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椿姫

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第一幕その一


第一幕その一

                    第一幕 出会い
 パリのとある豪華な屋敷において華やかな舞踏会が繰り広げられていた。もう真夜中だというのにそこだけは明るかった。左手に大きな暖炉が、そして右手には鏡がある。その中央には様々な料理が置かれたテーブルがあった。そのテーブルは大理石であった。
 そのテーブルの席に一人の女性が座っていた。スラリとした背の高い女性であり白い絹の豪奢なドレスを身に纏っている。その顔は面長で鼻が高く黒く長い絹の如き髪と琥珀の様に黒い目を持っている。鼻は高くそれが全体の美貌を決定的なものとしていた。その顔は白くまるで雪の様であった。化粧をしていてもそれは隠せず身体全体に何かしらけだるいものも漂わせていた。胸には赤い椿がある。
 彼女の名はヴィオレッタ=ヴァレリー。パリの社交界の花として知られている。だがそれは表立った花ではないのである。
 彼女は娼婦であるのだ。貴族や金持ち達を相手とする高級娼婦である。日本で言うならば太夫であろうか。田舎の貧しい家に生まれたがパリに出て針子をしているうちにあまり気品のよくない貴族に出会い彼によって娼婦とされたのである。その美貌と貧しい生まれであることを感じさせない生まれながらの気品と娼婦とは思えない程の慎ましやかな性格によって忽ち今の座を得たのである。今この場にいるのはそうした夜のパリの住人達であったのだ。
「やあやあ」
 その場に何人かの男達が入って来た。
「遅れて申し訳ありません」
「遅いですぞ、全く」
 背の高いフロックコートの男が彼等に対して言った。
「何をしておられたのですかな」
「いえね、ちょっと」
 男達の中の一人がそれに答えた。
「フローラの家でトランプに興じておりまして」
「ほう」
「それで遅れたのです。申し訳ありません」
「左様だったのですか」
「はい」 
 そこに当人が出て来た。赤い髪に青い目を持つ女性であった。青いドレスを身に纏っている。
「申し訳ありません、私のせいで」
「いえ」
 席に座っていたヴィオレッタがそれに答えた。
「そんなこと。構いませんわ」
「宜しいのですか?」
「はい」
 ヴィオレッタは頷いた。
「まだ夜は長いのですし。皆さん」
 そう言って席を立った。
「まずは飲みましょう」
 その手に杯を持つ。クリスタルの杯であった。そこにはシャンパンがある。
「この賑やかな宴は杯を重ねてこそ楽しめるものなのですから」
「全くです」
 客達がそれに頷いた。
「それでは飲むと致しますか」
「はい」
「お待ち下さい」
 だがそこにフローラと先程のフロックコートの男がやって来た。見ればこのフロックコートの男は中々の美男であった。髪は白く顔は彫が深く緑の目の色は深かった。まるで森の様に。
「ガストーネ男爵まで」
 ヴィオレッタは彼の名と爵位を口にした。
「一体どうされたのですか?」
「どうされたも何もありませんよ」
「全くですわ」
 フローラもそれに頷いた。
「お身体に障りますぞ。あまり飲まれると」
「これのことですか」
 ヴィオレッタはクリスタルの中にあるシャンパンを見て言った。そのシャンパンは水晶の中でシャンデリラの光を浴び色のついた光を放っていた。水晶もまたそのシャングリラの光を放ち七色に輝いていた。それ等の光がヴィオレッタの白い手を照らしていた。
「勿論ですよ」
 ガストーネは答えた。
「あまり飲み過ぎると」
「本当にどうなっても知りませんよ」
「お気持ちはわかりますが」
 ヴィオレッタはそれに応えた。
「病は気からとも申しましょう。私は今気を晴れやかなものにしたいのです」
「だから飲まれるのですか?」
「はい」
 彼女は頷いた。
「享楽に身を任せる・・・・・・。それが私にとって何よりの薬なのです」
「左様ですか」
 ガストーネもフローラもそれを聞いて哀しい顔になった。ヴィオレッタはその間にそのシャンパンを口に入れた。
「はい。人生は短いもの。特に私にとっては」
 ヴィオレッタは苦しそうな顔でそう述べた。
「ならば楽しまなくては。違うでしょうか」
「それもまた人生ですが」
 だがガストーネはそれに賛同したくはなかった。
「別の生き方もありますよ」
 そしてこう言った。ヴィオレッタにはその生き方を選んで欲しかったのである。
「別の生き方ですか」
 それを聞いて自嘲めいた笑みを浮かべた。力のない笑みであった。
「私に。娼婦の私に他にどのような生き方があると」
「ありますよ」
 フローラは言った。
「きっと。見つけたいと思いませんか」
「生憎」
 首を静かに横に振った。
「このパリで。華やかに生きていたいです」
「そうですか」
「なら仕方がありませんな。私達が言えるのはここまでです」
「男爵」
「マダム、いいですから」
 眉を顰めさせて問おうとするフローラにそう言った。そしてまた言った。
「それは置いておきまして」
「はい」
 彼は話題を変えにかかった。
「実は私に友人が一人おりまして」
「お友達ですか」
「ええ。貴女に御会いしたいと言っているのですが宜しいでしょうか」
「構いませんよ」
 ヴィオレッタはにこやかに笑ってそう答えた。
「どなたでも。私なぞに御会いしたいという方はどなたでも歓迎させて頂きます」
「わかりました。それでは」
「どなたなのですか?」
 ヴィオレッタはそれは問うた。
 
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