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星河の覇皇

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第三部第三章 獅子身中の虫その四


「暫くお待ち下さい」
 侍従は謁見の間の前の部屋に彼を案内してそう言った。
「わかりました」
 彼は頷くと勧められた席に座った。ここも和風の部屋である。椅子はなく座布団が置かれている。
 彼はその一つに座った。そして侍従が戻って来るのを待っていた。
「お待たせしました」
 侍従が戻ってきた。そして彼を謁見の間に案内した。
 そこは不思議な部屋であった。下は木であるが和洋折衷の感じがした。それ程広くない部屋の左右に侍従達が控えている。彼等もやはり昔ながらの古風な服装である。
 そして中央に玉座がある。二段程高くしたところにあるその玉座はやはり質素であった。普通の黒い木造の玉座である。
『玉座はその座る者によってその価値が決まる』
 誰が言ったのか八条はこの時は忘れていた。だがふとその言葉を思い出した。
 その質素な玉座の上に天皇が鎮座していた。
「連合中央政府国防大臣八条義統殿でございます」
 天皇のかたわらに控える侍従長が天皇に上奏した。
「はい」
 天皇は答えられた。その間八条は頭を垂れたままである。
「八条殿、顔をお上げ下さい」
 天皇は八条に声をかけた。静かで澄んだ若い女性の声である。
 八条はそれに従い頭をゆっくりと上げた。そして天皇を見た。
 玉座には一人の小柄な少女が座っておられた。
 礼服を着、頭には小さな冠がある。髪は長く黒く後ろに垂らせている。化粧は薄くあまりそれを感じさせない。
 幼さが残っているが非常に整った顔立ちをしている。気品が溢れ何処となく威厳も感じられる。
 彼女が今の日本の天皇後明正天皇である。歳は二十二、昨年崩御した父帝の後を継ぎ即位したばかりである。天皇となってまだ日は経っておらず即位の礼もまだである。
(まだお若いというのに)
 八条は彼女を見てふとそう思った。彼は彼女の歳にはよく遊んでいたものだった。
(遊びたいと思われる時もあるだろうに。けれどこうしてご自身の責務を務めておられる)
 彼は皇室を深く敬愛していた。そしてこの女帝のことも敬愛していた。
「八条殿、よく来られました」
「陛下のお招きに応じまして」
 彼はそう言って頭を垂れた。彼は日本人である。その心はやはり日本にあり天皇にある。だが今は連合にいる。だからこそこうしていささか他人行儀に呼ばれているのだ。
「地球はどうですか」
 帝は尋ねてこられた。
「温かく過ごし易いです。ですがやはり住み慣れた場所が一番ですね」
 彼は微笑んで答えた。
「そうですか。ではこの京はどうですか」
「素晴らしい星です。何と言いますか故郷に戻って来たようです」
「それは何よりです」
 帝はそれを聞いてにこりと微笑んで答えられた。当然彼女も八条が日本人であることを知っている。前の国防大臣であったのだし。
「八条殿は寒いと感じられますか?」
「?いえ」
 彼はその言葉に少し驚いた。
「胸が寒いとかは」
「そうは思いませんが」
「見たところその服装では胸が少し寒そうです」
 彼はスーツを着ている。だが本当に寒いとは思っていない。
「陛下御言葉ですが」
 彼は帝の真意がわかりかねていた。そして言おうとしたその時である。
「あれを」
 帝は侍従長に対して言われた。
「わかりました」
 侍従長は頷くとその場を退いた。そして黒い箱を恭しく持って姿を現わした。
「あれは・・・・・・」
 漆塗りの箱であった。かなり古風である。
「これは私からの贈り物です」
 帝はそう言うと玉座を立たれた。そして侍従長から箱を受け取られその中身を取り出された。
「陛下、そのようなことは」
 君主は無闇に玉座を立つものではない。如何に若いといえども君主なのである。
 だが帝は八条の制止にも関わらずその箱の中身を持たれ八条の方へ歩み寄られた。その手には金色の勲章があった。皇室の紋章である菊をかたどってありリボンは紫である。
「それは・・・・・・」
 彼もその勲章は知っていた。日本で最も位の高い勲章である大勲位である。
「八条殿、貴方の功績を称えこれをお渡しします」
 帝はそう言って八条の左胸に大勲位の菊を御自身の手で着けられた。
「陛下・・・・・・」
 これには流石の八条も驚きを隠せなかった。この若さで大勲位を授けられたという話は聞いたことがない。ましてや帝御自らの手で。
「連合軍設立と今までの働きはこの連合の平和にどれだけ貢献したかわかりません。その功績を称えこれを授けます」
「しかし私はまだこのようなものを頂く程のことは・・・・・・」
「八条殿」
 ここで帝は言われた。
「これからの功績もあるのです。それを考えるならば当然です」
「そうでしょうか」
「はい。連合軍の設立はそれだけの大きな意義があると聞いています。その存在が連合三兆の市民にとってどれだけ有り難いかということも」
 どうやら総理が陛下に何か言上したな、と察した。
「これからも頑張って下さい、連合の平和の為に」
「わかりました」
 こうした若い女性に頼まれるとやはりいささか弱い。八条は半ば条件反射的に答えた。
 こうして会談は終わった。八条は帰り道に八幡の首相官邸に立ち寄った。
「あら、珍しいわね」
 伊藤は彼の姿を見ると微笑んで答えた。
「何言ってるんですか、私が来るということはわかっているでしょう?」
 八条はすこし苦笑して問うた。
「ふふふ、確かにね」
 伊藤は笑って答えた。
「何故ここへ来たのかはわかっているわ。大勲位のことでしょう?」
「はい。陛下にそのことを言上したのは総理ですね」
「そうよ」
 伊藤は答えた。
「君の今の功績を考えると当然じゃないかしら。大統領にも渡されているわよ」
「それは初耳です」
 八条は言った。
「まあまだマスコミには発表していないけれどね。ネットでもまだ出ていない話だし」
「私が授けられる前にですか?」
「そうよ。大統領より先に渡される筈がないでしょう?まずは大統領、そして首相に陛下御自ら御渡しされたのよ」
「そうだったのですか。そういえば一週間前陛下が大統領と会談されていましたが」
「ええ。表向きは宮中晩餐会だったけれどね」
 やはり晩餐会はこの時代でもある。とりわけ皇室の晩餐会は格式が高いことで知られている。ここで失敗した場合元首だけでなくその国自体の器も見られてしまう。それだけに気の抜けない重要なイベントである。
「その時に渡されたのですね」
「そうよ。君が地球に戻ったら発表される予定よ」
「そうだったのですか。ところで」
「何?」
 八条はさらに問うた。
「何かお考えがありますね。我々に大勲位を授けるよう陛下に申し上げたのは」
「当然よ」
 伊藤はその質問に対し笑みで答えた。
 
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