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SAO--鼠と鴉と撫子と

作者:紅茶派
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27,日常

 
前書き
久々更新!!! 

 
仮住まいのホームを見上げ溜息を付くと、私は皆の後ろを歩き出しました。
主街区を超え、ゆっくりと森の中へ。
森は名前の通り陽の光で満ち満ちていて、ぽかぽかと温かかった。
本当の世界の森を知らない私だけど、こんなに暖かくて優しい場所だなんて思いもしなかったな。

寝不足な私はそこでゆっくりと、欠伸を一つ。

すぐさま、前にいる短剣使いが振り向いた。大きく口を開いたままの私は、乙女の恥じらいというやつでとっさに口を隠す。
だけど、もう遅かった。前を歩いていたダッカーは私を指さして、誰憚ることなく笑い出す。

「サチってばそんな大きな欠伸してんの~~」
皆が振り返って私の顔を見て笑う。も~~と、最初は口を窄めてむくれた私も、途中でそんな自分に可笑しくなって笑ってしまった。

これが、私達の日常。
霞んでしまった懐かしい今までとは違う。いつ死ぬかもわからないし、強盗が来ても誰も守ってはくれない。
本当に怖い世界だけど、皆と一緒にこうして笑っていられる。
だから、本当は怖くてたまらないけれど、私もこうしてダンジョンまで付いて来ている。

お昼にしようか?そう、提案しようとした所で、ササマルがさっと手を上げた。
途端に、皆の表情が引き締まる。腰にぶら下げていた装備を持つ冷たい音が周囲の温度をグッと下げた。

「モンスター?」
「いや、プレイヤーだけど……マズイよ。モンスターに囲まれている!!」
「――よし、助けに行こう。サチはそのプレイヤーの援護。他の皆で戦うぞ」

ケイタがそう言って、森の中を駆け抜けていく。
そう来なくっちゃとダッカーが短剣を抜きながら続き、ササマルとテツオが二人して頷きながら走りだした。

私は意を決して一番最後についていく。

森を抜け小さな広場に出た時、私はササマルの言っていた状況を把握した。
空き地の真ん中でプレイヤーが一人うずくまり、その前方には四匹の武装ゴブリンがその背中を殺そうと突進している。
うずくまるプレイヤーはこの状況でも逃げようとしない。私達もゴブリンも関係なく、ただひたすらに流れ出るうめき声はまるで戦闘BGM。

皆とは離れ、倒れているプレイヤーに駆け寄った。
青いマントに身を包み、うつむいて長い黒髪が垂れ下がり顔は見えない。

手を添えようとして、一際大きくうなり声を上げた。
キャ、と一歩退いてしまった私は、少し怖くなってその場から様子を伺う。

「あ、あの?大丈夫ですか?」
「………!!」

問いかけに対する返事はなかった。
震える片腕で必死に体を支え、もう一方の腕で自分の落とした剣を取ろうとしている姿は、ひどく痛々しい。

みんなに相談しようと思って前を見ても、ケイタ達は既にモンスターたちと戦闘を開始していた。

レベルだけなら十分に狩れる相手だけど、前衛がテツオだけで、なおかつ後ろには守らなきゃダメな私達がいるから皆は上手く攻撃ができないかもしれない。
とにかく、移動しなきゃ。
そう思って、名前も知らない誰かの肩に手をとって立ち上がらせた。

チリン、と私の耳元で音がした。
この人の耳についていたイヤリングが鈴の形をしていて、抱え起こした拍子にそれが音を立てたらしい。
ほんの少しだけ浅黒い肌。目は大きく見開かれていているが焦点が定まっておらず、口は苦しそうにパクパクと動いていた。

「大丈夫?今助けるからね」
その一言に、焦点を失っていた瞳が一瞬だけ力を取り戻した。
咄嗟に私のことを振り払おうとしたようだったけど、力は大したことがないみたいでなんとか掴んだままで入ることが出来た。
けっこう、レベルが下の人なのかもしれない。私は駆け下りた坂道を登ろうと歩き出した。
とにかく、守らないと―――

「うあああああ、サチ!!逃げろ!!」
「ぇ?」
首だけを振り向くと、そこには焦っているダッカーたちの姿があった。
そして、その横からスルスルと二匹のゴブリンが私の方にかけてくる。

なんで?――というのが率直な感想。
ケイタやテツオが抑えている二匹以外もしっかりとタゲはとっていたはずなのに、どうしてこっちに駆けてくるの?
わからないけど、もう後ろのササマルやダッカーじゃあ間に合わない。私が歩いて逃げたせいで、皆との間には随分と距離がある。

一瞬、このままこの人を置いて逃げ出そう。そう思った。
だけど、苦しそうに呻く横顔を見て、私はその人を地面に降ろすと、自分の盾と剣をしっかりと握りしめた。
怖い……だけど、一秒でも時間を稼がなきゃ。

剣がカタカタと音を立てた。盾がいつもより更に重い。

ああ、ダメだ。怖い。死んじゃうよ。

――そう思った時、自分の背後から黒い風が吹き去ったのを感じた。
風は先頭を走っていたゴブリンを吹き飛ばす。そのままもう一匹のゴブリンの剣に向かって、黒い細長いものが突き出された。
剣だ――漆黒に煌めく美しい片手剣。
それは本当に軽々とゴブリンのを弾き返す。ユックリと風は勢いを落とし、その中から剣に負けず劣らず真っ黒な一人の少年が現れた。
少年はこちらを振り返り、ぎこちない笑みを一つ。

「前衛きついなら、少し支えてようか?」
「ぇ……お願いします」

その少年は一瞬だけ微笑を浮かべると、凄まじい剣圧でゴブリンと撃ち合い始めた。

「サチィ!!」
援護に駆けつけた少年とケイタが短く言葉を交わし、お互いに攻撃を重ねていく。
数分の戦闘のあと、カマキリが形を無くしてポリゴンの紙吹雪が起こった。

「「「「やったーーーーー」」」」

目の前の四人+一人が喜びながら、ハイタッチ。
私の方は喜びよりもまた生き残れた安心感のほうが高く、一人別の場所で胸をなでおろした。

これが、私達の世界が変わるちょうどその時だった。






乾杯の音頭とともにカチン、とコップがぶつかり合う音が響き渡った。

みんなでワイワイと話しあう中で、主賓として招かれた二人はきょとんとした顔でこちらの方を見ている。
だけど、私たちはお構いなしで、自分たちでいつものように盛り上がり始めていた。

ケイタは勧誘のために、キリトに熱心に話しかけている。
ダッカーとササマル・テツオは先程の戦闘の戦功自慢をしながら、私の作ったご飯を美味しそうに頬張っていた。

お味噌同士、というべきなのかな。私は気軽な気持ちでもう一人の賓客の横に腰掛けた。
クロウ、と名乗った彼の年は私より上。お兄ちゃんがいるとすればこれくらいの年齢なのかな、なんて想像してしまう。

「苦しんでたけど、もう大丈夫なの?」
「……ああ、大丈夫だ。助かったよ」

世話になった。そういう顔は穏やかに笑っているけれど、目の方はむしろ死んだように濁っている。

それから暫くの間、ポツポツと二人で話していった。

私達がみんな、同じ学校の友達同士だということ
皆で食べている料理が私が作った食べ物だということ
彼の好きなもの・私の好きなもの
新しく出来た攻略ギルドの大活躍

そうして他愛のない話が途切れた時、彼は話す中でユックリと切り出した。

「俺がどうして倒れていたか、知りたいんだろ」
「ぇ?」

私が驚いて彼の顔を見つめると、顔に書いてあった、といって笑う。
ちょうどいい機会かも、そう思ったからコクンと頷いた。

「――俺はさ、戦うのが怖いんだ」

彼は右手で腰にさしてあった短剣を握りしめ、抜き放とうとした。
だけど、鋭い剣閃が見えたのは鞘からほんの少しだけ。
短剣は鞘から抜けた時点で手のひらからこぼれ、私の足元にカランと音を立てて転がった。ランプに照らされた刀身の光は淡く、儚い。

わけも分からずクロウの方を向き直ると、彼は左手で震える右手を必死に抑えていた。

「チョット前からか。武器を構えようとするだけでこのザマだよ」

笑っちまうだろ。なんていう彼の顔は、表情がひび割れて壊れた様だった。
無理をしているのは、明らかで。
それは、たぶん――私と同じ。

「ねぇ、これからどうするの?」
私の質問にクロウは暫くの間、答えなかった。手元にあったジョッキを煽り、口元を拭いてから陽気に語り出した。

「さあな、分からない。戦闘が出来る状態じゃないし、かと言って生産系のプレイヤーを目指すってのも時間がかかるからな」
「じゃあさ、ここにいない?月夜の黒猫団に」

壊れた笑顔を見て、その言葉は私の口から漏れでていた。
私も、自分で言ってしまったその言葉に驚いた。でも、我ながらナイスアイデア。

「たぶんね、今キリトの方を私達のリーダーが口説いているの。だから、一緒にどう?戦闘のリハビリでも、生産職でも皆と一緒にやって方が楽だし、安全だよ」
「だけど、それは迷惑だろ?」

その言葉に私はゆっくりと首を振った。
なおも言い募ろうとするクロウを制して、ダッカーたちに声をかける。
三人には私の提案が聞こえていたみたいで、全員が笑顔で大賛成と即答してくれた。
席の端から、ケイタの呼ぶ声がした。きっとキリトの説得の方も大詰めになっているんだろう。
ちょうどいい、と思い私がそっと手を差し出した。

「ね?大丈夫だよ。行こ」

クロウはその手を暫くの間、じっと見つめた後、

「ああ、ありがとう。ありがたく、加入させてもらう」
そう言って、手を取り立ち上がった。 
 

 
後書き
久々更新。
敢えて、視点を変えてしばらく書いてみよう。
そう思ったら無茶苦茶苦労中――気がつけば、20日……だと。

25層の顛末はおそらく、断片的に出てくると思いますよ(棒読み)


 
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