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チェネレントラ

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第一幕その二


第一幕その二

「この我等が王子ドン=ラミーロ様がお妃様を探しておられます」
「はい、それは御聞きしております」
「その花嫁候補を選ぶ舞踏会を王宮で開くことになりました。それで皆様を王宮へご招待することになりました」
「まあ、それは」
「何という幸せ」
 いささか儀礼的な喜びの声であった。貴族社会に付き物と言えばそれまでであるが。
「皆様にはその舞踏会で歌って踊って頂きます。その中でとりわけ美しい方が王子様の花嫁、そして将来の王妃様となられるのです」
「王妃・・・・・・。何と光栄な」
「王子様が直々に選ばれるのですね」
「はい」
 大男は答えた。
「こちらにも来られていますよ」
「それは本当ですか!?」
「ええ、間も無く来られます」
「それは大変」
 二人はそれを受けて顔を見合わせた。それから大男に対して言った。
「少しお時間を頂けますか」
「王子様にお目通りする為の身支度をして参ります」
「どうぞ」
 彼はそれを認めた。すると二人は急いで衣装部屋に駆け込んで行った。それを開かれた扉の奥から見ている男がいた。先程の老人である。
「ふむ」
 彼は二人の様子を見ながら頷いていた。
「あの二人は止めておいた方がいいだろうな」
 ティズベとクロリンダを見ながらそう呟いた。
「コメディアンになるならともかくな。むしろあの貧しい身なりの娘の方がいい」
 先程パンとコーヒーを手渡してくれたチェネレントラに思いを巡らす。
「頭の中に鍛冶炉があって槌を打っている者達より遥かにいい。さて、これからどうなるか」
 今度は大男を見る。
「彼等には仕事をしてもらおう。さて、わしは」
 ここで奥に引っ込んだ。
「着替えるとしよう。そしてまた一仕事だ」
 それから姿を消した。屋敷の中では騒ぎが続いていた。
「ねえチェネレントラ」
「はい」
「この帽子どうかしら」
「いいと思いますよ」
「ねえチェネレントラ」
「は、はい」
「この靴はどうかしら」
「凄くいいと思いますよ」
「ねえチェネレントラ」
「ねえチェネレントラ」
 彼女達は衣装部屋の中で帽子や靴だけでなく羽飾りにネックレスも出しながらチェネレントラに問う。チェネレントラは二人の間を駆け回りながらそれに対応する。額に汗をかき必死であった。それが終わると二人の姉は胸を大きく張って衣裳部屋から出て来た。
「これでいいわ」
「完璧ね」
 二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「王子様は私のものよ」
「あら、それはどうかしら」
 二人は互いを見つつ悠然と微笑んだ。だがその微笑みもやはり気品はない。何処かしら面白さと滑稽さが漂っているのである。
「ふう」
 チェネレントラはその後ろにいた。疲れたのか溜息をついている。だが姉達はそんな彼女にまた命令した。
「ねえチェネレントラ、これを」
 クロリンデが懐から何かを取り出してチェネレントラに手渡した。
「あちらの方に。いいわね」
 見ればお金であった。半スクードある。実はお金はあったのだ。大男を指差しながらそう指示をする。
「わかりました」
 チェネレントラはそれに従いお金を大男に渡しに行く。そこに髭の老人が出て来た。
「貴方は」
「この方が我々の長でございます」
 大男は恭しくそうチェネレントラに言った。老人はにこりと頭を下げて微笑む。チェネレントラは彼の顔を見てはたと気付いた。
「貴方は」
「まあまあ」
 彼は右目を瞑って微笑んで彼女に対して言った。口の前に右の人差し指を縦にして置く。
「ここは静かに、いいね」
「は、はい」
 チェネレントラは小声さ囁く彼に対して頷いた。
「明日になればいいことがあるから」
「いいことが」
「いずれわかるよ。さて」
 老人はそう言い終わると小声を止めチェネレントラに対して言った。
「有難うございます」
 そしてお金を受け取った。それから一行を引き連れて屋敷を後にした。
「またおいで下さいませ」
「うむ」
 二人の姉達の見送りを受けて去る。屋敷には三人だけとなった。
「明日」
 屋敷の中に残ったチェネレントラは老人の言葉を思い出していた。そして何があるのだろうと考えていた。だが何があるのか全くわからなかった。彼女は首を捻った。
「何なのかしら、私には全くわからないわ」
「ふう、やっと帰られたわ」
「やれやれね」
 だがその考えは中断された。二人の姉が屋敷の中に戻ってきたのだ。そして彼女達はまた言った。
「さあチェネレントラ」
 二人の姉は彼女に顔を向ける。
「リボンとマントを持って来て」
「はい」
 ティズベに言われて衣装部屋に向かう。
「私はクリームと髪油。とっておきのをね」
「は、はい」
 リボンとマントを持って来るとすぐに化粧部屋に駆け込む。
「ダイアモンド」
「はい」
「私はサファイア」
「わかりました」
 慌しく駆け回る。そして持って来た物を姉達に手渡す。大忙しであった。
「それにしても御父様は遅いわね」
「ええ」
 とりあえず着飾った姉達は汗をかくチェネレントラには目もくれずそう話していた。
「このことを早くお知らせしないといけないのに」
「それは私がやるわ、姉さん」
 クロリンデが言った。
「何言ってるのよ、私が言うわ」
 だがティズベはそれに反対した。
「私がお姉さんなのよ。忘れないでよね」
「あら、姉さんに大仕事をやらせるなんてできないわ」
 しかしクロリンデはそう言って反論した。
「妹は姉の役に立つものですから」
「何言ってるのよ、いつもぐうたらしてるくせに」
「それは姉さんの方じゃないかしら」
「言ってくれるわね、全く」
「おほほ」
 そんな話をしていると扉が開いた。そして大柄で顔の細長い老人が入って来た。髪は白く目は黒い。その髪型と服装から貴族であるとわかるがどうにも品がない。細長い顔は何か馬にも似ているし目にも厳しさはなく俗っぽさとひょうきんさが漂っている。顔にもしまりがなく少し赤い。何処かの酔っ払いにも見える顔であった。
「ふうう」
 彼は溜息をつきながら屋敷の中に入って来た。
 
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