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チェネレントラ

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第一幕その一


第一幕その一

                  第一幕 邸宅にて
 大きいが随分古い家があった。どうやらかっては立派な邸宅であったようだが今ではその面影を残すのみである。樫の木の扉も何か古ぼけている。一見では幽霊屋敷に見えなくもない。とにかく古い家であった。
 だが中には人がいた。そこでは二人の年頃の少女の声がしていた。
「ステップはこうよ」
「いえ、こう」
 見れば二人の少女がステップを踏みながら話をしている。暖炉の前で身体を軽快に動かしながら話をしている。赤い髪の少女と茶色の髪の少女だ。二人共顔は中の上といったところか。悪くはないが特にいいというわけでもない。ありふれた顔といえばそうなる。
 服はわりかし華やかである。それを見るとこの二人が一応身分のある家の者であることがわかる。だが今一つ気品といったものがない。二人共どちらかというとコメディアンに近い雰囲気であった。顔からではなくその仕草や言葉がそうなのであった。
「ティズベ、それは違うわ」
 赤い髪の少女が茶色の髪の少女に言う。
「ステップはこうなの」
 そしてステップを踏む。だが名を呼ばれた茶色の髪の少女は顔をムッとさせて赤い髪の少女に反論する。
「クロリンダ姉さん、違うのは姉さんよ」
 彼女もステップを踏む。見ればそれぞれ動きが微妙に異なっている。妹の方が軽やかだが姉の方が優雅だ。年の差であろうか。
「こうなのよ」
「だから違うって」
 二人はそんな話をしている。その後ろの暖炉を掃除する一人の少女がいた。灰にまみれ粗末な服を着ている。金色の髪も灰にまみれているが波がかり元は美しいのがわかる。その顔も化粧気がなく灰に汚れているがやはり整っている。とりわけ青い瞳が美しい。
「昔一人の王様がおられました」
 彼女は歌を唄っていた。やや低めの声である。低いがその声自体は綺麗で軽やかであった。
「王様はお妃様を探しておられました。ご自身で探され三人の姉妹の中から一人の少女を選びました」
 彼女は掃除をしながら歌を続ける。歌は軽やかに流れている。
「贅沢がお嫌いな王様は純真で清らかな娘を選ばれました。そして二人で何時までも幸せに暮らしました」
「ちょっとチェネレントラ」
 二人の少女はその灰を被った少女に顔を向けた。
「その唄の他に何かないの?もう聴き飽きたわ」
「そうよ。あんたはその唄が好きみたいだけれどね。あたし達はあんまり好きじゃないのよ」
「けれど私は」
 チェネレントラと呼ばれたその少女は二人の声を受けてゆっくりと顔を上げた。
「この唄が一番好きだから」
「だから唄うのね。やれやれ」
「他の唄覚えたら?何か明るいのがいいわ」
「けれど私は姉さん達と違って」
「末っ子だから、っていうのはなしよ」
 クロリンダがここでこう言った。
「それとこれとは関係ないわよ、唄とは」
 ティズベも続く。二人共不機嫌を露わにしていた。そして妹に対して言葉を続ける。
「大体あんたが家事をやるのも仕方ないでしょ、末っ子なんだし」
「それもお義母様の連れ子だったんだし。それでも家に置いてもらっているんだから文句言わない」
「はい」
 チェネレントラは姉達にそう言われ仕方なく俯いた。
「それにあたし達が王子様と結婚できたらあんたにもいいことがあるのよ。それはわかってるでしょ」
「そうそう、あんたも王妃様の妹君、それは忘れないでね」
「はい」 
 やはり力なく頭を垂れる。ここで玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。
「あら、誰かしら」
「チェネレントラ、出て」
「はい」
 チェネレントラは姉達に言われて出る。見れば貧しい身なりの老人であった。
「あの」
「何でしょうか」
 チェネレントラはその老人に尋ねた。別に侮蔑の目で見てなどはいなかった。
「お恵みを」
「あ、駄目よチェネレントラ」
 二人の姉が後ろから言った。
「うちにはあまり余裕ないから。いいわね」
「けど」
「どうしてもっていうんならあんたの渡しなさいよ、いいわね」
「わかった?」
「ええ」
 彼女は頷くとまず自分の部屋に戻った。そして一杯のコーヒーと一片のパンを持って来るとその老人に手渡した。
「少ないですがこれを」
 そしてそのパンとコーヒーを手渡した。老人はそれを受け取るとチェネレントラを驚きと喜びの顔で見た。
「本当に宜しいのですか?」
「はい」
 彼女は頷いて答えた。
「是非お食べ下さい」
「それでは」
 彼はそのパンとコーヒーを食べ、飲みはじめた。そしてコーヒーカップを彼女に返した。
「有難うございます。おかげで助かりました」
「いえ、いいです。御礼なんて」
 だがチェネレントラは微笑んでそう言った。
「困っておられる方をお助けするのは当然ですから」
「そうですか。何とお優しい」
 老人は感動したような声を漏らした。しかしここでまた後ろの姉達が言った。
「チェネレントラ、私達も困っているんだけれど」
「ちょっとドレス持って来て」
「あ、はい」
 それを受けて衣装部屋に向かう。扉は閉められ老人は何処かへ消えたと思われた。その時であった。
 派手な行進曲が流れてきた。そしてそれは家の前で止まった。それから玄関の扉が開けられ大勢の制服を着た者達が入って来た。
「ドン=マニフィコ様のお屋敷はここでしょうか?」
 先頭にいる一際大きな男が言った。
「あ、はい」
「そうですけど」
 二人の姉が出て来た。そしてその大きな男に恭しく頭を垂れた。
「ようこそ、我が屋敷に」
「はい」
 大男も頭を垂れた。
 
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