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星河の覇皇

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第十二部第五章 憂いの雨その十四


 クロノスというのはギリシア神話の古い神である。父であるウラノスを倒し神々の王となった。所謂ティターン神族であり巨大な身体を持っていた。
 彼は時を司る神であった。北欧においては過去をウルズ、現在をヴェルザンティ、未来をスクルズと三柱の女神達がそれぞれ司っていたが彼は一人で時を司っていたのだ。それだけでも彼の力がどれ程強大なものであったかがわかる。
 しかしそんな彼にも恐れるものはあった。それは自らの神々の王としての座を脅かす存在だ。彼はそれは自分の子供であると父であるウラノス、母であり祖母でもあるガイアに教えられていたのだ。
 彼は自分の子供達を生まれるとすぐに飲み込んだ。そしてこの世に生まれないようにしたのである。スペインの画家ゴヤによる有名な絵画のもとともなっている。これは人間が描いたものの中で最も恐ろしい絵であるとさえ言われている。鬼気迫る絵である。
 だが彼の子供は生まれた。最後の子ゼウスである。彼は母によって救い出されひっそりと育てられていたのだ。成長すると策略によりポセイドンやハーデスといった自身の兄弟達をクロノスに吐き出させると彼等と共に父とその一族に戦いを挑んだ。予言が的中したのであった。
 予言の通りになった。クロノスは破れ彼は神の王座から追われた。そしてタンタロスに幽閉されることになった。この星系はその神の名を冠していた。暗赤色の巨大な二つの太陽を中心に三十の惑星と無数の衛星を持つ巨大な星系である。今ここにエウロパ軍はその全軍を集結させていたのだ。
 その巨大な太陽を左手に二隻の戦艦が並んで航行していた。軍務相であるシュヴァルツブルグの乗艦ヴァレンシュタインとモンサルヴァートの乗艦リェンツィである。二隻の戦艦はその巨体を赤い鈍い光に照らさせながら銀河を進んでいた。
 モンサルヴァートはこの時シュバルツブルグの乗艦であるワレンシュタインにいた。その司令室でシュヴァルツブルグと共にいた。
 二人は豪奢な椅子に座している。そして薔薇色のワインを水晶のグラスで飲んでいた。側にはチーズが置かれている。見ればモツァレラチーズやカマンベールチーズもある。
「残念だがあまり上等なものではない」
 シュヴァルツブルグはチーズを一切れ口に運びながらモンサルヴァートに対して言った。
「こんな状況だからな」
「仕方ありませんね」
 モンサルヴァートはワインを一口飲んでからそう答えた。
「むしろこうしたものを飲んだり食べたりできることに感謝しなければならないでしょう」
「そういうことだな」
 シュヴァルツブルグもワインを口にした。芳香が口の中に漂う。
「こうしたことはこれからも暫くは続くだろうな」
「はい」
 エウロパはこの戦いにおいて全てのものを軍事に向けている。従って他の物資は回らなくなっている。民間の物資は配給こそ行われていないがそれでも不足がちな傾向になった。戦時下においてはよくあることである。
「勝利を収めても敗北しても」
「うむ」
「苦難が続くでしょうね」
「戦争になった場合の当然の結果だな」
 シュヴァルツブルグは溜息混じりにそう述べた。
「それも戦場になった国では」
「はい」
「それでも三十年戦争や第二次世界大戦よりはずっとましか」
「連合軍の軍律がまともなせいもありますが」
「敵に感謝しなければならないということが皮肉だな」
 シュヴァルツブルグの顔がさらに沈む。
「しかし今占領地では軍による横暴もなく市民生活がまともに行われているのも事実です」
「それはわかっている」
「ならば今は素直にそれを感謝しましょう」
「そうするしかないか」
「戦場においては別ですが」
「当然だ」
 シュヴァルツブルグの言葉に力が戻った。
「今度の戦いは実質的に我が軍と連合軍の最後の戦いになる。敗北はエウロパそのものの滅亡に直結する」
「はい」
「その為には・・・・・・何としても負けるわけにはいかないのだ」
「はい。既にこのクロノスにはエウロパ軍のほぼ全ての戦力が集結しております」
「だが戦力では連合軍のそれとは比較にならない」
「それも承知のうえです」
「それをどうするか、だな。さて」
 彼等はこの時クロノスのことだけを考えていた。星系としての防衛ラインは実質的にここが最後である。だから当然のことではあった。しかしそれに固執し過ぎていた。他の場所には目がいってはいなかったのだ。
「コロニーレーザーは既に星系の外周に配されているな」
「ええ」
「射程は大丈夫なのか」
「あのティアマト級巨大戦艦の巨砲よりも長く設定しました。これならば大丈夫です」
「そうか。そしてあれは用意できているかな」
「あれですか」
「そう、あれだ」
 二人は思わせぶりな話を展開していた。
 
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