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至誠一貫

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第一部
第二章 ~幽州戦記~
  十八 ~幽州での戦い~

「では歳三様、公孫賛殿。手筈通りに。鈴々、頼みましたよ?」
「応なのだ!」

 稟達の見送りを受け、公孫賛率いる三千が、北平を出た。
 私は、官軍の装束を借り、一兵士の姿でいる。

「なあ、土方」
「何かな?」
「策は理解できるんだけどさ。何も、お前自身が出張る事はないんじゃないか?」

 馬上で、公孫賛は首を傾げている。

「そうかも知れぬ。だが、『勇将の下に弱卒なし』。それを、私は兵に見せておきたいのだ。多少の危険など、気にはしておられぬ」
「確かに、将が安全な場所から指揮を取るよりも、こうして前線に出てくる方が、兵の士気は上がるさ。けど、土方のところには将となるに足る人材がいるし、そこまでしなくとも結束は固いように見えるぞ?」
「いや、皆にはそれぞれ、果たすべき役割がある。それに、私のそばには鈴々がいるのだ。何も恐れる事はない」
「そうなのだ。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、鈴々が守るから、大船に乗った気でいるのだ」

 決して、大言壮語ではない。
 自信過剰は勿論戒めるべきだが、此度の相手を見る限り、鈴々一人でも警護役としては十分過ぎる筈だ。

「はぁ、羨ましいな全く。そこまで信じる事が出来て、何事も託せる仲間がいるなんてな」
「そうでなければ、この時代を生き抜くなど不可能。貴殿にも、いずれ信ずるに足る者が現れよう」
「だといいんだけどな。あたしは麗羽や美羽みたいに財もないし、曹操みたいな強さもない。……ずっと、このままって気がするんだ」

 どうも、公孫賛は後ろ向きになりがちだ。
 慰めるのは容易い、が。
 もっと自信を持っても良い、と何度も思わされた。

「とにかく、何儀らさえ討てば、一息つけよう。先の事は、それから考えてはどうだ?」
「ああ、そうするよ。ここでしくじれば、仲間どころじゃないもんな」

 それは、我らとて同じ事。
 一度下手を打てば、今までの成果を無駄にしかねないのだ。
 皆、頼むぞ。



 勃海に近付くにつれ、軍全体の雰囲気が変わってきた。

「あまり気取られてもまずい。緊張し過ぎではないのか?」

 どうやら、公孫賛が落ち着きを失いつつあるのを見て、兵に伝染したようだな。

「そ、そうは言っても。もし、黄巾党の奴等が出てこなかったら……」
「いや、出てくる筈だ」
「そ、そうか……。でも私には、今一つ確信が持てないんだ」
「お姉ちゃんは、心配性なのだ」
「う、うるさいな。仕方ないだろ、こういう性格なんだから」
「だが、将としては褒められんな。将の態度を、兵は敏感に感じ取ってしまう」
「う……。じ、じゃあ、どうしろって言うんだ?」
「もっと泰然自若に構える事だ。内心で不安や恐れがあろうとも、それを顔や態度に出さぬが、良き将というもの」
「わ、わかった。やってみる」

 とは言うもの、一朝一夕で改善する類のものではなさそうだ。
 ……ん?
 ふと、妙な気配を感じ、私は立ち止まる。

「どうかしたか?」
「……どうやら、お出ましのようだ」
「お兄ちゃんも気がついたのか?」

 鈴々が、声を潜める。

「うむ。どうやら、斥候のようだが。鈴々、捕らえられるか?」
「やってみるのだ」
「よし。ただし、その蛇矛は置いていけ、目につき過ぎる」
「でも、得物なしじゃ、いくら雑魚でも捕らえるのは大変なのだ」
「では、これを使え」

 堀川国広を鞘ごと外し、手渡した。

「けど、お兄ちゃんみたいに腰に差すと、動きにくそうなのだ」
「ならば、こうすれば良い」

 襷掛け用の紐を鞘の先に通し、背負えるように結ぶ。
 鈴々の身の丈だと、国広の長さが丁度良い。

「どうだ?」
「これなら、動きやすいのだ」
「よし。その剣は見ての通り、細身だ。力任せに叩きつけても相手は斬れぬ。それに、折れてしまうだろうな」
「うー、扱いが難しそうなのだ」
「今は時が惜しい。それ故、峰打ちのみ、伝授しよう」
「にゃ? 峰打ち?」
「そうだ。こうして、刃を返して相手を打ち据える。無論、相手を倒さなければならぬ時ではなく、此度のように捕らえる場合などに用いる」

 兼定にて、手本を示す。
 何度か素振りをしてから、

「何となくわかったのだ。じゃ、行ってくるのだ!」

 素早く、身を翻した。
 ……ふむ、何気なくあのような格好をさせたが、まるで忍びの者だな。
 尤も、鈴々にはあまり似合わぬか……。



「なあ、ちょっと遅くないか?」
「……ああ」

 公孫賛の言う通り、なかなか鈴々は戻ってこない。
 鈴々の事だ、よもや不覚を取るとは思えぬが。

「様子を見に行かせた方が、良くないか?」

 心配顔の公孫賛。
 ……どうするか。
 鈴々を信じるなら、もう少し待つべきだろう。
 だが、万が一、と言う事もある。
 それに今、不意を突かれる事があれば、少々危険な事になるやも知れぬ。

「よし。誰か、様子を」
「その必要はないぞ、土方殿」

 聞き覚えのある声に振り向くと、鈴々を小脇に抱えた人物が、立っていた。

「徐晃殿か……」
「久しいな、土方殿」
「何故、此処に?」
「話は後だ。手を貸してくれ、賊の間諜を捕らえてある、連れてきたい。それから、この娘は、気を失っているだけ。直に目を醒ますさ」
「わかった」

 先ほど、斥候を命じようとした兵に、徐晃の手伝いを指示。

「鈴々。しっかり致せ」
「……う……。あ、あれ? お兄ちゃん?」

 目を瞬かせる鈴々。

「何があった?」
「……賊を見つけて、捕まえようとしたら、逃げられたのだ。追いかけている最中、落とし穴があって、落っこちて……後は、覚えていないのだ……」

 敵の単純な策に嵌まった、という訳か。
 やはり、斥候の任は重過ぎたか……身軽と言うだけで任せた、私が迂闊であった。

「そうだ! 逃げた賊を捕まえるのだ!」

 慌てて身体を起こそうとする鈴々を、押さえた。

「それならば心配は無用だ。徐晃が捕らえたようだ」
「徐晃が?」
「そうだ」
「……ごめんなさいなのだ」
「何故謝る?」
「だって、任せろなんて言ったのに、失敗したのだ……」

 落ち込む鈴々の頭を、軽く撫でてやる。

「気に病むな。もともと、鈴々の役割は私達の護衛。違う役割を与えた、私の判断違いだ。むしろ、詫びるのは私の方だ」
「お兄ちゃん。怒らないのか?」
「鈴々を叱らねばならない理由などない。良くやったぞ、鈴々」
「にゃは♪ お兄ちゃんは優しいのだ」
「あ~、和んでいるところ済まんが。怪我の手当て、した方がいいぞ? かすり傷みたいだけど」

 そう言いながら、公孫賛は何かの塗り薬を取り出した。

「それは?」
「自家製の怪我薬さ。いろんな事をやらなきゃいけないから、そのうちに覚えちまったのさ」

 器用貧乏。
 ……ふと、そんな事が頭に浮かんだ。
 だが、逆に考えれば、それだけ何でもこなせる、というのは有能な証拠でもある。

「お姉ちゃん、ありがとうなのだ。お姉ちゃんも、優しいのだ」
「そ、そんな事はないぞ? エヘヘ……」

 照れるのは良いが、ちと度が過ぎる気がする。
 余程、他人から誉められる事に慣れていないようだな……。



 戻ってきた徐晃は、二人の賊を引っ立てていた。

「この二人のみだ。逃がした奴はいない筈だ」
「忝い、徐晃殿」

 縛られた賊の片割れは、不安げに私を見る。
 だがもう一人、髭面の男は、落ち着き払っていて、常人には見えぬ。

「些か、訊ねたい事がある。素直に答えれば、命は助けてやろう」

 私は、髭面の方に話しかけた。

「……その前に、一つ聞かせろ」

 賊の一人が、私に向かって言った。

「何だ?」
「アンタ、名は? 俺は、周倉って言う」

 ……一々、驚く事でもないか。
 恐らくは、あの周倉であろう。

「それを聞いて何とする?」
「そんな格好をしているが、アンタ、ただの兵じゃないだろう? 目付きといい、立ち居振舞いといい。申し訳ないが、そこの将らしき御仁より、アンタが気になってな」
「……どうせ、私は地味で普通だよ……」

 拗ねてしまったようだ。
 公孫賛は、後で話しておけば良かろう。
 もし、目の前の人物が、あのに周倉ならば……やはり、仲間に引き入れるべき人物であろう。

「……私は、土方と言う」

 私の事を知っている、そんな顔をしているな。

「やっぱりな。アンタが噂の、義勇軍を率いている人物。で、間違いないな?」
「どの噂かは知らぬが、確かに私は義勇軍の指揮官だ。だが、何故わかった?」
「さっきも言った通りさ。俺にも、その程度はわかるよ」

 周倉は、不敵に笑う。

「もう一つだけ、聞かせてくれ」
「いいだろう」
「廖化はどうしてる?」
「周倉とやら、廖化を知っているのか」
「勿論だ。奴は、俺とは刎頸の友さ」
「そうか。だが、廖化はここにはおらぬ。我が軍にいる事だけは確かだがな」

 愛紗と共に、今は作戦行動中。
 まだ、それを教える訳には参らぬ。

「いや、生きているならそれでいい。俺も、廖化と同じように、配下に加えて欲しい。頼む!」

 縛られたまま、頭を下げる周倉。

「それが、何を意味するか。よくよく存じた上であろうな?」
「覚悟の上よ。それに、何儀達のやり方にもうんざりしていたところだ。官軍と戦うよりも、民を襲う方が多いなんて、どうかしてる」

 吐き捨てるように、周倉は言った。

「ならば、我が策に従うか?」
「……じゃあ、俺を配下にしてくれるんで?」
「ひと働きしてみせよ。それ如何だ」
「ありがてえ! 俺、頑張るからよ!」

 髭面に笑みを浮かべて、周倉は頷いた。

「てめぇ! 仲間を売るつもりか!」

 もう一人の男が、叫んだ。

「もう俺は懲り懲りなんだ。役人どもが腐りきってるから黄巾党に入ってみたが、黄巾党も腐ってやがる」
「この野郎!」

 いきり立つ男だが、兵士に抑え込まれる。

「周倉。この男は?」
「へっ、劉辟の腰巾着野郎だ。大方、俺の監視ってところさ」
「そうか。では、他の賊と同じく、他人を無闇に殺めたり、女を手篭にしたりしている……。そうだな?」
「ああ」
「わかった。なら、生かしておく価値はない」
 兼定を抜き、男に突きつける。
「ま、待ってくれ! 何で俺だけが! コイツだって黄巾党なんだぜ!」
「言い残すことはそれだけか?」
「ひ、ひーっ! 嫌だ、死にたくねぇよ!」

 往生際の悪い男を、一刀で斬り捨てる。

「……容赦ないんだな、大将は」
「人の皮を被った獣など、生かしておく意味はない。……気に入らぬか?」
「いや、どのみち生かしちゃおけない野郎だ。大将のやり方、俺は悪くないと思う」
「そうか。公孫賛、徐晃殿。これが、私の流儀だ。心に留めておいていただきたい」
「……本当、これじゃますますどっちが将か、わかんないな」
「…………」

 徐晃は何を思うのか、答えなかった。



「賊軍です! 数は凡そ、二万五千との事!」
「どうやら、こちらの策が上手く行ったようだ。皆の者、一当したら、算を乱して逃げよ!」

 此方は三千、まともに遣り合えば潰滅は必至。
「いいな、鈴々。あまり怪しまれぬように、抵抗しながら逃げよ」
「うー、無茶言うのだ、お兄ちゃんは」

 迫り来る賊の群れに、矢が放たれる。
 だが、所詮は散発的な射、戦果は期待するだけ無駄と言うもの。
 逆に、敵の矢が飛んできて、周囲に突き刺さり始めた。

「土方。いつまで敵を引き付けるんだ?」

 矢を剣で叩き落しながら、公孫賛が叫ぶ。

「まだ、このままだ」
「うう、ますます私の軍は弱い、と風評が立ちそうだな……」
「公孫賛殿。そのようなもの、勝てば吹き飛びましょう。今は、気落ちしている場合ではないと存じますぞ!」

 そのまま、徐晃も残って加勢してくれている。

「手勢を預けている私が、素知らぬ顔は出来んさ」

 だが、一歩誤れば、みすみす兵を失う策。
 その中で、徐晃ほどの猛者が加わってくれるのは、正直心強い。

「ぐふっ!」
「がはっ!」

 ……やはり、被害は防げぬか。
 賊軍との距離はますます縮まり、あちこちで剣戟が聞こえ始めた。

「くたばりやがれ!」
「させないのだ!」

 迫ってきた賊を、鈴々が突き殺す。

「やるな、流石は張飛!」

 負けじと、徐晃が大斧を振るう。
 豪傑二人、まさに鬼神の如し。
 ……そろそろ、頃合いか?

「公孫賛、合図だ!」
「よし、全員退け! 私が、殿を務める!」
「応っ!」

 少しずつ、被害が増えていく。
 だが、賊の追撃の手は、決して執拗ではない。
 寧ろ、次第に鈍り始めたようだ。

「奴ら、輜重を取り囲んでいるぞ!」
「やはりな。後は、皆に任せよう」



 輜重が、燃えている。

「ど、どうなってんだ!」
「畜生! 中身は食い物じゃないぞ、油だ!」

 右往左往する賊。
 その間にも、引っ切り無しに飛来する、火矢。
 それが突き刺さる度に、火の手が賊をまた一人、巻き込んでいく。

「今や! いてまえ!」
「応っ!」

 そこに、霞の騎馬隊が突っ込んだ。
 敵の中央を、文字通り切り裂いていく。
「歳三様、ご無事でしたか」

「お兄さん、やりましたねー」
「稟も風も、ご苦労だった。後は、愛紗達だが」
「申し上げます! 黄巾党一万余、山塞を出たとの事です!」
「うむ。公孫賛、下知を」
「お、おう。皆の者、よく耐え抜いてくれた! その鬱憤、一気に晴らしてしまえ!」
「応!」

 そして、彼方で別の、火の手が上がった。

「どうやら、愛紗ちゃんも上手くやったみたいですねー」
「ああ」

 がら空きになった山塞を落とし、火をかけたのだ。
 当然、賊は慌てふためき、ますます混乱に拍車がかかった。
 そこに、星が横撃をかける。
 もはや、収拾をつけるのは不可能であろう。

「大将!」

 周倉が、手勢を率いて戻ってきた。

「ご苦労だった」
「大将。アンタの指示通り、何儀を煽ったぜ? しかし、こんなに上手く行くとはなぁ」

 周倉から聞いた情報では、一応、首領が何儀、副首領が劉辟、って事になってたようだ。
 だが、二人の関係は上手く行っているどころか、寧ろ険悪ですらあったらしい。
 程遠志を討った後、将のいない黄巾党は、繰り上がりで首領になるものが続出している。
 だが、その序列は決して納得づくのものではないらしく、こういった例は枚挙に暇がない……そう、周倉から教えられた。

「賊は全軍で四万近くだが、仲違いを上手く利用すれば、各個撃破が可能になる、か。……しかし、恐ろしい事を考えるなぁ、土方は」
「数で劣る我らなのだ、そこは知恵で補うしかないからな」

 む、何かこちらに向かってくる。

「ありゃ、何儀だぜ?」
「そうか。周倉、やるぞ?」
「お、応っ!」

 その行く手に立ちはだかる。

「どけどけっ! こうなりゃ、公孫賛の首狙いだ!」
「そうはさせん」
「て、てめぇは周倉! 裏切りやがったか!」
「俺はもう、黄巾党には付き合いきれない。だから、死ね」
「い、言わせておけばっ!」

 繰り出された槍を、長刀で弾き返す周倉。

「うっ! し、しまった!」

 汗で滑ったのか、何儀は槍を取り落とした。

「公孫賛。今だ」
「え?」
「討ち取る絶好の機会だぞ。急げ!」
「お、おう! 死ねっ!」

 呆然とする何儀を、真っ向から斬りつけた。

「……ぐっ」

 一刀で、賊将は息絶えた。

「お見事」
「……い、いや。でも何故、私に討たせた?」
「黄巾党の大将首、見事な手柄ではないか。そうではないか、皆の者」

 私の言葉に、皆が頷いた。

「全く、手柄まで譲られるとは思わなかったぞ」
「はて、譲った覚えなどございませぬぞ。太守様」
「え? け、けどさ……」
「ここにいるのは、北平太守、公孫賛殿の麾下のみ。当然、手柄は太守に帰しますな」
「……わかったよ。ありがとうな、土方」

 ふっ、どこまでもお人好しな事だ。

「軍勢が近づいてきます! 旗は『趙』、それに『関』!」

 どうやら、これで一段落、となりそうだ。 
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