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その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)

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第24話 夢魔が飛び、魔猫が舞う(1)

 結局あの後、何がしたかったのか良く分からなかったオレンジ髪の女性との遭遇以外は、特に変わったことは起きなかった。

 街のお土産屋をぷらぷらと歩いていると、温泉まんじゅうを見つけた純吾が、思わずといった様子で「これを忘れているなんて…」としょんぼりするのを見て苦笑いしたり、舌なめずりしながら慰めたり、

「リリーさん? それ、落ち込んでいる人を見る態度じゃないと思うんですけど」

「えぇ~? でも、ちょっと涙目になってるジュンゴって可愛いなぁって……。えへへへぇ」

 リリーが純吾を連れて度々迷子に…、もとい、愛の逃避行(自称)を度々敢行しようとするのでそれを全力で押しとどめ、

「だって、さっきデートするって約束したもんっ! ちょっとくらいハメ外したっていいじゃない!」

「………ちなみに、上手くまけたらどこに行こうと思ってましたか?」

「えっ? ほら、あっちの方に見える「昼間っから! あんたは子ども連れてどこに行こうとしてるんですかっ!?」」

 このままではまずいと宿に戻り。そういえばこれを忘れていたと、温泉卓球をしてみたり、

「ぃにゃ~ん♪ 胸の間に球が挟まっちゃったにゃ~ん。ジュンゴにゃん、とってぇ~~♪」

「ばっ、馬鹿っ! 早く猫に戻りなさい! 他の客が来ないうちにほらはや「チッ」チッじゃないでしょうがこの駄猫があああぁぁぁぁああぁ!!」



……本当に、何事も起こらず(・ ・ ・ ・)、なんとか今は夜遅く。遊び? 疲れた年少組はもう隣の部屋で固まって寝てしまい、子供に何か危険が及ばないようにと気を張っていた大人たちが解放される時間であった。

「もう、皆寝ている?」

「はい、もうぐっすり」

「そう。……ノエルさん、休暇中だっていうのに、気を使わせてごめんなさいね?」

 年少組の寝顔を確認してきたノエルに、窓際に置かれた椅子に座った桃子が微笑んで労をねぎらう。ノエルも「いえいえ、好きでやっている事ですから」と、にこやかにねぎらいに答える。

「……で? あなたたちは何をやっているのかしら?」

「「ちょっとジュンゴ(にゃん)の寝顔拝顔と、あわよくば……えへへぇ(にゃふふぅ)」」

「……ノエルさんがやってくれたから、もうしなくてもいいのよ?」

「「いえいえ、好きでやっている事ですから(にゃ)」」

 バレないようにと考えた結果か、四つん這いになってふすまに手をかける、爽やか笑顔のリリーとバステト状態のシャムス。桃子は額に手をあて、これ見よがしに嘆息をし、

「いや、貴重な私のセリフをなんて風に使ってくれるんですかっ!」

 先程までのクールビューティーぶりはどこにいったのか、若干涙目になって本気で抗議するノエル。

 どうやら、大人たちが気を張らなければならない時間は、もう少しだけ続くようだった。



「いや、隣があれじゃあ、流石に起きちゃうよね」

 大人たちが悪魔相手に必死の防衛戦を繰り広げている一方、その隣の部屋で固まって寝ていた年少組は目が覚めてしまったようで、こそこそと顔を見合わせて内緒話に花を咲かせていた。

「……ごめんね? みんな」

「ジュンゴが謝ることじゃないわよ。しっかし、普段から色々なタガが外れてるけれど、今日のあの二人ってそれ以上よね?」

 月の明かりで薄ぼんやりとだが、純吾が申し訳なさそうにしているのを見てアリサは苦笑しながらそういう。話を聞いていたなのはもすずかも枕を顎の下に置いて、うんうんと小さく首を振る。

「ん…。リリーも、シャムスも、こんなトコ初めて。だから、嬉しい?」

「あぁ~。旅行先ですっごいはしゃいじゃうのって、確かにあるよねぇ。えっと、旅の恥はかき捨てって昔からよく言うし、きっと旅行するとみんな大胆になるんだね」

「いや、最後のことわざは絶対使いどころ間違えてるわよ、なのは」

 純吾の推測に妙な納得の仕方をするなのはを見て、アリサが嘆息した。けれどもすぐに愉快気に口の端を釣り上げ、顔をもう一人の少女の方へ向ける。

「けど、大胆になるっていうのは賛成かも。ねっ、すずか」

「あっ、あの時は間違ってお酒飲んじゃったから! 本当に、それだけだったのっ!」

 唐突に親友からニヤニヤとした笑みを向けられたすずかは、すぐに顔を真っ赤にしながらもそう言い返した。


 実は夕食の時、どうしてかすずかのコップの中にお酒が入っていて、見事に酔っぱらった彼女が純吾にしなだれかかる、食事を持ってきて「あーん」としたり、逆にそれをしてもらおうとするなど、積極的に彼に絡んでいくという一座があった。

 それを見て、せっかく純吾から距離を離して食事をさせていたリリーが「私も私も~♪」と、混乱に乗じて近づき、案の定シャムスに邪魔され喧嘩を始めるなど場を渾沌とさせ。

 周りはニヤニヤしながらそれを眺め、酔いからさめた後に面白おかしくその様子を聞かされたすずかが、また顔を真っ赤にして真っ先に布団をかぶって不貞寝しまうなど、一日の最後までイベントに事欠かない結果となった。


 その事をぶり返された事が発端となってか、女子だけでわいわいと話が盛り上がる。
 と、ふと小さく押し殺しているかのような笑い声がしているのが聞こえた。

「って、何笑ってんのよジュンゴ。あんたもあれの被害者でしょーが」

 ジトっとした目で笑い声の方――純吾の方をアリサは向く。すずかがまた真っ赤になって「被害者って、私もだよっ」と言っていたけれども、それは無視。
 くすくすと小さく笑っていた純吾は、「違う、それじゃなくて」と前置きをした後、

「……楽しい、うぅん、懐かしいから。アリサ、なのはに、ユーノ。それに、すずか。みんなとご飯を食べて、こうやって寝て。本当に、懐かしい」

 本当に楽しくてたまらないのを隠さないまま、彼女たちに聞えるくらいの小さな声でそういった。

「それは……確かにこういうのって楽しいけど。懐かしい?」

「ん…、前の事。旅行はしなかったけど、いつもみんなでいたから。こんなこと、ホントに久しぶり」

 嬉しそうにそう言う純吾。彼の言う“前”がいつの事なのか? 崩壊での事ではないだろうから、恐らくそれはそれ以前の平和だった時の話なのだろう。

 少しでも、彼が前の時のことを思い出して笑えるのであれば、それは“もう一度一緒に頑張ろう”と約束し合った彼女たちにとっては心嬉しくなる事で、

「…まぁ、純吾君が楽しいって言ってくれるんだったら、私も恥ずかしい思いしたかいがあったよ」

 真っ赤な頬をして、若干涙目のすずかがふてくされた様子で、その実嬉しさを押し殺しながら、そう言って純吾に答えた。
 そしてそれ以上冷やかされない様に、「明日も楽しい事がきっとあるからっ」と言って、年少組だけのひそひそ話を終わらせるのだった。





 眠っていたなのはとユーノに、ジュエルシードが発動した波が伝わってきたのは夜遅く、月が天頂から傾きつつある時だった。

 突然体全体に弱い電流が走るかのような感覚に上半身を飛びあがらせなのはは起きる。

(…ユーノ君っ!)

(うん。間違いない、ジュエルシードだ。しかも、かなり近い)

 素早く念話で確認し合い、辺りを見回す。障子越しの、鈍い月明かりのみで照らされたうす暗い室内。その中には部屋の端に寄せられた調度品と、話しやすいようにと、頭を突き合わせるように十の字のようにしかれている布団で眠る親友たちしかいない。

 親友の顔を見る。横を向いて静かに眠るすずかに、幸せな夢を見ているのだろうか、仰向けになり若干頬が緩んだ顔をしているアリサ。
 そして首だけをこちらにごろりと向け、切れ長の目を限界まで開けている純吾――

「………ひぅっ!」

 驚きのあまり体を硬直させつつも、叫び声をあげそうになる口をなのはは必死に抑える。そんななのはの必死の努力を尻目に、むっくりと純吾が上半身を起き上がらせた。

「じゅ、純吾君、いつの間に起きてたのっ」

「ん…。なのはとユーノ、起きたのと一緒だよ?」

 「いきなりだから、ちょっと驚いた」と目を擦りながら、なのはの詰問に何事もないかのように純吾は答えた。

「いやいや。だってさっきまで、ぐっすり眠ってたんだよ、普通気が付けないでしょ」

「ん…、【ハーモナイザー】は、悪魔の力を使えるアプリ。人の動きにも、敏感になれる」

 そういってごそごそと浴衣から緑色の携帯をとりだす。どうやらアプリを起動していなくても、ある程度の恩恵を得られるようだ。

「それよりも、早く封印しに行こう。だいぶ大きな声出しちゃったし、気づかれたら旅館から出れなくなっちゃうよ」

「あっ、うん。けど、ここを出ようとしたら絶対お母さんたちの部屋を通らなきゃいけないからえっと……どうしよう」

 急かすようなユーノの声になのはは答えるが、問題を思い出して段々と声を小さくさせる。流石に士郎や恭也ほどではないが、彼女の母親たちも勘は鋭い。部屋を横断しようものなら気づかれるのは必至だ。

「それも、大丈夫」

 そう言って純吾は起き上がり、とてとてとふすまで仕切られた窓際へ向かう。

「ジュンゴたち( ・ ・ )、ジュエルシードの事は分からないけど、人の気配は分かる。今はみんな寝てるから、その中で動く人の事は、いつもよりずっと、分かる」

 そう言いながら、障子に手をかけ、開ける。より鮮明になった月明かりが部屋全体に差し込んできた。

「それに、ジュンゴよりもリリー達の方が敏感だよ?」

 障子に手をかけたまま、くるりと顔をなのは達に向ける。
 窓の外には紺色の浴衣を着て羽を生やしたリリーが、その肩にシャムスを乗せ、月明かりに照らされながら微笑み、部屋の中へと手を振っていた。



「改めてって感じですけど、リリーさんってやっぱり人じゃないんですねぇ」

 ジュエルシードの反応を頼りに、森の中を進んでいる時、なのはがリリーに尋ねる。浴衣からいつもの服に着替えた彼女の目の前には、リリーが蝙蝠のような羽を生やして宙を浮かびながら移動している。
 なのはの声に、にっこりと笑いながらリリーは振り返った。

「そうよぉ。最近そんな扱いはされてないから忘れちゃいそうだけど、私ってこわ~い悪魔なのよ」

「にゃはは…。怖い、ですか。確かにあの時は怖かったけど、普段が普段ですからねぇ」

 頭の中に普段のリリーを思い出しながら、なのはが言う。初めて彼女以外の魔導師に遭ったあの日、静かに殺気を漲らせていたあの時以外のリリーは、純吾にダダ甘の年上のお姉さん、という風になのはの目には映っていた。
 今日だって純吾関係以外では突飛な事をしているのを見ていないし今、こうやって翼を生やして飛んでいる方が違和感を覚えるし、あの日見た彼女は実は別人ではないのかと思えてくる。

「失敬ねぇ。さっきだってちょちょいっと夢魔の力を使って出てきたっていうのに」

「へぇ~、だからお母さんたちも気が付かなかっ…………へぇっ!?」

 可愛らしく――同性のなのはから見ても――唇を尖らせてそう言うリリーに、一瞬なのはは自然に受け答えしてしまいそうになるが、実はとんでもないことじゃないかと突飛な声を出した。
 それをドッキリが成功したと言わんばかりにくすくすと笑いながら、リリーは答える。

「大丈夫よ、別に悪さしたって訳じゃないし。私達が部屋を抜ける間だけ、少し深く眠ってもらっただけだから、安心してちょうだいな」

 「それに」そうリリーが言葉を続けようととした瞬間、目指す方向から一筋の青い光の柱が立ち昇った。

 突如現れた光を、驚きのあまり目を見開きながら見つめるなのは。滔々と立ち上る光は夜闇の中その存在を声高に主張し、彼女の周りを青白く照らし出した。

「それにね、なのちゃん」

 ぞっとするほどに冷たい声が、なのはの横からかけられる。突然変わった周りの空気に驚き飛び跳ねるように声の主を見ると、背中の中に氷柱を突っ込まれたかのような思いをなのはは味わうこととなった。

 ただ、笑っていた。なのはの隣にいたリリーは、先ほどとは異なる、夢見るように恍惚とした笑みを浮かべて、眼前の光柱を見ていた。
 光の柱を一心に見つめ、その元にいる誰かを思いながら、嬉しさを押し隠せないと言わんばかりの笑みを顔に浮かべていた。


 たったそれだけ。ただ、目の前の彼女は笑っているだけだというのに。どうして、心臓を鷲掴みにされるような思いをするのだろうか?


「……それにね、なのちゃん。力を振るっていい相手と、そうでない相手の区別くらい私だってついているのよ?
 だから、安心してちょうだい。あなた達( ・ ・ ・ )には、絶対にそんな事はしないから」

 「じゃあ、急ぎましょうか」視線をこちらに向けることすらせずそう言い残すと、リリーは純吾達ですら置き去りにして加速する。
 リリーが目の前からいなくなった数瞬の間、重圧から解放されたなのはは何も考える事ができず、ただその場に立ち尽くしていた。

「……急ごう。今のリリーは、いけない」

 しかし純吾が言った言葉を聞いて、弾かれたように走り始める。

 “あなた達には“彼女はさっきそう言い残して行った。その言葉を信じるなら、自分たちは安全なのだろう。

 しかし、“あなた達”に含まれない人達――確実にあの光柱の元にいるだろう、彼女( ・ ・ )に対しては、どうなるのだろうか?
 先程まではたわいない話だと思っていた、リリーが悪魔だという事が、今は心に重くのしかかっていた。

 段々と弱まってくる光を目印に、森の中を一心不乱に駆け、間もなく発動した場所なのだろう川辺にたどり着いた。

「あぁっ、話に聞いていた通り、本当に可愛らしいお嬢ちゃんねっ! それにやっぱりあの時の雌犬もいるなんて……あは、あははぁっ! 本当に、今日はなんて良い日なのかしらっ!」

 そして、森の中に一筋だけ通っているそこには、翼を広げ宙に浮いたまま、手を胸の前で合わせ嬉々とした声をあげるリリーと。
 警戒心も露わに、油断なく鎌状の杖を構えるあの日見た少女と、女性が対峙していた。
 
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