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剣風覇伝

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第三話「大鬼(トロル)」

この関所は昔使われた、砦の名残らしい。石造りの城壁だけが残っている。それを丸太を杭にして回りを囲んで砦のようにした代物だ。
そこそこに実戦的で容易には陥ちそうもないこの砦がなぜ、あんな子鬼どもに落ちたのか。
理由を聞いてみると、入り口の番をしていたものが子鬼どもの灯りを人の灯りと間違え、砦のなかに入れてしまったらしいのだ。それでずいぶん抵抗したが砦の門を抑えられてしまってどうすることもできなかったらしい。
それで、裏口を使って全員逃げ出したのだが、その時は大混乱であとはタチカゼが見たとおりだという。
「なんと、では偶然とはいえ、俺がその場にいて幸運だったということか」
「ええ、見ましたよ、あのゴブリンの軍勢の中へ単騎、駆けて行って一騎当千の働きをしたとみるや、こんどは包囲を軽く突破して追いすがってきたゴブリンを返り討ち、いやあ見事」
「しかし、あの時は実は少し手間取っていましてな、敵も馬鹿ではないようで数が整ったところで一斉にかかられていたら、やられておりましたわ」
「おお、いやいや命知らずなお方だ、最近は、魔物がそとをうろつくと町から出ないものばかり、いくら死ぬのが怖いとて、それでは飢え死にするのを待つばかり、あなたのような勇者がおられると、わたしたち、辺境の関所勤めの戦士も士気が上がりますな」
「いや、おれは勇者などではない、戦いとなると、頭は真っ白になり、自分でもどこでどう刀を振るったかなどわからないのです。しかし、これが不思議に今日まで生き延びた、もはや神かなにかが味方していると近頃そう思います」
「ふむ、してタチカゼ殿はどうして旅を?」
ここで、タチカゼは酒の杯を置きあらたまった口調で言った。
「実は、それがし、さる王国の国王からじきじきの書面を授かりまして、それが旅の目的であります」
「ほう、国王じきじきにとは、それは大義ですな」
「ええ、みなさんも知っているでしょう?暗き国の暗黒の王が再び蘇った話を」
その話がでて、その場にいたものはこころなしかあたりが暗くなって少し凍てつくような寒さを感じたように思えた。
「うう、おほん、あー、タチカゼ殿、そのような話はこのような宴ではすこし興が削がれるというか、その」
「お、ああ、済まなかった俺としたことが、さ、宴を楽しみましょう。いやじつに酒がうまい。食い物もうまい、ここに若い娘でもいれば最高なのだが」
「はは、いやー娘はいませんが酒には自信があります。これはわたしの自家製でして・・・」
そのときだった。
門のほうで激しい爆発があった。
なにごとかと一同赴くと、夜の闇に鈍く光る眼が二つ、遥か頭上にぎょろりと見えた。
それを見上げて、すくみ上った兵士は、そいつの持つ大槌がまた振り下ろされるのに気が付かなかった。
大地が張り裂け、砂が舞う。
「オロロロロロオアウアー!」闇の中でそいつはいつになく荒れ狂っているように感じた。
タチカゼは戦慄した、子供のときより、遠目にしか見てこなかった化け物がいますぐそこにいる。
「トロルだー!逃げろー!ゴブリンもいるぞー!」
村のだれもが恐れた大鬼トロル、そいつが今、そこで荒れ狂っている。
人は、砦のなかや町のなかにいるときは、鳥の巣の小鳥のように安心しきっているが、それがイコール、危険じゃないとはいいきれない。
その壁を粉みじんにして暴れ狂う化け物もいるのだ。
タチカゼは考えた。落ち着け、こんな巨人でも生き物だ、頭か心臓をやれば死ぬはず。
ズンとトロルが前に出る、硬くなってもりあがった皮膚は剣など通りそうもないましてや矢など蚊に刺されたようにしか感じないだろう。
タチカゼは逃げた、しかし砦は袋小路、どこに逃げる。高いところだ!奴を見下ろせる場所。
死ぬ気で城壁を這い上がったそしてあらためてその化け物を見てみた、焦る気持ちを抑えつけて見入る、古来、武術では相手を前にしたとき、構え、立ち居振る舞いからそのものの力量を図る、いくら相手がトロルといえど、動くものには必ず隙ができるもの、もしくは動くということそれ自体がすでに隙ともいえる。
落ち着いて、見てみるとトロルの動きは決して速くない、それどころか硬くもりあがった皮膚が邪魔して遅くさえある。
しかし門を一発で破壊したあの威力は無視できない、タチカゼの頭は今、ものすごく動いていた。そして門を吊っていた縄に目が行く、タチカゼは即座に城壁から飛び降りた、二、三メートルはある、その
高さを飛び降りてトンと着地し、縄を持ってトロルを目の前にした。タチカゼは刀を抜いて渾身の力で刃をトロルの無防備な腹に突き刺した。
意外なことに、あのトロルは苦しみもがきだした。
腹の皮だけは薄かったのだ。しかしこの巨体である。内臓の一つや二つやられても平気で動き回るだろう。
案の定、猛り狂ったトロルは突進してきた。
タチカゼはそこに合わせたように縄を垂らした、幸いなことにもう一方の縄は丸太に結ばれてあり、トロルはそれに足を取られる形となった。あの巨体が地に倒れた。
「いまだ、みな、トロルによじ登れ、頭でも背中でもいいから刺しまくれ、倒せる、倒せるぞー!」
人間がわらわらとカラスのようにトロルに群がる。
そして、兵士のだれかがトロルの後頭部を突き刺した、するともがいていたトロルはガクンと動きを止めた。
終わったと皆が思った、しかし思考は休められない。ゴブリンがあたりに火をつけ始めたのだ。ゴブリンの頭でそんな策を弄するなどみてもおもわなかった兵たちはみな散り散りになる。ゴブリンがイナゴのようにおそいかかる。兵とタチカゼ、数人が砦跡の最後の一室に避難した、そこは砦で唯一残っている部屋だった。
タチカゼは、死んだ兵士から剣をもらった刀ではない剣にすこし手間取ったがもうものにしている。部屋のドアに武具が入ってる鉄製の箱を乗せてこじ開けられなくした。
矢が何本も突き刺さる音がする。
タチカゼらは死の恐怖になすすべなく頭を抱えてゴブリンどもがいなくなることだけを祈った。
しかしその祈りも届かなかったようだ。
ドーンという音ともに砦が壊されていく音が聞こえる。
トロルだ、タチカゼは思った。完全に敗けた。トロルは二匹いたのだ。今出て行って群がるゴブリンたちを振り払いながらあのトロルと戦う勇気はなかった。
もう絶対絶命、タチカゼも兵士たちも砦ととも下敷きになるしかないと思った。
タチカゼはみながうつむくなか、ふと顔を上げた。
これで俺は終わるのか、戦うこともせずにこんな小部屋にこもって死ぬのか、いやだ、いやだ!
タチカゼの胸にある決意が芽生えた。この手馴れぬ剣でどれだけ戦えるか自分がどれほどの戦士か、まだ試してない。
これほどの戦闘を俺は心のどこかで待ち望んでいたはずだ。
遠い昔、読み物語に出てきた英雄のように絶対なる敵と打ち合って生死をかけた勝負を!
タチカゼは剣を構えた。
「みんな、今夜、俺たちは死ぬかもしれない、だが俺は戦って死のうと思う。みんなもこの砦を命がけ守ってきた戦士だろうと思う。もうわれわれ数人になってしまったが戦おう、雄々しく戦って敗れよう。それが戦いのなかで自分を見出すしかなかった我らの最後の生き様にしよう。みな、剣を取れ」
その部屋にいたもの、六名、めいめいが己が誇りにかけて崖っぷちの中、剣を取る。
爆発音はしだいにちかくなっている。
賭けるのはその一瞬だ。
部屋の一角が崩れた。そして外に出られる穴ができた。
六名は絶叫した。おたけびとともにその穴からゴブリンどもに襲い掛かる。
六名が死を決意した剣、ゴブリンなどに倒せる剣ではない。
襲い掛かる、ゴブリンたちを次々と倒していく。
そして眼前にトロルの巨体が現れた。
「臆するな、かかれい!」
六名は息を合わせてトロルに襲い掛かった。二人が足を切る。よろけるトロル。そこへ腹に一刺しを入れる三名、そしてタチカゼは、その三名の肩を踏み台にしてさらに跳ぶ。そして横薙ぎ一閃、トロルの喉笛を掻き切った。
「ウウウゴオオオー!」
トロルの断末魔とともにゴブリンどもは退却しはじめた。
歓喜の声を上げる六名。
それは、圧倒的弱者が絶対的強者を打ち破ったときのあの腹の底から湧きあがる勝利という名の喜びの叫びだ。
夜が明ける。六名は、砦跡の残骸の上に、トロルを二匹その下に屈服させ、無数のゴブリンの死体の上に立っていた。
朝の光は、西の谷間から金色のすじとなって六名に差し込んだ。
タチカゼが剣を掲げた。五名もそれにならった。
六本の剣は暁の光の燃えるように煌めいた。
 
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