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星河の覇皇

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第十二部第四章 青い薔薇その六


 なお薔薇は食用としても知られている。古代ローマにおいては水や酒に薔薇の香りが入れられた。ネロは薔薇をこよなく愛し、常に薔薇を側に置いていた。そして薔薇のデザートを食べていたのだ。
 今でも薔薇は食べられている。このマウリアにおいても同じだ。今クリシュナータの前に一つの紅い菓子が置かれていた。
「ふむ」
 彼はその紅い菓子を見下ろしていた。小さく四角に切られている。それが数個皿の上にあった。
「また変わった菓子だね」
「ソアン=パディですが」
 給仕の一人がそれに答えた。
「召し上がられたことはある筈ですが」
 ミルクと砂糖をふんだんに使った菓子である。マウリアにおいてはポピュラーな菓子の一つである。当然クリシュナータもマウリアの主席になってから食事の後のデザートとして何回か口にしている。
「確かにな」
 そして彼はそれを認めた。
「だが紅いパディははじめてだ」
「薔薇を入れているそうです」
 給仕はそう述べた。
「薔薇をか」
「はい。シェフが趣向を変えまして。それで薔薇を入れてみたようなのです」
「そうだったのか。それで」
 彼はそれを聞いて納得した。
「紅いのか。成程な」
「赤薔薇を使ったそうですから」
「別に白薔薇でもよかったのではないのかね」
「それが趣向を変えたということらしいです」
 給仕はそう答えた。
「パディは白いものですね」
「ああ」
 ミルクを使っているからそれは当然であった。
「ですがこのパディはミルクを抑えまして」
「そのかわりに薔薇を使ったのだな」
「そういうことです」
 給仕はそう言って頷いた。
「ミルクのそれとはまた違った、独特の味わいだそうです」
「美味しいのかね」
「シェフは胸を張っています。どうぞお召し上がり下さい」
「わかった。それでは」
 彼はそれを受けてフォークを手に取った。そしてそれを口に含んだ。
「如何ですか」
「ふむ」
 彼は噛み、味わい、喉の中に通した後で応えた。昔のマウリアならばこれで指の感触も味わうところであろう。かってのインドにおいては指で食べていた。そしてそこでも味わっていたのだ。
「美味しいな」
「左様ですか」
 給仕はそれを聞いて満足した笑顔を浮かべた。彼はシェフとは個人的に親しい関係にある。だから友人が褒められたことは素直に嬉しいのである。
「ミルクだと何だ」
 クリシュナータは言った。
「入れ過ぎると甘ったるくなってしまうな。だがこれは違う」
「はい」
「薔薇の味が支配している。その甘みも感じられるな」
「砂糖の甘みだけではなく」
「そうだ。そして薔薇の香りもする」
 デザートは甘みだけではない。香りも必要なのだ。彼はそれがよくわかっていた。だからこそそれについても言及したのであった。
「非常にいい。合格だ」
「それを聞くとシェフも喜びましょう」
「ただ一つ気になることがあるな」
「それは」
 給仕はそれを聞いて少し不安な顔になった。
「いや、このパディは紅い薔薇を使っているな」
「はい」
「だから紅い。だが他の薔薇を使ったらどうなるかな」
「そうですね」
 彼はそれを受けて考え込んだ。
「当然黄色い薔薇ですと黄色く、白い薔薇ですと白くなります」
「面白いのは白い薔薇を使った場合だな」
 クリシュナータはそれを聞いてそう述べた。
「それでは一見すればミルクを使った場合と変わりがないな」
「あっ、そうですね」
 給仕はそれを聞いて顔を上げた。
「それはそれで面白いかも」
「一見すると見分けがつかない。食べてみないとわからないということだ」
 後にここからマウリアであることわざが誕生する。
『ミルクのパディと白薔薇のパディを間違える者は嫁選びも間違える』
 と。外見だけではわからないということである。
 実際に作ってみて、本当にそうであった。だが味は全く異なる。だからこそことわざになったのだ。ミルクと薔薇では味も香りも異なる。非常に印象的なことわざであった。
「今度は白薔薇のパディも食べてみたいな」
「はい」
「シェフに伝えてくれ。ミルクのパディと一緒に頼むと」
「わかりました」
 食事の後のほんの一場面であったが、これでことわざが一つ誕生した。こうしたものは思わぬ場所で生まれたりするものである。
 食事が済むとクリシュナータは執務に戻った。既に重要な情報が一つ彼のところに届いていた。
「ふむ」
 見ればサハラに関することである。シャイターンの動きが水面下で活発化しているらしいとのことである。
「シャイターン主席がか」
 彼はそれを見て呟いた。電子メールはマウリアの諜報部からのものであった。彼等はかなりの数の諜報員をサハラ各国に送り込んでいるのだ。当然内密に、であるが。
「まだ戦える時ではないと思うが」
 それはシャイターン自身が最もよくわかっている筈だと思っていた。だがこの時に何故。クリシュナータは首を捻った。そしてテレビ電話のスイッチを入れた。それから諜報部に電話を入れた。
 
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