| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

蝶々夫人

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三幕その二


第三幕その二

「私の言ったとおりだな」
「まさか。こんなに」
「だから言ったんだ。私が」
「こんなことになるなんて」
 次第に俯いてきているピンカートンだった。鈴木はそれを見て変に思うのだった。
「一体何が」
「本当のことを言うべきだ」
 シャープレスは厳しい声をピンカートンにかけた。
「それが勇気というものだ」
「それが」
「あの、どうかされたのですか?」
 何を話しているのかさっぱりわからず二人に問うのだった。
「一体何を」
「君が言えないのなら私が言おうか」
「いえ、それは」
 だが二人はその鈴木の前でまだ話をするのだった。鈴木はさらに話がわからなくなってきていた。首を傾げ眉を顰めさせるのであった。
「私の方から」
「何があったんですか?んっ!?」
 ここで。丘の上にもう一人いることに気付いた。それは。
「女の人?」
「そうだ」
 シャープレスが鈴木に答えた。
「彼の奥さんだ」
「奥さん!?その方でしたら」
 鈴木は最初それこそ蝶々さんだと思った。しかしそれは違っていた。
「違う」
「違う!?どういうことですか?」
「彼は。アメリカで正式に結婚したんだ」
 そう鈴木に告げる。ピンカートンは話せなかった。俯いてしまいそのままだった。見ればそこにいるのは白い洋服を着た茶色のふわふわした毛に緑の目を持つ白い肌の女だった。整った、人形の様な顔をしてそこに立っている。どう見ても海の向こうの女であった。
「あの方が。嘘ですよね」
「鈴木さん」
 信じようとせず自分に問うてきた鈴木にまた答えるシャープレスだった。
「私が今まで嘘をついたことがあるかい?」
「ではやっぱり」
「その通り。ケートという」
「ケート・・・・・・さん」
 名前を聞いても信じられなかった。言い換えると信じたくなかった。鈴木は今自分の目の前で起こっていることを信じたくはなかったのだ。
「朝早くやって来たことにも理由があるんだ」
「理由が。ですか」
「そう。鈴木さん」 
 あらためて鈴木に声をかけるシャープレスだった。
「貴女の力が欲しいのだ」
「私の力がですか」
「そう。慰めようのないことなのは私もわかっている。しかし」
「しかし?」
「子供のことは考えなければならない筈だ」
 シャープレスが言うのは子供のことであった。彼が思うのはそれしかなかった。
「あの時のままだなんて」
 ピンカートンはその横で家を見ていた。その顔には深い悔恨がある。あの時のような軽薄さはもう何処にもなかった。消え果ててしまっていた。
「この花達の香りが僕を包み込む。激しい後悔の中に沈めてしまう」
「ケート夫人はいい方だ」
 シャープレスはその彼にあえて何も声をかけず鈴木に言葉をかけ続ける。
「だからきっとあの子も」
「私からあの人にお話せよと仰るのですね」
 鈴木はようやく彼等が何を言いたいのか察した。ようやくであった。
「私が」
「早くあの子を」
 シャープレスは言葉を出せなくなってきていた。その心に押されて。しかしそれでも何とか言葉を出すのだった。己の責務であるから。
「三年の間本当に待っているなんて」
 ピンカートンはまだ家を見ていた。悔恨は深くなるばかりだ。
「僕はもうここには」
「本当は。君を止めたい」
 シャープレスは鬼ではない。だからこう彼に告げたのだった。
「耐えられないな」
「済まない、僕は」
「ここで君が平気な顔をしていたならば私は君を永遠に軽蔑していた」
 言葉は厳しいものであったが口調は違っていた。彼の心を見ていたからだ。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧