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とある誤解の超能力者(マインドシーカー)

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第5話 花火大会




サイキックシティでもっとも違和感があるといわれている行事の一つと言えば、お盆であると言われている。

サイマスターグルーなどは、「先祖を敬うことはきちんとした意味がある」ことを事あるごとに広報しているが、超能力者達の中でも少数派の意見である。

もっとも、多くのサイキックシティの住民にとって、お盆が超能力とどのように関連性があろうともなかろうとも、日本の伝統となった行事を急にやめることはなかった。

牧石は、多くの企業が休みに入り、家族連れが行き交う光景が多く見られる、歩道をながめていた。
だが、氷をガジガジかじる音に反応した牧石は、ファミレスのテーブルの反対側に座る少女に視線を移していた。

少女は浴衣を身につけて、不満そうな顔を全開にしながら、グラスに残った氷をガジガジとかじっている。


「黒井。
まあ、落ち着けよ」
牧石は、言っても無駄とは思いながらも黒井に忠告する。

「牧石。
信じられる?
今日になって、急に花火大会に参加できないなんて最悪よ!」
「そうだね」
牧石は、適当にあいづちを打つ。

「お兄ちゃんは、毎日毎日補習で、いつになったら一緒に遊べるのよ!」
「いや、それを僕に聞かれても……」
牧石は、自分に言っても仕方がないことを黒井に指摘する。

牧石は、目黒の補習は当初2週間程度だと聞いていた。
それが、一ヶ月を過ぎた今でも毎日受けていると言うのはおかしいと、牧石は感じていた。

そして、黒井の発言の内容のとおり、急に補習が始まったと言われている。
あらかじめ、スケジュールが決まっているはずなのに、スケジュールとは異なるということが目黒の行動に疑問を抱かせる事になる。

牧石は一瞬「恋の補習授業?」という言葉が脳裏をかすめたが、あわてて忘却する。
牧石の考えが黒井に知られたら、黒井がどのような行動を起こすかわからない。

「たしかに、全く何の役にも立たない牧石に、文句を言っても仕方ないわね」
「……」
牧石は黒井の発言が正しいにもかかわらず、怒りがこみ上げる。
言い方というものがあるだろうにと。


「ならば、今日は帰ろうか」
牧石は席を立とうとする。
「牧石。
ちゃんと、お金を払いなさいよ」
「わかっているよ。
黒井に払わせるつもりはないさ。
レベル4に到達しているし」
牧石は今月分の交付金を受け取っているため、余裕はある。
もっとも、毎日飛行船に乗れるほど、潤沢でもないが。

「牧石、待ちなさい」
「どうした、黒井?」
「花火大会で、あたしを一人にさせる気か?」
「心が読めるなら、危ないことに巻き込まれる危険性も低いだろう?」
牧石は、黒井の能力のことを指摘する。

「牧石。
あたしの能力は万能ではない。
だいいち、大勢の思考を同時に読みとれるわけでもない」
黒井は、牧石の言葉に反論する。
「そうか、そうだな」
牧石はうなずくと、椅子に座り直した。

「まあ、攻撃的な能力を持っていないからあまり役に立たないけどね」
牧石は、両手を前に出して答える。
「そうと決まれば、花火大会に出発だ」
黒井は、牧石の腕をとると、レジに向かっていった。



牧石と黒井が向かった先は、都市から少し離れたところにある、山の斜面にたてられた神社であった。
境内に続く道の前には、多くの出店が軒を連ね、呼び込みの声を上げている。


「牧石。
これは、なんだ?」
黒井は、屋台の一つを指し示す。
「射的ではないのか」
牧石は、素直に感想をのべる。
「射的の銃と言えば、ライフルのように細長い気がするが、あの銃は違うのではないのか?」
牧石は、黒井の指摘の先にある銃のようなものを眺める。

「……」
銀色のフォルムに、ドライヤーの先端を銃口に細め、先端にビー玉のようなものを装着した形状。
1970年代の人が23世紀の未来に登場する銃を想像したような形状であった。
一人の男の子が、親から貰ったばかりの小遣いを店員に支払うと、うれしそうな表情で、銃を手にした。

牧石はサイキックシティのおもちゃについてあまり詳しくないため、感心しながら、
「さすが、サイキックシティ。
チューブの中を走る車とか、蛍光灯のような……」

牧石の話が急に止まった。
牧石の目の前にいる少年が、標的に向けて打ち出した銃から、レーザーのようなものが射出され、標的を貫通させたからだ。
標的となったカエルのぬいぐるみは、音を立てて崩れ落ちる。

「……」
牧石は声が出なかった。
「……、牧石。
あれが、・・・・・・射的なのか?」
隣にいた、黒井は驚きのあまり牧石の腕にしがみつく。
「……」
牧石は首を振る。
牧石が知っている射的は、景品を打ち落とすことで入手できるはずだ。

「おとーさーん。
当たったよ、当たったよ!」
景品に穴をあけた子どもは、後ろにいる男に向かって、喜びの顔を全開にする。
「おう、坊主、もって行きな!」
50近くの店員は、左手で子どもの頭をくしゃくしゃにしながら、右手で腹に黒い穴があいたカエルのぬいぐるみを手渡す。

あんな損傷を受けたぬいぐるみをもらっても嬉しくないだろう、と牧石は思ったが、
「ありがとう、おじさん!」
「!」
子どもが手にしたぬいぐるみが、いつの間にかきれいな姿をしていた。
「……」

「なあ、牧石。
あれは、射的なのか?」
黒井は、牧石の腕をつかんだまま、牧石に質問する。
牧石は首を横に振る。
「ごめん、わからない……」

そんな牧石達に、答えを教えてくれた人物がいた。
「お前さんたち、兄妹か?
どうだい、射的をやってみないか?」
威勢の良いかけ声の店員だった。



牧石達は、別の露店の前に立っていた。
「牧石。
それは、なんだ?」
「金魚すくい?」
「牧石。
どうして、疑問系なのだ?」
「さきほど発生した射的の悲劇を、まだ覚えているのなら、僕が断言することをためらう理由も理解してもらえると思う」
「牧石。
あの看板の文字は「金魚すくい」と記載されているが?」
黒井の指摘のとおり、「金魚すくい」とかかれている。

牧石は、黒井の言葉に反論する。
「どうして、黒井は「金魚すくい」という看板をみながら、僕に質問するのかな?」
「牧石。
あれが、金魚に見えるのか?」
黒井は目の前にある、小さな直方体のプールを指さした。
指の先にある、魚のようなものは、生きた魚のように水中を漂っていた。
しかし、その魚は金属に覆われていた。

「金属性の魚……。
略して金魚か」
牧石はため息をつきながら答えた。
店主である、若いお兄さんから、やらないかと誘われたが、
「僕の家には、水槽がない。
僕がもしこの金魚をすくったら、この金魚の末路がみじめなものになる。
僕にとってこの金魚は、すくっても、すくうことができなくても、絶対にすくいきれないものなのだ」
と牧石は答えた。

黒井は、「うまいことを、言ったつもり?」という表情をしたが何も言わない。
店のお兄さんは、牧石達を一瞬にらむと、すぐに別の子どもに声をかけ始めた。



牧石達は、人通りの多い通りを抜け、神社の境内への道とは異なる山道を登っていた。

まもなく打ち上げられる花火を、観賞できる場所として、神社の境内から徒歩3分ほどで到着できる場所がある。

ただし、その場所は多くの市民が知っている場所であり、昼間から場所を確保しなければ、人が多すぎて観賞できない恐れがあった。

そのため牧石達は、目黒からメールで教えられた、隠れた穴場へと続く道のりを20分ほど歩いていた。
牧石は、ゲームによる筋肉痛が残っていたが、それ自体に慣れてきたと言うこともあり、普段のペースで歩いていた。

目黒が、牧石にメールで教えていた、「花火観賞の穴場スポットその2」だそうだ。
牧石が、目黒に「どうしてその1を教えないのか?」と質問したら、「お察しください」
と返された。

牧石は、その意味を理解して腹が立った。


「ようやくついたか」
牧石は、視界の開けた場所に到着した。正面には、サイキックシティの夜景がきらびやかに飛び込んでくる。

それに対抗するかのように、光輝く星空は、新月であることも加味されて、いつもよりも近くに感じられる。
下に目を向けると、下り坂になっており、柵の先は崖になっているのか、木々の先端部分が広がっている。

牧石は、花火の打ち上げられる場所と思われる、河川敷の方向に視線を向けながら、目黒が穴場というだけのことはあると感心した。


「牧石。
つかれた」
牧石は、後ろについてきた黒井の方を振り返る。
黒井は、言葉どおりの疲労の表情を見せる。

「はいはい、こっちこっち」
牧石は、丸太で組んだように見える柵の手前に、あらかじめ目黒の忠告に従って用意して置いたレジャーシートを広げる。

「……」
「……」
水色のレジャーシートに座った二人はお互い黙ったまま、時間がくるのを待っていた。



時間になると、暗闇の一部から、光があふれてくる。
花火大会の始まりだ。
大小さまざまな花火が、次々と色鮮やかに咲いては消えてゆく光景。
しばらくして届いてくる轟音。


「牧石、きれいだな」
「ああ、そうだな」
黒井は、素直に感想を言い、牧石はうなづく。


「牧石。
あれは、なんだ?」
黒井は打ち上げられた花火の一つを指し示す。
「ああ、登流乱れ七変化改といって、名だたる花火職人が絶対に無理と言った、立体的な映像を花火によって再現する技巧のことを指す。
名前の由来は、基本理論を考案した花火職人、「登流星(のぼり りゅうせい)」から取られている。残念ながら彼の生存中には完成しなかったけどね。
そもそも、打ち上げ花火の微細な変化は、職人にしか、なし得ないとされてきたが、スーパーコンピューター『エキドナ』によって解析されたことによって状況が激変した。
今では、サイキックシティでの開催される花火大会の9割が、『エキドナ』の後継機である『デルピュネー』によって……」
「牧石。
夏休みの課題のことは忘れなさい」
黒井は、口をとがらせて牧石に文句を言う。
「いや、花火について質問されたから答えただけで、……」
「静かに!」
黒井は、牧石に忠告する。


「どうした、黒井?」
「あそこにいるのは誰?」
黒井は、ここに到着するまでに歩いてきた方向へ指を指す。
「居ないじゃないか?」
「あっちに気づかれたから逃げたのよ」
黒井は不満そうに、牧石に訴える。

「だったら、テレパシーで思考を読めば良かったのに」
「牧石。
お前は最近耐性をつけたのか読みづらくなった。
テレパシーだと、送りたくない感情まで、送ってしまうことがある。
それだけは、避けたい」
牧石の提案に、黒井は言葉を選ぶような感じで返事をした。

「別に、送ってもらっても構わないぞ。
どうせ、僕のことをバカにするような内容だろう?」
牧石は、気にしない様子で言った。
「……そんなんじゃない」
「何か言ったか?」
「うるさい!」
黒井は不機嫌な様子で、牧石を睨みつける。

「……」
「……」
再び、二人の間に静寂でつつまれる。
先ほどの登流乱れ七変化改が花火大会のフィナーレだったのか、外からの音も聞こえない。

「帰るか」
「うん」
牧石は、懐中電灯を灯すと、帰り道へと向かった。



牧石と、黒井は待ち合わせに使用したファミレスの前にいた。
「これで、お別れだな」
「うん」
黒井は疲れた表情を見せていた。
目黒のアドバイスにより、黒井は登山杖を用意していたのだが、結局最後は牧石が黒井を背負った。

「大丈夫か、黒井?」
「うん」
「じゃあ、気をつけてな」
牧石は手を振って帰ってゆく。
黒井は、「ありがと」と小さくつぶやいたが、牧石には聞こえることはなかった。 
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