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その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)

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第26話 夢魔が飛び、魔猫が舞う(3)

 アルフと純吾達の激突から場所は変わり、純吾達が転移した後の川辺。
 純吾が最後まで願ったのがリリーに通じたのか、その場を支配していた殺伐とした雰囲気は一掃されている。
 が、代わりに大きな困惑がその場を支配していた。

「え、えっと……」

 転移から逃れていたなのはは胸元に下がるレイジングハートを握りしめ、顔をあげつつも、不安そうに眉尻を下げる。
 彼女の視線の先に浮かんでいる、ずっとこの場の主導権を握り続ける女性、リリー。彼女が何を思っているのかが全く分からないからだ。

 顔を俯かせ、手足をだらんと脱力させたまま浮かぶリリー。俯いた顔は絹糸のような黒い長髪に覆われ、表情を読む事ができずにいる。時折風に乗って何事か呟いているのが分かるが何を言っているのかまでは分からない。
 ただ先ほどでとは打って変わって、殺意とでも言うのか、危険な雰囲気は一掃されているのがなのはにとって唯一の救いだった。

 リリーに集中していた視線を橋の上の少女へとやると、彼女も自分に向けられていた敵意が無くなったことに困惑をしているようだった。黒い鎌の柄の様な杖を、すぐにでも振り抜けるような構えは全くといていないが、無表情だった顔には困惑の為に少しだけ眉根がよっている。

 と、なのはは自分の上の方の空気が変わったことを感じ取る。見ると、ついさっきまで脱力をしていたリリーがわなわなと肩を震わせていたのだ。
 震える肩もそのままに、リリーはゆっくりと両腕を上に掲げていく。それが何を意味しているのかは分からないが、なのはは純吾が心配した事は遂に守られないのではないかと気が気でなくなり、少女は何が起こっても凌いでみせると愛機を持つ手に力を込める。

 少女達がかたずをのんで見守る中、両手は頭上へと高く掲げられ――

「ふんっ、がーーー!!」

 淑女らしからぬ掛け声とともに盛大に振りおろされた。同時に雷が何本も巻き起こり、周りの木々を打つ。
 それに「ひゃわっ」となのははその場に頭を抱えてしゃがみ込み、少女はその光景に目をむくも素早く橋の下に滑り込んで難を凌いだ。

「ふぅ……。あー、よしっ! 踏ん切りついた!」

 そんな必死な少女たちを尻目に、どこかすっきりした顔をしたリリーはふぅと一息つき、片手を腰に当て、そしてもう片方の手で出てもいない額の汗をぬぐった。
 そこにはついさっきまでの狂気はなく、いつものように勝手気ままで人をくったような、けれどもどこか憎めない雰囲気のリリーがいた。

「り、リリー…さん?」

「あら、なのちゃん? ごめんね~雷。当たらないようにはしたんだけどやっぱり怖かったわよね~」

 恐る恐ると言ったように抱え込んだ顔をあげたなのはに、リリーはひらひらと手を振りながら、普段通りの声で答えた。
 いつも通りのリリーが戻ってきた、彼女の声を聞いてなのははやっと理解する。普段だったらその傍若無人振りに文句の一つでも言っていた所だが、今だけはそんな彼女の様子に心底安心できる。
 本当に酷い事が起こらなくて良かったと、なのはは泣き笑いにも似た衝動に駆られた。

「って、そーよ! ちょっとそこのあんた( ・ ・ ・ )!」

 そんな少女の心を知ってか知らずか、自分の関心の赴くままにリリーは興味をなのはから金髪の少女へと移す。少女へと向けた視線は敵意は含んでいたものだったが、殺意は微塵も感じられず、「私、怒ってます」とでも言いたげな軽いものだ。

「……何?」

 そんな突然の変化に少女はついていけず、愛機を握る手に力を込め、リリーの動作を一挙一足たりとて見逃さまいと警戒心を強めた。

「あんたん家のあの駄犬! ジュンゴをたぶらかすばかりじゃなくて連れて逃げるなんて何考えてるのよ!
 し! かぁ! もぉっ!! 私に向かってずっと一緒って! 一緒に生きていくって言ってくれてる最中だったのにぃぃぃぃぃぃぃ!
 絶対意識してなかったけど、ジュンゴの貴重なデレシーンだったのよーっ!」

 もうちょっと夢見させてくれてもいいじゃないのよー! そう言いながら空中で地団駄を踏むほど悔しがるリリー。

 そのあまりにもあんまりな理由に、少女は身構えていた肩をガクッと落とし、なのはは抱え込んでいた頭をべしゃっと地面にぶつけてしまった。

「えぇと…、その事でずっと唸ってたんですか?」

「あったり前でしょう! それ以外に何があるって言うのよ?」

「え、えぇ…その。前の事とか、純吾君が、どこかに転移、させられた事、とか……」

 その言葉を言った傍からなのはは後悔する。ようやくリリーがいつもの調子に戻ったというのに、自分は何をぶり返そうとしているだ、と。

「あ~。それがさっきの“踏ん切りついた”よ」

 けれどもなのはの不安は当たらなかった。彼女の言葉を聞いても、リリーは怒ったような反応を全く起こさなかったからだ。

「あの事への仕返しだけはどうしても我慢できないって、自分でも思ってたんだけどね~。
 私の事を考えてくれて、私の為にそれはやめてくれなんて言われたら、復讐なんてやってる場合じゃないっ! て思っちゃって」

 気恥ずかしそうに頬をかきながらリリーはそう言う。

「何だか気持ちあっちにフラフラこっちにフラフラしてる感がしなくもないけど。結局私はジュンゴ中心に動いてて、彼がそう望むんならそれを叶えたいってどうしても思っちゃうのよ。だから、復讐に踏ん切りつけることにしたの。
……なんたってそれが私と生きるためだなんてねーっ!」

 うはーまた思い出しちゃった! 最後の最後で様相を崩し、くねくねと体をくねらすリリー。
 途中まで真剣な顔をしていたのに、最後はやっぱりどこか残念な彼女の様子になのはは本当にいつもの彼女に戻ったんだと安堵に似た脱力を感じながら確信した。

「ふぅ~。さて、お嬢ちゃん? 今すぐあのワンちゃんにジュンゴ達をここにつれ帰させて、『リリー様と鳥居純吾様は有史始まって以来のベストカップルです、私ごときが茶々を入れてしまい本当に申し訳ございませんでした』って言うんなら、特別機嫌のいい私の恩情によって何もしないでここから帰らせてあげるわ」

 どうする? と、下の方でなのはが「そんな無茶苦茶なの!」と言っているのを無視してリリーは橋の下にいる金髪の少女に問う。

 それに対し少女は無言のまま鎌を持ちあげ、戦闘態勢を示す事で答えた。

「何よぅ、ちょっとからかっただけじゃない。そんな真面目だとあなた友達できないわよ?」

「……必要ない。今私が欲しいのは、その子の持っているジュエルシードだけ」

 リリーの性格を大体把握したのだろう、突飛な行動をとろうが茶化したような言葉を聞こうが、少女の心は、瞳はもう揺るがない。
 ただ一点、自分の求めるものだけを見据えていた。

「――でぇ? やっと言葉が通じたと思ったらこれだもんねぇ。
 じゃあ決定ね、なのちゃんを守ってってジュンゴからお願いされた事だし」

 そう言い終わった直後、リリーの体が暗闇に包まれ、またすぐに出てくる。
 しかし、その姿はつい直前までのゆかた姿ではない。

「…きれい」
 橋の下から見上げる少女が、目の前の女性は敵だと分かっているにも関わらず思わずといった風に呟いた。

 リリーが今身につけているのは、初めてこの世界に来た時に着ていた白のレオタード。
 喉のあたりから足の付け根までしか丈のないそれは、リリーのほっそりとしたスタイルをくっきりと浮かび上がらせている。それは彼女の持つ美貌と、そして夢魔としての特性もあり、本来その姿からは淫靡な印象しか受けないであろう。

 だけど、煌々と照る月の光を一身に浴びる今のリリーは彼女自身が白く輝いていて。
 たとえ本性が酷くおちゃらけたもので、その翼は悪魔のものであろうとも、少女には暗闇から月の女神が現れたように見えた。

「久しぶりの本気モードね。
……あとなのちゃん、あんまり呆けてないで。私もサポートするけど自分の身は自分で守れるようにしてね」

 自分に注がれる二つの視線を感じ、リリーがくすぐったそうにもう一人の少女に指示をする。
 その言葉に、「はわわっ」と慌てたようになのははレイジングハートをかざし、バリアジャケットを身に纏う。

「さって、呆けちゃってる間に準備もできた事だし。人の言う事を聞かない悪~い子は、きっついおしおきよ!」

 何ともしまらない言葉とは反対に、旋風を巻き起こすほどの速さでもって、リリーは少女の元へと宙を疾駆した。





「ジュンゴにゃん!」

 唐突に自分たちへと迫る巨大な爪を前にして、咄嗟にシャムスは純吾を抱えこみ、横っ跳びに地面を転がるようにしてそれを避けた。
 その途中、純吾がこれまた攻撃に反応できていなかったユーノを巻き込んで地面を転がったため、「うわぁっ」と情けない声が上がる。

 その後も何度も地面を転がり、渾身の一撃の反動から抜け出せない狼から距離をとる。そして全身をバネにして、曲芸師よろしく起き上がりざまに近くの木の上までジャンプした。

「ジュンゴにゃんっ、今のうちにハーモナイザーを!」

 木の上で純吾を下ろすと、シャムスは眼下の狼を見据えながら鋭く迫る。

「でも…」
 しかし、純吾も同じように狼を見つめていながらも、戦う事を躊躇ってしまう。

 今相対している狼の女性は、決して悪い人ではない。昼間のどこか間の抜けた様子や、自分が渡した料理の事を嬉々として語る姿。それに、あの少女のこと。少女の事を語る彼女の口調は、瞳は、そしてそこから見え隠れする思いはとても優しく温かいもので。
 例え自分の身が危なくなっても、純吾は彼女達の事を傷つけたくないと思っていた。

「もらったぁ!」

 その攻撃を躊躇っている純吾達を狼の女性が見逃すはずが無かった。頭上で何か問答をしている彼女の敵に向かって再び飛びかかっていく。

「あーもうこっちくんにゃ!」

「分かりましたと言うとでもっ!」

 その攻撃を隣の木に飛び移る事で避けるシャムス。そのまま木の上で必死の追いかけっこが始まる。

 純吾はシャムスの脇に抱えられ、その必死な顔を間近で見る。自分を守ろうと額に汗を浮かせ、必死になっているシャムスの横顔。その顔を見ながらもまだ決心はつかず、けれどもこの状況をどうにかしないと、そう焦る気持ちから緑の携帯を強く握りしめる。


 その時、純吾達から見て5kmほど前方だろうか、そこに何本もの雷が落ちた。空を見上げても雲一つない快晴の夜空。自然には起こり得ない現象を前に、両者は足を止めそれを見やる。

「あれはリリーの…」

「おや、あっちでも始まったようだねぇ」

 シャムスは呆然と呟き、狼は若干眩しそうに目を細めながてそううそぶく。
 そして純吾は、その残光に自分の大切なものが何だったかを思い出した。

「…シャムス、下ろして」

 純吾はゆっくりと木の上に降り立ち、握りしめた携帯を開いてキーを押した。全身が一瞬光に包まれたのを確認すると抱えていたユーノも木の上に下ろした。

「…先に行って、ユーノ」

「えっ、でも、純吾達はどうするのさ」

 なのは達がいるであろう方向に背を向け、狼と対峙する純吾。その姿に先程までの迷いはなく、握りしめた拳を狼へ向ける。

「……此処であいつ、とめる」

「舐めた事言ってくれる……。あんた一人で、あたしがとめられるもんかっ!」

 言葉が届くより速く、狼が純吾へ向かって跳躍して全体重をのせた前足を振り下ろした。それは子供一人を容易く叩きつぶすだけの力が込められたもの。どうして心変わりしたかは知らないがこれで終わりだと、眼前の少年を眼下に捉えながら狼はほくそ笑む。

 だがしかし、ズシンと重たい音と共にその強打は阻まれてしまった。

「なぁっ」

 狼は直前までの余裕の崩し、少年の腕に侵攻を阻まれる前足を驚きで見開いた目で見つめる。どれだけ力を込めても少しも動かす事ができない。
(何て馬鹿力だい………この坊や)

「…何かあるのは、さっきの話で分かった」

 驚愕に染まる狼を見上げつつ、純吾は言う。悲しそうに苦しそうに、後悔を押し殺して眉をしかめながら。

「けどっ! ジュンゴにも大切なものがある! それを守るためならっ、ジュンゴは戦うっ!」

 けれども、その行動に迷いはなく。狼の足を掴みなおし、思い切り振り上げ、そして投げ飛ばした。

「行ってユーノ! ジュンゴよりユーノは防御が得意、だからなのは達支えてあげてっ!」

 木を飛びおりつつも純吾が声を張り上げる。その声に一つ頷いたユーノは、一刻も早くなのは達のもとへ戻ろうと走り出した。

「分かった! 純吾達もすぐに来てよっ!」

 それだけ言い残すと、振り返らず一心腐乱に前へと駆けはじめる。
 純吾はその声を背中で受けつつ、かなりの距離をおいて地面に着地した狼に向かっていく。

「なめるなぁっ!」

 ダンと狼の足が地面を打った。それを合図に何個もの光球が浮かびあがり、猟犬の様に一直線に純吾へと襲いかかる。
 純吾は走るのをやめずに自分へと迫る光球を目でとらえつつも、左手で携帯を操作。あらかじめ登録をされていた悪魔のスキルの中から一つを選びだし、右手に眩く歪な光の剣を作りだす。

「【なぎはらい】っ!」

 声と共に剣を光球へ向かって振り下ろす。地面に振り下ろされた剣の威力と、破裂した光球の影響で土煙りが濛々と舞いあがり、狼の目から少年がどうなったかを完全にかき消してしまった。


(……まさか、あんなものまで出せるなんて。けれども、あの剣みたいなもので大分やられただろうけど、シューター全部を叩きつぶせるはずはない。
 さて、坊やはどうなっているだろうかねぇ)

 獣の目でもっても見通せない煙を前にしながら狼は考える。あまり得意ではない射撃魔法でどれだけ通用するかは分からないが、ダメージは確実に負わせたはず。ではこれからどうするか、目を凝らしつつそれを考えていると

「【ガル】っ!」

 突風が土煙りを巻き込みながら向かってくる。
 大きく後ろに跳ぶ事でそれを避けた狼が再び前を向くと、煙の晴れた場所に無傷の少年と女性のような猫の様な姿をした、彼の使い魔が立っていた。

「まったくもぅ。ジュンゴにゃん、シャムスの事ほっといて一人で突っ込んでいくなんて酷いにゃん」

「ん…、ごめんね?」

「これからは気をつけてにゃん♪ それより――」

 にへらと相好を崩したシャムスは、彼女より背の低い純吾に抱き、ニット帽越しにその頭に頬擦りする。

「やっぱりジュンゴにゃんはいい男だにゃ~。みんなの為なら戦えるって言った時の凛々しさったらもう、辛抱たまらんにゃー」

「…くすぐったいよ、シャムス」

「おいおいおいっ、戦いの最中だっていうのに随分と余裕じゃないかぃ!」

 目の前でいちゃつき始めたシャムスを睨みつけ、狼が吠える。

 正直、予定外の事が起こりすぎていて、狼は内心焦っていた。
 尋常ではない身体能力を持ち、さらに多彩な攻撃手段を持つ目の前の少年。事前に聞いていた彼の存在が予想以上に厄介だった事だけでも頭が痛いのに、さらに悪魔を名乗る使い魔までいるときた。

 ここで目の前の彼らを自由にしたらあの子が危ない。厄介だからこそ自分が何とかしなければならない、そう焦る自分に言い聞かせ、どう立ち回るかを全力でシミュレートする。

「…狼、さん?」

 シャムスから離れた純吾が声をかける。その声音に少しだけ自分の主に話しかけられたような不思議な感覚を覚えつつも狼は答えた。

「何だい、いきなり改まって」

「さっきは戦うって言った。けど、本当にそれしかない? なにか、ジュンゴ達が戦わなくて済むような方法が――」

 けれどもその言葉を聞いた途端、狼はさっきの感覚も、自分の中の冷静な思考を全て投げ捨てた。それほどの強い怒りが彼女の中でこみあげてきたのだ。

「ならあんたらがあたしらの前から消えてくれればいいんだっ! ジュエルシードをおいて二度と関わらなきゃ、あんたの言うとおり戦わなくて済むんだ! どうしてそれをしようとしないんだよ、あんたはっ!!」

 その言葉に純吾は虚を突かれたような表情を作り、その後顔を俯かせて消え入りそうな声で答える。

「けど、ジュンゴ達も、ユーノと約束したから……」

「はんっ、やっぱりできないんじゃないか。それなのにそんな甘っちょろい事言うなんざ、坊や、あたしらをなめてんのかぃ」

「ちがっ…、ジュンゴ、みんなが傷つくのがいやな――「ジュンゴにゃん」」

 吐き捨てるような狼の言葉に対しての必死の弁明に、突然遮るように声が割り込む。
 声の主はシャムス。純吾の隣に立っている彼女も対峙する狼に負けず劣らず、その紅い瞳に怒りを燃やして前を睨みつけていた。

「今のコイツに何言っても無駄にゃ。言いたい事だけ言って、こっちの事を……どんにゃ気持ちでジュンゴにゃんがそう言ったかも考えようもしないコイツなんかに」

「はっ、それはそっちの坊やだって同じだろうがね。まぁいいさ、結局あたしらは相いれないんだ。なら後は戦って決着をつけるだけさ」

 そういう彼女たちの間にはすでに一触即発の空気が漂っていた。互いを睨みあい、犬歯をむき出しにして唸る。その牙で、鋭い爪で相手を打ち負かそうと見えない駆け引きを行う。

 やがてどちらともなく影が動き、戦いが再開された。





 偶然から始まった戦いは、それぞれの場所で、新たな局面を迎えようとしていた。
 
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