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こうもり

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16部分:第二幕その七


第二幕その七

「数年前のことです」
「数年前のことですか」
「そうです。私はあるホテルで仮面舞踏会を開いたのです。その時私は蝶に、博士は蝙蝠に扮しました」
「そういえばそんなことがあったかしら」
 奥方はそれを聞いて呟く。
「博士はそこで酔い潰れてしまわれたのです。それで私は帰り道の宿屋に彼を入れたのです」
「ほう」
「それはまた何故」
「彼は身体が大きいですね」
「ええ」
「確かに」
 皆それに頷く。
「だからなのです。あまりにも重くて酔った私では持って行くことができなかったのです」
「それで宿屋に入れたのですね」
「はい。そして目覚めた彼は」
「どうなったのですか?」
 話が核心に迫る。皆それに問うた。
「あれです。家まで歩いて帰ることになりました」
「それでは普通なのでは?」
「ところが」
 ここで注釈が入る。
「そうはいかなかったのです」
「といいますと」
「よいですか、仮面舞踏会でした」
「はい」
「それは先程御聞きしました」
 客達は彼の言葉に応える。
「そこに何かあるのですね?」
「そうです」
 伯爵は満面に笑みを浮かべて答えた。
「それでですね」
「はい」
「彼は蝙蝠の姿のまま酔い潰れていたのです」
「何と」
「ではそれでは」
「そうです。そのまま家まで帰られたのです。子供達に囃したてられながら」
「何ということでしょう」
「それで彼はこうもり博士という仇名を貰ったのです。そうしたお話です」
「それはまた」
 客達はそれを聞いて唸る。
「しかし博士」
 客達はそれを聞いて博士に問う。
「貴方はそれに関して仕返しは?」
「為さらないのですか?」
「皆さん」
 博士はそれに応えて述べてきた。
「復讐には何が必要でしょうか」
「復讐にですか」
「そうです。それには二人の役者が必要なのではないでしょうか」
「役者がですか」
「そうです」
 彼は答える。
「この場合は賢者と愚者が必要なのですが」
「生憎はそうはいっていないのですよ」
 伯爵が上機嫌で述べた。
「私も隙を見せてはおりませんので」
「成程」
 皆それを聞いて頷く。
「そうなのですか」
「そうです」
 満面に笑みを浮かべて頷く。
「私はその隙を窺っております」
「それはまた実に面白い」
 公爵が話を聞き終えて二人の間に入ってきた。
「面白いお話でした。それでは」
「ええ」
 ここで皆にシャンパンが渡される。宴といえばこれである。
「さあ皆さん」
 公爵が音頭を取る。皆それに従う。
「宜しいですね」
「はい!」
 心地よい言葉でそれに応える。公爵はそれを受けてまた言う。
「葡萄の火の奔流に楽しい生活が湧き立つのです、王も皇帝も月桂冠の名誉を愛しますがそれ以上にこの葡萄を愛します」
 すなわちワインは全てに愛される存在だというのだ。その通りである。
「ですから皆様、杯を触れ合わせましょう。そして酒の王を讃えましょう」
「それでは」
「杯を触れ合わせ」
「はい」
 言葉は続く。
「その中でもシャンパンは王の中の王」
「そう、ですから」
 公爵はさらに言う。
「皆さんで、さあ」
「乾杯ですね」
「そうです、去り行く年に」
 ここでそれぞれ思うところが浮かんできた。
「あの時計は残念だったな」
「さて、これからだな」
「全く。刑務所の中で寂しい思いをしているかって思ったら」
「上手く誤魔化せたわね。本当に女優に向いているかも」
「それにしても何でアデーレがいるのかしら」
 だがそんな思いをよそに公爵の音頭で乾杯となる。美酒が人々の喉を潤す。
「さあ、一杯だけでなく」
 公爵はまた声をかけた。
「どんどんやって下さい」
「言われずとも」
「それでは」
 シャンパンが次々に開けられ飲み干されていく。その中で博士が出て来た。
「皆様」
「おお、博士」
「どうされたのですか?」
 皆シャンパンで酔った顔を彼に向けさせた。
「まずは今宵は日々の喧騒を忘れまして」
「はい」
「仲良くやりましょう」
「それはいいことです」
「では私達も」
 その中で伯爵はそっと奥方に近寄る。そして声をかける。
 
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