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仮面舞踏会

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第三幕その二


第三幕その二

「是非共。お願いします」
「わかりました」
 彼女はこくりと頷いた。そして怖る怖るその言葉を口にした。
「愛しています」
「私を!?」
「はい」
 彼女はまた頷いた。
「貴方を・・・・・・愛しています」
 そして言った。自らの偽らざる気持ちを今告白したのであった。愛する者の前で。
「愛しています、貴方は」
「何ということだ」
 王は自分の心が夢幻に支配されていくのを感じていた。
「まるでこの世から離れていくようだ。私は確かに今その言葉を聞いた」
 心が昇華されていくのがわかる。今彼はその中に心を漂わせていた。
「心が燃える。もう私には何の悔いもない」
「私も」
 夫人も言った。
「この言葉を口にしたから。もう思い残すことは何も」
「私を愛している」
「はい」
 彼女はまたしても頷いた。
「私も貴女を」
 王も言った。
「愛している。他の何よりも」
「陛下」
 二人は見詰め合った。
「もう他には何もいらない。私は貴女さえいてくれれば」
「私もです。陛下さえ御側におられれば」
 二人はそのまま自分達の世界に入ろうとしていた。このまま入ることになったであろう。だがそれは運命が、全てを司る神がそれを許しはしなかった。
「陛下」
 ここで男の声が聞こえてきた。
「あの声は」
「まさか」
 二人はその声を聞いて思わず声をあげた。
「主人が」
「いけない」
 王は咄嗟に彼女にヴェールを被せた。そして月の赤い光を頼りにこちらにやって来るアンカーストレーム伯爵を出迎えた。
「こちらにおられたのですか」
 伯爵は顔を強張らせて王の前にやって来た。
「一体どうしたんだ、こんなところまで」
「御救いに参りました」
 彼は一礼してそれに応えた。
「私をか」
「はい。何者かが陛下の御命を狙っております。それで」
 彼はやって来たのだ。王を救う為に。
「間に合ったようですな。心配しておりました」
「有り難う」
「そちらの女性の方も。御無事で何よりです」
「はい」
 夫人は震える声でそれに応えた。伯爵はそれが自分の愛する妻だとは知らない。
「闇夜の中刺客達が蠢いておりました。そしてこの墓場に向かっていたので」
「来てくれたと」
「はい。ここは危険です、今すぐ去りましょう」
 そう言いながら彼は自分のマントを脱いだ。
「私が身代わりになります。さあこれを」
「だがそれでは君が」
「構いません。どんな敵でも退けて御覧にいれます」
 彼は宮廷きっての剣の使い手でもあった。スウェーデンでも剣で彼の右に出る者はそうはいなかった。
「ですから。御安心下さい」
「わかった。そこまで言うのなら」
 王も彼の剣のことは知っていた。そしてその心も。ならばここでも彼の心を汲むことにしたのだ。
「頼もう。私は刺客達を引き受けます」
「うん、頼むよ」
 二人はマントを交換した。王はその後で伯爵に対して言った。
「こちらの女性だが」
「はい」
 夫人は震えていた。何時夫に自分のことがわかるかと気が気でなかったのだ。
「守って欲しい」
「わかっております」
 女性を無下にするような伯爵ではなかった。二つ返事で答えた。
「そして貴方も」
「私はいい」
 だが彼はそれを断った。
「私は一人で去ろう」
「ですがそれは」
「何、君のマントを羽織っているから。これで闇夜には誰かわかりはしない」
 その為にマントを換えたのである。これは当然であった。
「だから。安心して欲しい」
「しかしそれでは」
 それでも伯爵は安心してはいなかった。
「陛下が」
「私がいればそれだけ君の負担が増える」
 王は言った。
 
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