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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
  戦前のひととき

世界が燃えたように紅く輝いている世界。

その夕暮れの世界の中、レンはアインクラッド第六十一層主街区【ミンヘイ】に聳える白亜の塔、通称《尖白塔》の長い長い螺旋階段を、独りゆっくりと降りていた。

窓の少ない塔内部は、時々開いている窓から夕暮れの日差しが差し込み、今しがた開かれていた会議の冷たく緊迫した空気を、取り除いていくようだった。

だがそんな日差しが頬を撫でても、レンの顔は憂鬱としたものだった。

その理由は明白。今の会議のことだ。

それを思い出しながら、レンはちょうど顔の真横にあった小窓から夕日に染まった【ミンヘイ】の、江戸時代の城下町に似た日本家屋が立ち並ぶ景色を眺めた。










「な、なんでだよっ!ヒースクリフっ!!」

テオドラが怒鳴る。………あれ?なんかデジャブ。

だが当のヒースクリフは、その怒鳴り声にもまったく動じず、無機質な答えをつらつらと並べる。

「今、最前線のマッピングは終盤だ。おそらくこの先一週間ほどでボス部屋に到達するだろう。現時点でマッピングを休息するのは、攻略全般を一任されている【血盟騎士団】としては容認しかねる」

「だからって、何でお前が休むなんて結論になっちまうんだよ!!」

「必要だからだ」

ヒースクリフは半ばテーブルから身を乗り出すようにしているテオドラを、その真鍮色の両眼で射抜くように睨み付ける。

「我々の目的は、あくまでもこのデスゲームからプレイヤー諸君を解放することだ。殺人者(レッド)達の駆除などではない」

「駆除って………お前なァ!!」

テーブルを跨いでヒースクリフに殴りかかろうとするテオドラのチョコレート色の腕を、ヴォルティスは涼しい顔をして片手で掴む。

そんなに強く握っているようには見えないのに、それだけでテオドラは沈黙する。

しばらくの重苦しい沈黙の後、ヴォルティスは口を開いた。

「…………確かにヒースクリフの言うことにも理がある」

「卿!!」

いきり立つテオドラに、ヴォルティスは片手で制す。

「だが、テオドラの言うことにもまた一理ある」

「じゃあ………!」

「しかし──」

ヒースクリフとテオドラ、双方が双方の反応を見せる中、ヴォルティスは続けた。

「よって、ヒースクリフ。卿は一部のプレイヤーを編成して、攻略部隊を編成しろ。メンバーと指揮は任せる」

「承知しました」

「でも卿!今の奴らにそんな悠長なこと言ってたら──!」

「ほう──」

テオドラのまくし立てる反論は、ヴォルティスの一言で沈黙した。

ヴォルティスはゆっくりと、ゆっくりとテオドラに向き直る。腕を掴まれたままのテオドラは、蛇に睨まれたカエルのように眼を逸らせない。いや、逸らせないようにされている。

「我がいては不足だと………?」

「い……いや、そんなことは………」

にやり、とヴォルティスは笑う。さながら獰猛な肉食獣のように。血に飢えた獣のように。

「心配をするな。卿がいないのなら、我がその開いた穴を埋めれば良いだけの話ではないか」

その言葉を聞いて、おそらくその場にいた全員が思った。

嗚呼、こいつ問題を全部力技で切り抜けてきたクチか、と。

「それでは作戦を練ろうか」










「レン君!」

ぼ~っとしていたせいで、周囲に気を付けるのが鈍かった。

ハスキーな声で、我に返る。

「………アスナねーちゃん」

声に覇気が無いのが自分でも解かる。自分にも解かるというのだから、当然アスナにも解かったのだろう。ヘイゼルの瞳が、覗き込んでくる。

この前の事件以降、妙に馴れ馴れしい。正直、これまで自分を嫌っていた人物が急に手のひらを返したように好意を寄せてくると、引く。

結構引く。

とんでもなく引く。

それが異性となればなおさらだ。

「大丈夫?」

「う、うん。大丈夫、疲れただけだよ」

軽く頭を左右に振りながら、そう答える。

アスナはそう、と若干安堵した様子を見せ、訊ねてきた。

「ねえ、会議はどうなったの?」

それを聞き、一瞬頭に葛藤が走るが、まあさすがにアスナはスパイではないだろうと考え、口を開く。

もちろん念には念を入れ、周囲への警戒とアスナへの口止めは忘れない。

「…………明日の午後十時に、ここの転移門広場に集合だってさ」

「明日!?は、早いわね………」

まあ確かに早いとは思うが、スパイを見つけられなかったこの場合、早いければ早いほど良い。

「まあ、奇襲の意味合いが強いからねー」

そう言いながら、手近にあったベンチによっこらせと腰掛ける。アスナも隣に座る。

しばらくの間、地面に着かずになんとなくプラプラさせている自分の足をぼんやり見ていたが、言う。

「奇襲、か。………ねぇレン君、今回って本当に話し合いで解決できないの?」

「できないよ」

即答だった。これ以上ないくらい。

アスナがこちらを見てくるが、それを無視し、宙空を見つめる。

「アスナねーちゃん、あいつらにそんな生温い手段が通用すると本当に思うの?」

「それは………」

地面を見ていた視線を上げ、隣のアスナに合わせる。その瞳は揺れ、内心の動揺を現しているかのようだった。

「僕の読みだと、今回の作戦はたぶん失敗すると思う」

「えっ!な、なんで!?」

「それは………」

そこで言いよどむ。それを言ってしまったら、せっかく作り上げられたこの関係が、一気に崩れ去ってしまうように思えてしまったからだ。

答えに窮していると、背中がバン!と叩かれ、思わぬところから助け舟が差し伸べられた。

「あっはっはっはっはっは、レンお疲れ~。だいじょうぶ?疲れてない?」

ユウキだった。普段はうるさく感じるこのムードメーカーも、今この状況であれば、天の祝福に見える。いきなりハイテンションなこの従姉は、どっかと同じベンチに腰を下ろす。

「アスナも久しぶり~、でもないかぁ。三日ぶり?あはは」

アスナもしばらくの間、呆気に取られたようにユウキを見ていたが、やがてじんわりと微笑む。

しばらくの間、キャイキャイとユウキ達がはしゃぐのを横目で見ていたが、もう用はないと思い、立ち上がったが、後ろからユウキの声が追いかけてくる。

「あっ、レン!」

その無邪気な声に反し、振り返った目に映ったのユウキの表情は真剣そのものだった。

「明日………大丈夫、だよね?」

その言葉の中の大丈夫、というものはこの場合、決して自分の身の安全を心配するものではないことをレンは知っている。

そんなものを心配するくらいならば、最初から討伐戦参加を反対すれば良いだけの話だ。

そこではなく、ユウキが心配するのは、自分、レンホウの中に住まう《鬼》の発現のことである。

《ヒト》を殺した《バケモノ》は、心の中に《鬼》が生まれる。

これは自分の持論だが、これから先も揺るがないと思う。

この《鬼》が暴走した先にできてしまったのが、【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】であり、あの【尾を噛む蛇(ウロボロス)】であったりするのだ。

この《鬼》は普段、心の奥底に潜み隠れているが、殺し合いの場になると、引きずり出てくる。自分の中の大切なものを傷付けながら。

残念ながら、自分の中の大切なものは、傷付けさせられすぎた。

取り戻すにはもう遅いのだろう、なんとなく解かる。

だけど──

「うん、大丈夫だよ」

そう言った。

ユウキの顔が解かりやすすぎるくらいにほっと弛緩する。

その顔を見て、ちくりと心の中に罪悪感という名の痛みが発生するのを感じながら、レンはぷらぷらと後ろ手を振りながら立ち去った。

ユウキから逃れるように。

その場から逃れるように。

全てから逃れるように。










人の心には《鬼》が宿る。

人は普段、《鬼》と共存して生きている。

しかし、それは《共存》であって、《共生》ではない。

《鬼》は人を喰う。

心を、精神を、全てを。

問題はそれをどうやって越えるかってことだ。

たぶん、それを乗り越えた者のことを、人は《大人》って呼ぶんじゃない?










ラフィン・コフィンのアジトはそう遠く離れた位置にはなかった。

歩いて一時間、その程度の距離の場所にあった。森の中に続く林道、その奥に洞窟はあり、森の木々をカバーに使いながらスキルで接近する。作戦の成功は奇襲の部分にかかっている。なるべく音も気配も殺し、洞窟を囲むように陣取る。

アイコンタクトで暗闇の中でもよく解かるシルエットのヴォルティスがサーチ役のプレイヤーに指示を送る。まずは中の偵察を索敵スキルとが高いプレイヤーに任せ、そして中を確認できたら一気に突入し、一斉に確保。

それが基本的な作戦となっている。

だが、何か嫌な予感がする。

それは首の裏がチリチリするような、誰かに殺意を当てられているような感覚。

それはこの上なく懐かしい感覚。自然と顔がほころび、《鬼》が顔を出す。

だが、そんなことより重要なことに気付き、戦慄する。

「ッ! 見張りがいない……!」

 そうだ、ラフィン・コフィン程優秀な犯罪者ギルドがアジトの前に一人も見張りを置かないのはおかしい。事前に使った索敵スキルでは隠蔽状態のプレイヤーも見つかっていない。それに、あのPoHが簡単にアジトの侵入を許すはずがない。

「………卿も気が付いたか」

隣をゆっくりと歩いていたヴォルティスが、小声で話しかけてくる。

も、ということは、ヴォルティスもこの異常さにうすうす気付き始めたということだ。そして、レンが頷くと、ヴォルティスはさらに隣を歩くシゲさんと頷きあう。

嫌な予感がした。

最悪な状況を思い浮かべる。

強い殺意の塊に体が反応するのと、ほとんど同時に誰かが叫ぶ。

「罠だァー!!」

言葉が耳に届くよりも早く、六王はそれぞれ動いていた。

無論レンも。

腕を振るい、真横から突如現れたプレイヤーに凶刃を叩き込む。

何の抵抗もなく首が飛んだその名も知らぬ殺人者のことは、もうレンの意識の隅に追いやられていた。今、レンの身体を突き動かすのは、紛れもなく《コロシアイ》への快感へとシフトしつつあった。

かつて、己を守ってくれた女性が封じてくれた《鬼》が、徐々に身体を侵食してくるのがはっきりと知覚できる。

背後にいた顔だけは知っている攻略組プレイヤーを拳で弾き飛ばし、彼のいた背後の空間に片腕を振り回す。

確かな感触と共に、凶刃を送り出した空間に上半身と下半身がお別れしたプレイヤーの姿が現れる。

「さ、サンキュ──」

助けてやったプレイヤーは、礼の言葉を言おうとし、隙が生じた。その隙に付け込まれ、またもや背後から出てきたプレイヤーに首を刎ねられた。

ごろりと転がった生首に特に何の感慨も湧かずに、レンはただただ新たに出てきた敵の命を刈り取る。

周囲の敵を手っ取り早く一蹴してから、軽く一息ついてから周りの状況を素早く確認する。

そして改めて、認識する。

奇襲したのはこちらではなく、相手だった。こちらが囲むはずだったのに対して今、包囲しているのは相手だ。完全に作戦が読まれていた。

やはり内通者がいたのか? いや、それはPoHの手口ではない。

PoHの手口からすれば──そう、最初からこの予定だった。

ワザとアジトの情報をレンに流し、こちらが戦いに来るのを待つ。PoHなら絶対にそうする。殺しを快楽にするあの男だったら迷いなくできる。

状況は最悪に近い。

攻略組プレイヤーといえども人だ。奇襲には弱い上、犯罪者プレイヤーは毒を使うことが多い。事前に耐毒ポーションを飲んできたとはいえ、それを上回るような毒を使われ、状態異常を起こしているプレイヤーがちらほら見えている。このまま戦えばこちらが勝つだろうが、犠牲が多い。

「よお冥王様よォ! 入団しねぇかー?」

「ボスはお前を歓迎するらしいぜェー!?」

一閃。

レンはその質問には答えず、ハッ!と鼻で笑い、腕を振るう。

ごろごろん、と足元に転がった上半身や生首どもに、ゴミを見るような視線を浴びせかけてから、レンの口元が歪む。

作られる感情は、《笑み》。

引きちぎられるような笑みがレンの口元に浮かぶ。

哄笑。

狂笑。

嘲笑。

どれかは自分でもわからないが、しかし自分の表情が表しているものは知っている。

それは――《嗤い》。

「レン!」

少し離れた場所から軽い跳躍で近づいてきたユウキが合流する。ヴォルティスやシゲさん、テオドラも犯罪者プレイヤーを地面に叩きつけた上で、足で踏んで動きを抑え込んでいるのが見える。

「おとなしく投降してよ!」

ユウキが悲鳴のようにがそう言うが、返答の代わりにラフィン・コフィンのプレイヤーが懐から取り出したのは、毒々しい色に濡れる短剣(ダガー)………。

「ひゃっひゃっひゃっ」

「ッ!」

男がダガーを振り上げるよりも早く、首を跳ね飛ばす。

瞬間的に手足とのリンクが断たれた男はもう何もできないが

「俺たちが、死を怖がるとでも……?」

そう告げて、幾千のポリゴンの欠片となって砕け散る。その言葉でこの状況が更なる地獄に叩き落されることが確定した。

ここにいる多くのプレイヤーは、人を殺せない。

ユウキと合わせた背中から震えが伝わってくるのが解る。説明や理解を求める暇はない。そして聖人であるつもりはない。

ただ──

「ユウキねーちゃん」

ただ──

「ヴォルティス卿に一時撤退を通達して」

ただ──

「僕が殺る」

「ま、待って、ボクも──」

ユウキは立ち去ろうとするレンの肩を掴み、止めようとしたが、振り返ったレンの瞳を見たとたん、金縛りにあったように動けなくなった。

『ウルセェナ』

妙な金属質なノイズが含まれる異質な声。

そこに浮かんでいたのは、明確な殺意。そして悪意。ユウキは蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。

『ガキハスッコンデロ。殺サレタクナキャァナ』

ユウキははっきりと理解した。目の前に存在している《モノ》は、レンではない。断じて違う。

固まっているユウキを肯定と取ったのか、満足そうにその《鬼》は嗤った。

『心配スンナ。オ前ェノ命ハ取ラネェヨ』

それだけ言って、混沌とした戦場の中をひらひらと後ろ手を振りながら去っていった。

その後ろ姿に、昨日のレンの後ろ姿が重なった。

ユウキの姿が見えなくなったとき、レンは誰の耳にも聴こえないような声で呟いた。

──ただ、もう知り合った人が目の前で死ぬのは嫌なだけだ── 
 

 
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「はい、今回も送ってきてもらったお便りにじゃんじゃん答えて行こーと思います!」
なべさん「はいはーい、んで、今回のお便りは?」
レン「え~と、月影さんからのお便りです。ヒースクリフは出ないってことと、代わりに誰かでるのかなーってこと」
なべさん「あー、残念ですが、代打の人は出ませんですハイ」
レン「えぇー、何でぇー」
なべさん「んー、正直言って、これ以上オリキャラは増やせなかったってのが正直なとこかな」
レン「いや無理にオリキャラ増やさなくっても……」
なべさん「いやぁ、だって主力なオリキャラ全員参加しちゃうからねぇ」
レン「………あぁ、そっか」
なべさん「はい、月影さん、お便りありがとうございました。これからも本作品のご愛読をよろしくお願いします!」
レン「自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~♪」
──To be continued── 
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