱え、それを見事に支えていたのだ。
 だがその彼も今はこの世にはいない。スペインマドリードにあるこのユステの僧院に静かに眠っている。
 僧院の中には礼拝堂がある。カール五世の好みであろうか、豪奢ではない。むしろひっそりとしている。政治に疲れた彼はその位を息子であるフェリペ二世と弟であるフェルディナント一世に譲った後この僧院に隠棲し余生を送ったのである。
 金箔で塗られた鉄格子の奥に墓がある。カール五世の墓だ。彼は今この地にいるのである。
「偉大なるカルロス五世よ」
 僧達が亡き王に祈りを捧げている。カルロスとはカールのスペイン語読みである。
「今は最早この世にはない。今はその素晴らしき志と業績を偲ぶだけである」
「そう、陛下はまことに偉大であられた」
 僧の一人が言った。
「だがそれも志半ばであった。今陛下は神の許におられる」
「今は陛下のご冥福をお祈りするばかり。天界にあっても我等が王とこのスペインを御守り下さい」
 祈りは続く。そこに一人の若者がやって来た。
「お爺様への祈りか」
 それはカルロであった。
「ここはお爺様がその人生の最後を送られたところだ。疲れきったその御心の平穏を望まれた場所」
 カルロは礼拝堂の祖父の墓を見ながら呟いた。
「今もこの場所におられる。そして」
 言葉を続けようとする。その時だった。
「人の子の安らぎは神の御許にしかない。人の苦しみはこの世にある限り続くのだ」
 そこに一人の年老いた僧が通り掛かった。
 その僧は顔をすっぽりとフードで包んでいる。顔は見えない。だがその声はしわがれ低いものであった。
「今の声は・・・・・・!?」
 カルロはその声に聞き覚えがあった。
「そんな筈はない。お爺様はもうこの世にはおられぬのだから。いや・・・・・・」
 カルロはここで一つの噂を思い出した。
「まだこの世におられるというが。僧衣の下に王冠と黄金の甲冑を着込まれて」
 青い顔をして先程の僧侶の方を振り向く。だがそこにはもういなかった。
「消えたか。行ってしまったようだ」
 だがその時遠くから声がした。
「安らぎは神の御許にしか存在しない」
 あの僧の声だった。そして声は消えていった。
「まるで私に語りかけているようだ。何と無気味な声だ」
 彼は声を耳に留まらせたまま呟いた。
 そこに見習いの若い僧侶に導かれて一人の青年がやって来た。
「殿下、こちらにおられましたか」
「ロドリーゴ・・・・・・」
 カルロはその青年の方を振り向いた。
 その青年はカルロとは対照的に大柄で筋肉質であった。顔はやや細長いながらも彫りが深く整っている。長く黒い髪を帽子の下にまとめている。その瞳は黒く力強い光を放っている。
 青い絹の豪奢な服に身を包んでいる。彼の名はポーザ侯爵ロドリーゴ、フェリペ二世の腹心にしてカルロの幼い頃からの友人でもある。
「どうしてここい!?」
「殿下にお話したことがありまして」
「そうか」
 彼等は若い僧に金を手渡しその場を去らせた。その場には二人だけとなった。
「そして話というのは?」
 カルロはロドリーゴに対して問うた。
「殿下がお悩みとお聞きしましたので」
 ロドリーゴは謹んで答えた。カルロはその言葉に表情を暗くさせた。
「・・・・・・知っていたのか」
 彼は顔を下に俯けた。
「何が理由かまでは存じませんが殿下のご様子から」
「否定はしない。だが訳は聞かないでくれ」
「はい」
 ロドリーゴは答えた。
「話はそれだけではないだろう?君も何か言いたそうだ」
 カルロはロドリーゴの顔を窺って言った。
「はい、殿下に是非ともお話したことがありまして」
 ロドリーゴは表情を深刻なものにした。
「何だい?」
「私は先日までフランドルに行っておりました」
「それは知っているよ。活躍したそうだね」96
 彼は将軍としても有名であった。
「はい、ですが・・・・・・」
 ロドリーゴは自身の武勲を称えられても表情は暗かった。
「一体どうしたんだい!?そんなに表情を暗くさせて」
 カルロは彼のあまりにも冴えない表情を見て自分も表情を暗くさせた。
「・・・・・・殿下、今フランドルで何が起こっているかご存知でしょうか」
「我がスペインに対する反逆だろう」
 彼は率直に言った。そう聞かされていた。
「・・・・・・ちがいます」
 ロドリーゴは暗い声で言った。
「では一体何なんだい!?私には君の話がよくわからないのだが」
「今フランドルは地獄と化しています。我々の弾圧によって」
「何っ、それは本当かい!?」
 フランドル、今はオランダと呼ばれる地方は婚姻政策によりハプスブルグ家の領地であった。かってこの地はフランスと所有を巡り激しく対立したこともある。商業の栄えた地であり今はスペイン領でありスペインの重要な税の収入源であった。
 商業が盛んな為商工業者の力が強い。ここで宗教の問題が絡んでくる。
 
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