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星河の覇皇

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第十二部第四章 青い薔薇その五


 しかし首都を移転するとなれば話は大きくなる。慎重に議論していかなければならない。だから彼は今は口を開かなかった。そして状況を見守っていた。
「また動くことになると思うが」
「はい」
 それはマルヤムもわかっていることであった。
「留守は頼むぞ」
「留守を守るのは妻達の務めですから」
 マルヤムもまたサハラの女である。彼女はその言葉に対して頷いた。
「お任せ下さい」
「わかった。ではその時は頼む」
「はい」
 その件についての話が終わると今度は別の話になった。アッディーンは妻と他愛のない話に移った。こうして二人は夜を静かに過ごしたのであった。
 青い薔薇はサハラにだけあるのではない。当然のように人類社会の至る場所に存在する。エウロパにもあれば連合にもある。そしてマウリアにも存在するのだ。
 薔薇はマウリアにおいてはヴィシュヌの花とされている。三大神の一人であり調和を司る神である。彼はかってブラフマーと口論したことがある。どの花が最も美しいか、ということで。
 ブラフマーは言った。
「蓮こそが最も美しい」
 と。蓮は彼の花であった。だがヴィシュヌはそうではないと主張した。
「薔薇こそが最も美しい」
 と。二人はかなり長い間議論をしていたがやがてそれぞれの花を見て結論を下すことにした。まずはブラフマーが自分の花を見せた。自身の宮殿にある池を見せたのであった。
「どうだい、この蓮は」
 彼は誇らしげに蓮を見せた。そこには赤や白の無数の花々が咲き誇っていた。ブラフマーは得意になって胸を張った。これ以上のものはないという絶対の自信からであった。
 だがヴィシュヌは落ち着いていた。彼はその蓮を見ても平然としていた。
「確かにこの蓮は美しい」
「そうだろう」
「だが私の薔薇の方が美しい」
「貴方はまだそれを認めないのか」
 ブラフマーはそれを聞いて四つの顔を顰めさせた。
「強情を張るのは貴方らしくないぞ。シヴァでもそんなことはしない」
「ははは」
 ヴィシュヌはここでシヴァの名が出たので思わず笑ってしまった。
「彼は確かに頑固なところがありますが強情ではありませんな」
「しかし今の貴方は強情だ」
 一説にはこのブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァは同一の神だとされている。彼等はそれぞれの役割に応じてその姿を変えているに過ぎないのだと。
「違うだろうか」
「私は自分を強情な者だと思ったことはないよ、友よ」
「ではそれだけ自信があるということだな」
「そうだ。では今度は私の宮殿に来てくれ。綺麗な花を見せてくれて有り難う」
「ああ」
 こうして二人の神は今度はヴィシュヌの宮殿に向かった。目的は決まっていた。ヴィシュヌの勧めるその花を見る為であった。彼は道中自信に満ちた笑みを浮かべ続けていた。
「これだ」
 ヴィシュヌは宮殿の庭に着くと一本の木を指し示した。それは薔薇の木であった。
「これが」
 見ればごく普通の木であった。棘がある以外は何の変わりもない、何処にでもあるような木であった。ブラフマーはそれを見て四つの顔を怪訝そうな顔に変えた。
「ヴィシュヌ」
「言いたいことはわかっているよ」
 ヴィシュヌはそう言って笑った。
「だが少し待っていてくれ。貴方に見せたいのだから」
「私にか」
「そうだ。いいかな」
「わかった」
 ブラフマーはそれに従い待った。すると香りが漂ってきた。芳しい、薔薇の香りであった。その香りを嗅ぐだけでブラフマーは不思議な気持ちになった。
「何と素晴らしい香りだ」
「香りだけではないよ」
 恍惚とするブラフマーに対してにこりと微笑む。
「見るんだ、あれを」
 また木を指し示した。
「じっくりと」
 ブラフマーはそれに従う形で薔薇の木に注目した。すると蕾が次々に出て来た。様々な色をした蕾達であった。
 それ等が徐々に咲く。そして夜空の月の様に白い薔薇や紅の薔薇が咲き誇った。木だけではなかった。庭全体が、二人の周りも薔薇達に囲まれていた。
「どうかな、薔薇は」
「素晴らしい」
 ブラフマーは思わず感嘆の声を漏らした。
「この世で最も美しい」
「やっとわかってくれたか。薔薇の美しさが」
「ああ。蓮も綺麗だが薔薇はさらに綺麗だ。この世で最もな」
「これが薔薇の美しさだ。薔薇は一つの場所にだけ咲くのではないのだ」
 ヴィシュヌは語った。
「この世のあらゆる場所に咲く。そしてその美しさと香りで世を覆うのだ」
「そうだな」
 二人の神は何時までもその薔薇達を眺めていた。マウリアに伝わる薔薇の話である。
 この話から薔薇がマウリアにおいても愛されていることがわかる。古い時代からマウリアにおいては重要な花の一つであったのだ。
 
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