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トロヴァトーレ

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第三幕その三


第三幕その三

「そうか。ジプシーというのも難儀なものだな」
「生憎ね。それであたしはその息子を探して当てもなくさすらっているのさ。これでわかっただろう」
「そうだな。私からは早くその息子が見つかればいいなとしか言えぬが」
「有り難うよ」
「あの女の顔」
 フェルランドは瞬きもせず彼女を見据えていた。
「まさか」
「ところでだ」
 伯爵はまた質問を変えてきた。
「今度は何だい?」
「ビスカヤの山でどれ程暮らしていたのか」
「何でそんなことを聞くんだい?」
 アズチェーナはそれを聞いていぶかしんだ。
「一つ聞きたいことがあるのだ。御前がジプシーならな」
「言っとくけれどジプシーだからって虐めるのはよしてくれよ」
「騎士の名にかけてそのようなことはしない。だがな」
 伯爵はそう前置きしたうえで問うてきた。
「伯爵の息子のことを知っているか」
「伯爵の!?」
 それを聞いたアズチェーナの顔色がサッと変わった。フェルランドはそれを見逃さなかった。
「やはり!」
 彼はそれを見て呟いた。
「城から攫われたのだ。もう二十年近く前の話だが」
「それが一体どうしたんだい!?」
 アズチェーナは青い顔でそれに答える。
「あたしに何かそれで聞きたいことでもあるのかい?」
 必死に冷静さを保とうとする。しかしそれは難しかった。
「御前がジプシーなら知っていると思ってな。何処に連れて行かれたのかを」
「知らないね」
 彼女はしらを切ることにした。
「あたしが知っている筈ないじゃないか」
「そうか」
 伯爵はいぶかしりながらもそれに頷いた。
「では仕方ないな」
「ああ。それじゃああたしはこれでね」
 アズチェーナはここを去ることを申し出た。
「息子を探さなくちゃいけないから」
「待て」
 だがここでフェルランドが前に出て来た。
「どうしたのだ」
「伯爵、騙されてはいけませんぞ」
 彼は伯爵にそう答えた。
「伯爵の弟君を殺したジプシーの女を私は知っております」
「知っているのか」
「はい。そしてその女こそ」
 彼はそう言いながらアズチェーナに顔を向けた。
「この女です!」
「何っ!」
 それを聞いて伯爵だけでなく護衛の兵士達も思わず声をあげた。
「フェルランド、それはまことか!?」
「私も話を聞いていて最初は半信半疑でしたが」
 彼はそう断ったうえで伯爵に対して言った。
「先程話を聞いて確信しました。この女こそあの時伯爵の弟君を攫い火の中に投げ込んだ忌まわしい女です」
「しかしあの女は」
「死んだ筈ではなかったのですか?」
 兵士達が彼に問うた。
「私も今まではそう思っていた」
 彼はそれに答えた。
「だが今の話を聞いていて確信した。あの女は生きていた。そして」
「今ここにいると」
「はい。その通りです」
 伯爵にそう答えた。
「では赤子を生きたまま焼いたのはこいつか」
「はい」
「私の弟を殺したのも」
「その通りです」
 フェルランドは沈痛な声でそう答えた。
「全てはこの女が為したことであります」
「嘘をお言いでないよ」
 だがアズチェーナはここでこう反論した。
「言うに及んで何を言うんだい、この嘘つきが」
「私が嘘を言うだと」
 しかしフェルランドはそれに対してすぐに言い返した。
「騎士の名にかけて戯れ言なぞは言わぬ」
「そうだな」
 伯爵は彼の言葉を認めた。
「そなたが嘘を言ったことはない。それは認めよう」
「有り難き幸せ」
「ということは女よ」
 そう言いながらアズチェーナに顔を向ける。
「御前が嘘をついているということになる」
「クッ」
「そして御前は私の弟を攫い殺した忌まわしき悪魔だ。今その天罰を受ける時が来たのだ」
「そうするつもりだい」
 ここまで来てしらを切るつもりはなかった。ふてぶてしい態度でそう返した。
「締めよ」
 伯爵は兵士達にそう命じた。すると兵士達はアズチェーナの縄をさらに強く締めた。
「あああっ!」
 それを受けて苦悶の声をあげる。
「何てことをするんだい!」
 彼女は叫んだ。
「これが人間のすることなのかい!」
「その言葉そのまま貴様に返そう」
 伯爵は怒りに満ちた声でそれに応えた。
「我が弟の恨み、今こそ晴らしてくれる」
「フン、どうやらあんたはあの親父よりもずっと酷い奴のようだね」
「何とでも言え」
 しかし伯爵の怒りは収まらなかった。
 
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