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愛の妙薬

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第一幕その八


第一幕その八

(もう少しで彼女の心は僕のものなんだ。明日にその心は僕のものだ)
 彼はそれを信じていた。だからこそ強気なのだ。
「明日には綺麗さっぱり忘れているだろうね」
 ネモリーノは得意そうに言った。
「明日には!?」
 アディーナのその顔に一瞬だが夜叉の顔が浮かんだ。だがそれはあくまで一瞬のことであった。
「そう、明日には」
 ネモリーノはそれに気付かなかった。もし気付いていれば臆病な彼がどれ程恐れたことか。
「本当なのね!?」
 アディーナは顔を見上げて彼を問い詰めた。
「そうだよ」
 ネモリーノはわざとすげない様子で答えた。
「信じていいのね、その言葉」
「僕が嘘を言ったことがあるかい?」
 ネモリーノはやはりすげない様子である。
「ふうん」
 彼女の顔に次第にその夜叉の面が浮かび上がってくる。しかしそれは何とか気付かれる域にまで持っては行かない。浮かび上がらないように苦労していた。
(どういうつもりなのかしら、本当に)
 アディーナの怒りは募る一方であった。
(ここまで頭にきたのは本当に生まれてはじめてだわ)
 彼女はこれまでにない怒りで身体を震わせていた。だが彼女は怒りのあまり一つのことに気付いていなかった。
 自分が何故これ程までに怒りを覚えるのか。それについては思いが至らなかった。頭の回転の早い彼女であるが怒りのあまりそこまで考えがとても至らなかったのだ。
「ネモリーノ」
 強い声であった。
「な、何だい!?」
 その声に気の小さい彼は震え上がってしまっている。
「本当に明日までなのね」
「う、うん」
 逆に彼の方が小さくなってしまっている。
「そうしたら僕は楽になるんだよ」
(君を手に入れることができてね)
 この心の言葉は当然アディーナには聞こえはしない。だから彼女の攻撃はさらに意地の悪いものとなるのであった。
「わかったわ」
 彼女は意地悪そうに微笑んだ。
(見ていらっしゃい、目にもの見せてくれるわ)
(落ち着け、ネモリーノ)
 ネモリーノはそれに対して自分を落ち着かせるので精一杯であった。
(明日になれば御前は彼女の心を手に入れているんだぞ)
 そう自分に言い聞かせながら落ち着きを取り戻した。
「それで明日には・・・・・・」
 だがその声はまだ震えていた。
「明日には、何!?」
 アディーナは怖い声で問い詰めてきた。
「それは・・・・・・」
 ネモリーノは弱る。アディーナはさらに詰め寄ろうとする。だがそこにもう一人役者が姿を現わした。
「この村は可愛い娘がいていいが」
 見ればベルコーレであった。
「どうも身持ちが固いな。やはり田舎の娘は攻めにくい」
 どうやら村の娘達に言い寄って惨敗続きであるらしい。口を尖らせて不平を呟いている。
「あら」
 アディーナは彼の姿を見て顔を明るくさせた。
「丁度いい時に」
 ここで咄嗟に閃くものがあった。
 ネモリーノを見た。彼が出てきて急に不機嫌になっている。
(決まりね)
 そう思ってほくそ笑んだ。そしてベルコーレに顔を向けた。
「ねえ軍曹さん」
「何だい?」
「戦いの状況はどうかしら」
「思わしくないね。負け続きさ」
 彼は力なく笑って答えた。
「すぐに挽回できると思うけれどね」
「今にも?」
 アディーナは意味ありげに問うた。
「機会があればね。ただしその機会がないんだよ」
 ここで彼女に目を向けた。
「機会がね」
 何を言わんとしているかは明白である。アディーナにとって僥倖であった。
「それがここにあったら?」
 横目でネモリーノを見ながら問うた。
「えっ!?」
 ネモリーノはその言葉に一瞬我を失った。
「どれだけ貴方がここにいられるかが問題だけれど」
 ネモリーノは必死に動揺を隠しながらベルコーレの次の言葉に耳を澄ませた。
「どれだけかい」
「ええ。どれだけ?」
「一週間程だね」
「一週間ね」
 アディーナは頷きながらネモリーノを見る。だが彼は完全に落ち着きを取り戻していた。ケロリとしている。
(おかしいわね)
 アディーナは首を傾げた。それはベルコーレも気付いていた。
(この二人もしや)
 ネモリーノとは違いこういうことの経験は多い彼である。事情はいささか読めてきた。
(俺は当て馬かも知らんな)
 そう考えたがそれは顔には出さなかった。そしてアディーナに問うた。
「一週間あれば充分だと」
「わかったわ」
 アディーナはそれに頷いた。ネモリーノを見るとまだ平気である。
(一週間か。驚いて損したよ)
 ネモリーノは薬のことが頭にある。だから余裕を持っている。しかしアディーナはそんなことは知らない。だから余計に焦っているのだ。
 
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