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吊るし人

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第五章

「実は」
「そうね。今の貴女の顔がね」
「吊るし人の顔になってるんですね」
「なってるわ。両手に片足は自由だけれど」
「気分的には違います」
「そんな感じね。けれど少しずつ楽にはなっていってるでしょ」
「言われてみると」 
 その通りだと、ゆかりは沙耶香に答えた。
「そうです」
「そうね。吊るし人はすぐには楽にならないの」
「徐々にですか」
「まずは両手を自由にして」
 縛られている両手も自由な方の片足なりを使えば自由にさせられる、苦労はするがそれでもそれは可能である。
「両手が自由になればね」
「縛られている足もですね」
「自由になれるわ。吊るし人は自己犠牲だともいうけれど」
「そういう意味もあるんですか」
「ええ、モチーフはキリストだとも言われているわ」
 この辺りは諸説ある、実際にはよくわからない。
「自己犠牲、それでもねあらゆることには終わりがあるわ」
「自己犠牲とかいうのは」
 ゆかりはそこまでは考えていない、それでこう言うのだった。
「別に」
「考えてないわね。確かに今の貴女は自己犠牲まではいかないわ」
「はい、それはとても」
「けれどなのよ」
「苦労はしてるっていうんですね」
「そう。タロットカードには一枚一枚に様々な意味が含まれているのよ」
 これは吊るし人に限らない、他のカードも同じだ。
「その中の苦労、今の貴女はね」
「その中にあるんですね」
「その苦労は終わるわ」
 必ずそうなるというのだ。
「そしてその先にあるものは必ず貴女のものになるわ」
「私のものに」
「だから頑張りなさい。いいわね」
「そうさせてもらいます」
「それが占いの結果だから。それにしても」
 沙耶香はここですっと笑って話題を変えてきた。その話題はというと。
「どうも貴女とはね」
「私とは?」
「一緒になれないわね」
 こんなことを言うのだった。
「今もこれから予定がありそうね」
「今日はお家でお兄ちゃんと弟の晩御飯を作らないといけないんです」
「それでなのね」
「ちょっとお父さんとお母さんが親戚の法事に出てまして」
 それでいないからだというのだ。
「女手は私しかいなくて」
「そういうことね。じゃあいいわ」
「何か私の時間のことをよく聞いてきますけれど」
「楽しみたいからよ」
 沙耶香は思わせぶりな笑顔になってゆかりに言った。
「それでなのよ」
「楽しみたいからですか」
「ええ、そうよ」
 思わせぶりな笑顔はそのままだった。
「それでなのよ」
「そうなんですか」
「それじゃあね」
「はい、それじゃあ」
「また機会があれば会いましょう」
 微笑みそのうえでの言葉だった。
「どうも貴女とは機会がないことが残念だけれど」
「そうですか」
「また機会があればね」
 沙耶香は微笑みをそのままにしてゆかりの前から姿を消した、ゆかりは沙耶香の言葉の意味を全ては理解できなかったが吊るし人の意味はわかった、それでだった。
 愛生と共に努力をしていこうと思った、苦労は感じているがそれでもだった。
 愛実と共に部活をしながらそれで言うのだった。
「私達はダブルスだからね」
「ダブルスだからですね」
「ええ、二人で頑張っていこうね」
「はい、私達は二人だからですね」
「そうよ。一緒にやっていこうね」
「すいません、本当に」
 ここでも気弱そうに頭を下げる愛生だった、気弱な感じはそのままだ。 
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