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鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?

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第一章 グレンダン編
天剣授受者
  天剣授受者選定式

 
前書き
遅くなりました、申し訳ありません。
次回は早く投稿します。 

 
 グレンダンにとって、女王とは象徴的存在でしかない。
 なぜなら一般市民には顔を出さないからだ。見たとしても顔を布で隠し、素顔を見せないようにしている。
 分かっていることは、代々グレンダンを治めている由緒正しき武芸の家の者、武芸者としては最強であり、その実力は天剣授受者を凌駕する、楽しい事好きな変わり者だけである。
 一般人のほとんどは女王に敬意を払うべきだと考えているが、天剣よりも強いと言われれば首を傾げるしかない。彼らがもっとも強いと認識しているのが天剣だと認識しているせいでもあり、実際に女王が戦った場面など見たことがないのだ。
 それでいて強い強いなどと言われてもイマイチ想像できないし、王家が権威を保持するために流しているデマだというのが共通の考え方だ。
 それを王家は否定もしないし、肯定もしない。ただ静観するだけである。
 だが、民衆は知らない。グレンダンの王家に宿命づけられた運命も、自分たちの都市が騒乱の中心になるなど、今はまだ知らない。


 リーリンは張り切って昼食の準備をしていた。
 いつもならシキが全部やるのだが、今日はシキはいない。朝早く出かけてしまった。そう今日は天剣授受者選定式。
 周りではまだ小さい子供達が騒ぎながら、出かける準備をしていた。デルクはもう準備を終わらせたのか、椅子に座りながら危なっかしい子供たちの様子を見ていた。表情が硬いが、子供たちが怪我しないかヒヤヒヤしていることはリーリンを含め、年長者の孤児たちには丸分かりだった。
 ワイワイと楽しそうにしている子供達、それもそのはずだ。皆、レイフォンとシキの戦いを楽しみにしていた。
 孤児院の子供たちからすれば、シキもレイフォンも娯楽作品から出てきたヒーローそのもだ。誰もが二人の活躍を期待している。
 そう思うと、リーリンはため息をついてしまう。
 数年前のシキの評価を思い出したからだ。あの頃は一人泣きながら、リーリンと寝ていたものだ。今ではすっかり生意気になってしまったが。
「まったく……」
「ごめんね、リーリン。今すぐにでも行きたいはずなのに」
 一人の年長者が言うと周りも軽く謝る。
 リーリンは手を振って気にしていないとジェスチャーするが、内心では早く行きたいと思っている。弟と好きな人の戦いだ、今すぐにでも行きたいのが本音だ。
 だが、リーリンの生真面目な性格がそれに待ったをかける。
「にしても、あの二人がねぇ」
「凄いですよね」
 武芸者でないリーリンでもそれは同意できる。グレンダンの武芸者たちが目指す最高位の称号、天剣授受者。その選定式に出れるだけでも凄いのだ。それも十歳、並大抵では出来ない。
 それが身内から出たというのだから、この孤児院もそうだが、サイハーデン流にとっては最高の誉れだ。
 外からは断続的に花火が上がっているのがわかる。グレンダンでは祭りごとが少ないのでそんなに花火を使わない。それなので、花火が上がるだけで孤児の子供たちは歓声を上げる。
「それにしてもいいのかしらね。シキのツテで席を取ってもらって」
「いいんですよ。本人だって『あっちが勝手に渡してきた』って言ってましたし」
 数日前、シキが孤児院のために無理をして闘技場での席を取ってきてくれたのだ。それも王家に頼んで、お茶を飲んでいたデルクが吹き出したのは言わずもがな。弟のツテに軽い目眩を起こしたリーリンになんの問題はない。
 余談だが、席を取るためにとある女性が暗躍したのはシキも知らないことだ。
 閑話休題。
 シキが席を取ってくれたおかげで、朝早く起きなくてもよかったのだ。おかげでリーリンたちはゆっくりと準備ができる。
 弟の気遣いに感謝しつつ、仕込みを終わらせるリーリン。とりあえずお昼ご飯と念のため軽食を作っておく。試合が長引いたら、売店でごはんを買えばいいだけだ。
 天剣授受者選定式は十六人の武芸者が勝ち残りのトーナメントをする。例年通りなら、一日も関わらずに終わるのだが、アクシデントで時間がかかる可能性もある。
軽食はその為に作ったのだ。孤児院の子供達の中にはまだ物心つかず、お腹が減ればぐずる子もいる。
めんどくさいとは思わない。むしろ料理をすることは大好きなので、いつも出しゃばっているシキがいないので清々している。
リーリンは朝早く出かけていった、シキとレイフォンの姿を思い出す。
シキはいつも通りだったが、レイフォンの様子が変だった。怖いとさえ思った。
リーリンは戦場にいるレイフォンは好きではない。普段のちょっと抜けているレイフォンが好きなのだ。こういうとダメな男が好きなる女の図だが、幼いリーリンにはわからないし、将来的に矯正していけばいいと思っている。
姉の計画を知った弟は、一人レイフォンに合掌したそうだ。
「さて……そろそろ行きましょうか」
「うん。行こ! 義父(とう)さん!」
「あぁ」
 デルクは腰を上げて、昼ごはんが入ったバスケットを軽々と持つ。数十人もの食料だが、引退しても武芸者であるデルクには軽いものだ。
 キャーキャーとうるさい子供たちを叱りながらリーリンはふと闘技場の方に目を向ける。
「あの二人、大丈夫かしら」
 そんなことを呟きながらリーリンたちは闘技場に向かった。


 リーリンたちが孤児院を出発したとき、シキは闘技場の観客席にいた。
 何をしているのかと言うと、肩からバックをかけて飲み物やお菓子を配っていた。
「どうだーい! 天剣が決まる今日この日に、記念の一杯! なんと今日は仙鶯都市シュナイバル名産の水! 『ニルフィリア』があるよー! それに食べ物は『アイリィン』、一緒に食べれば気分最高間違いなし!」
 ニコニコと作り笑い全開で売るが、見た目美少女のシキならあら不思議、ドンドンバックの中の物が売れていく。誰でも、満面の笑みを美少女からされれば気分が良くなるだろう。ならない奴は、女性恐怖症か、アッチの方々だけだろう。
 売れていく様を見て、シキはほくそ笑む。水は化錬剄で限界まで濾過した水であり、お菓子は自作であるがちゃんと元となったお菓子を参考に作っている。孤児院では大好評のものなので味に問題はない。
 偽装? 虚偽? んなもんクソくらえと言わんばかりに、ものの十分程度で売り切れてしまった。全て健全に使うからと心の中で平謝りしながら、シキは作り笑いを観客全員に振りまく。
「おお! あの子可愛いなぁ」
「あんなに小さいのによく頑張ってる」
「幼女来たこれ!」
「いいわねー、あの子……お持ち帰りしたい」
 何やらおかしなコメントをしている人たちがいたが全力で無視して、シキは観客席を離れる。そろそろ戻らないと、問答無用で棄権になってしまう。
 気持ち急いで控え室まで戻ると、シキは視線を一点に受ける。
 控え室にはシキとレイフォンも入れて十六人の武芸者が緊張した面持ちで、各々出来ることしていた。
 レイフォンは目を閉じながら、気持ちを高めている。さすがのシキも茶化す気にはなれずに稼いだお金を個人用のロッカーに収める。このロッカーは武芸者でも壊せないように設計されているので安心である。
 そうしてロッカーに荷物を入れて、ため息をついたシキはこちらを凝視する視線を感じた。その方向を見ると、シキを軽んじた目で見ている一人の武芸者がいた。
 顔にはナナメの切り傷が残っており、見るからに中堅武芸者風である。切り傷くらい、今の医療なら消せるはずだがと疑問に思ったシキだが、口には出さない。威圧をする意味もあるのだろうし、もしかしたらリヴァースとカウンティアのように恋人に傷つけられた傷ではないかと思ってしまう。あの二人が師匠になってから、合間合間に繰り返し言われたので、こういう傷を見るとその話を思い出すのだ。
「随分と余裕に見える」
「……ほぇ?」
 シキはリヴァースとカウンティアの話を思い出した、ついでに師匠たちのシゴキを思い出していたため反応に遅れた。おかげで間抜けな声を出してしまった。
 シキは頭を抱えて羞恥を耐える。周りの武芸者たちもその様子を微笑ましく見ていたが、シキに話しかけてきた男は表情を固くしたまま言う。
「君のような子供がここにいるとは……天剣授受者の実力も落ちたものだな」
「ふーん」
 挑発ともとれる言葉を、シキはスルーした。
 確かに師匠である天剣を馬鹿にされたことは憤りを感じないわけではない。だが、その男を見て興味を失った。
 実力はあるだろう、しかし剄の量が絶望的に足りていない。だからこそ、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
 しかし男は、自分の言葉を無視されたことをカンに障ったのか、顔を真っ赤にしながらシキを問い詰める。まだ十歳のシキと成熟している男では身長の差が大きい、必然的に上から見られることになる。
「なんだその態度は!? 何か言ったらどうだ!」
「……」
 興味を失ったシキは男を無視して、手のひらに細い鋼糸を作り出して制御の訓練を始める。もちろん男の声は全て無視する。
 男の顔がさらに赤くなり、手が錬金鋼に伸びたとき、一つの蝶々状の念異端子が控え室に飛んできた。
『はい、皆さんごきげんよう。天剣授受者のデルボネ・キュアンティス・ミューラです。これから女王陛下による開会式を始めますので、音声だけをそちらに送りますね』
 男は舌打ちしながら伸びた腕を戻す。シキは鋼糸の制御をやめてデルボネの声に耳を傾ける。
 控え室にはモニターはない。これは戦う相手の戦いを見せないためでもあるが、ぶっちゃけると経費削減のためにカナリスが取った。そのため連絡などはデルボネの端子で行う。
『では繋ぎますね』
 そう言うと、ガヤガヤと人々の声が聞こえてくる。
 次の瞬間、静まり返る。おそらく女王が現れたのだろう。
『皆の者、今日はとても喜ばしい日だ。ようやく最後の天剣が決まる。』
 女王の透き通った声が聞こえる、控えの武芸者たちも固唾を飲んで聞き入るが、シキだけは首を傾げていた。
 聞いたことがある声だと思ったのだ。もちろん、シキが女王と出会う機会なんてないことを常識的に考えればないと言えるだろう。しかし、女王ではなく、その血縁であるロンスマイア家と知り合いなのだ。もしかしたら知らないうちに会っている可能性もある。
 シキはそんな違和感を感じながら、女王の演説を聞いた。
『長らく欠けていた十二本の剣がようやく揃う。この偉大なる日を皆も覚えていて欲しい。ではここに天剣授受者選定式を女王アルシェイラ・アルモニスの名において宣言しよう』
 周りの剄が一気に膨れ上がるのをシキは感じた。しかし、それを感じてため息をつく。どれもこれも、特筆するまでもなく高くないからだ。
 シキは再度ため息をついて、レイフォンを見る。レイフォンもつまらなそうに周りを見ていた。
『では皆さん、ルールを確認しますね?』
 女王の声が消え、デルボネの声が聞こえる。
 どうやらルール説明であるようだ。
『使用する錬金鋼には制限はありません。万が一、破損した場合は予備の錬金鋼を使用することを許可します。原則は、大会前に登録してもらった錬金鋼を使用してください』
 このルールを知ったとき、シキは頭を抱えたものだ。普通の武芸者にはなんら問題ないルールだがシキにとっては困るルールであった。おかげで何を使うのか、直前まで迷った。
『どんな剄技を使っても構いませんが、観戦席に直撃させた場合、即失格とさせていただきます。殺すことも勝利条件ですが、あまり良い結果とは言えないでしょう』
 当たり前だと口に出かけるが押し黙るシキ。いつもの調子で話しかけたら、周りになんて言われるかわかったものではないからだ。
 いくつか注意事項を言われた後、デルボネはいつも通りの言葉で締めくくった。
『では皆さん、よい戦場を』
 ついに天剣を決める戦いが始まる。


『オォオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
 試合なので闘技場に出てきたシキは、あまりの大歓声に肩を竦めた。
 グレンダン中から人が集まってきているせいだろうか、歓声が上がるたびに闘技場自体が揺れていた。
 そんな中、満員である闘技場の観戦席にポッカリと空いた空間を見つけた。そこには見慣れた面々が座っていた。
『頑張れー!! シキにいーちゃーん!』
『適当に頑張れよー』
「シキ様―!! 頑張ってください!!」
 まず聞こえたのは孤児院の子供達の歓声とクラリーベルの歓声、そして天剣授受者たちの冷やかしの声だった。
 それを見て脱力する。孤児院の子供たちは天剣たちに緊張していないが、デルクやリーリンなどの歳がある程度ある者たちは恐縮していた。
『さぁて!! 出てきたのは十歳の武芸者!! 聞いて驚け! これでも男! シキ・マァアアアアアッフェス!!』
 ざわざわと会場がざわめく、先ほど売り子をしていた件もあり、観客たちは困惑していた。シキは顔を赤くしながら俯く、天剣たちはゲラゲラと笑っていた。
 そんな混沌とした中、反対側から出てきたのは控え室でシキに突っかかってきた男だった。
 シキのテンションが急激に下がっていく。
『そして武門ミッドノットからの出場!! ハーゲン・デルセン!!』
 男は無言で錬金鋼を幅広の長剣に復元する。
 しかしシキは自然体でボーッとその錬金鋼を見ていた。
「何をしてる、早く復元しろ」
「嫌だ」
 シキがそういうと男は剄を身体から溢れ出させながら、シキを睨みつける。
 大の大人でも竦み上がりそうな視線を受けてもシキは動じなかった。むしろ、これに動じたら汚染獣戦など出来はしない。
『さて! 第一回戦! スタァァアアアアアアアット!!』
 スタートの声と共に男は剄で強化した足で、シキに高速で近づいた。
 観客には一瞬で男がシキの目の前に立ったように見えるだろう。それなのにシキは構えもしなければ錬金鋼を手に持とうとしなかった。
「舐めているのかぁあああっ!!」
 男は剣を振り下ろした。狙いは脳天、当たれば武芸者といえども即死だろう。
 観客からは悲鳴が上がり、見ていたリーリンは手で目を塞いでしまった。
 そして男の剣がシキに触れた瞬間、男は吹き飛んだ。
『こ、これはどういうことでしょうか!? ハーゲン選手が吹き飛んだ!! シキ選手は何もしてません!』
『金剛剄ですね。鉄壁の天剣であるリヴァースさんの剄技ですよ。当たった瞬間、弾いたのでしょう』
 解説役の司会者が状況を理解していないようで、止む終えずデルボネがフォローを入れる。会場は天剣の剄技を使ったシキを驚愕の目で見る。
『習得はそこまで難しくありませんよ。極めるのが難しい技、ですよね、リーヴァスさん?』
『は、はい、習得は難しくないですよ。秘奥とかそういうレベルの技じゃないですし』
 リーヴァスの解説も入り、会場は熱狂の渦に包まれる。それと同時に男が立ち上がる。闘技場の壁に突っ込んだせいか、埃だらけで頭から血を流していたが戦意は失っていなかった。
「くっ、さすがにここまで来るという武芸――」
「喋ってる暇があると思ってるのか?」
 男の言葉が終わらないうちにシキは男に近づき、腹部に掌底打ちを放ち、上空に上げる。
 男は意識を持って行かれそうになったが精神力でなんとか持ち直す。だが、持ち直すだけで反撃する暇などなかった。
 空中にはもうシキが『何人』もいた。
『こ、これはもしかして!? ルッケンスの秘奥とも言われてるあの技かぁ!?』
「そ、そんな馬鹿な!? この剄技はクォルラフィン卿しか扱えないのでは。なぜ貴様が!?」
「……てめえが落ちたとか言った天剣授受者の剄技だ。派手に散れよ、おっさん」
 活剄衝剄混合変化、千人衝。
 徐々に増えていくシキたちは、ひとりの男を囲む。男も錬金鋼を振ろうとしたが十人のシキが刀身に触れると粉々に砕けた。
 外力系衝剄の変化、蝕壊。
 本来なら何回も流し込んで武器を破壊する剄技だが、人海戦術で一気に崩壊まで導く。男はそれを見ながら、叫ぶ。
「このぉ化け物がぁあああっ!!」
「言われ慣れてるよ、んな言葉」
 五人ほどのシキがまた腹部に拳を入れて上空に飛ばす。そして本物のシキがかかと落としで男を地上に蹴り飛ばした。
 激しい音ともに男は地面に叩きつけられ、意識を失った。
粉塵が巻き起こり、落ちた男の様子が見えない。
『うん、まだまだムラがあるけど千人衝だ。これ見てるルッケンスの師範代たち、子供が体得できて君たちに出来ないわけないよね?』
 サヴァリスはシキの千人衝のダメ出しをしたあと、自分の武門を習う者たちにもダメ出しをする。試合を見ていたルッケンスの武芸者たちは無言で頷き、音もなく地面に着地したシキを畏怖の対象としてみる。
 静まり返った闘技場で、端子のデルボネの報告が響く。
『ハーゲン・デルセン選手は気絶していますよ。審判の方? 驚いていないで進めてください』
『は、はい!! えー、勝者! シキ・マーフェス!!』
 そして地響きのような歓声が響き渡り、勝敗が決まった。


 レイフォンは聞こえてきた歓声で勝敗が決まったことを感じ取った。
 シキの勝利だと確信している。あの程度の武芸者に負けるほど、ヤワな鍛え方はされていないはずである。
「……シキ」
 レイフォンはその名を口にすると、腰に付けている錬金鋼にそっと触れる。
 それは前日まで悩みぬいた結果決めた錬金鋼。それがずっしりとした重みを感じさせていた。
 勝てるのか、いや勝たねばいけないとその重みが教える。
 マイナスを思考に入れて、勝てるほどシキという相手は甘くはない。熟知しているし、それはシキも同じだ。
 同じ場所で生き、同じ道場で習い、同じ戦場に立った。これほどお互いを知る武芸者はいないとレイフォンは思う。
 本当ならば本気で戦う必要などないはずだ。レイフォンもシキも孤児院のために天剣を目指している。どちらか一方がなれさえすれば安泰する。理屈ではそうだ。
 昨日までのレイフォンならば、シキに勝ちを譲っていたかもしれない。
 だが、今回は負けることはできないし、譲ることも出来ない。
 言ってしまえばケジメのようなものだ。
 レイフォン・アルセイフがレイフォン・サイハーデンになるための。
『では次の方、準備をお願いします』
 端子からレイフォンを呼ぶ声が聞こえる。
 とりあえずは目の前の敵を倒すことだけを考えよう。それから、シキのことを考えようと。


 リーリンはホッと一息ついていた。
 今の時間は午後一時、昼食を食べ終えた子供達の何人かを寝かしつけた、ついでにクラリーベルも寝たのは特筆しておくべきことではない。その時、目つきの悪い銃を使う天剣授受者がその子供たちを見ていた。目つきが鋭かったが、意外と子供好きだったらしい。眠っている子供の寝顔を見ているだと気づけたのは、シキが話していた師匠を思い出したからだ。
 今は決勝戦に向けて準備時間になっていた。
 決勝戦はもちろん、シキとレイフォンが勝ち残った。
「……ふぅ、まったく、心配させて」
 リーリンは二人の戦い方にヒヤヒヤさせられていた。
 どちらも錬金鋼を使わずに素手で戦っていたのだ。きっちりと勝っていたから良いものを、ヘタをすれば怒り狂った相手に殺されていたかもしれない。そんな考えのせいで、リーリンの心臓はバクバクと今も脈打っていた。
 天剣たちはというと、不機嫌なのが少々と笑みを三割増にさせている男が一人、いちゃついている鉄球使いが一人と各自好き勝手やっていた。
 一人、リーリンに口説き文句を言ってきた奴もいたが、デルクの睨みに逃げていった。
「もう、あの二人は!」
「心配?」
「ええ、心配……って、シノーラさん!?」
 リーリンは突然、横に立っていた女性に心底驚く。
 数年前からシキを気にかけてくれる人だ。秘密だが、リーリンの理想の女性はシノーラである。……まぁ、数年後、頭を抱えて後悔することになるのだが、この時のリーリンは気づいていない。
「はぁーい、リーリン、こんにちは」
「は、はい、こんにちは」
 シノーラは笑顔でリーリンに挨拶しながら、天剣授受者たちにリーリンに見えない位置でジェスチャーする。
『ばらさないように』
 天剣の一人、カナリス・エアリフォス・リヴィンはそれに気づき、そっとシノーラを守れる位置に移動した。
 他の天剣たちは意図が読めなかったがとりあえずその指示に従っていた。
「まったく異例の天剣授受者選定式よ。決勝戦まで武器を使わないなんて」
「本当ですよ……大丈夫なのかな」
「剄の量に不満もないわよ。シキもレイフォンも……まぁ、大丈夫でしょうけど」
 シノーラはため息をつきながら二人の今までの戦いを振り返る。
 二人の戦いに不満を持つ者も多い。挙句は出来レースと言い放つものもいたが、仕方ないだろう。十歳の子供にいいようにやられる武芸者など市民の目からしたら、わざと負けているとしか見えないだろう。
「次の戦いよね……で、リーリン? 愛しのレイフォンと弟のシキ。どっちを応援するの?」
「え? えぇ!? い、愛しとかじゃないです!! ただのお、幼馴染! 幼馴染です!!」
 顔を真っ赤にさせるリーリンを見て、大人たちはニヤニヤと笑う。その反応だけでも答えを言っているようなものだ。
 だがそこは指摘しない。指摘するよりも言わせたほうが面白いではないか。シノーラはニコニコ笑いながら発破にかかる。
「そうよねー、『ただの』幼馴染だし、きっとレイフォンも綺麗なお嫁さん貰うんでしょうね」
 ビキッ。
「あぁ、天剣になったら王家とのお見合いとかもあるかもしれないわね。美女多いわよ?」
 ビキビキッ!
「彼、鈍感みたいだし……あぁ、ごめんねぇ、リーリンには関係ないわよね? 幼馴染だし」
「へい……シノーラさん、そこまでしてあげましょう」
「おい、シノーラそこまでにしろ」
 見かねたのかカナリスとルイメイがシノーラの肩に手を置いて止める。
 リーリンは顔を伏せてブツブツと何か言っている。
 武芸者たちはそれを聞いて……後悔した。
「レイフォンが私を捨てるなんてないよね? 他の女になびくとか……ないよね? でも、後で問いたださなきゃ、そうだそうよ、なんでしなかったんだろう? 早く試合始まらないかな?」
『……うわぁ』
 ドン引きだった、さすがのデルクもリーリンの豹変に目を丸くしていた。
 シノーラは笑みを凍りつかせながら、珍しく冷や汗を垂らしていた。
 レイフォンも悪寒に襲われ、体を震わせていた。


「……なんだか楽しそうなことやってる気が」
『あらあら、余裕ですね』
 シキは誰もいなくなった控え室でデルボネと会話していた。昼食は戦闘職ですませ、今は決勝戦に向けて活剄を回らせて、身体に不具合がないか確認していた。
「余裕なもんか、相手はレイフォンなんだ」
『そうですね、ついこの間の老生体との戦いを見ていましたが互角といったところでしょうか?』
 デルボネは穏やかな声でレイフォンを評価する。シキは脱力しそうになったが、気を引き締める。そして気づく。
「……やっぱ見てたのか」
『えぇ、危なくなったらルイメイさんを送るつもりでした』
 悪びれもなく言ったデルボネの言葉に、シキはため息をついて怒りを抑える。いつもこうだ、デルボネと会話すると怒りを覚える自分がおかしく思えてしまう。だが嫌悪感はない、むしろ信頼しきっている。
「酷い人たちだ」
『むしろあの程度に苦戦していたら、師事していた人たちが悲しみますよ?』
「……やっぱ酷い人たちだ」
 シキは息を吐いて、腰の錬金鋼に触れる。
 それは刀だ。剣を使うことも考えたが、怖くて持てなかった。
 おそらくレイフォンは剣だろう。
 武器に関しては五分、腕に関しても五分、剄量は勝っているが受け止められる剄量は同じであるし、暴発させたらシキの勝ちだ。体術では絶対の自信がある。
『そうですね、戦う前に私が初恋の人から聞いた言葉を送りましょう』
「……当然どうしたんだ?」
 デルボネの突然の提案に戸惑うシキ、だがデルボネは気にせず続ける。
『「悩むなら切れ、悩まなくても切れ」ですよ』
「……つまり切れ、と?」
『えぇ、本当におかしい人でしたよ。私の端子を全部叩き切った挙句、鋼糸で制御しましたしね』
「どこの化け物だぁ!?」
 シキは大声で叫ぶ。デルボネの実力を知っていればこうも言いたくなる。
 端子を全部切った上で、鋼糸で制御など生半可というか絶対に無理だと断言できる。
『……おっと、話しすぎましたね。出番ですよ』
 シキは無言で立ち上がり、控え室から出た。
 暗い通路を抜けると太陽がこれでもかと光り輝いていた。シキは少し目を細めて、目を慣らす。
 観客からは声援と少しの罵声。これまでの戦いを考えれば当たり前かとシキは思う。
 目の前には見慣れた人物が立っていた。
「よっ、レイフォン」
「あぁ、うん」
 短いやりとり、それだけで二人は口を閉じて、闘技場中央に歩み寄る。
『さぁさぁ!! 決勝戦!! しかぁし! まさかの十歳という年齢の決定戦だ!』
 シキとレイフォンは後一歩歩けば、身体がぶつかりそうな距離まで体を近づけた。
 司会の言葉など聞いてはいない。
『両者、ここまで錬金鋼を抜いていない!! 抜かずに終わるのか、それとも抜いて終わらせるのか!!』
 抜かずに終わる? そんなことはない。
 二人の手はもう錬金鋼を掴んでいた、あとは復元すればお互いの武器は復元される。
『では紹介!! 可憐な容姿で実は男! シキ・マーフェス!!』
 観客から黄色い声援も送られるが、シキは眉一つ動かさない。
 目線はレイフォンを掴んで離さない。
『小さくても舐めるな! レイフォン・アルセイフ!!』
「ねぇ、シキ」
「なんだ?」
 今まで沈黙を守っていたレイフォンが口を開く。
 シキも会話に応じる。
「本気で行くよ。多分、手加減なんてしない」
「手加減する気だったのか?」
 シキは首を振りながら、肩を竦める。
 レイフォンも苦笑しながら、ため息をつく。
 だからこそだろうか、二人は同時に復元言語を言った。
「「レストレーション」」
 シキが復元したのは刀、そしてレイフォンが復元したのも……刀だった。
「えっ?」
 シキは目の前にある錬金鋼を見て、頭の中が真っ白になった。
 どうしてと呟くシキにレイフォンは悲しそうに目を歪ませる。
「受け継いだんだ」
「……」
 それだけでシキはレイフォンが何を受け継いだのか理解する。真っ白だった頭の中が赤く塗りつぶされる。
 それは言い逃れできない怒りの感情。
「僕は、受け継いだ」
「そうか」
 だがシキはその暴れんばかりの感情(獣)をコントロールする。
 まだ、まだ爆発させる時ではない。
「シキ」
 嫌だ、聞きたくない。シキはそう叫びたかった。
 だが身体が動かない、動かせない、レイフォンの言葉を聞く。
「僕は……僕はサイハーデンを継いだんだ」
 音が消えた。
 開始のゴングなどとっくに鳴っている。だが、シキとレイフォンは一歩も動かなかった。
 観客の中には大声を出し、始めろと言う声もあったがリンテンスの鋼糸がその口を閉じる。
 今、この場に罵声などふさわしくない。
 シキは剄で強化した視力で、デルクを探す。すぐに見つかった、いつも通り腕を組みながらジッとシキを見ていた。
「……そうか」
 シキは笑って、レイフォンを見た。
「でも、俺は認めたくないよ。レイフォン」
「僕は継いだんだよ、シキ」
 シキは目の前のレイフォンを冷たい目で見る。それは親友に、ましては幼い時から過ごしてきた兄弟に見せる目ではない。
 その目を見ても、レイフォンは一切動揺せずに言った。
「認めなよ。認めろよ!! シキ・マーフェス!!」
「黙れよ、黙れ、黙れ!! レイフォン・アルセイフ!!」
 剄が声に乗り、闘技場に強風を巻き起こす。
 観客は、二人の声に驚き、身動きひとつ取れなかった。
「認めろ、君が認めないと」
「黙れよ、お前が黙らないと」
 二人は飛び下がり、一定の距離を置く。
 場の空気が一気に変わり、天剣たちは武器を復元し、観客の前に立った。それは観客を守るための行為ではない。二人の戦いを邪魔しないためだ。
 リーリンは二人を心配そうに見る。クラリーベルは目を輝かせながら見る。シノーラは自然にリーリンを守る位置に移動する。
 シキとレイフォンは刀を上段に構えて、叫んだ。
「「俺(僕)が納得できないだろうぉおおおおっ!!!」」
 次の瞬間、轟音と共にシキとレイフォンがぶつかった。
 
 

 
後書き
展開が早いですが、すいません。はやくシキVSレイフォンの戦いを書きたかったのです。
次回は戦闘しかないと思います。てか、戦闘描写が難しいです。
ではまた次回、ちぇりお!

Q、天剣たちはシキと仲良しなの?
A、カルヴァーン以外とは仲良し、カルヴァーンの剄技はしっかり盗んでいますが。

Q、シキが売っていたお菓子って、どこぞの眼帯とブラコン?
A、ジャニスさんが面白がって広めました。今では広く親しまれているお菓子。他にも『リグザリン』というゼリーが売られています。
 
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