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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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ALO編
  episode2 懐かしき新世界へ

 「なるほどね……。ま、詳しくはやってみて、だな……」

 情報端末に開かれた無料の情報サイトを一通り眺めて、俺は一息ついた。

 俺が入ったのは、都内の漫画喫茶だ。店員さんがこの手の店にしては随分としっかりした対応をしてくれて、俺は何一つストレスなく指定された部屋に滞りなく座っていた。まあ生前……じゃあなかった、SAO突入以前も、集中して原稿を書くときにはこの手の店によくお世話になったものだ。

 最も取材活動……要するにVRワールドへのダイブ自体は実家のボロアパートでやっていたのだが。

 (まあ今は、あの家からダイブする訳にもいかないしな……)

 どこで監視されているかわからんあの家で再びダイブなんぞしようもんなら、爺さんは猛り狂って母さんはノイローゼになりかねん。その点ここなら、さすがに四神守(あのいえ)の監視網も伸びてはいないだろう。

 (……それにしても、うーん、やっぱ落ち着くなぁ)

 意味も無くのびをしてウンウンと頷く。
 そして、さっきまで目を通していた説明書に視線を向ける。

 そこにあるタイトルは、『アルヴヘイム・オンライン』……通称、ALO。説明書を読んでわかることは、一通り分かった。だが、この手のゲームを説明書で完全に理解など不可能だ。実際にやってみないとわからないことのほうが圧倒的に多いだろう。

 ……ならば、迷う理由はない。
 このまま入ってしまおうと決め、座っている椅子の背もたれを限界まで倒す。

 普通はフルダイブする際は寝転がるのが一般的だし、最近は確か快適なダイブ専用のアイソレーションタンクなる設備のある場所もあるらしいが、そこまで金に余裕はない。もともと貧乏症の俺にとってはこれで十分だ。

 (さて、準備しますかね……)

 ゆっくりと眼を閉じて、数秒。
 そして、再び開ける。

 それは別にしなければならない動作では無いが、現実に戻って以来、「コレ」を取りだす時は、それが習慣のようになっていまっていた。別に、瞑想だとか、ましてや黙祷だとか、そういう訳じゃあないのだが。

 「よっと……」

 小さくつぶやいて、手を伸ばす。

 取り出すのは、近場の預り所から取り出してきたリュック。そのままジッパーを開け、中に手を入れる。入っているのは、そこそこの重量感のある、大きくて円形の物体。似た物を上げるなら、バイクのヘルメットか。引っ張り出して、一旦テーブルの上に置く。

 その外見には、見覚えがある。
 いや、忘れられるはずがない、というほうが正しいか。

 そこに、物々しく鎮座した機械は。

 「今日もよろしく、だな……」

 悪魔の機械と謳われた、ナーヴギアだった。


 ◆


 病院で目覚めた当初、俺の元にはすぐに総務省の役人だと名乗る男たちが訪れた。

 聞くと彼らはSAO内の俺のレベルや存在座標の追跡から俺が所謂『攻略組』(実際には違うのだが……)だと考え、一体何が起こったのかを聞きに突撃してきたらしい。はっきり言ってお門違い、寧ろ俺の方が何が起こったのかを是非説明して欲しかったくらいだ。

 まあ、それはいい。
 あの世界の情報を知りたいという点なら、共感できる。

 まあなんやかんやでいろいろと聞き出された俺だが、その中で最も重要視された情報は「SAO世界での積極的殺人歴のあるプレイヤーの名前」だった。向こうでは情報屋でもあった俺は、他の一般プレイヤーよりもそのあたりの情報に詳しかったので、これはお役人方にとってはかなり有用だったそうだ。確かに、向こうで殺しの味を占めた連中だ、お役人達も開け放つには不安だろう。

 まあ俺もバカではないから、言われるままに情報を渡したのは当然無償では無い。
 彼らに対して、とある取引を持ちかけたのだ。

 まあ取引と言っても俺が求めた条件は、たった一つ。

 このナーヴギアを、持ちかえらせて貰うことだけだったのだが。


 ◆


 電源に接続して、準備を整えてナーヴギア……俺を二年間拘束し続け、ともすれば俺の命を奪ったかもしれないこの名高い悪魔の機械……を、ゆっくりと頭に装着する。そこに、恐怖は無い。なぜ、と問われると理由は分からないが、帰ってきて初めて被った時も、全く恐れは無かった。

 被った瞬間、鼓動が安らぐ。
 まるで、誰かに守って貰っているような、安心感。
 勿論、そんなものは俺の錯覚だと重々分かっているのだが。

 「リンク・スタート」

 呟いて入っていくのは、仮想の世界。
 いや、仮想の世界、というのも違和感があるか。

 なぜならその場所は俺にとっては、かつてはもう一つの現実とでもいうべき場所だった……いや、今でもそうだと思っている場所なのだから。

 (全く、なーんでこうなったかね……)

 真っ暗な世界に入り、あちらの世界での感覚を設定するための諸動作を行いながらぼんやりと考える。なんでこうなったのか、を考えているのではない。その理由は、分かりきっているからだ。考えているのは、その原因となった、「彼女」のこと。

 彼女のことは、一向に分からない。

 いや、常識で考えれば死んでしまっているだろう。SAO事件がその終焉にどういった経過を辿ったのか詳しく知らないとは言っても、向こうでの死者が本当に死んでいた事……四千人近い数の犠牲者がでたことくらいは、俺だって知っている。

 だが俺は、どうしても彼女の死に実感が持てなかった。あの世界で最後に得た仮説…まだ彼女が生きているのではないか、というのを積極的に信じている訳ではない。もし俺の推測通りに彼女が待機空間というべきところにいたとしても、あの世界が終わってしまったのなら当然生きてはいないだろう。

 それとも。

 (まだ俺は、「あの世界」がどこかに残ってるとでも思ってんのかね……)

 思考では無く、感情で、そう思い込んでいるのかもしれない。
 俺がナーヴギアを頑なに求めたのも、心のどこかでもう一度…と願っているからかもしれない。

 或いは、この世界が夢で、目が醒めれば向こうに帰れると。

 (……くだらないな……)

 取り留めのない思考の中、設定が終わる。

 続けて、キャラの設定。性別、名前…入力はまた、「シド」だ。どうやらこのALO、大空を自由に飛びまわれるらしい。この名前は昔の超大作RPGでは有名な飛空挺乗りのものだ。いかにも空中戦を支配してくれそうではないか。

 そして最後に選択するのは、自分の種族。

 その選択肢を見て。

 「ふふっ……」

 思わず、笑みがこぼれる。

 決めていた。この種族の肩書きを見たときから、決めていた。
 見た瞬間、懐かしく、本当に楽しかったあのギルドの事を思い出したから。

 選択する。

 『音楽妖精、プーカ』。

 
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