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仮面舞踏会

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第五幕その四


第五幕その四

「若し運命ならば逃れられはしない」
「陛下」
「それよりも私達はこれで別れなければならない」
「その前に」
「これ以上言うことはない。それじゃあ」
 夫人の前から去ろうとする。その時後ろから声がした。
「これで終わりだ」
 何者かが呟いた。
「天の裁きを受けるがいい」
 アンカーストレーム伯爵であった。彼は王が振り向くより早く懐から拳銃を抜いていた。
「死ね」
 そして撃とうとする。その時振り向いた王と彼の目が合った。
「君か」
 王は目でこう言った。
「ならばいい」
 そしてまた目で言った。
「撃つのだ。それが運命なのだから」
「クッ」
 伯爵はそれを見て躊躇いを見せた。引き金を引こうとする指が強張った。
 だが何者かがその指を動かしてしまった。それは何の力によってであろうか。それが運命の力であったのかも知れない。あの占い師が予言した運命、それが二人を無慈悲に導いているのだとしたら。今この時の惨劇は逃れられは出来ないものであったのだ。
 撃たれた。それは一瞬で王の胸を貫いた。薔薇色のリボンは今度は鮮血に染まった。そして王はゆっくりと後ろに倒れていく。伯爵はそれを半ば呆然と眺めているだけであった。
「大変だ!」
 すぐに叫び声があがった。
「誰かが撃たれた!」
「誰だ!」
「私だ」
 王は弱っていながらもまだ威厳を保った声で答えた。
 そして仮面を取り自分の顔を見せた。皆それを見て色を失った。
「陛下・・・・・・!」
「まさか、そんな」
「撃たれた。けれど」
「下手人は誰だ」
「あいつだ!」
 その場に立ちつくすアンカーストレーム伯爵を指差す。
「あいつがやったんだ」
「早く捕まえろ」
 そう言い合って伯爵を捉える。そしてその仮面を剥いだ。するとまた驚くべきことがわかった。
「伯爵!」
「どうして貴方が」
「私は許せなかったのだ」
 伯爵は沈んだ声で呟いた。
「王が」
「君の言いたいことはわかっている」 
 王は胸を血に染め、弱々しい声でこう述べた。
「彼女のことだな。そうだろう」
「・・・・・・・・・」
「まずは彼を放してやってくれ」
「えっ、しかしそれは」
「いい。放してやってくれ」
 王の命令ならば仕方がなかった。皆それに従った。
「わかりました」
「それでは」
「最後にもう一度私の大切な友人に戻ってくれ」
 王は放された伯爵に対して言う。伯爵の後ろにはホーン伯爵とリビング伯爵がやって来た。
 王の側には夫人とオスカルが。それぞれいた。
「彼女のことだが」
 王は夫人を指し示して伯爵に対して言った。
「彼女は純潔だ。神に誓ってもいい」
「神に誓って」
「そうだ。私はこれで死ぬ。嘘をつくことはない」
「嘘を」
「私が嘘をついたことがあるかい?」
「いえ」
 彼はそれを否定した。
「そうだろう。では私の言うことはわかるね」
「はい」
 そして頷いた。今彼は再び王の言葉を聞く気になれたのであった。
「私は彼女を愛した。だが純潔は汚さなかった」
 王は言う。
「それが真実だ。そして私は君達を遠い国に送るつもりだった」
「異国に」
「大使としてな。そしてもうそれは決定している」
「そうだったのか・・・・・・」
「何故それを私達に」
「言おうとした。だが」
 この結果になった。全ては無慈悲な運命のままに。
「もう全ては遅かったのだ。けれど君達は旅立ってくれ」
 二人に対して言う。
「遠い国へ。いいね」
「はい」
 二人は頷いた。赦されたのだ。
「陛下」
 オスカルが王に声をかける。
「もうこれ以上は」
「いや、いい」
 だが王はその制止を振り切った。
「私はもう助かりはしない。それはわかっている」
「そんな・・・・・・」
「だからよいのだ。ならば最後まで王として生きる。そして」
 その額に最後の汗が流れていた。
「王として死のう。今回の事件は全ての者を無実とする」
「全ての者が」
「これは運命だったのだから。そう、運命だった」
 あの占い師に誘われた運命だったのだ。人では逃れることのできない運命であったのだ。
「その運命のままだったのだ。何もかも」
「何と惨い運命か」
「人はそれに従うしかない。そして今私はそれに従う死ぬ」
 顔に浮かぶ死相がさらに強くなった。
「愛する民達よ、そして祖国スウェーデンよ」
 最後の言葉を口にした。
「さようなら。永遠に」
 そして目を閉じ頭を落とした。全てはそれで終わりであった。
「何と恐ろしい夜か。そして」
 皆呟いた。
「惨たらしい運命か」
 誰も運命からは逃れられはしない。王ですらも。そして皆その中で迷い、彷徨うのだ。それが人間の弱い心であり宿命であるのだから。


仮面舞踏会   完


                   2006・3・12
 
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