| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

アルジェのイタリア女

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第二幕その八


第二幕その八

「楽しみにしてるわ。それじゃあね」
「ああ、またな」
 イザベッラ達に連れられてイタリア人達は宮殿を後にしていく。ここでようやくムスタファが我に返った。
「ふうう」
 まだ酔いが回ってはいても目は醒めていた。
「食ったのう。飲んだし」
「そうですね」
「おう、そなた達も来ていたのか」
 ズルマの声に応えて彼女達に顔を向ける。
「楽しかったぞ、パッパタチは」
「そうみたいですね」
 ズルマはここでニタリと笑ってきた。そして主に対して言った。
「旦那様の御気持ちも知ることができましたし」
「わしの!?」
「はい、御后様もそれを御聞きになられました」
「何と」
 その言葉にはもう何も言うことが出来なかった。
「しまったのう」
 観念した。止むを得ずそれを認めることにしたのである。
「聞かれてしまっては」
「それではパッパタチの新しい誓いとして」
「どんな誓いじゃ?」
「素直に一人の女性を愛する」
「素直に一人の女性を愛する」
 ズルマの言葉を復唱した。
「決して意地悪をしない」
「決して意地悪をしない」
「宜しいですね」
「宜しいとも」
 彼は苦笑いを浮かべたまま最後まで言った。
「こんなことになるとはな。だがそれもよいか」
 エルヴィーラに顔を向けて呟く。
「そなたにそのままの想いを述べるのもな」
「最初からそうして下さればよかったですのに」
 エルヴィーラは困ったような悲しいような、それでいて楽しいような笑みを浮かべて彼に言った。
「それなのに」
「今までのことは済まん」
 もう意地悪は出来ない。今誓ったからだ。
「だからその分な。今まで以上に」
「だといいですけれど」
「仲良くやろうぞ。本当の夫婦らしく」
「はい」
 エルヴィーラの方は意地悪をしようという気なぞ何処にもなかった。だから快く頷く。二人がようやく素直になれたところでムスタファはあることに気付いた。
「そういえば」
「どうしたのですか?」
「イザベッラ達がおらんではないか」
「彼等ならもう帰りましたよ」
「帰った!?どういうことじゃ!?」
「ですから祖国へ」
 ズルマが言う。
「帰りましたけれど」
「何っ、わしは認めてはおらんぞ」
「それは私が」
 エルヴィーラが述べてきた。
「そなたがか」
「はい。この度の御礼に」
「そうだったのか」
「よいではありませんか?御礼としては安いものかと」
「ううむ」
 ズルマの言葉には難しい顔になる。ここでハーリーも言った。
「それに御后様とようやくこうして素直になれたのです。輝かしい祝いの施しとして」
「そうじゃな、そこまで言うのならよいか」
 ムスタファ派ハーリーの言葉も聞いて朗らかに頷いた。
「留める者は貧しい者に施しをする。コーランにもある」
「はい」
「教えが違おうとも神が違おうとも寛容であれとも言うしな」
「左様です。ですから彼等にも」
「この度は恩恵を」
「うむ、ならばそうしよう。しかしじゃ」
 ムスタファはここで気付いた。
「何か?」
「彼女等はまだ港にも着いてはおらんだろう」
「そうですね」
 ズルマがそれに応えた。
「丁度宮殿を出たところかと」
「そうか。ならば出るぞ」
「宮殿をですか?」
「それでは間に合わん。ここはバルコニーじゃ」
 そこから宮殿の門が見えるのである。出迎えには丁度いい場所であった。
「バルコニーですか」
「そうじゃ、そこから挨拶をしたいのじゃが。どうじゃ?」
「それはよいことです」
 エルヴィーラがにこりと笑ってそれに賛成した。
「それでは今から」
「うむ」
 ムスタファ達は従者達まで連れて総出でバルコニーに出た。丁度門からイザベッラ達が港に向かうところであった。
「そこのイタリア人達」
 ムスタファが彼等に声をかける。
「今回は感謝しておるぞ。その謝礼じゃ。行くがいい」
「それでいいんですね!?」
 イザベッラが彼に問う。
「もうイタリアに帰りますよ」
「どのみち帰るつもりであろう」
「まあそうだけれど」
「うむ」
 リンドーロとタッデオがそれに頷く。
「じゃがこそこそと逃げるよりは堂々と帰る方がいい。だからじゃ」
「おお、太っ腹」
「流石は」
「これがイスラムじゃ」
 彼は大きな腹を揺らしてさらに大きな声で豪語した。
「異教徒であっても寛大に。アッラーは仰った」
「何かイスラムって凄いな」
「ああ」
「俺達も負けていられないぞ」
 イザベッラ達と共に出て行くイタリア人達もその度量に打たれた。
「さあイタリアで楽しくやるがいい。じゃがわしもまたそちらに行くぞ」
「パッパタチですか?」
「ぞうじゃ、パッパタチの為に」
 リンドーロに答える。
「また大いに飲んで食おうぞ」
「そして意中の人に素直になって」
「幸福になるのじゃ。よいな」
「はい」
「では私もそれに」
 ハーリーがムスタファの前にやって来た。
「うむ、よいぞ」
「では私も」
「私も」
 ムスタファがハーリーを許すと従者達も。遂にはエルヴィーラやズルマまで加わってしまった。
「皆でパッパタチを祝おうぞ!」
「ムスタファ様万歳!」
「パッパタチ万歳!」
「僕等も僕等で」
 イスラム教徒達に負けじとイタリア人達も。リンドーロがイザベッラに顔を向けてきた。
「ええ、イタリア万歳!」
「イタリア万歳!」
「そして」
 ここでタッデオが言う。
「パッパタチ万歳!」
「パッパタチ万歳!」
 彼等もパッパタチを讃えはじめた。
「美酒に美食に歌に踊り!」
「そして永遠に好きな人と結ばれるパッパタチを讃えよ!」
 イタリア人もトルコ人も一緒に宴と恋の結びを讃えた。別れと帰還の前の盛大な歓声であった。


アルジェのイタリア女   完


                    2006・8・22

 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧