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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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A's編
  第二十八話 


 途中で、見知らぬ誰かに襲われ、助けらながら到着した八神家。笑顔で迎え入れてくれたはやてちゃんと一緒にリビングへと向かう。リビングについた後、はやてちゃんは、何か飲み物を入れるということで、キチンへと姿を消した。

 僕は、はやてちゃんの言葉に甘えてソファーに座って、はやてちゃんがコーヒーを作ってくるのをおとなしく待つことにする。

 待っている間に僕は、先ほどのことを考えていた。

 ここに来る途中で、急に目的を忘れた親父。張られた結界。襲ってきた仮面の男。そして、助けてくれた騎士のような女性。

 キーワードを並び立ててみるが、困ったことに男の正体や騎士の女性の正体がわかるような手がかりは一切なかった。ただ、一つだけわかっているとすれば、それは、これらの事象が何らかの形で魔法にかかわっているということだろう。

 僕には、彼らの目的はわからない。僕を狙ったもの? しかし、僕が魔法にかかわったのは、ジュエルシードと魔法研修のときだけだ。僕を襲うような理由はないような気がする。それに、僕が目的とするならば、僕が一人のときにいくらでも狙えるはずだ。なにも親父と一緒のときでなくてもいい。

 ならば、別に目的があったと考えるべきだろう。しかし、それを導き出すためのものを僕は持っていない。

 手がかりが少なすぎて、何もわからないというべきだろう。襲われたことは事実だが、彼が何をしたかったのか僕にはわからない。また、助けてくれた女性も、なぜ助けてくれたのかわからない。

 彼女が言う『主』がわかればいいのだが、その正体すら語らずに去ってしまったのだから仕方がない。さらにいうと、どうして『主』という人は、僕がピンチだと分かったのだろうか。いや、『主』が魔法使いであれば、魔力を感知すればわかる話ではある。そこで偶然居合わせた僕を助けたと考えれば、つじつまは合うはずである。

 何はともあれ、魔法が関連していることは間違いないのだ。ここは、一度、クロノさんに相談するべきである。それ以外に僕ができることないはずである。

「おまたせ」

 だいたいの考えをまとめ終わったタイミングを見計らったようにはやてちゃんが、コーヒーを二つ用意されたお盆を片手に現れた。お盆とコーヒーという何ともちぐはぐな形ではあるが、別に形式にこだわりがあるわけではない僕は、気にせずにお盆の上のコーヒーカップを一つ手に取る。ついでにもう一つも手にとってソファーの前に置いてある小さなテーブルの上に置いた。

「ありがとな」

 そう言いながら、はやてちゃんは、お盆をテーブルの端に置くと器用に上半身の力だけでソファーの上に飛び乗っていた。それは危なげがない動作であり、彼女が何度も同じことを繰り返していたことを物語っていた。

「ショウくんは、砂糖はいれるんか?」

「一つだけ入れようかな?」

 そか、と言いながらはやてちゃんが角砂糖を一つだけ入れてくれる。前世のときではブラックでも平気だったのだが、お子様の舌には、ブラックはきついものがある。生理的に受け付けないのだ。

 一方のはやてちゃんは、自分で二つの砂糖を入れていた。そのあとで持ってきたスプーンでコーヒーを混ぜる。そんなはやてちゃんを見ながら、僕は、コーヒーを一口ふくむ。出来立てなのだろう。少し熱かったが、飲めないほどではない。味は、おそらくインスタントであることを考えれば上等だと思う。生憎ながら、家で飲むコーヒーもインスタントであるため、味の違いはあまり感じられなかったが。

 しばらく静かな時間がはやてちゃんの家のリビングを支配していた。しかし、嫌な空気は感じられない。ゆったりとした時間が流れていた。

 ふと、リビングにある時計を見てみる。僕が晩御飯をごちそうになってから相当時間が経っていた。僕の家からここに来るまでの一時間半を加えたとしても、だ。小学生の時間感覚としては遅い部類に入るだろう。しかしながら、はやてちゃんの家にはだれも返ってくる気配はない。リビングから見えるキッチンのそばのテーブルの上には虚しく持ち主の帰宅を待つ食器類がさかさまになっていた。

 いったい、はやてちゃんのご両親はいつ帰ってくるのだろうか。僕が、この家に泊まろうと思ったのは、足が不自由な彼女を家族が誰もいない家に一人で残すのが心配だったからだ。もちろん、はやてちゃんの様子を見るに車椅子の生活は短いわけではないだろうから問題があるとは思えないが、それはそれである。たとえば、不慮の事故でこけてしまえば、彼女には助けを求めるすべがないのだ。心配になるのも致し方ない。

 しかしながら、はやてちゃんの状況がわかっておきながら、こんな時間まで一人で放っておくとは考えにくい。今日が特別遅くなるのだろうか?

 この家の造りやはやてちゃんが料理を手慣れていることに違和感を覚え、家庭環境について問いただしたいところもあるが、それは無理にしても、ご両親がいつ帰ってくるか、ぐらいは聞いても問題はないだろう。

「はやてちゃん、お父さんとお母さんはいつ帰ってくるの?」

「ん? 父さんと母さんは、おらんで」

 は? と僕は一瞬、自分の耳を疑った。はやてちゃんの言葉をそのまま解釈すれば、彼女の両親はいないということになる。しかも、それを沈痛な面持ちで言うならまだ理解できるが、彼女は平然と微笑みのまま口にした。まるで、単純に事実を言うように。それから理解できることは、彼女の両親がいなくなったのは、最近ではないということである。もはや感情の面で折り合いがついていると考えるべきだろう。

「でも、それじゃ、あのテーブルの上の食器は……?」

「あれは―――」

 そこで、初めてはやてちゃんは、沈んだような表情を見せた。

 しまった、と思ったが、後の祭りだ。踏み込むつもりはなかった。だが、両親がいないと聞いてしまった以上、気になってしまい、思わず口にしてしまったのだ。

「もうすぐ帰ってくる私の家族の分や」

 だが、はやてちゃんは、その沈んだ気分を追い払うようにはやてちゃんは、顔をあげて微笑みながらいう。むろん、その微笑みが無理やり作ったものであることは言うまでもない。しかし、それを指摘してしまえば、せっかく立て直した彼女の感情が壊れてしまうと思った僕は何も言わなかった。いや、言えなかった。

「そう、なんだ」

 僕ができたことはせいぜい、彼女の言葉を肯定することのみだ。詳しい事情を聞けなかった僕にできることは、そのぐらいだった。

 またしても僕とはやてちゃんの間を沈黙が支配する。しかしながら、空気は先ほどとは真逆だ。嫌な感じの空気が流れていた。僕が変なことを口にしてしまったばっかりに。空気を変えたいとは思うが、僕とはやてちゃんの間には共通の話題が少ない。共通の話題ですぐに思いつくのは、本の話題だが、この空気の中で口に出せる雰囲気ではなかった。

 さて、どうしたものだろうか? とまだあったかいコーヒーを口にしながら考えていたのだが、答えを先に出したのは、はやてちゃんだった。

「そや、ショウくん。お風呂入らんか?」

 不意にはやてちゃんが提案してきたのは、お風呂に入るということだった。

 なるほど、確かにお風呂に入った後であれば、空気が変わるかもしれない。それに同じ部屋にいることなく空気をリセットできるだろう。

「そうだね。それじゃ、どっちから先に入る?」

 目的としては、空気を入れ替えることだから、どちらからでも構わない。僕からでもはやてちゃんからでも。要するに一人の時間ができればいいのだから。しかしながら、はやてちゃんは、なぜか僕の言葉にきょとんとした表情をした。

「ん? なにいっとるの? ショウくんも一緒に入るんやで?」

「え?」

 僕が呆けた声を出しても仕方ないだろう。なぜなら、彼女はそれが至極当然というような口調で、一緒にお風呂に入ると言い出したのだから。一瞬、僕の聞き間違いかと思った―――いや、それを期待したのだが、僕が呆けたような声を出したのを怪訝そうな顔で見ている彼女を見る限り、僕の予想は希望的観測でしかないようだ。

「えっと……その、できれば別々がいいんだけど……」

 確かに僕がはやてちゃんの身体を見てどうこう感じるわけではない。夏休みのときになのはちゃんやアリシアちゃんたちと散々一緒に入ったのだから、今更どうこう言うつもりもない。しかしながら、いきなり一緒にお風呂というのはいささかハードルが高いような気がするのだ。

 しかし、僕が気まずそうな、嫌そうな顔をしたのがはやてちゃんには気に入らなかったのだろうか。不意に顔を伏せると弱弱しいような声で言う。

「私、こんなんやから、お風呂入るの手伝ってほしいんやけどなぁ。ショウくんがか弱い女の子を助けてくれん薄情もんやったとは……」

 ―――嘘だ。

 はやてちゃんが、嘘を言っていることは直感的に理解した。暗い表情をしているが、僕の様子を窺うようにちらっ、ちらっと僕を見ているのがその証拠だ。

 しかしながら、嘘であっても乗らなければならない時がある。それが今だ。少なくとも、彼女が独りで入れないということはないだろう。

 今までは、もうすぐ帰ってくるという家族の人が一緒に入っていたとしても、この家の作りからしてお風呂だって身体障がい者用にバリアフリーになっていることは容易に想像できる。つまり、確かに大変かもしれないが、ひとりで入れるか、入れないか、という議論をすれば、入れるという答えが導き出されるはずだ。

 しかしながら、彼女が体を張って同情を引こうというのであれば、僕は断れない。確かに大変なのは事実だろうから。それを手伝ってくれ、と言われれば、拒否はできない。もしも、彼女が中学生や高校生ぐらいであれば、全力で拒否した―――そもそも言ってこないだろう―――だろうが。

「はぁ、わかったよ。僕が手伝うよ」

「やたっ! さすが、ショウくんやっ!」

 僕が降参というように両手を挙げて、あきらめたようにため息を吐くと、はやてちゃんは先ほどまでの暗い表情が嘘のように笑顔を僕に見せて、たいそう喜ぶのだった。



   ◇  ◇  ◇



 どうしてこうなったのだろうか? と僕は、はやてちゃんの少し大きめのベットに身を沈めながら考える。

 当然、隣には、この部屋の主であり、このベットの持ち主であるはやてちゃんが眠っている。彼女は、僕の心情など知らずに、すー、すーと寝息を立てている。先ほどまでは、秘密のお喋りのように話していたのだが、いい加減に限界に来たらしい。

 僕が手伝いながら―――まさか、裸のまま抱き上げる羽目になろうとは思わなかった。いや、確かに介護かもしれないが―――お風呂に入った後、そろそろ、寝ようという話になり、僕は、ソファーでもいいから横になるつもりだったのだが、やはりお風呂と同じ方法ではやてちゃんのベットで一緒に寝る羽目になってしまった。いい加減、僕も断ればいいのだが、彼女のすがるような、寂しがっているような視線が忘れられない。だから、嘘だと、虚構だとわかっておきながら、彼女の掌の上で踊るしかないのだ。

 今日何度も見せた寂しがり屋のはやてちゃんは、それが嘘のように安眠している。一方の僕は、眠れないままはやてちゃんの部屋の天井を見ていた。その視線を今度は、横を向いてはやてちゃんの机の上に移す。正確には、机の本棚に置かれた黒い本に。

 さて、あれはいったいなんだろう? と思う。

 微量ながらに感じる魔力。おそらく、魔法に何かしらの関係があることは間違いないだろう。しかし、それが何なのかはわからない。そこまで魔法に詳しいというわけではないからだ。どうして、はやてちゃんの元にそんなものがあるのか、わからない。何らかの理由があって、はやてちゃんの家にあるのだろうが、それを聞く前に寝てしまったからだ。

 聞かなければいけないこと、といえば、はやてちゃんの家族は一体どうしたというのだろうか。

 はやてちゃんは、もうすぐ帰ってくると言っていたが、結局、僕たちがベットに入るころまで帰ってこなかった。それではやてちゃんが不安がるならわかる。しかし、彼女は、それが当然のように何も言わずにベットに入って安眠している。ならば、これが日常と考えたほうが妥当だろう。

 ならば、どうしたと考えるべきだろうか。

 可能性をあげるとすれば、彼女の両親がいないことをいいことに遺産を狙ってきた自称親戚という場合だ。彼女の遺産をもらうだけもらって、すべて手に入れたから、家族の振りをする必要もなくなったので、出て行った。彼女は、彼らが返ってくるのを信じている、というある種、最悪のシナリオである。

 まさか、そんなことはないだろう、とは思うのだが、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものである。

 それに、先ほどの黒い本も気になる。ここに来るまでの結界魔法および仮面の男とはやてちゃんの家に魔法の本があるのは偶然と考えるのは不可能である。この地球―――クロノさんたちの言い方をすれば、第九十七管理外世界は、魔法という事象が起こることは珍しいのだから。僕となのはちゃんだけでも珍しいと思われていたのに、さらに海鳴に魔法があるのが偶然とは考えにくい。

 しかし、何かしらの関係性があったとしても、僕にはそれ以上の知識がない。やっぱり、クロノさんに連絡を取るしかなさそうだ。

 明日―――明日、クロノさんに連絡を取ってみよう。

 そんなことを考えながら、僕はようやく訪れた睡魔に身をゆだねるのだった。



  ◇  ◇  ◇



「またいつでも遊びに来てや」

 そう言いながら、僕を見送るはやてちゃん。

 泊まった次の日、僕は、昼食までの時間をはやてちゃんの家で過ごした。本当は、朝食を食べた後に帰るつもりだったのだが、やはりはやてちゃんの視線に逆らうことはできず、ずるずるとお昼まで過ごしてしまった。だが、今日は日曜日で明日は学校だということを考えると、今日は絶対に帰らなければならない。それに、クロノさんにも連絡を取ることを考えるとお昼には帰らなければならなかったのだ。

 僕が帰る直前、はやてちゃんは、何度もいつでも連絡してくれ、と念を押すように言う。もちろん、そのために携帯電話の番号も交換した。僕の携帯には、『八神はやて』という登録が一つだけ増えた。

 そして、僕は、お昼ご飯を食べた後、こうして名残惜しそうな表情で見られながら、こうしてはやてちゃんの家を後にしているのだ。

 はやてちゃんを振り切るように少しだけ早足で、曲がり角をまがった後、午前中で手に入れた情報について考える。

 今日の午前中に知ったのだが、はやてちゃんは、現在、学校を休学中らしい。登録されている学校は、学区内の公立小学校だ。しかし、これはおかしい話である。もしも、病気であれば、休学という措置は正しいだろうが、はやてちゃんの問題は下半身が動かないことであり、あとは健康である。車椅子さえ使えれば支障はないはずである。ならば、小学校は義務教育であるため、休学は認められないはずなのだ。

 なにより、現在は学校もバリアフリーが広がっており、はやてちゃん程度になんでもできるのであれば、学校に行くことに支障はないはずである。現に聖祥大付属小学校もバリアフリーの一環でエレベーターや専用のトイレも設置されている。

 学校について聞いたのだが、はやてちゃんは、おじさんが管理しているからわからない、と返ってくるだけだった。それもそうだ。学校に関する手続きをはやてちゃんが管理しているわけがない。いくらしっかりしてようとも彼女は小学生なのだから。

 しかし、本当にはやてちゃんに関してはわからないことばかりである。一つずつ解決していかなければならないだろう。家庭環境については僕が首を突っ込むことはできない。だから、とりあえず、関係ありそうな魔法について対処することした。

 帰宅した僕は、早速、携帯電話からクロノ・ハラオウンと書かれた電話番号を探し出すと通話のボタンを押す。

 無改造の電話であれば、クロノさんのところへは繋がるはずもないのだが、この携帯は、前回の魔法旅行のときに改造してもらって、クロノさんのところにも魔法で繋がるようになっている。また、ついで、とばかりにスペックが跳ね上がっており、三世代携帯のはずが、四、五世代にはなっているのではないだろうか。もはや、携帯という名のPCといっても過言で程のスペックだ。

『はい、クロノです』

「あ、クロノさんですか。お久しぶりです。翔太です」

『翔太君か。夏以来かな? それで、何か用事があるのかい?』

「ええ、実は相談事がありまして……」

『そうか……なら、ちょうどいい、というべきだろうな』

「どういうことですか?」

 僕は、こちらが一方的に相談事を持ちかけているのにもかかわらず、ちょうどいいという意味が分からず、聞き返す。クロノさんも僕が言いたいことを理解していたのだろう。自分が説明していないことに気づき、苦笑しながら、理由を説明してくれた。

『僕も君たちに相談事があるということだよ。今、僕たちはそっちに向かっているんだ。一時間後ぐらいに着くけど、そちらにお邪魔しても構わないかい?』

 クロノさんの理由は僕からしても驚くべきものだった。理由が見つからないからだ。この世界は、魔法がない世界だ。それなのに、時空管理局―――魔法を管理する組織の人が僕たちに用事があるとは考えにくいからだ。考えられるとすれば、僕というよりも、むしろ、なのはちゃんだろう。クロノさんが、『君たち』といったのは、おそらく、僕となのはちゃんをセットにしているからだろうし。

 最近は、なのはちゃんと会っていないが、そろそろ、なんとかしないと、とは思っていたからクロノさんの訪問は渡りに船かもしれなかった。

「わかりました。一時間後ですね。なのはちゃんも呼びますか?」

『ああ、お願いするよ。ちゃんとお土産も持って行っているから、期待していてくれ』

 その言葉はクロノさんなりのジョークだったのだろう。くくく、と笑っているのが電話越しでもわかった。気を使わなくてもいいのに、とは思うが、それもクロノさんの心遣いなのだろう。僕は、楽しみにしています、とだけ答えて電話を切った。

 そのまま、電話を折りたたむことなく、幾人もの名前があるアドレス帳の中から、一つの名前を探し出す。

 ―――高町なのは。

 なのはちゃんの番号を探し出して、僕は通話のボタンを押す。トゥルルル、トゥルルルという呼び出し音が鳴る。鳴り続ける。ちょっと前なら、3コール目には出てくれたはずなのだが、最近はあまり出てくれない。最初のほうは、切っていたのだが、根気強く待っていれば、そのうち出てくれるのだ。

 それは、今日も例外ではなかった。もう数えるのも億劫なほどにコールがなった後に突然、コール音がなくなり、向こうの電話が出たような音がした。

『……はい』

 それから遅れること数秒、恐る恐るという感じでなのはちゃんが電話口に出る。何かを恐れているような声色だが、僕には何に怯えているのか全く分からない。だから、僕は、なのはちゃんの声に気付かないようにふるまうしかなかった。

「翔太だけど、ちょっといいかな?」

 なのはちゃんの不安をこれ以上、刺激しないようにできるだけ穏やかな声で僕は、なのはちゃんに話しかける。その効力がどの程度あるのか、僕にはわからない。前のように話してくれることを祈るだけである。

『……うん』

 僕の声の効力などあまりなかったのか、なのはちゃんの返答はやはりワンテンポ遅れたものとなっていた。

「今から、僕の家に来ない? クロノさんが、用事があるらしいんだ」

 僕はできるだけ優しい声でなのはちゃんに話しかける。しかしながら、彼女からの返答はない。電話の向こう側から聞こえる息遣いから、彼女が電話を持っていることはわかるが、それがなければ、彼女が電話の向こう側にいることも信じられなかっただろう。

 前までならば、すぐにでも返答があったような問いに無言のなのはちゃんの様子をかんがみるに、やっぱり僕は避けられていると考えたほうが妥当だろう。その言を僕は思いつくことができない。いや、人間関係なんてそんなものかもしれない。よかれと思ってやってことが、相手の癪に障ることなんて日常茶飯事だ。

 もしかしたら、僕もどこかでなのはちゃんの癪に障るようなことをやってしまっていたのかもしれない。

「ねえ、僕、何かなのはちゃんを怒らせるようなことをしたかな?」

 わからなければ、勇気をもって聞いてみるべきだ。そのまま、放置することは、関係の悪化しか招かない。何か悪いことをしたのであれば、謝らなくてはいけないが、原因もわからずにあやまったところで、虚しいだけである。だから、僕は、なのはちゃんに尋ねたのだが、彼女の反応は、恐ろしいまでに顕著だった。

『そんなことしてないっ!!』

 突然、携帯電話の通話口から聞こえてきたのは、なのはちゃんの必死に否定するような声だった。今までの暗い声に比べ物にならないものだった。

 なのはちゃんのそんな声に驚いたのは、別にして、僕が原因ではないということはどういうことだろうか? 気になって聞いてみようとは思ったが、その前になにはちゃんが、ぽつりと呟くように口にした。

『悪いのは、私……』

「なのはちゃんが?」

 はて? いったいどういうことだろうか? と思考を回してみる。僕が考えるに彼女が何か、僕にしたような記憶はない。記憶にないからいぶかしげに思っていたのだ。いったい、彼女が何をしたというのだろうか? どうして、彼女は、僕が気にも留めていないことで自分を責めているのだろうか。

「どういうこと?」

 しかし、僕の問いになのはちゃんからの答えはなかった。

「大丈夫、怒らないから、教えてよ」

 おそらく、なのはちゃんが恐れているのは、僕から怒られると思っているのだろう。自分が悪いと言っておきながら、言えないのはそのせいだろう。僕が気付いてしまうことが怖いのだろう。

 そんな彼女を許すのは簡単だ。しかし、単純に許しを与えても意味がない。何を許すかが重要なのだ。

『……本当?』

「約束するよ。僕は絶対になのはちゃんを怒らない」

 信じたい、だけど、上手い話を簡単に信じられないのか、なのはちゃんはすがるようにその一言を口にした。それに対して、僕はできるだけ平静を務めて彼女に返答する。

 しばらくは、無言だった。おそらくは考えているのだろう。しかし、怒らないということを約束した僕を信じてくれたのか、彼女は恐る恐るとそのことを口にした。

『……ショウくんからもらったリボンを壊しちゃった』

 正直に言うと、僕がそのことを聞いたときは、なぁんだ、というのが率直なものだ。壊れてしまったものは仕方ない。むしろ、そんなに大事に思ってくれていたことをうれしく思うぐらいだ。しかし、なのはちゃんはそうは思わなかったようだ。思い切って口にした後、彼女は、繰り返し、繰り返し、電話口の向こう側で『ごめんなさい、ごめんなさい』と繰り返していた。

「大丈夫だよ。僕は、怒らないって約束したでしょう。うん、大丈夫。許すよ。なのはちゃんがリボンを壊しちゃったこと」

『……ほんとう?』

 どこか疑うような声。なのはちゃんにとって、僕が簡単に許すことは、そうそう信じられることではなかったのかもしれない。だが、それが真実だ。僕は、許そう。彼女が悪いと思っていることに対して。

「もちろん。ワザとじゃないんでしょう?」

 形あるものは、いつか壊れてしまうものだ。それに、この態度から察するに悪意を持って壊したわけではないのだろう。

『もちろんだよっ!』

 それを証明するかのようになのはちゃんは、力強く僕の言うことを否定してくれた。ならば、僕からいうことは何もない。ワザとではなく壊れてしまったのであれば、仕方ない、と言わざるを得ないだろう。

「だったら、何も問題はないよ。僕は、許すから」

『うん……』

 どこか安心したようななのはちゃんの声。もしも、壊したのが二週間前のこととすれば、これまでの不自然さにも説明がつくというものである。なにはともあれ、原因がわかって安心した。これからは、以前のように戻れるだろう。クロノさんの用事を伝えるためのついでだったとはいえ、解決したことはよかったと思う。

「それじゃ、僕の家に来てくれるかな?」

『うんっ! わかった! すぐに行くねっ!』

 そう言って、なのはちゃんからの電話が切れた。ツーツーという電話が切れた音を立てている携帯電話の通話を切るボタンを押すと、僕は今まで引っかかっていたなのはちゃんのことを解決できて、ほっと息を吐きながら、携帯をパタンと閉じるのだった。



   ◇  ◇  ◇



 なのはちゃんが来たのは、電話を切ってから三十分後だった。ピンポーンという呼び鈴を鳴らされた後、玄関に出てみると、そこにはちょこんと一人で立ったなのはちゃんがいた。いつものような私服にコートを羽織っている。ただ、一つだけ驚いたのは、いつもはリボンでくくっているはずの髪がまっすぐに下ろされていることだ。気分転換でもしたのだろうか?

「えっと、いらっしゃい。クロノさんはまだ来てないから、僕の部屋で待とうか」

 そう言って、僕はなのはちゃんを部屋へと案内する。実はなのはちゃんと顔を合わせるのは二週間ぶりだから、何を話していいのか、いまいち感触がつかめない。久しぶりに出会った人間とは、そんなものだろうか。そもそも、なのはちゃんと一緒にいるときは僕が話して、なのはちゃんが答えるというパターンが多かったような気がする。だからこそ、余計に何を話していいのか困る。

 お互いが無言のままだったが、部屋についてコーヒーを持ってきて、一息ついたころには、その雰囲気にも慣れてきた。いや、だんだんと思い出してきたというべきだろうか。なのはちゃんが来てから、三十分も僕は昔のことを思い出し、前のような空気に戻っていた。

 クロノさんが訪ねてきたのは、ちょうどそのくらいの時間だった。

「急に訪ねて申し訳ない」

「いえ、構いませんよ」

 僕となのはちゃんの前に座ってぺこりと頭を下げるクロノさんに僕は、そう答えた。

「それじゃ、本題に移らせてもらおうか。いや、その前に君からの相談事を聞いたほうがいいかな。僕のほうが話が長くなりそうだから」

「わかりました。僕の友人の家に魔法に関する本があったんです。僕はあまり魔法に関する知識はありませんが、間違いなくその本から魔力が発せられていました。黒い逆十字がプリントされた本なんですけど……クロノさんは何かご存じありませんか?」

 僕がそうやって相談すると、クロノさんは、ひどく困惑したような表情をした。それに追加されたのは、驚きだろうか。目を見開いて驚くのだからよっぽどのことなのだろう。

 僕の問いには答えず、クロノさんは、まるで気持ちを落ち着かせるように僕が用意したコーヒーを口にする。

「……まさか、こんな展開になるとは、思わなかったよ。君の友人の名前は、『八神はやて』と言わないかい?」

 今度は、僕が驚く番だった。クロノさんの口から出てきたのは、はやてちゃんの名前。それをどうして、魔法世界にいるはずのクロノさんが知っているのだろうか。可能性としてありえるのは、本当にはやてちゃんが魔法世界と関係があったということだけである。

「どうやら、僕と翔太くんたちの話は、意外なところでつながっていたようだね」

 クロノさんは、気持ちを落ち着かせるようにふぅ、と一度大きく息を吐くとゆっくりと僕たちを見据えるように前を向くと口を開いた。

「君の問いの答えだが、ああ、知っているさ。その本の名前は『闇の書』。持ち主に絶対的な力を与え、完成した暁には、周囲をことごとく破壊尽くす極めて危険性の高いロストロギアであり―――」

 クロノさんの言葉に僕は驚いた。まさか、あの本がそんなに危険なものだとは思いもしなかったからだ。いや、そんなことよりも、クロノさんは、今、なんといった? 持ち主に絶対的な力を与える? あの家にいたのは、はやてちゃんしかいなかった。つまり、あのロストロギア―――闇の書の持ち主は、はやてちゃんなのか?

「今回の僕たちの任務のターゲットだ」

 どこか苦しそうにいうクロノさん。そして、僕は同時に気付いた。

 どうやら、僕はこうしてまた魔法に関係してしまったということに。





















 
 

 
後書き
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