| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

椿姫

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一幕その二


第一幕その二

「男の方ですか?それとも女の方ですか?」
「男の方です」
 ガストーネはそう答えた。
「男の方」
 ヴィオレッタはそれを聞いて一瞬であるが顔を顰めさせた。娼婦である彼女にとって男とは特別なことを意味しているのである。
「宜しいですね」
「はい」
 彼女は胸にある椿を確かめてからそれに応えた。
「今日は。宜しいですわ」
「わかりました。それでは」
「はい」
 ガストーネはそれに従い後ろに姿を消した。ヴィオレッタはそれを見届けながら一人心の中で考え込んでいた。これからの夜のことを。
(今日もまた朝まで二人なのね)
 仕事のことを考えていたのだ。
(それが私の仕事なのだから。そうしないと私は)
 ここで胸が急に苦しくなった。
「うっ」
「ヴィオレッタ」
 それを見たフローラが慌てて駆け寄って来た。
「一体どうしたの!?」
「いえ、何でもないわ」
 ヴィオレッタは無理に笑って気遣うフローラに心配をかけまいとした。
「ちょっとね。お酒にあたったかしら」
「じゃあもう休んだ方が」
「大丈夫よ」
 しかしそれは断った。そしてこう言葉を返した。
「もう大丈夫だから。それより」
「ええ」
「ガストーネさんの連れて来られる方はどんな方なのかしら。楽しみね」
「そうね」
 フローラもそれに相槌を打った。
「けれどそんなに心配する程のこともないと思うわ」
「そうかしら」
「あの方が紹介して下さった方は紳士ばかりだし。今までそうだったでしょ」
「ええ、まあ」
 それは他ならぬヴィオレッタが最もよくわかっていることであった。それに頷いた。
「だから気に病む必要はないわ。それより楽しみましょう」
「飲むの?」
「違うわよ。どうして貴女はそうやってすぐにお酒に向かうのかしら」
「すぐに逃げられるからかしら」
 寂しげな笑みを浮かべこう答えた。
「お酒を飲めば。何もかも忘れられる」
「そうなの」
「他にも理由はあるけれど。けれど私にお酒は似合ってるでしょう?」
「そういう問題じゃないと思うわ」
 だが彼女はそんなヴィオレッタに対してそう忠告した。
「お酒は。貴女みたいな飲み方をしていると身体に悪いは」
「それもいいのよ」
 その寂しげな笑いがさらに深くなった。そしてまた言った。
「どうせ。私なんかには」
「どうしてそんなことを言うの?」
「悪いかしら」
 今度はその寂しげな笑みをフローラに対して向けた。整った顔をしているだけにその寂しさはさらに人々の心に滲み入るものであった。それがさらにフローラの言葉も声も圧迫していた。
「けれどね」
「貴女の言いたいことはわかっているけれど」
「それじゃあ何故」
「見て」
 ヴィオレッタは辺りを指差しながらそう言った。今彼女達の目の前では着飾った紳士や淑女達が華やかな宴に興じていた。誰も監督に声をかけようとはしなかった。
「わかっていても出来はしないことがあるのよ」
「そんなものが」
「あるのよ。それもすぐにわかると思うわ」
 力のない言葉をまた口に出した。
「それでもいいのよ、やっぱりね」
「そうなの」
「ええ。けれど気持ちだけは受け取っておくわ」
「有り難う。あら」
 フローラは後ろのカーテンが動いたを認めた。
「ヴィオレッタ」
「何かしら」
 そして今度は別の切り口でという形になっていた。
「男爵が戻って来られたわ」
「あら」
「ええと」
 フローラはヴィオレッタに先立ってその客人に目をやっていた。そして細かく分析を開始したのであった。
 背は高くスラリとしている。顔は気品があり全体的に若い。二十代前半といったところか。顔には若さが漂っていた。
 服はタキシードであった。その生地の下地を見ればそれだけでもうかなりのものであった。それをそつなく着こなしている。まるで普段着の様にその服を着ていた。
「立派そうな方ね」
「そうなの」
「歳は・・・・・・貴女より下だと思うわ」
「私よりも」
「それでもいいかしら」
「そうね」
 ヴィオレッタは思案しながら言葉を返した。
「私は別に構わないわ」
 様子を見る為にそう返したのであった。そうこうしている間に男爵とその青年がやって来た。
「只今戻りました」
「はい」
 ヴィオレッタは男爵にそう返した。
「彼がその青年です」
「はじめまして」
 その若者はヴィオレッタに挨拶をした。
「アルフレード=ジェルモンと呼ばれます。以後お見知りおきを」
「はい」
 ヴィオレッタはそれに頷いた。
「私は」
「ヴィオレッタ=ヴァレリーさんですね」
「え、ええ」
 名乗るより前に自分の名を言われいささか戸惑いを覚えた。
「この屋敷の主でございます」
「この若者は非常に心優しい青年でして」
 ガストーネが前に出て来た。そしてヴィオレッタに対してアルフレードをそう紹介する。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧