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売られた花嫁

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第三幕その六


第三幕その六

「君が」
「何故だと思いますか?」
「まさか」
 マジェンカは余裕に満ちた笑みを浮かべるイェニークを見て気付いた。だが村人達は呆気にとられたままである。あまりにも色々と進んでいるので完全に取り残されてしまっていたのだ。
「何が何だか」
「そういえばミーハさんとこにいたような」
 年配の者の中にはそう呟く者もいる。だが皆混乱していて何が何だかわかっていないのが実情であった。
「そのミーハさんの死んだとされちえる息子は」
「息子は」
 皆ゴクリ、と息を飲んだ。固唾を飲んでイェニークの次の言葉を見守る。
「それは」
「それは」
 だがここで場の空気が変わった。よりによってクルシナとルドミラ、そしてミーハとハータが来たのであった。
「マジェンカ、そこにいたのか」
「ヴァシェクも」
「お父さん」
「どうしてここに?」
「どうしてもこうしてもじゃないよ」
 ミーハは息子に対してそう言った。
「好都合だな」
 イェニークはミーハとハータの姿を認めて一人ほくそ笑んでいる。だがそれは誰にも気付かせはしなかった。周到であった。
「ヴァシェク、御前契約書の文章を変えてもらったそうだな」
「うん」
「村の娘さんと結婚するって。どういうことだ」
「それは・・・・・・」
「説明してくれ。何故そうしたんだ?」
 口ごもる息子に対してそう問う。
「怒らないから。言ってくれ」
「そうだよ。御前のことなんだからね。頼むよ」
「それは僕が説明しましょう」
「あっ!」
 二人はイェニークの顔を見て思わず叫んでしまった。
「御前、どうしてここに!?」
「この村に帰っていたのかい!」
「ええ」
 イェニークはにこりとして二人に対して答えた。
「この前に久し振りだね」
「やっぱり」
 マジェンカはそれを見てわかった。顔が急に晴れやかなものとなっていく。だがケツァルはそうではなかった。彼はまだわかってはいなかった。
「どういうことなんだ!?」
 首を傾げていた。
「久し振りだなんて。知り合いだったのだろうか」
 ミーハの息子のことには頭がいかなかった。そこが迂闊であった。
「戻ってくるなと言った筈だよ」
 ハータがイェニークを睨みつけてそう言った。
「それでどうして」
「それは僕の自由なので」
 イェニークは涼しい顔でそう言葉を返す。
「別に法律で追い出されたわけじゃないんだからね。違うかな」
「くっ」
「確かにそうだな」
 ミーハは困った顔をして彼にそう述べた。
「だがな」
「言いたいことはわかってるよ」
 イェニークは手で彼を制しながらそう言う。
「けれど僕は言わせてもらうよ」
「何をだ!?」
「何を言うつもりなんだ、彼は」
 村人達はさらに戸惑いの声を囁き合っていた。今はイェニークとマジェンカだけが冷静であった。
「マジェンカ」
 イェニークはマジェンカを見ていた。
「イェニーク」
 マジェンカもイェニークを見ていた。二人は互いを見ていた。
「今やっと言えるね」
「そうね、ずっと気付かなかったわ」
「まさか」
 それを見てケツァルも村人達もようやく気付いた。
「彼は」
「ミーハさんとこの」
「君と一緒になりたい。いいかな」
「ええ、喜んで」
 マジェンカはイェニークを受け入れた。これで決まりであった。
「な、ど、どういうことなんだ」
 ケツァルは憑き物が落ちたように騒ぎはじめた。
「彼がミーハさんの息子だなんて。こんなことがあるものか」
「言いませんでしたっけ」
 ミーハは少し驚いた顔をして彼に問うた。
「いえ」
「あれ、おかしいな」
「私が言わなかったのよ」
 ハータは苦虫を噛み潰した顔でそう言った。
「どうしてだい?」
「この村にいないと思ったから。いなかったでしょ」
「確かに」
 ミーハはそれに頷いた。
「少なくともわしが今知るまではそうだったな」
 どうもヴァシェクは彼に似たようである。見れば表情までそっくりであった。これが遺伝というものであろうか。
「だが一つ問題ができたな」
「何?」
「ヴァシェクのことだよ。イェニークがマジェンカさんと結婚してしまった。ヴァシェクには相手がいなくなった」
「ヴァシェク、御前はそれでいいのかい?」
「よくはないよ」
 彼は母にそう答えた。何故か落ち着いていた。
「僕はマジェンカさんと結婚する予定だったみたいだから。けれどね」
「けれど。何だい?」
「ヴァシェクの相手はちゃんといるからな」
「うん、兄さん」
 彼は今ここではじめて彼を兄と呼んだ。
「また兄さんの力を借りたいけれどいいかな」
「ああ」
 兄は弟に対して快く頷いた。そしてケツァルに顔を向けた。
 
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