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薔薇の騎士

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第一幕その九


第一幕その九

「家の者をここに入れたいのですが」
「ええ、どうぞ」
 その言葉を静かに受けた。
「それでは」
 まずは洗面器やタオルを持った老婆が来た。男爵はまだオクタヴィアンが変装している次女に興味があったが夫人に気を使ってかまたしてもフランス風の礼をしてからその場を後にした。夫人はそれを見てほっとしてオクタヴィアンを去らせる。夫人と老婆がカーテンの奥に隠れて身支度に入るうちに他の従者達が部屋を屏風などで飾る。それが終わり夫人も身なりを整え白い絹の質素でありながら華やかなドレスに身を包んで出て来た時にはもう髪も化粧も整っていた。その彼女の前に様々な者達が来ていた。
「奥様、犬はどうでしょうか」
「そうね。じゃあ一匹」
「わかりました」
 動物屋の連れている大きな犬を飼う。執事が彼女の側に立ってその言葉に頷いていた。
「あとは鳥も。アフリカの珍しい鳥ですよ」
「どうしようかしら」
「奥様」
 今度は三人の小さな子供達だ。貧しい身なりをしている。彼女達にもお金を幾らか私それからそこに来ていた帽子屋から羽帽子を買う。それが終わってから彼等が去るとまた男爵を呼んだ。またしても一礼した彼に対して一人の男を紹介した。整った身なりをした年輩の男である。
「貴方にこの書記を紹介しますわ」
「こちらの若い男ですね」
「ええ。彼に何か任せてね」
「わかりました。そういえば」
 ここで夫人の後ろにいる男達のうちの一人を見た。
「どうかしたのですか?」
「いえ、そちらの」
「私でしょうか」
 小さな丸眼鏡をかけ黒い帽子と長い服に分厚い服を持った男が応えてきた。一目見ただけで彼が学者であるとわかる。実際にそうである。
「いや、悪いが君ではない」
「そうなのですか」
「君だ」
 その隣にいるひょろ長くて出っ歯の男を指差した。見れば細く抜け目なさそうな目をしていてにやけ顔だ。やけに調子がよさそうである。
「私ですか」
「そうだ。名前は何といのかな」
「ヴァルツァッキでございます」
 彼は一礼してから男爵に述べた。礼は貴族風に恭しくしてはいる。
「新聞屋です」
「ヴァルツァッキさん」
 夫人がその彼に不機嫌な声をかけた。
「もうあんな記事は書かないで下さい。事実かどうかわからないものを」
「事実ですよ」
 彼はこう夫人に反論してみせた。
「私は嘘オは申しません」
「ではアレオーレ子爵が死んだ話は何なのですか?」
「あれはただの噂話」
 笑ってこう答えた。
「それだけです」
「その噂話がどれだけ多いのか」
 こう言ってまた不機嫌な顔になる夫人であった。
「全く」
「まあまあ」
「ウィーンには面白い新聞があるのですな」
「もっといものがありましてよ」
 そう言って男爵の注意を他に向けた。
「歌などはどうでしょうか」
「歌ですか」
 男爵は歌と聞いてその目を少し動かした。
「ふむ。私も嫌いではありません」
「それではイタリアの歌なぞを」
「イタリアのですか」
「如何ですか?」
「はい、是非」
 にこやかに笑って夫人に答えるのだった。その後ろでは今まで夫人の身支度をしていた老婆や衣装係、理髪師等が去っていた。後始末を終えていたのだ。
 それを後ろに一人の若々しい顔立ちに黒い髪の男が出て来た。燕尾服を着たその彼がイタリア人であることはその顔からわかった。男爵はその彼を見てまた夫人に言うのだった。
 
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