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フィデリオ

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第一幕その四


第一幕その四

「ここにいても寒いだけだ。では中に入ろう」
「それが宜しいかと」
「だが楽しみだな」
「?何がでしょうか」
「いや、焦るだけ無駄だと気付いたのでな」
「焦るだけ?」
 部下達はそれを聞いて首を傾げさせた。
「どういう意味でしょうか」
「何を考えているのだ?」
 それはフィデリオも同じであった。ピツァロの話を聞きながらその心を探っていた。
「自分で決着をつければいいと気付いたのだからな」
「ご自身で」
「いや、それはいい」
 彼は部下達にそう言って誤魔化した。
「御前達には関係のないことだ」
「左様ですか」
「そう、彼等には関係ない」
 フィデリオはそれを聞いて呟いた。
「だが私には関係があることかも知れない」
「ロッコ」
 ピツァロはロッコに声をかけてきた。
「はい」
「ラッパ手を見張り台に登らせておくようにな」
「わかりました」
「大臣の馬車が見えたら、すぐにラッパで合図するように伝えておけ。よいな」
「はい」
 ロッコはその指示に頷いた。
「頼むぞ。これはボーナスだ」 
 そう言って懐から袋を取り出した。
「遠慮なく受け取るがいい」
「これは」
 手に取ると何やらジャラジャラとした音が聞こえてきた。それから彼はこの中にあるものが金だとわかった。
「とっておけ」
「ラッパ手を手配するだけでこれだけも」
「無論それだけではない」
 ピツァロはそう断った。
「これからまた一つ仕事をしてもらう」
「どのような仕事ですか?」
「処刑だ」
 彼は冷たい声でそう言い放った。
「処刑!?」
「そうだ、この偉大なるスペイン王国に反逆した愚か者を処刑するのだ」
「まさか」
「本当だ。だからこそそれだけの金をやるのだ」
 言外に圧力をかけてきた。
(さもないとわしが破滅するからな)
「よいな」
「あの男ですよね」
「そうだ、わかっているではないか」
 ピツァロはそれを聞いて顔をほころばせた。
「ならば話は早い。わかったな」
「しかしあの男はもう殆ど死んでいますし」
「止めをさすのだ」
 ロッコはそれをしなくてもいいようにと言い逃れをする。だがピツァロはそれを許しはしなかった。逃げ道を塞ぎにかかってきたのであった。
「よいな」
「私はそのようなことをしたことはないですが」
「何!?」 
 ピツァロはそれを聞いて顔を前に出してきた。
「今何と言った」
「私は人を殺したことはないです」
「馬鹿な。そなたは看守長だろう。長い間ここにいてもか」
「死刑執行人にはなったことがありません」
 弱々しい声でそう答えた。
「そうなのか」
「墓掘りならありますが」
「ではそれでいい」
「はあ」
「実際には私が手を下そう。よいな」
「わかりました」
「うむ」
 これで決まりであった。ピツァロは納得したように頷いた。
「では行くとしおう。スコップは出しておけよ」
「はい」
 ロッコは頷いてからまたピツァロに尋ねた。
「あの」
「何だ?」
「本当にやるのですね?所長」
「勿論だ」
「長い間苦しんできた罪人を」
「二年もな」
「二年」
 フィデリオはピツァロのその二年という言葉を聞いて眉を動かせた。そこに何かがあるのであろうか。
「もう充分苦しんでいるのではないでしょうか。少なくとも罪の分だけは」
「罪は永遠に消えるものではない」
 ピツァロは冷厳にそう返した。
「人間の犯した罪は最後の審判まで消えることはないのだ」
「ですが」
「ですがもこうしたもない」
 彼はまたロッコの言葉を遮った。
(わしを脅かした罪は重いぞ)
「罪人は必ずや裁かれなくてはならないからな」
「はあ」
「わかったな。では用意しておけ」
「わかりました」
「私の方も用意をしておく。遅れるなよ」
「はい」
 ピツァロは部下達を引き連れその場を後にした。ロッコもその場を去った。だがフィデリオは何故かその場に残っていた。そして彼は言った。
 
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