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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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投刃と少女
  とあるβテスター、戦慄する

嫌な予感というのは当たるものだと、誰かが言っていた気がする。
家族か友人か、それとも僕自身が言っていた言葉かどうかは、今となっては思い出せないけれど。
何にせよ、あの時僕が感じた“嫌な予感”は、見事に的中することとなってしまった。

その証拠に。SAOサービス開始日から約一ヵ月が経った今となっても、僕は未だに“ここ”にいる。
このゲーム―――ソードアート・オンラインの、世界の中に。


────────────


《―――プレイヤーの諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかし、これはゲームの不具合ではない。繰り返す―――》

《―――また、外部の人間によるナーヴギアの停止、あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合―――》

《―――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる―――》

《―――残念ながら、既に213名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界から永久退場している―――》

《―――今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消去され、同時に―――》

《―――諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される―――》

―――あの日。燃えるような赤い空と、鐘の音が響き渡る、あの場所で。
世界中が注目していたこのゲームは、僕たちを閉じ込めておくための牢獄と化した。
茅場晶彦。ソードアート・オンライン―――ひいてはナーヴギアの開発者である、彼の手によって。

中央広場上空に突如として現れた、フードつきのローブを纏った顔のない巨大なアバター。自称茅場明彦。
そんな彼の言葉を、最初は誰もが信じようとはしなかった。こんなものはタチの悪い冗談で、ゲームを盛り上げるための演出の一環だろう、と。
もちろん、僕だってそう思いたかった。遊ぶために買ったゲームで命を落とさなくちゃならないなんて、冗談にしても笑えない。
……だけど。現にログインボタンは見当たらず、僕たちが自力で現実世界へと戻ることはできない。

《それでは。最後に、諸君らにこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう》

これは冗談なのか。それとも本気なのか。
誰もが茅場晶彦の真意を測りかねている中、彼はそんなプレイヤー達の反応に気にした素振りも見せず、淡々と言葉を紡いでいく。

《諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意されてある。確認してくれたまえ》

半ば呆然としたまま、言われるがままにアイテム一覧を開く。何が起こるかわからないため、慎重にスクロールしていくと……
この街の店で買い込んだ回復アイテムや投擲用ナイフ、モンスターからのドロップ品などが並ぶ中に、『手鏡』という見覚えのないアイテムが紛れ込んでいた。
怪訝に思いつつもアイテムを実体化してみる。すると現実世界でも馴染みのある、何の変哲もない手鏡が手の内に収まった。

「うーん、普通の鏡だよねー?」
僕の隣ではシェイリも実体化させた手鏡を持ち、首を傾げていた。確かに見た目も手に持った感じも、現実世界で使われている手鏡そのものだ。
だけど、何でこの場でわざわざそんな物を?これが“この世界が現実である証拠”だと言われても、そんなことは―――ッ!?

―――まさかっ!?

不意に脳裏に過ぎった、さっきまでとは比べ物にならない程の“嫌な予感”に、全身にゾクリとした悪寒が走る。

―――ログアウト不可。本来の仕様。ナーヴギア。アバター。脳を破壊。永久退場。仮想世界。私の世界。唯一の現実。証拠。プレゼント。

バラバラになったパズルのピースのように、先程の茅場の言葉が次々と頭の中に浮かんでいく。

―――これは、ゲームであって遊びではない。

最後に浮かんだのは、とある雑誌のインタビューで茅場本人が言った言葉。
頭の中に浮かび上がったパズルのピースが、カチリと嵌まったような気がした。

「うわっ!?」
「な、何だぁ!?」
「キャーッ!?」
次の瞬間、周囲のプレイヤー達の悲鳴が中央広場を埋め尽くした。辺りにいた全員が、次々と白いエフェクトに包まれていく。
当然ながら、それは僕たちも例外ではなかった。

「ひゃっ!?何これ~!?」
「う、やっぱりか……!」
周りのプレイヤー達を包み込んでいたエフェクトが、僕とシェイリの姿を覆い隠した。
目の前で相変わらず緊張感に欠ける声を出しているシェイリの姿が、白いエフェクトに包み込まれる。
そして、僕の視界は白く染まり───





────────────





「ユノくん危ないよ!前前っ!」
「──っ!?うわっ!」
あの日───“はじまりの日”を思い出していた僕の意識は、背後からの切羽詰ったソプラノボイスによって現実へと引き戻された。
咄嗟に手に持った短剣を水平に構え、眼前に突き出す。ガキィン!という金属同士がぶつかる音が響き渡り、今まさに僕を一刀両断にしようと迫っていた手斧がその進行を止める。
衝撃の重みによって片膝をついてしまい、跪くようなポーズで敵の攻撃を受け止める形となった。

───し、死ぬかと思った……。

危うくニ分割されてしまうところだった。慣れない前衛をやってる最中に考え事なんてするものじゃないね……。
流石に短剣で手斧の衝撃を全て受け止めきれるわけではなく、武器を握った右手がびりびりと痺れる。それでも、スイカ割りのように頭から真っ二つにされるよりは何百倍もマシだ。
早鐘のように脈打つ心臓の鼓動を何とか抑え込み、鍔迫り合いの状態のまま両脚に力を込めた。

「せー……のっ!」
気合を込めた掛け声と共に全身の力を集中し、垂直飛びの要領で敵の持つ手斧を上へと跳ね上げる。
犬と人間を足して割ったような姿の亜人型モンスター『ルインコボルド・トルーパー』は、武器を持った手を思い切り跳ね上げられ、大きく体勢を崩した。

「シェイリ!スイッチ!」
「はいはーい!」
すかさず飛び退きシェイリの名前を呼ぶと、嬉々とした表情で両手斧を構えながら突進してくるパートナーの姿が見えた。

『スイッチ』というのはSAOのパーティ戦で用いられているテクニックの名称だ。
SAOに存在する全てのソードスキルには、発動前の『溜め』と発動後の『硬直時間』が課せられる。
硬直時間はその名の通り、ソードスキル発動が終わってから次の動作が可能になるまでの間に発生するクールタイムのことだ。
当然ながら、硬直時間中のプレイヤーは身動き一つ取れない。例え目の前に敵の攻撃が迫っていようが、システムによって定められた時間が終わるまでは一切の行動を封じられてしまう。
硬直時間は弱いソードスキルでは短く、強いソードスキルになればなるほど長く設定されている。
つまり大技を使えば使うほど、その分に見合った無防備な時間ができてしまうということだ。

「おかえしだよ!」
その欠点を克服するための方法が、この『スイッチ』だ。
一人がソードスキルを使用して硬直時間を課せられても、すかさず二人目が交代することにより、相手に攻撃する隙を与えずに次々とソードスキルを叩き込むのできる連携攻撃。
最低二人以上での連携が必要なため、ソロのプレイヤーには無縁なテクニックではあるけれど、パーティプレイをするなら必須のテクニックだと言っても過言ではない。

―――というより、スイッチができないプレイヤーはパーティ組もうにも蹴られるのがオチなんだけどね。

SAOがまだ和気藹々とした世界だった頃は、そんな光景もあったなぁ―――なんてことを思いながら、僕と交代で敵へと向かっていったシェイリの戦いっぷりを見守る。
体勢を崩したままの敵に向かって、頭上に振りかぶった両手斧を振り下ろす。更にその勢いを殺さずに、旋回しながら深緑のライトエフェクトを纏った刃を振り回していく。

両手斧 範囲攻撃技《ワールウインド》

まるで旋風のように巨大な斧を振り回す様は、彼女の華奢な見た目からはとても想像のつかない戦い方だ。
その幼い顔にニコニコとした笑みを浮かべながら敵を切り刻んでいく姿は、正直ちょっと……いやかなり怖い。
というかこのデスゲームにおいて、笑顔で敵に向かっていく人なんて未だに一人しか見たことがない……。

「これでっ、終わり~!」
僕が内心ドン引きしながら見守っていると、シェイリは敵に最後の一撃をお見舞いした。
武器の重さと身体の遠心力を利用した横薙ぎが、ルインコボルド・トルーパーの無防備な胴体を横一線に引き裂く。
ついさっき僕を縦真っ二つにしようとしていた亜人型モンスターは、無邪気な少女の手にって横真っ二つにされ、ポリゴンの破片となって砕け散った。

「えへ、気持ちよかったぁ」
「……お、おつかれ」
戦闘の余韻に浸っているのだろう、恍惚とした表情で得物である両手斧を撫でる彼女の姿を見ながら、僕はこう思わずにはいられなかった。

どうしてこうなった、と―――


────────────


事の発端は、あの“はじまりの日”だ。
このゲームのクリア条件はただ一つ、アインクラッド第100層をクリアすること───そう言い残して、茅場明彦が操るアバターは姿を消した。
その場にいたプレイヤー達は暫くの間、呆然とした表情で茅場のいた空を見上げたまま……

「……い、いやぁぁぁぁ!」
「っ!?う、うわあああああっ!!」
誰かが上げた小さな悲鳴を切欠に、水に石を投じた時の波紋のように、パニックが伝染していった。

―――まずい、このままじゃ……!

幸い、通行不可オブジェクトは解除されたようだ。パニックに巻き込まれる前に一旦この場を離れようと、さっきまで一緒だった彼女の姿を捜す……が、うまくいかない。
“さっきより目線が低い”せいで、他のプレイヤーがブラインドとなって辺りを見回せない。
それに、彼女も“さっきまでとは姿が違う”はずだ。僕が見たところで彼女だと認識できるかどうかわからない。
恐らく向こうも僕を捜しているはずだ。この喧騒の中、お互いが各々動き回ってしまっては合流するのが困難になってしまう。

【合流しよう。最初に会った路地で待ってる】

そう考えた僕は彼女宛てに簡潔なメッセージを送り、一足先に中央広場を出ることにした。
薄情に思えるかもしれないが、このままここに留まっていたら周囲にあてられ、何も考える余裕がなくなってしまいそうだったからだ。


────────────


「お待たせ~……ユノくん?」
「……へ?シェイリ?」
「そうだよー?」
数分後。最初に出会った路地でシェイリを待っていた僕は、無事に彼女と合流することができた。
……のは、いいんだけど。正直言って予想外だった相手の姿に、間の抜けた声を出してしまう。

「?ユノくん、どうしたの?」
「えー……いや、なんていうか……」
間延びした、気の抜けるような喋り方。見紛うことなくシェイリ本人だ。それはいい。
だけど。20代前半のお姉さんに見えていたさっきまでの姿とは違い、彼女の“現実世界の姿”はあまりにも幼くて。
そう、これはどう見ても……

「……中学一年生くらい?」
「え?わたし高校生だよ?」
「!?」

───なん……だと……?

ゲーム内でリアルのことを詮索するのはマナー違反だけど、どうしても聞かずにはいられなかった。
高校生ってことは、最低でも僕と同じ15歳以上だということなんだけど……
目の前で不思議そうな顔をしている女の子は、どう見ても中学生に成り立ての───下手をすれば小学生に見えなくもない、童顔どころか年齢詐称疑惑の出そうな外見をしていた。
身長は150cmもないだろう。高校生の平均身長ぎりぎりの僕から見ても、だいぶ小柄に感じる。
肉付きの少ない身体は所謂お子様体型というやつで、肩にかかるぎりぎりのところで切り揃えられた黒髪に、幼い目鼻立ち。
いや、これで高校生というのはちょっと無理があるような……

「……ほんとに高校生?中学生じゃなく?」
「ユノくん?怒るよ?」
「ごめんなさい」
ついつい聞き返してしまったけれど、この反応から見るに嘘ではないらしい。
ちなみにその声もさっきまでの落ち着いた女性のものではなく、子供のようなソプラノトーンの声に変わっていた。

───いやまあ、口調的にはこっちのほうが合ってるんだけど……ってそうじゃなくて!

シェイリの姿が予想外だったことに気を取られ、本題を忘れるところだった。ぶんぶんと頭を横に振り、関係のない思考を頭の隅に追いやる。
そう、今はそんな話をしてる場合じゃないんだ。
僕たちが今考えなくちゃならないことは、これからこのゲームでどういった身の振り方をするかということで、ここでは至って真剣な話をするために───

「でもわたしもびっくりだよ。まさかユノくんが───」
「ス、ストップ!その話は今はなし!」
「えー?」
またしても話が逸れそうになったのを強引に遮ると、シェイリは不満そうに唇を尖らせた。
だから君のそういう仕草が小中学生に見えるんだよ───って、それはこの際いいとして。
今僕たちが考えなきゃけないことは、茅場曰くデスゲームと化したこの世界でどうやって生きていくか、だ。

彼の言っていたことが本当なら、僕たちはこの世界で一度もHPを0にすることなく、アインクラッド第100層のクリアを目指さなければならない。
このアインクラッドは天空に浮かぶ浮遊城の体を取っており、今僕たちがいる『はじまりの街』はその底部、第1層にある街だ。
それぞれの層ごとに異なるフィールドが広がっており、それに加えていくつかの街や村、次の層へと続く道───迷宮区と呼ばれるダンジョンがある。

ここで問題となるのは、迷宮区の最奥で待ち受けているフロアボスの存在だ。
フロアボスとは次の層へと続く唯一の通路を守護しているボスモンスターのことであり、その強さはそこらの雑魚モンスターとは比べ物にならない。
当然、一人や二人で太刀打ちできる相手ではなく。普通はレイドPT───複数のパーティ(最大48人)による討伐隊を組み、スイッチによる連携攻撃を駆使して倒す……というのがセオリーだ。
でも。ボス攻略はただ人数が多ければいいというものではない。
例え48人を集めてフルレイドPTを組んだところで、ボスの攻撃パターンや使用するソードスキルの躱し方が頭に入っていなければ、最悪の場合は全滅なんてこともありえるからだ。

このように、ボス攻略には大変な危険が伴う。
しかも僕たちが現実世界に戻るためには、その危険なボス戦を100回も繰り返さなければならない……。

「……シェイリは、これからどうする?」
「どうって?」
僕が問いかけると、シェイリは何の話だとばかりに首を傾げた。
その反応は無理もない。今現在ほとんどのプレイヤーは、自分の身に何が起こったのか理解が追いつかない状態だろう。
あるいは、まだこれが悪い冗談……もしくは夢か幻か、そう思う人もいるかもしれない。

だけど。多分あれは……嘘じゃない。
もちろん本人と面識があるわけじゃないし、テレビや雑誌といったメディアで見る機会しかなかったけど……
それでも、これだけは言える。茅場明彦という天才科学者は、こんな質の悪い冗談を言うタイプじゃない。

「あの人の言ってたことが嘘か本当かはわからないけど、多分本当だと思う。だから、僕たちは強くならなくちゃいけない」
「強く……?」
「うん。シェイリもわかると思うけど、MMORPGでいつまでも低レベルのままでいるのは危険だからね」
攻略が進めば上の層も順次解放されていくだろう。当然、敵モンスターも上の層に行けば行くほど強くなってくる。
いつまでも『はじまりの街』に閉じ篭もるならともかく、行動の幅を広げるためにはレベルを上げて、強くなる必要が出てくる。
それ以外にも、PK───プレイヤーキルと呼ばれる、あえてプレイヤーを攻撃して楽しむプレイスタイル───の相手がいないとも限らない。
さすがにここで死ねば現実世界でも死ぬという現状で、PKなんて馬鹿げたことをするプレイヤーがいるとは思いたくないけど……。万が一そんな相手と遭遇した時に身を守るためには、レベリングによる強化が必要不可欠だ。

「でも、普段のレベル上げだって死ぬ可能性がゼロなわけじゃない。本当に現実世界でも死ぬなら、雑魚モンスターと戦うのだって気が抜けない。だから……」
安全策でいくなら、『はじまりの街』に留まるというのも手だ。
安全圏内の街中にさえいれば、モンスターと戦う必要も、PKに怯える必要もない。
必要以上に戦うことなく、安全圏に留まり続ければ───いつか、誰かがゲームをクリアしてくれるかもしれない。それが何ヵ月、もしくは何年先だとしても、だ。

「安全のことだけを考えるなら、ここに残るのが一番いいと思う。でも、僕は」
でも、僕は。
このままここで現実に帰れる日をただ待っているだけなんて、とてもじゃないけどできそうにない。
ただでさえネガティブ思考が加速する、悪い癖があるんだ。
もしも、ここで誰かがゲームクリアしてくれるのを待ってるだけだったら。きっと不安に押し潰されそうになって、一人で気が狂ってしまいそうだ……。

「僕は、強くなろうと思う。一緒にきてくれると心強いけど、もちろん無理にとは言わない」
まだ信じられないようなこの状況で、一人でいるのは戦力的にも、精神的にもかなり心細い。
それに、シェイリを……SAOで初めてできた友達を置き去りにするということも、できればしたくない。
かといって強引に連れて行くというのも、それはちょっと違う気がする。
もしそんなことをすれば、それは僕の勝手なエゴだ。本人が望まないレベル上げを無理矢理やらせて、生き残る確率を多少上げたところで……彼女がそれを望まないのであれば、僕の勝手な自己満足に他ならない。

───だから……

「だから、シェイリはどうするのか聞いておきたいんだ。レベル上げをする気があるなら、僕と一緒に行こう。でも」
こんな状況で決断を迫る僕は、きっと卑怯なんだと思う。

「戦うのが怖いなら、ここに残ったほうがいい。僕もできる限り君を守るつもりだけど、絶対にとは言い切れないから……」
僕はこれから彼女にどうして欲しいのか。僕自身の望みを彼女に求めることの、その責任を背負い切れる自信がないから。
『彼女が出した答えだから』という、自分自身に対する言い訳が欲しかったのかもしれない。
それが危険を伴うことだとしても、置き去りにすることだとしても───

「ユノくんは怖くないの?」
「………」
僕が言いたいことを言い終えるのを待って、それまで無言だったシェイリは、僕の目を真っ直ぐに見ながら問いかけた。
「死ぬのが怖くないの?」
問いかける声は気の抜けるようなものではなく、硬く、真面目な雰囲気を纏っていた。
常にへらへらと笑っていた彼女と同一人物には思えないような、真剣な表情。

「……怖いよ。怖いに決まってる」
怖いか怖くないか、そんなことを聞かれれば。答えは決まってる。
この状況で何も感じることなく遊び感覚を続けられるとしたら、そんな人は恐怖を感じる心が欠如しているとしか思えない。
あるいは。

───そのくらい何も考えずにいられたら、逆に楽なのかな?

一瞬そんな考えが頭を過ぎった自分に対し、内心で苦笑い。
そんな生き方ができるくらいなら、こうして頭を悩ませる必要もなかったんだろうけど。

と、そんなことを思っているうちに。

「そっか~。ユノくんも怖いんだね」
たった今まで真剣な表情をしていたはずのシェイリは、僕がほんの少し意識を逸らした隙に、例のふにゃっとした表情に戻っていた。
口調も間延びしたものに戻っており、さっきまでの真剣な表情は何処へ……と、思わずにはいられなかった。

「じゃあ、わたしも一緒に行こっかな。ユノくん一人じゃ心配だもん」
そして彼女は、いともあっさりと答えを出した。
一人でうじうじ悩んでいた僕が馬鹿らしく思えるほど、簡単に。
本当に命が懸かってるって理解してるのだろうかと疑わしくなってしまうくらい、あっけなく。

「……いいの?」
「だめだったら言わないよー。それにユノくん、守ってくれるんでしょ?」
「………」

───あ、やばい泣きそう。

正直断られると思っていただけに、彼女が即決して───しかも、僕を信じて───くれた時、不覚にも涙が出そうになってしまった。
心のどこかで言い訳を捜してばかりだった僕を、迷う素振りも見せずに信頼してくれた。
そんなシェイリのにへらとした笑い顔を見ただけで、徐々に視界が霞んで───ってやばい、本当に泣く!

───いやいやだめだってこんな場面で泣くとか恥ずかしいなんてレベルじゃないどうにか誤魔化し

「ユノく~ん?どうしたの?」
「な、なんでもな……ひっ」
……無理でした。思いっきりしゃくり上げてしまった。
シェイリさん、その子供を暖かく見守るような目をやめてください……。


────────────


そんなこんなで。僕とシェイリはあれから一ヵ月経った今となっても行動を共にしている。
正直な話、あのまま彼女を置き去りにしてソロでやっていたら、僕は今頃きっと精神的に病んでしまっていたと思う。
SAOはただでさえ他のゲームと違って集中力が必要なのに、精神的に不安定な状態で無理に戦おうものなら……。今頃死んでいたとしても、それは大袈裟な話じゃないだろう。

僕はあの日の出会いに感謝している。
あの日彼女と出会わなければ、デスゲームとなったSAOで今日まで生きていられたかわからない。
下手をすれば『はじまりの街』の宿部屋に篭りっ放しだった可能性だってあるんだから。
誰かが隣にいるだけで精神的にここまで楽になるものなんだな、としみじみ思う。

そう、僕は彼女に感謝している。
最初に出会った日からずっと僕のことを支えてくれて、今や良きパートナーとも呼べる間柄になった彼女に。

───そこまでは、

「……そこまでは、いい話だったんだけどなぁ」
「何がー?」
「何でもないです……」
自身の得物───ツーハンドアクス+4という非常にゴツい武器を愛しげに撫でる彼女に、僕は何も言えなかった。

……あの後。僕と正式にパートナーを組むという段階になって、彼女は武器の使用変更を申し出た。

『ユノくんの武器は投げナイフだから、わたしはもっと強いのを持たなくちゃね~』
今使っているレイピアでは不満なのか、と問いかけた僕に対し、彼女はこう答えた。
僕が使うスキルの都合上、細剣と投剣のペアでは火力不足になるのを懸念しての判断らしい。
それなら一緒に選ぼうかという話になり、僕たちは数時間ぶりにあの武器屋へと足を運んだのだった。

SAOでは使用する武器スキルをセットできるスロット数には上限があるため、本来なら無闇に何でも上げるというのはおすすめできない。
だけど、その時の僕たちのレベルはお互いに上がったばかり……つまり、2になったばかりだった。
その程度なら熟練度も大して上がっていないし、他の武器に転向したとしても十分間に合う段階だ。

そんなわけで、彼女に初心者向けの武器をいくつか勧めてみた……のだけれど。
彼女の武器選びは、思った以上に難航してしまうこととなった。
ちなみに武器に対する彼女のコメントは以下の通りだ。

片手剣→えー?レイピアとあんまり変わらなくない?
曲刀→えー?片手剣と(以下省略)
短剣→ちょっと軽すぎないかな?
片手棍→うーん、あと一押し欲しいかなー?
槍→これって後ろから攻撃する武器だよね?ユノくん前に出るのあんまり得意じゃないんでしょ?
両手剣→あ、ちょっといいかも
両手斧→これいいかも!ユノくんユノくん!わたしこれにするね!

こういった流れを経て、めでたく(?)彼女は両手斧使いとして生まれ変わったのだった。
そこまではよかった。そこまでは。

見た目に似合わず重そうな武器が好きなんだなぁ、と呑気に考えていたのも束の間。
試し切りと称して『はじまりの街』周辺フィールドで行った初戦闘で、僕は戦慄を覚えることとなる。

『あはっ、これすごーい!見て見てユノくん!こんなに切れるよー!』
どうやら彼女に合った武器だったようで、レイピアを使っていた時よりも動きのキレが増している。
それは結構。それは大いに結構なんだけど、一つだけ言わせて欲しい。

───シェイリさん、あなたは何故そんなに楽しそうなんでしょうか?

自分の背丈の半分以上もある両手斧を振り回し、清々しいまでの笑顔で青イノシシを斬殺していく中学生くらいの少女(自称高校生)。
僕はというと防具屋で買ったばかりのフードを目深に被り、彼女のバーサーカーっぷりに脅えた顔を見せまいと必死なのであった……。 
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