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星河の覇皇

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第十二部第五章 憂いの雨その十五


「あれを使う時が来たのだ」
「既に整っております」
 モンサルヴァートは頷いてみせた。
「今前線に向かわせています」
「あれで連合軍を何としても止めなければな」
「はい」
 また頷いた。
「我々に未来はないからな」
「あと首相府から指示があったのですが」
「首相府から?」
 それを聞いたシュヴァルツブルグの目の色が変わった。
「それはどんなものなのかね」
「ペーチ首相から直々のものですが」
「首相直々か」
 それを聞くとシュヴァルツブルグの顔はさらに暗くなった。
「首相にも困ったものだ」
「何故でしょうか」
「開戦以降全く休んではおられないではないか。もう少し自愛が必要だと思うのだが」
「そうも言ってはおられないのでしょう」
「だがそれにより首相に何があってはどうするのだ」
 シュヴァルツブルグは真剣にペーチの身を案じていた。
「それでもいいと御考えのようですが」
「馬鹿な」
 彼はそれを聞いて首を横に大きく振った。
「首相は軍人ではないのだぞ。命を賭けてどうなるというのだ」
「命を賭けるのは軍人だけではないと仰っているようですが」
「この戦いに全てを捧げているというのか」
「どうやらそのようで」
「文官はそこまでしなくてもいいのだ」
 彼は言い切った。
「命を賭けるのは軍人だけでよい」
「ですが首相は貴族にあらせられます」
「それがどうしたというのだ」
「高貴なる者の義務でしょうか」
「文官であってもか」
「はい。貴族だからこそ命を捧げられるのではないかと思います」
「因果なものだな」
 彼はそれを聞くと大きく息を吐き出してそう言った。
「貴族というものは」
 エウロパの貴族というものは連合の者達が思っている程優雅なものではないのだ。確かに生活のことはあまり気にしなくていい。しかしそこに義務が伴う。彼等は義務の遂行なくして貴族はないということをわかっていた。戦場においては誰よりも果敢に戦い、職務を果たす。それがエウロパの貴族であり青い血の責務であったのだ。
「首相も貴族に生まれなければな」
「御本人は小説家志望だったそうですね」
「あまり文章は上手くはないのだがな、首相は」
「そうなのですか」
 苦笑するシュヴァルツブルグの言葉に肩をすくめさせた。
「まだ首相になっておられない時に何作か書いておられる」
「初耳ですが」
「ペンネームを使っていたからな。仕方ない」
「そうだったのですか。それでどのような小説ですか」
「恋愛小説だ。対立するそれぞれの家の少年と少女のな」
「それはロミオとジュリエットでは?」
 この時代においては連合やサハラにおいてすら広く知られているシェークスピアの有名な悲劇である。今まで数多くのオペラや劇にされている。ただしこの作品はシェークスピアの作品にしてはシニカルでウィットに富んだ表現もくすんだ独特の世界もあまりない。ハムレットやオセローのそれと比べるとかなり異色の作品と言える。
「あれにヒントを得たようだな」
 シュヴァルツブルグもそれを認めた。
「だが結末は違う」
「どのようなものですか?」
 尋ねたところでおおよそのことは予想がついていた。ロミオとジュリエットの結末は誰でも知っているものだ。それと違うのならばどのようなものかすぐにわかる。
「二人は駆け落ちして結ばれる」
「やはり」
「わかっていたか」
「ええ、まあ」
 今度はモンサルヴァートも苦笑してしまった。すぐわかる類のことであるからだ。
「愛は必ず勝つ、というのがあの人の信念だ」
「必ず、ですか」
「少なくとも今までの小説ではそうだな」
「何か話のレパートリーが少なそうですね」
「実際に少ない。しかも文章は読みにくいときている」
「あまり売れそうにはないですね」
「軍で読んでいるのは私位だろうな」
「まさか」
「そもそもその私も興味本位で読んでいるようなものだしな」
「何か意地が悪いですね」
「意地が悪い!?心外だな」
 しかしシュヴァルツブルグはそれを否定した。今度はシニカルに笑った。
「古くからの友人だからな。当然だろう」
「お友達だったのですか」
 これはまた意外なことであった。モンサルヴァートは目をパチクリとさせた。
「私が士官学校、首相が大学にいた頃からな。丁度学校が隣同士だった」
「ああ、あそこですね」
 モンサルヴァートはそれを聞いてそこが何処なのかよくわかった。ドイツのリューベック星系のリューベック士官学校とノルトハウゼン大学のことである。この二校は並んで建てられているのである。両方共古い歴史を持つ名門である。リューベックは多くの優れた軍人を出し、そしてノルトハウゼン大学は有名な学者を大勢出している。ジャンルこと違うが互いに切磋琢磨する関係であると言えた。
「そこで知り合った。酒場だったかな」
 シュヴァルツブルグはかっての若き日を思い出す目で語った。
 
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