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こうもり

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17部分:第二幕その八


第二幕その八

「そういう話ですので」
「あら、貴方とですか」
(また来たわね)
 またしても心の中では違うことを述べる。
(性懲りもなく)
「宜しいでしょうか」
「ええ、いいですわよ」
 心の中の怒りは見せずにこやかに返す。伯爵は心の中にも素顔にも気付かず彼女と話をする。
「兄弟となり姉妹となり」
 博士はさらに言う。
「仲良く杯を重ね合いましょう。今年の最後に」
「そうですな。今年も最後ですし」
「来年を幸あるものにする為に」
「私達もまた」
「さて、それでは」
 皆博士の言葉に機嫌をよくしたところで公爵がまた仕掛けてきた。
「次は皆様」
「今度は何でしょうか」
「歌に踊りです」
 彼は言ってきた。
「では」
 バレリーナ達が出て来た。白い綺麗な服で着飾っている。アデーレはそれを見てイーダに囁きかけるのであった。
「姉さんはいいの?」
「だって公爵様のバレリーナじゃないから」
 イーダはニコニコと笑いながら答える。彼女もシャンパンを楽しんでいる。
「いいのよ」
「そうなの。じゃあ今日は観客ね」
「そういうこと」
 目の前でバレリーナ達が軽快なポルカに乗り踊る。それを見ながら皆さらに機嫌をよくしていく。顔がうっとりとさえなっている者もいた。
「やあ」
 伯爵はその中で博士に声をかけてきた。奥方とは知らずハンガリーの美女と仲良くなれて彼も上機嫌であった。
「君のおかげだよ。入所前に楽しい思いをさせてもらった」
「それは何より」
「さあ飲もう」
「もっと飲もう」
「そして何処までも楽しもう」
 彼等の後ろで楽しげな声が聴こえる。誰もが楽しんでいる。二人はそれを後ろに楽しげに話をしていた。
「そして私は務めに向かう」
「うん、ところで」
「何だい?」
「今何時だろう」
 博士は伯爵にそう問うてきた。
「僕の時計はどうにもおかしくてね。君の時計で見てくれないか?」
「残念だけれど」
 だが彼はここで顔を苦くしてきた。
「今はわからないよ」
「あの銀時計は?」
「いやあ、あのハンガリーの美女にね。いつものやり方でいったら」
「負けたのかい」
「そういうことさ。残念だけれど」
「それはまた」
「しかしだね」
 彼は奥方の方を見て言った。奥方も彼の方を見てにこりと笑っていた。
「どれだけの美人なのか。気になるよ」
「しかし仮面の下を見ないのが」
「エチケットだね」
「そういうことだよ」
 仮面を着けている者にはその素性を問わない。これは最低限のエチケットだ。彼等はかなり洗練されたオーストリアの帝都の者、しかも貴族である。それはわきまえていた。
「まあ何時かはね。さらに仲良くなりたいものだ」
「本当の顔を見たら驚くかもね」
「それがいいんじゃないか」
 伯爵は笑って応えた。
「そうじゃないのかい?」
「確かに。では」
 何か言おうとした。しかしここで時計の音が鳴った。
「おや」
 公爵はその音を聞いて声をあげた。
「もう六時です」
「六時ですか」
「早いものです。夜が明けてしまいました」
 彼は言う。
「では皆さん、これで」
「ふむ。それでは」
 博士はそれを聞いて言う。
「帰るとしよう」
「やれやれ」
 伯爵はしたたかに酔った顔で溜息をついた。
「では行って来るよ」
「うん。それじゃあね」
 皆別れそれぞれの帰路につく。だが博士はその中で公爵に対して囁いていた。
「では次の舞台へ」
「次ですか」
「そうです。彼はもう行きましたし」
 伯爵の姿がないのを確認してから述べる。
「参りましょう」
「では。皆様」
 公爵はそこにいる全ての者に声をかけた。見れば入所の為にその場を去った伯爵以外は全員いる。いや、一人いなかった。それは所長であった。
「さてと、私も」
 彼も刑務所に戻るのだ。伯爵は入る側で彼は入れる側であるがだ。
「行くか」
「博士の次の催しです」
「おお」
「今度は何でしょうか」
「私と共に来て下さい」
 彼は宴の場の中央に来て述べる。
「皆様にお見せするのは」
「それは一体」
「こうもりの復讐です」
 彼は今それを高らかに宣言した。
「それをお見せしましょう」
「では今から」
 博士と公爵に連れられて何処かへと向かうのであった。大晦日の舞台はそのまま新年の舞台へと移ってさらに続くのであった。
 
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