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チェネレントラ

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第三幕その一


第三幕その一

                  第三幕 謎の姫
 宴が終わった後もマニフィコ達は屋敷に帰らず宮殿に留まっていた。そしてその中の一室で話し込んでいた。
「ううむ」
 マニフィコはウロウロと歩き回りながら考えていた。顎に手を当てて考える顔をしている。
「御父様、まだ考えておられるの」
「何かおわかり?」
「わからぬな」
 彼は娘達にそう答えた。
「やはり似ておる。しかしだ」
「ええ」
「チェネレントラの筈がないし」
 それは二人にもわかっていることであった。
「どう考えても有り得ないわよね」
「そうよ。あの娘は今も家にいるのだから」
「そうじゃ。だがあまりにも似過ぎておる」
「それはそうだけれど」
「そして問題はそれだけではないのじゃ」
「それは何でして?」
「わかっておらんのか。鈍いのう」
「何を?」
 だがそれでも二人は気付いていないようであった。マニフィコはそんな娘達を見ながら溜息をついて答えた。
「やれやれだ」
 そして語りはじめた。
「殿下が御前達ではなくあの女に気が向くのかも知れんのだぞ」
「まさか」
 だが二人はそれを笑い飛ばした。
「そんな筈はないわ」
「そう思うのか、本当に」
 ここで娘達を問い詰める。そう言われると彼女達も流石にドキッとした。
「ええと」
「あまり自信が・・・・・・」
「そうじゃろうな。当然じゃ」
 マニフィコはそれを聞いてようやく厳しい顔で頷いた。
「わしもあれ程美しい貴婦人を見たことがない」
「ええ」
「勝てると思うか」
 二人共それには答えられなかった。マニフィコは言葉を続ける。
「そういうことじゃ。それにしても似ておった」
「そうよねえ」
「仕草まで」
「物を食べる動作や飲む動作までな。どう見てもチェネレントラじゃ」
「ええ」
「けれどねえ」
「繰り返さなくともよい」
 マニフィコはここで娘達が言うことがわかっていたのでそれを止めた。
「言わずともわかっておるわ」
「それなら」
「本当にな。まあ別人じゃろう」
「けれどもし」
「本物だったとしたら」
「だからそれを言うなと言っておろうが」
「はい」
「要は御前達のどちらかが殿下の妃になればよいのだからな」
「それならお任せあれ」
 先程の言葉は何処へ行ったのか二人は胸を張ってそれに応えた。
「しかし今」
「御父様」
 二人は自信に満ちた顔で父に対して言った。
「殿下はもう私の虜よ」
「いえ、私の」
 そして例によって張り合いはじめた。
「だって私の顔を見て溜息をついて下さっているのですから」
「あら、私には笑顔よ」
「溜息の方が深いわ」
「笑顔の方が喜ばしいわ」
「まあ待て」
 言い争いをはじめた娘達を離した。それから話を聞いた。
「つまり二人共に気があるのじゃな」
「つまりそういうことね」
「あとはどちらか選ぶだけかも」
「ほっほっほ」
 マニフィコはそれを聞くと上機嫌で笑いだした。
「それはよいことを聞いた」
「そうなの?」
「そうじゃ。つまりわしの娘が殿下の妃になるのは確実じゃからな。これはよいことじゃ」
「言われてみれば」
「そうなるわね」
「一方が溜息、一方が笑顔」
 彼はまた言った。
「どちらにしても幸福が待っておるわ」
「じゃあ私達にも」
「幸福が待っているのね」
「その通りじゃ」
 彼は娘達に笑顔でそう答えた。
「今の我が家の惨状は知っていよう」
「はい」
 二人はそれを聞くと暗い顔になった。
「借金まみれで家にある物はあらかた質屋行きになっておる。わしの長靴までな」
「そうよね」
「私達のものだってそうだし」
「だがそれももう少しの辛抱、借金は消えてなくなろう」
「そうよね」
「お妃になるのだから」
「逆にわしのところには嘆願書の山が来るであろうな。それこそが我が望み」
 話しているうちに機嫌がよくなってきた。そして言葉を続けた。
「よいな、父を見捨てるでないぞ」
「ええ」
「勿論よ、御父様」
「それさえわかっていればよい。ううむ、見える、見えるぞ、誰も彼もがわしのところにやって来るのが」
 さらに続ける。
「お妃様にとりなして下さいと。チョコレートや金貨を持って来てな。話しておきましょう、と答えるともうそこには香水と化粧で武装した貴婦人が立っている。銀貨を持ってな」
 取らぬ狸の皮算用に耽っていた。しかし彼はそれには気付かない。
「それにもまあ宜しいでしょうと返す。休んで目を開けるとベッドの周りにはわしに頼みごとをする者達の行列が取り囲んでおる。引き立てに罪の許し、就職口、入札に教授になりたいだの鰻の漁、そして嘆願書に囲まれるのじゃ。陳情書もあるぞ」
「何て素晴らしい」
「黄金みたい」
「黄金か」
 すぐにその言葉に反応した。
 
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