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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第二十八話 裏 (グレアム、クロノ、ユーノ)




 ギル・グレアムは自らの使い魔からの報告を聞いて悩んでいた。いつになく厳しい顔をしたグレアムの表情に報告した猫の使い魔であるリーゼアリアとリーゼロッテも心配そうな表情で見ている。

 グレアムが悩むのも無理はない。数年かけて行ってきた計画の根本が崩れ去ろうとしているのだから、悩まないわけが、慌てないわけがないのだ。もっとも、彼が表面上だけでも慌てた様子に見えないのは、グレアムの数十年という時空管理局での経験が生きているのだろう。

「それで、守護騎士たちが姿を消したのは本当なのか?」

「ええ、確認したわ。もう全員が姿を見せなくなって三日よ………」

 グレアムも最悪の事態を信じたくなかったのだろう。すがるように確認にいっていたアリアに確認を取るが、返ってきた答えは、無情にも肯定だった。おそらく、何度聞いても答えは一緒だろう。だから、グレアムは余計に頭を抱え込みたくなった。

 数年前から秘密裏に行ってきていた計画―――最悪のロストロギアの一つと言われる闇の書の封印。それがグレアムが秘密裏に行ってきていた計画だ。

 グレアムは時空管理局の中でも地位も名誉もある人間だ。ただ、年功序列の中を生きてきたわけではない。数々の誰もまねできない功績を積んで今の地位にいるのだ。しかし、グレアムが管理局内で英雄視されていることは、なにもいいことばかりではない。逆を言えば、目の敵にされやすいということであり、常に監視されているといってもいい。

 そんなグレアムが、闇の書を封印するためとはいえ、違法性の高い計画を遂行するのは非常に骨の折れる作業だった。幸いだったのは、今の闇の書の主が、彼の知り合いの娘だったことだろう。だからこそ、独自の調査で早期に彼女を発見でき、対策を練り、長期の計画を立てることができたのだから。

 だが、その計画も今では水泡に帰そうとしていた。

 グレアムの計画は、いよいよ本格的に始動した、というときに躓いたのだ。

 計画の通りならば、今頃は、闇の書の覚醒とともに現れる守護騎士たちが、闇の書のために魔力を集めているはずだった。本来であれば、もう少し早く始まる予定だったのだが、今回の主―――八神はやては、魔力を集めることをよしとしなかったため、蒐集の開始が遅れたのだ。

 もっとも、八神はやてが回収を命じないからといって、グレアムは今ほど慌てなかった。

 なぜなら、グレアムは知っていたからだ。はやての下半身の麻痺が、闇の書からの浸食であることを。ならば、主の幸せを考える守護騎士が闇の書の真の覚醒に向けて動かなはずはない。そう考えていた。そして、現実は、グレアムが考えた通りになっていた。あとは、彼らが時空管理局に見つからないように、見つかったとしても手助けをして、彼らに闇の書を完成してもらうのを待つだけだった。

 そのタイミングで、グレアムが開発した氷結の杖デュランダルで、凍りつかせ、次元のはざまというべき場所に封印する。それが、彼の計画だった。

 だが、その肝心要の守護騎士による蒐集が不可能になった。数日前に何者かによって、守護騎士が壊滅させられたからだ。

 最初は、その報告を聞いてもあわてなかった。闇の書の守護騎士たちは、闇の書のプログラムであり、システムである。つまり、闇の書が存在する限りは、今の主から転生しない限りは、彼らは、いくら倒したとしても復活するのだ。そう、そのはずだった。少なくとも11年前のあのときも、時空管理局に眠っていた無数の資料からも確認されている。

 だが、今回は違った。復活が確認されない。二日も、三日も経っても、守護騎士たちの影も形も見えない。いったい、どうやったらそんなことができるのだろうか。時空管理局が長年やれなかったことをやってのけた人物はいったい誰なのだろうか。

 生憎ながら、守護騎士たちが消えた場所では、結界が張られており、リーゼアリアとリーゼロッテの腕前をしても、その結界内部に侵入することはできず、結界が解けたころにはすべてが終わっていた。場所が地球だということはわかっている。しかし、守護騎士を倒し、なおかつ、完全に闇の書から消せるような力を持った魔導士などグレアムは知らない。

 しかし、守護騎士たちが姿を消したことは覆しようのない事実なのだ。ならば、それを受け入れるしかない。

「父様……どうするの?」

 不安げにリーゼアリアが尋ねてくる。そう、現状は理解した。ならば、次の一手を考えなければならない。

 確かに守護騎士が全員いなくなるなど想定外もいいところだ。しかし、計画とは、常に順調にいくとは限らない。そのため、いくつかの例外処理を作っておくものだ。もっとも、今回のことはグレアムが想定していたいくつものパターンから外れるものであり、想定外なのだが。しかし、それであきらめるはずはない。時空管理局で働いていれば、このような想定外は日常茶飯事と言っていい。そこからの判断が、提督として、時空管理局員としての質を示すのだ。

 その基準でいえば、グレアムは時空管理局の中でも英雄と呼ばれる人物であり、想定外での判断は秀でているといっていいはずだ。

 そのグレアムをして、考えられる手段は、通常で三つ。

 一つ目は、このまま何もしないという最悪の一手だ。今までの努力は水泡に帰し、八神はやては、ゆっくりと衰退し、死を迎えるであろう。そして、闇の書はまた次の主を求めて、この広い次元世界へと転移するのだ。そして、次に発見した時には、過去と同じく多大な災厄をばらまくのだろう。その際の犠牲者の数などグレアムは想像したくなかった。

 二つ目は、守護騎士たちの代わりにグレアムたちが動くことである。闇の書の魔力蒐集は、守護騎士以外でも行うことが可能である。姿を変えれば、魔力を集めることができるだろう。そもそも、守護騎士たちが魔力の収集を開始したならば、グレアムたちは陰ながら支えるつもりだったのだから、それが動く主体となっただけだ。しかし、この方法も却下である。グレアムは、英雄と呼ばれる彼は、常に監視されているといってもいい。自らが筆頭である穏健派の中にも、スパイと思われる人物が存在するのだ。前線を退いているからといって、監視の目が緩んでいるわけではない。さらに、まずいのは、グレアムが単純に違法行為に手を染めているというだけの話ではなく、闇の書という存在を秘密裏に知られてしまうというのが問題なのだ。グレアムを糾弾するだけならば、まだいい。しかし、グレアムと同様に秘密裏に動かれては、いったいどこで齟齬が発生するかわからない不確定要素を呼び込むことになってしまう。それは、計画を立てるという意味では非常にまずかった。

 ならば、残る手段は、あと一つである。だが、これで本当にいいのだろうか、とグレアムは悩んだ。三つ目の手段におけるチップは、グレアムという存在のすべてといっても過言ではないだろう。

 だが、少し考えた後でグレアムは苦笑した。

 すでにこの身は引き返せないところまで来ている。三つを考え付いたというが、それは事実ではない。なぜなら、グレアムにはすでにとれる手段は一つしかないからだ。しかし、グレアムは、消去法が嫌いだった。これでは、今から自分がことを起こそうとしていることが、いくつも考え付いたが、これ以上に最良の手がなかったということを免罪符にしているようでしかない。

 否、それは否である。

 たとえ、闇の書が次元世界に災厄をもたらす存在だったとしても、それを止めるための手立てがこれしかなかったとしても、それを免罪符にしてはいけない。他人事のように彼女の冥福を祈るだけではいけない。すべてを背負わなければならない。事実を知った時に『彼女』がグレアムに吐く怨嗟の声も、一変するであろう周りの評価も、侮蔑の声も、すべてグレアムが背負うべきものだ。

 だから、この方法をとるのは消去法ではない。選ばなければいけないのではない。グレアムが自らの意志で選ぶのだ。

 ―――そう、選ぶまでもない。あの時、彼女が闇の書の主だと分かった時から覚悟をしていたはずだ。ギル・グレアム。

 信じられない、信じたくない。そして、自らが考え付いた悪魔のささやきに乗った時からずっとグレアムの胸の内にある誓いを再び思い出したグレアムは、考えるために瞑っていた目を開いて、リーゼアリアとリーゼロッテを交互に見る。それは、自らの分身ともいえる使い魔に覚悟を問うているようである。

 そんな主の視線に使い魔の二人はお互いに一瞬だけ目を合わせると、同時にグレアムに向き合い、強い意志を持ってコクリとうなずいた。そんな二人にグレアムは、自らの使い魔であるにも関わらず、ありがとう、と頭を下げるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 その日の評議会の空気は、さきほどまでの淡々と事務を進めるような雰囲気から一変した。

 原因は、スクリーンの前に立つ前線からひいたはずの過去の英雄である老人から提案された計画が発表されたからだ。ほとんどの人間が信じられないというような表情をしている。無理もない、と原因を作ったはずのグレアムは思った。自分が、目の前の円卓を囲むメンバーだったとして、自分の恩師が似たような計画を発案すれば、到底信じられなかっただろうから。

「グレアム提督―――その計画は、本気なのでしょうか?」

「もちろんだとも」

 評議会のグレアムから見ればまだ年若い提督が、ついに耐え切れなくなって聞いた。その言葉自体は、とても評議会で聞けるようなものではなかったが、それほどまでに信じれないものだったのだろう。

 当然と言えば、当然だ。

 なぜなら、グレアムが提案した闇の書の封印計画―――孤独な少女を犠牲にするものだったのだから。過激派ならばまだしも、穏健派の筆頭ともいえるグレアムが提案するべきものではない。

 現にグレアムの肯定の言葉を聞いて穏健派の提督たちは動揺しており、過激派の人間は、我が意を得たり、と言わんばかりに笑っている。中庸派の人間は、グレアムの裏に隠された意図を探ろうと頭を悩ましていた。

 時空管理局内部には、大きく分けて三つの派閥がある。

 一つは、グレアムも所属している穏健派と言われるグループであり、事件に対して、犠牲を出さずに全員を助けようとする派閥だ。グレアムを筆頭にハラオウン家もこの派閥に所属している。

 二つ目は、過激派と言われる派閥である。事件に対して、犠牲を出してもいいから、事態を収束させることに注力する派閥だ。彼らに言わせれば、事件は、長引けば長引くほどに犠牲者が増える。ならば、多少の犠牲はやむを得ず、それよりも事態の収束を図るということらしい。一を切り捨て、九を救うような派閥である。

 三つ目は、中庸派と言われる派閥である。上記の二つの派閥は、自らの正義に従っているところがあるが、この派閥はむしろ、時空管理局内の地位や名誉に固執する人間だ。ゆえに、どちらの味方もしない。彼らにとって重要なことは、自らの評価が上がることだ。彼らはどちらかというと政治家の色が強い。過激派に味方することもあれば、穏健派に味方することもある。蝙蝠と言われることもあるが、意見が対立する二つの派閥の調整役ともいえる。

 そして、大きな議案や管理局のおおまかな方針を決めるための評議会は、最大人数15人であるのに対して、それぞれの派閥が5人ずつ占めるような割合になっている。評議会に選ばれる基準はわからない。すべては最高評議会が決めているのだから。しかし、このバランスを見るに彼らは、無能ではないらしい。評議会で決定するためには、ほかの派閥を最低二人は口説かなければならないのだから、譲歩も出てくるだろう。

 閑話休題。

 さて、そのことを考えるにグレアムの提出した計画は、グレアムが所属する穏健派の色がなく、むしろ、過激派の色が強いと言えるだろう。

「計画の概要は理解した。それよりも、どうして闇の書の主がわかっていたのに今まで報告しなかったっ!?」

「危険だったからですよ」

 もっともなことを言う過激派の提督を前にグレアムは涼しい顔で返答する。

「闇の書は現在、最善の対策がない。その中で覚醒前の闇の書の主を見つけてしまった。過去の事例に照らし合わせても下手に扱えば、大惨事なのは明白だ。監視だけにとどめるにしても、この強大な力を利用しようとする輩が出てくるかもしれない。だから、今まで報告しなかったのだ」

 そのグレアムの言葉に発言した提督は、ぐぅ、と悔しくうめいた。

 グレアムの言葉が間違っていると反論できなかったからだ。なぜなら、過激派の中には前回の闇の書の被害者も大勢いる。むしろ、闇の書の被害者だからこそ、過激派ともいえる。そんな彼らが、幼い少女の主が見つかったと知ればどうするだろうか。中には復讐を、と願うものもいるだろう。いや、むしろ高いともいえる。前回の闇の書事件から十一年あまり。両親を殺されたという子どもが大きくなるには十分すぎる年月だ。

 また、過激派は、グレアムにいくつかの違法ぎりぎりの研究所の所在を握られていることを知っている。それは、グレアム―――穏健派にとっては過激派への切り札なのだが、グレアムはこの場であれば、惜しみなくその切り札を使うだろう。それがわかっていたからこそ、提督は何も言えなかったのだ。

「それで、この計画の成功確率は?」

 次に手を挙げて質問をしたのは、中庸派の人間だ。

 彼らにとって過ぎ去った過去に興味はなかった。それが、相手を責められる材料であれば、いいのだが、今の説明を聞くにグレアムが煙に巻く用意をしていることは明白だ。ならば、時間の無駄は省くべきだと判断したのだろう。

「八割程度だとみている。しかし、これはわからない。現在開発中のデュランダルの出力がどれだけ出るかによるだろう」

「……八割か」

 微妙なラインだ。百パーセントを言うのであれば問題なかった。それで封じられれば、時空管理局としては闇の書を封印した、闇の書の脅威から次元世界を救ったと広告できるからだ。だが、八割を高いとみるか低いとみるかである。いや、失敗する二割を高いとみるか、低いとみるかである。

「失敗した時の対策は?」

「封時結界内部で、前回と同様にアルカンシェルで消滅させるつもりだ」

「そうきたか」

 失敗した時の対策も考えていないわけではない。対策として提案されたアルカンシェルが闇の書に効果があることは十一年前のあの時に証明されている。証人は、目の前で計画を提案しているグレアムのだからこれ以上の説得力はないだろう。

 その後も様々な質問が飛ぶ。内容は、計画に対する穴探しである。そもそも、グレアムの提案は評議会には比較的好意的に受け止められている。

 過激派からしてみれば、グレアムの提案は、自分たちの派閥の色が強い作戦である。中庸派にしてみれば、闇の書という史上最悪が止められ、失敗したとしても英雄のグレアムがすべてを背負ってくれるため反対する理由がない。一方、穏健派の提督たちは戸惑っていた。筆頭であるグレアムが、こんな計画を提出したのだから当然だ。

 だが、納得できない一方で、資料を見れば、グレアムの苦労を伺うことは容易だった。その膨大な資料。過去にわたって闇の書事件を追ってきており、傾向と対策が記されている。おそらく、グレアムが関係した十一年前からコツコツと資料を集めていたことは間違いないだろう。そのグレアムをして提案された作戦なのだ。考えうる中で最善なのだろう、と彼らは考えたのだ。

 現にいくつも出された質問にグレアムは淀みなく答えていく。グレアムがこの作戦のために入念に準備してきてことは明白だった。

「それでは、そろそろ採択を取りましょうか」

 議長役の提督がいい加減に質問も減ってきたところで提案する。質問も尽きてきたころで、時間的もちょうどよかったのだろう。誰も反対することなく採決へと場を移す。

「それでは、本計画に賛成の方は挙手を」

 ばばばっ、と挙がる右手。その数は15本。全会一致だった。

「賛成15、反対0で本計画は可決されました」

 抑揚のない議長の声を受けてグレアムは賛成票を投じてくれた提督たちに頭を下げるのだった。



  ◇  ◇  ◇



「失礼しました」

 頭を下げながらクロノ・ハラオウンが一室から出てきた。その顔には、苦悶の表情が浮かんでいる。

「どうだったの、クロノくん?」

 クロノに近づいてきたのは、彼が乗船しているアースラのオペレータであるエイミィだった。今度、従事する作戦についてクロノがその発案者に尋ねたいことがある、と言って飛び出してきた彼についてきたのだ。もっとも、その結果は彼の表情を見るに芳しいものではなかったようだが。

 現にクロノは、エイミィの心配そうな表情を見て、首を横にふった。

「ダメだったよ。提督は本気でこの計画を進めようとしている」

 そう言って、彼が目を落としたのは、一枚のカード。正確には、今度の作戦のかなめにもなるストレージデバイス―――氷結の杖≪デュランダル≫である。今度の作戦に納得のいかなかったクロノは、提案者のグレアムに直接、抗議に行ったのだが、相手にされず、代わりに渡されたのは作戦の要であるデュランダルだった。

「そんな……」

 信じられないという表情をしたのは、エイミィも一緒だ。なぜなら、グレアムの名前は穏健派の中でも筆頭と認識されている人物なのだ。だから、一人の少女を犠牲にして闇の書を封印するというような作戦を提案するとは思えなかった。しかし、現実は彼女の期待を容易く裏切ったようだ。

 しかし、そう感じているのは、クロノのほうが強いだろう。クロノにとってグレアムは、ただの上司という間柄ではない。彼の師匠であるリーゼアリアとリーゼロッテは、グレアムの使い魔であるし、彼の父はグレアムの部下であり、今までよくしてくれた父親のような存在なのだから。エイミィよりも裏切られたという感情が強いことは間違いないだろう。

「どうするの? クロノくん」

「……少なくとも今は作戦に沿って動くしかないだろう」

 そう言いながら、クロノはふっきるように歩き出した。

 まさかっ!? という表情をしながらエイミィもクロノの後を追う。しかし、エイミィはすぐに自分の間違いに気づいた。クロノは、『今は』と言ったのだ。

 クロノがいくら時空管理局内部の名門であるハラオウン家の一人息子と言えども、時空管理局員の一員でしかない。つまり、作戦が評議会で可決された以上は、実行するしかない。組織にはルールがある。いくら自分の正義に反するからと言って命令違反をしてしまえば、組織として瓦解してしまう。もしも、クロノが命令違反をするとなれば、それは自らの進退をチップにしたときだけだろう。

 ならば、このまま命令に唯々諾々と従って少女を犠牲に闇の書を封印するのか? と言われれば、答えは否だ。

 クロノがこのまま命令に従えるはずがない。クロノは、『こうでなかったはずの未来』を一つでも減らそうとしてるのだ。それなのに自ら加担できるはずがない。しかし、手立てがない今は、計画に従って動くしかないだろう。計画通りに動いていないことがわかれば、すぐにでも作戦を実行する船を変えられてしまう。本作戦を実行する船は、アースラのようにアルカンシェルが装備でき、ある一定以上の腕があれば、問題なのだから。

 しかし、そうなれば、間違いなく作戦は遂行されてしまう。一人の少女を犠牲に闇の書が封印されてしまう。

 もしかしたら、それは喜ばしいことなのかもしれない。次の犠牲者はなくなるのだから。しかし―――しかし、だ。それでもクロノは許せない。

 ―――救われないものに救いの手を。

 それが穏健派―――クロノが所属している派閥の信条なのだから。ならば、このまま何もせず黙っていられない。だから、このまま作戦の実行部隊になったまま動くしかないのだ。今の手立てよりも最善の手を探すために。

 時空管理局は広大な次元世界で作戦を実行している以上、司令部―――本局の指示を仰いでいる時間がない場合も多々ある。ゆえに、事後報告ということで、現場の判断で、作戦の一部を変更することもある。いわゆる、逆ピラミッド構造である。これをクロノは利用するつもりだった。どちらにしても、作戦に従うのであれば、最終局面では、本局に支持を仰いでいる時間はないだろう。

 今よりもハッピーエンドを見つけて、脚本を修正する。それがクロノの計画だった。

「―――孤独な少女一人を救えなくて次元世界が救えるものか」

 しかし、それが辛く、険しい道のりであることは容易に理解できた。

 クロノとて、資料には目を皿のようにして内容を読んだ。資料に書き込まれていたのは、過去の闇の書事件から考察された闇の書の習性と弱点。そして、暴走する直前に発生するいわゆる空白地帯において、無防備になる瞬間に氷結魔法において封印する作戦だ。資料に穴は見つからなかった。もっとも、クロノが見つけられるような穴は、クロノよりベテランの評議会の提督たちが簡単に見つけているだろうが。

 そもそも、クロノの執務官としての考え方は、リーゼアリアとリーゼロッテによって鍛え上げられたようなものだ。よって、事件や作戦に関する考え方もグレアムに似ている―――いや、似ているというよりもほとんど同じといったほうがいいだろう。だから、グレアムの作戦に穴が見つけられない。その作戦以上に最善手を見つけられない。ともすれば、グレアムの作戦が最善なのではないか、と思ってしまうほどだ。

 しかし、それではダメなのだ。何とかして、穴を見つけなければならない。

 だが、どうしたものだろうか? 事後承諾がもらえるほどのハッピーエンドを迎えるためには、よほどの成功でなければならない。それをどうやって導き出すか、である。時空管理局の捜査官としてならば、最善と言えるほどの作戦が目の前にある。つまり、同じ時空管理局員に聞いても見つけれらないだろう。

 ―――ならば、別の視点はどうだろうか?

 史上最悪のロストロギア『闇の書』。それに詳しいものがいれば―――。いや、闇の書でなくても構わない。ロストロギアなどに精通している人物からの視点であれば――――。

「……いるじゃないか」

 クロノの脳裏に浮かんだのは、数か月前まで連絡を取り合っていたハニーブロンドをもつ一人の少年の姿だった。



  ◇  ◇  ◇



 ユーノ・スクライアは、青空の下、子どもたちと戯れていた。

 あはは、と笑いながら走り回る子どもたちを見守るユーノ。地球の価値観から言えば、ユーノも子どもなのだが、この場合、遊んでいる子供はユーノよりも小さい子どもなので、問題ないだろう。

 ユーノは、子どもたちを見守りながらはぁ、とため息を吐いた。

 彼が、子どもたちの面倒を見るようになって数か月がたっていた。本当なら、次の発掘現場へと向かっていてもおかしくないのだが、数か月前の事件がユーノの立場を変えてしまった。

 初めての現場責任者。そこで発掘したジュエルシードに関する事件。そして、責任感からそのジュエルシードを追って単身、第九十七管理外世界へと降り立ったユーノ。そこでは、一人の女性の執念によってジュエルシードが悪用されようとしていた。それを止めたのは、一人の少年と少女。ユーノなどおまけでしかなかった。

 そう思っていたのだが、ユーノも時空管理局から感謝状と謝礼金をもらっていた。ある種、当然のことである。ユーノがいかなければ、少年と少女が魔法に出会うことはなく、ジュエルシードは一人の女性に回収され、次元断層が起きていたことは想像に難くないからだ。

 だが、ユーノはそう思わなかったようで、謝礼金は、すべて一族のお金としてしまった。思えば、それが失敗だったのかもしれない。

 ジュエルシードを追って、単身第九十七管理外世界へと向かい、謝礼金をすべて一族に寄付してしまったユーノは、時空管理局から感謝状ももらったこともあって、一族の中での評価を大幅に上げていた。同年代では、彼の評価を覆すことが難しいほどに。下手をすれば、彼の年齢を倍にした人間すら適わないほどに。

 責任感と実力が伴った男は、たとえ少年といえでも評価される。それが、発掘という危険な場所で生きているスクライア一族の価値観だ。

 だが、軋轢が全くないわけではない。ユーノが未だに発掘のためのベースキャンプであるスクライアの里でこうして、子どもの面倒を見ているのがいい証拠だ。ユーノの処遇に関しては、もっと経験を積ませたいと考えている上層部とこれ以上、評価を上げたくない現場が争っているらしく、今は休暇という形でユーノはスクライアの里に身を置いていた。

 ちょっと前までは、ジュエルシード事件で本局に呼ばれることもあったのだが、裁判が不起訴で終わった今では、全くその様子を見せる気配はない。つまり、ユーノは簡単に言うと暇だった。

「ユーノ兄ちゃん、どうしたの?」

「ん? なんでもないよ」

 ユーノがため息をはいていたのを見ていたのだろう子どもの一人が心配そうにユーノを見上げながら尋ねてくる。しかし、彼らを心配させてはいけない、と思い、ユーノは、笑みを浮かべると子どもの頭をなでながら、言葉を口にした。子どもは、ユーノをよほど信頼しているのだろう。はたから見れば、嘘とわかる言葉をうのみにして、笑顔でうん、とうなずくと友達のもとへと走って行った。

 ユーノとて、バカではない。いや、むしろ彼の頭の回転は優秀だ。だから、今の一族の内部も九歳にして理解している。

 もしも、ユーノが孤児でなければ、現状も違ったのかもしれないが。ユーノの両親はすでに死んでおり、ユーノは孤児だ。もっとも、それでも一族全体が家族ともいえるため、寂しくはないのだが。

 だが、問題は、親戚もいないことだ。どうやら、両親はスクライア一族に流れてきたようで、スクライア一族に親戚はいなかった。それが事態を余計にややこしくしていた。

 前述したようにスクライア一族は、発掘現場―――しかも、ロストロギアを生業としている。そこで求められるのは知識と判断力と責任感。それを基準にすれば、ユーノは同年代でも頭一つ抜いていることは先の事件で証明された。

 もしも、スクライア一族に親戚がいれば、彼らはユーノという駒で一族内部での発言権を高めようとするだろう。だが、その親戚がいない。小さな後ろ盾すらいないのだ。よって、水面下ではユーノの争奪戦が始まっていた。少なくとも十年後には、若者を率いているのはユーノだと確信して、一族内部の発言権を高めるために。いくら、一族全員が家族といっても、内部で派閥はあるのだ。

 その争奪戦の方法は、婚姻によるものだ。スクライア一族は危険な場所が多く、発掘には人手が必要となる。後方支援もだ。よって、子どもも立派な労力なのだ
だから、必然的に結婚年齢も低くなる。成人と認められる十五歳と同時に結婚するものはスクライアの中では珍しい話ではない。そして、ユーノぐらいの年齢で恋人がいるというもの珍しい話ではないのだ。

 もっとも、その場合は、女性が年下ということが多数なのだが。

 ユーノが成人するまで後五年。これを長いとみるか、短いとみるか。ともかく、ユーノに近い年齢の女の子がいる家庭は、ユーノを狙っていることは間違いないだろう。現に、この休暇ともいえる期間にスクライアの里でデートに誘われたことは、両手では数えきれない。

 もっとも、まだそんなことには興味がないユーノは、穏便にお引き取り願っているのだが。

 ―――はぁ、仕事ないかなぁ……。

 まるで、職にあぶれた無職の大人のような考えをするユーノ。そんなことを考えたのが不運だったのだろうか。あるいは、幸運だったのか。まるで、彼の考えを呼んで、神がそれを与えたようにその知らせはやってきた。

「ユーノっ! 時空管理局のクロノさんから連絡よっ!!」

 最近、一緒に子どもの面倒を見ている族長の孫娘の口から飛び出した意外な名前に首を傾げながら、ユーノは、とりあえず、彼女に子どもたちの面倒を任せて、魔法による通信ができる部屋へと足を運ぶのだった。



  ◇  ◇  ◇



「どうだ? ユーノ」

『これは……面白いですね』

 クロノは、通信室で遠く離れたロストロギアの専門家―――過去のジュエルシード事件で出会ったハニーブロンドの少年に、先ほど受け取った資料を見せていた。もちろん、部外秘なので、ある種の契約を結んでからだが。

「どういうことだ?」

 見せた資料は、闇の書に関する捜査資料。クロノが別視点から見た作戦の穴を探そうとユーノに相談したのだ。だが、ユーノは少し資料を見ただけで、クロノが期待したような反応を返した。

『いえ、確かにこれは、『闇の書』に関しては、よく調べていると思います。でも、それだけです。おそらく、『闇の書』は、前身があります』

「……続けてくれ」

『はい、闇の書の剣十字。そして、守護騎士たちから見られた過去の魔法陣から考えるに、闇の書はベルカ由来のロストロギアの可能性が高いと思います』

「それは、こちらも了承している。だから、聖王教会にも問い合わせたが、そのようなロストロギアは知らないそうだ」

 そうでしょうね、とユーノは苦笑する。その苦笑の意味をクロノは理解していた。なぜなら、史上最悪と呼ばれるロストロギアをベルカ由来とは、認めたくなかったのだろう。そう考えて、資料を見せてもらったのだが、確かに闇の書という名前のロストロギアはなかった。

『その結果は別に不思議ではありません。闇の書は、不思議なところが多すぎる。そもそもの目的が何なのか定かではありません。ロストロギアがいくら不明な技術と言えども、目的はあるんです。だけど、闇の書は、破壊兵器として考えるには中途半端すぎます。だから、僕は、これは当初は別の目的で作られ、長い年月の間に今の闇の書になったのだと思います』

 その存在によって名前が変わることは考古学的に言えば、珍しい話ではありませんし、とユーノは付け加える。

 ユーノの意見は、確かにクロノが思いつかない考えだ。クロノにとって闇の書は闇の書であり、前身があるとは考えることがなかった。もしかしたら、小さな光明が見つかったかもしれない、とクロノは思った。

「……わかった。ユーノ、闇の書について、そちらで調べられるか?」

『確かにスクライアにも資料はありますが、多分、クロノさんが考えるような資料はないと思います。ここでまとめられているだけでも、闇の書が認識されたのは相当昔です。なら、闇の書について資料があるとすれば、僕はその場所を一つしか知りません』

 さすが、スクライア一族というべきだろうか、あの場所を知っているのだから。あらゆる知がそろう場所でありながら、時空管理局の中でもその存在を忘れられた場所。

「無限書庫か……」

 クロノがつぶやいた場所にユーノがうなずく。

 確かにあの場所であれば、闇の書に関する資料―――ユーノが言うような資料が見つかる可能性があるだろう。問題があるとすれば、『無限』の名前を関することが伊達ではないということだろうか。

「許可は出せると思う。だが、あの場所は広大だぞ……大丈夫か?」

『ええ、おそらくは。スクライア独自の検索魔法と読書魔法もありますからね』

「……わかった。それじゃ、僕の執務官としての権限で、君を捜査協力者として雇うとしよう。期間は一か月程度だけど……構わないかい?」

『ええ、長老たちに相談してみますが、大丈夫だと思います。むしろ、歓迎されるかも……』

 最後のつぶやきの意味は分からなかったが、クロノからしてみれば、ユーノの提案はありがたいものだった。

「ありがとう。協力に感謝する。それじゃ、契約書の類は今日中に送るから。それを持って、こっちに来てくれ、宿泊場所や無限書庫の利用許可は、僕が申請しておくから」

『わかりました。それじゃ、荷物をまとめてすぐに行きますよ』

 それでは、といって通信が切れる。最後に映ったユーノの表情はなぜか晴れ晴れとしていた。あちらでも何かあったのだろうか。だが、クロノとしては詮索するつもりはない。藪蛇では、せっかく見つけた光明を自らの手で閉じてしまうかもしれないからだ。だから、ユーノが来てくれることを今は、喜ぶべきだった。

 たった一つだけ見つけた小さな光明。今は、まだその光明が正しいのかどうかわからない。しかし、先ほどまでの暗闇の中にいるよりもましだった。

「願わくば、その小さな光明が、出口へと続いてくれればいいのだが……」

 クロノの願うようなつぶやきは、通信室の部屋の中で小さくこだまするのだった。






 
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