| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

こうもり

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

9部分:第一幕その九


第一幕その九

「あの」
「どうなさいました?」
 所長は奥方の言葉に顔を向けてきた。
「いえ、その」
「御主人ですよね」
 奥方が言う前に問うてきた。これは彼女には先制の一撃となった。
「えっと」
「間違いないですよね」
(この人主人の顔を知らないのね)
 その通りだった。だからやり取りがおかしくなるのだ。
「それは」
「まさかとは思いますが」
「いえ、うちの人です」
 不貞を疑われてはたまらない。この場を乗り切る為に今はそう言うしかなかった。
「そうですよね」
「はい」
 あらためて所長の言葉に頷く。そして所長はアルフレートに顔を向けた。
「伯爵は長身だと聞いていますし」
 呆れたことに彼が聞いているのはそれだけであった。背の高い男なぞ幾らでもいるというのにだ。
「間違いないようですし」
「ええ」
「では伯爵」
 彼はまたアルフレートに声をかけてきた。
「暫しのお別れに接吻をされては」
「そうですね。ではロザリンデ」
「奥様も」
「わかりました」
 奥方も仕方なしにそれに頷く。そして二人は近寄り合った。
 身体を寄せ合う。そこで奥方はアルフレートにそっと囁いてきた。
「いい?」
「何がだい?」
「このことは秘密よ」
「上手く誤魔化せってこと?」
「ええ。だってもうそこには主人がいるから」
 彼女はそう思っていた。
「だから」
「わかったよ」
 アルフレートは微笑んでそれに応えてきた。
「上手くやるから」
「お願いよ」
 そうは言ってもやはり不安で仕方ない。だが牢獄の中まではどうしようもないのも事実であった。
「本当に」
「それでは宜しいですね」
「はい」
 アルフレートは何も抵抗することなく所長に応えた。こうして彼は行くことになった。
「ではロザリンデ」
「ええ、あなた」
 夫ではない者を夫と呼ぶ。これもやはり不倫であろうか。
「私の鳥籠は大きくて宿賃もいりませんぞ」
「それは何より」
 悪事をしているわけではないので呑気なものだった。むしろここは刑務所の中を見てみようと物見遊山ですらあった。意外と乗り気である。
 こうしてアルフレートが刑務所に行くことになった。
「さて」
 所長はその中で一人呟く。
「これが終わったら遊びに行くか」
 そう呟いた後でアルフレートを連れて行く。奥方はまた一人になった。
「じゃあどうしようかしら」
「奥様も楽しまれたらどうですか?」
 それまで黙っていたアデーレが言ってきた。
「楽しむって」
 そうは言われても誰もいない。困ってしまう。
「私と一緒に」
「貴女と!?じゃあ」
「はい。一緒にオルロフスキー公爵の屋敷に」
 そっと笑って誘いをかけてきた。
「どうですか?」
「そうね」
 ほんの少し考えた後で述べる。
「それじゃあ」
「はい。ではドレスの用意を」
「わかってるわ。少し待ってね」
「私はもうドレスをレンタルしてきますので」
「用意はいいわね」
「何でも用意が肝心じゃないですか」
 にこにこと笑いながらの言葉であった。
「パーティーも色恋も」
「そうね。アルフレートはわかっていないようだけれど」
「女はそうして男を手玉に取るんですよ。けれどその手の内は男には見せない」
 意味深い言葉であった。これがアデーレであった。
「ですよね」
「そうよね。じゃあ先に行ってて」
「はい」
 こうして二人も宴に向かうことになった。大晦日の騒動は場所を移すことになった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧