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仮面舞踏会

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第二幕その五


第二幕その五

「彼は私の最も誠実な友人なのだから。そしてこの国で最も立派な人間だ」
「いえ、そのような」
 だが伯爵はその言葉には謙遜した。
「私は只の下僕ですから」
「下僕などではないよ」
 王はにこりと笑ってそれに返した。
「君は私にとって大切な友人だ。そしてここにいる皆も」
「何と有り難い御言葉」
「それがスウェーデンを誤らせているのだ」
 多くの言葉はその言葉に感動するが彼等はそうではなかった。
「啓蒙思想なぞ」
「下らないものを」
 彼等はあくまでかつてのスウェーデンを望んでいた。武を重んじるスウェーデンを。そしてフランスかぶれと思っている王を許すことができなかった。スウェーデン独自のものこそが彼等にとって絶対であったからだ。
「それに貴方は一つわからなかったことがある」
 王は次に夫人に顔を向けてこう言った。
「それは」
「貴方自身のことだ。貴方は自分がどうなりそうだったか御存知ないようだ」
「何かあったのでしょうか」
「追放されるかも知れなかったというのに」
「そうだったのですか」
 だが彼女はそれを聞いても驚きはしない。それには理由があった。
 彼女は自分の未来のこともわかっていた。そこに追放というものはなかったのである。だから驚きはしなかったのである。
「まあそれはなくなったよ」
「はあ」
「これは占ってもらった謝礼だよ。どうぞ」
 そう言って財布ごと彼女のテーブルの上に置いた。
「どうぞ」
「気前のいいことで」
「謝礼は弾む主義でね。気にしないでくれ」
「有り難うございます」
(ですが)
 彼女はここで心の中で呟いた。
(この中にこの方の命を狙っている者がいる。少なくとも二人)
 それがホーン伯爵とリビング伯爵のことであるのは言うまでもない。
(いや、三人か。それは)
 そこである人物の顔を見た。だがそれは彼女以外にはわからないことであった。
(難は避けられない)
 そして目を離した。そうした一連の動きに気付く者は誰もいなかった。
 占いが終わると急に洞窟の入口が騒がしくなってきた。皆それを見て何事かと思った。
「どうしたんだ、一体」
「陛下がここにおられるのか!?」
「そうだ、その通りだ」
 多くの声に混ざって先程士官になったばかりのクリスティアーノの声が聞こえていた。
「ここにおられる、間違いない」
「やはり」
「だが何処に」
 二人の伯爵はそれを聞いて身構えた。だがそれより早く水兵達が洞窟の中に入って来た。その中の一人が王が若い漁師に変装していることを見抜いた。
「あの方だ」
「間違い無いな」
「ああ」
 彼等は頷き大挙して漁師の服を着た王の前に跪いた。
「ようこそ、こちらへ」
「僭越ながら御顔を拝謁に参りました」
 皆を代表してクリスティアーノが挨拶をした。
「君はさっきの」
「はい、今しがた陛下に少尉にして頂いた者です」
 彼は顔を上げてそれに応えた。
「それは当然のことだよ」
 王は言葉を返した。
「当然のこと」
「そう。君は武勲を挙げたのだから。それに報償があるのは当然のことだ」
「有り難き御言葉」
「ここにいる全ての者がそうだ」
 そして王はまた言った。
「功績があればどんな者でもそれに相応しいものを手に入れられる。これからのスウェーデンはそうした国になることを今ここに約束しよう」
「陛下によって」
「いや、神の御力によって。私はその僕なのだから」
 王はそれには少し下がった言葉を述べた。
「神によりこの国は導かれている。栄光に向かって」
「そしてその中心には陛下が」
「戯れ言を言うのもいい加減にした方がいい」
「全くだ」
 二人の伯爵は忌々しげにまた言った。
「このままいくとスウェーデンは破滅するぞ」
「破滅に向かって突き進む気か」
「では我等はその神の僕である陛下の為に」
「この命を捧げましょう」
「有り難う。私の命は君達と共にある」
「だが用心は必要だ」
 それでもアンカーストレーム伯爵には油断というものがなかった。いささか堅苦し過ぎる程であった。
「不幸や災厄といったものは幸福や栄光の陰に潜んでいるもの」
 思慮に耽りながら呟く。
「やはり陛下の御身の警護は続けよう」
「こんなに素晴らしい方なのにですか?」
「素晴らしい方だからこそだ」
 伯爵はオスカルにこう応えた。
「いいな。何かあったら私に知らせてくれ」
「わかりました」
 二人は頷き合う。人々が王を讃える中で深刻な顔になっていた。
 そして深刻な顔になっていたのは彼等だけではなかった。夫人もまた深刻な顔になっていた。
「命は皆と共にある」
 だが彼女は首を横に振って溜息をつきそれを否定する。
「それは違います。陛下、貴方の御命は」
 ここでアンカーストレーム伯爵の顔をチラリと見た。それからまた呟いた。
「もうすぐ尽きます」
 だがそれは誰にも聞こえはしなかった。全ては暗転しようとしていたのであった。
 
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