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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§24 黎斗と護堂と須佐之男命と

 
前書き
ちょっとは見やすくなってるといいな、と思いつつ

……え?
変わらない? 

 
「お、お邪魔しま……なんだコレ!?」

「あはははは……やっぱそれ見ちゃうといくら王様でもビックリしちゃうよね」

 黎斗のアパートに遊びに来た護堂を迎えたのは厳つい顔の彫像。一階入口に置かれているそれの威圧感は尋常ではない。そしてそれをみて怯む護堂に苦笑する恵那。しかしこの彫像、どこかで見たことある顔をしている。まじまじ見ていると、身体が反応していることに気付く。まさか、これはまつろわぬ神なのか!?

「本当、見れば見るほどこの像おじいちゃま(・・・・・・)にそっくりだよねぇ。れーとさんこの像何処から拾ってきたんだろう」

「まさか……須佐之男命!?」

 そういえばあの英雄神はこんな顔をしていた。しかし、何故ここに存在しているのだろう?

「って、そうだ。ちょっと用事があるんだった。王様どうぞ、ごゆっくりー」

 恵那が駆け出した後も護堂はしばらく呆然としていた。良く見ると子供が落書きをいたるところにしている。うんこの絵だの相合傘だの電話番号だのヒゲだの。らくがき帳ならぬらくがき像と言うべきだろうか。ビラまでいくつか貼ってある。どうやら掲示板の役割も果たしているようだ。

「これ……本物の(・・・)須佐之男命だよな……」

 想像の範疇を超え、斜め上に飛んで行った状況に、戦慄しながらも護堂は黎斗の部屋を目指す。まつろわぬ神をやめた神が、現世で像になっているなんて。一体全体、何をしたらこんな事になるのだろう?

「なぁ? 何をしでかしたんだよ、アンタ」

 去り際の護堂の言葉に、須佐之男命は答えなかった。答えなかったのか、答えられなかったのかは定かではない。しかし多分後者なのだろう、と彼の勘は告げていた。風雨にさらされたのであろう須佐之男命の像は、どこか哀愁を漂わせて見えた。

「黎斗の部屋は二階だったよな」

 階段を上がり、部屋の前へ。電話口で「バレたくないから一人でこっそり来てちょうだいな」と言われた時は罠かと思ったものだ。元々クラスメートだし玻璃の媛達の懇願もあった。だから黎斗を信じ一人でやって来たのだが、これは不味い。須佐之男命が野晒しになっているということは、彼は事を起こす気なのだろうか。だとすれば、まず最初の目標は同族———自分とか———を始末することだろう。須佐之男命と自分を倒してしまえば、黎斗にとって敵となりうる障害は日本に存在しない。

「厄介事にはならない気がするんだけど、一応連絡しておくか……?」

 迷ったのも束の間。

「ま、どーにかなるだろう。黎斗はオレと同じように暴走しない(マトモな)カンピオーネだろう、うん」

 エリカや裕理、リリアナが居たらため息を吐きそうな結論に帰結。自身をまとも、と表現する存在にロクなものはいない法則である。

「黎斗ー?」

 軽くドアを叩いてみる。チャイムがぶち壊れているらしく反応しないのだ。こんこん、という音は思いの外良く響いた。

「はーいー」

 ドアが開き、キツネが現れる。たしかエルといったか。キツネはぺこりとお辞儀をし、中へと護堂を招き入れる。

「ようこそ、草薙護堂様。八人目(・・・)の羅刹の君。私は神殺し(カンピオーネ)、水羽黎斗の使い魔を務めさせていただいておりますエルと申します。以後お見知りおきを」

「あ、あぁ……よろしく」

 流暢に喋るキツネに目が点になる。こんなに饒舌な動物に会ったことなど、ない。もっとも喋る動物自体見ないけれど。

「そうそう、私は分類上、妖狐に分類されますしもう少しで千年を生きますが,これといって特別な能力はありません。そこらの野犬に負けるくらいの実力です。私の事は人語を介するだけの一般動物、としてお考えくださいますようお願い申し上げます」

「喋れるってだけで十分すごい……って、もうすぐ千年?」

黎斗(マスター)に命を頂いたのが数百年前ですので」

 護堂の胆が冷える。黎斗は少なく見積もっても数百年生きているらしい。それでは、あのヴォバン侯爵ですら比較にならない大御所中の大御所ではないか!

「は、はぁ!?」

「もっとも、マスターの精神年齢は護堂様と同等かそれ以下ですのでご安心ください。少なくとも深夜までPCゲームにハマって同居人(えなさん)にパソコン禁止を言い渡されるようなマヌケな御方、私はマスター以外に知りません」

 どこか呆れた風なエルの声だが、護堂の頭の中は新情報の洪水だ。

「……え? ちょ、ちょっと待て!! PCゲームってなんだ!? ってかあの彫像(スサノオ)は一体なんなんだ!?」

 その問いに答えることなくエルは尻尾で器用に扉を開けた。こちらを向いたエルは笑っている。その問いが至極当然だ、とでもいうかのよう。

「全てはマスターに、尋ねてください」

「だー!! なんでここでForce of Will(チートカンスペ)が来るんだよ、打ち消すなー!!」

 エルの声に被さるように、黎斗の絶叫が響き渡る。ついでに何かが布団に倒れ込む音。

「「……」」

 護堂とエル、両者揃って気まずい沈黙が包み込む。なんだかよくわからないが、部屋に入りにくい状況になってしまった。

「……マスターはまた敗北したようですね。まぁいいです。無視して入っちゃってください」

 数瞬の躊躇いの後、決心した表情でエルが護堂に言葉を紡ぐ。

「え? え?」

 足元で必死にエルが護堂を押してくる。キツネに押されたところで護堂にとっては痛くも痒くもない。寧ろ微笑ましいくらいだ。が、そんな表情を見抜いたのか不貞腐れた表情をエルが見せる。

「……悪趣味ですよ」

「ははっ。ハイハイ」

 見ているとどこか和むキツネを背後に、護堂は黎斗の部屋へと進み———勉強机が最初に目に入った———絶句する。

「嘘、だろ……」

 左側の棚。ラノベがぎっしり詰まっている。取り出すのも一苦労しそうな程に。何十冊あるのか数えたくもない。縦横斜め。一見、無造作にしまいこまれているように見えるがよく見ると絶妙なバランスの上になりたっていることがわかるだろう。なんというか、才能の無駄遣いだ。感心してしまいつい、これだけ趣味丸出しで恵那はドン引きしないのだろうかなどとくだらないことを考えてしまう。
 右側の棚。こちらは細かい。下段にはゲーム機がコンパクトに、中段にはゲームソフトがびっしりと、上段にはマンガが一部の隙もないほど収納されている。棚の上に申し訳程度に教科書が置かれているが、ノートの類は床に放置されている。開かれたページにはミミズの這ったような文字が並んでいて解読不能。きっと距離が遠いからみれないだけなのだ、そうに違いないと必死に自分を信じ込ませる。

「これはひどい」

 荒廃した大地の如く。そんな表現が似合う黎斗の机の反対側には押入れが開けっ放しで放置されている。その奥の方には綺麗に畳まれた布団が見え、タオルがぎっしり詰まっていると思われるバスケットがその前方に鎮座していた。部屋の左と右での対比が、ひどい。
 そして、視線を部屋の正面に戻す。最奥に放置されている一つの布団。素足が上がったり下がったりぶらぶらしている。その度に上に吊るされた洗濯物と思しきタオルがゆらゆら揺れた。危ないな、と思ってみていたのもつかのま、足が洗濯していたタオル類にクリティカルヒット、雪崩の如く落ちてくる。

「んー!!?」

 声にならない悲鳴と共に、足の持ち主はタオルの山に埋まっていった。

「……黎斗?」

 なんていうか、最悪だ。こんなのが自分の先輩だと認めたくなかった。間違いない、コイツもベクトルは(大幅に違えど)ダメ人間だ。カンピオーネは変人ばかり、改めて認識した護堂は肩を落とした。

「ぷはっ。ご、護堂!? あー、来るの忘れてた!!」

 もっとも黎斗(こんなの)と一緒にしたら他の同胞((カンピオーネ)に)失礼だな、と思ったのだがそれを知るのは思った当人以外に居るはずもない。他の同朋(カンピオーネ)とは別の意味でぶっ飛び過ぎだ。

「あおっ、今日はごどーくるんだっけ!?」

「……なるほど。今日はオレが来ることを忘れてひたすらオンライン対戦をやっていたと」

 半眼で睨む護堂に黎斗は「あはは」と誤魔化しの笑みを浮かべる。エルは「いい薬です」と素知らぬふり。まったく、いい性格をしている。

「とりあえず、以下はオフレコで。僕は多分現存する中で最古のカンピオーネ。スサノオ達は友人で恵那は預かってる。僕は気楽に生きたいからカンピとかバラさんでね、よろしく。はいQED!」

「まてぃ!!」

 そんな説明で納得できるものか。そんな意を込めて黎斗を見つめる。

「護堂、僕ノーマルなんだ。ごめん、護堂の想いには、答えられな」

「言わせねぇよ!?」

 見つめあうこと数秒、黎斗の発言に護堂は再び怒鳴り込む。こいつもサルバトーレ(あのバカ)と同じく言い方が危険だ。わかってやっているであろうことを考えると、迷惑ぶりは比べ物にならないかもしれない。

「カッカしてるなー。牛乳足りてないぞー」

「誰のせいだ誰の……」

「マスター、そろそろ本題に」

 疲れたような表情の護堂に、とうとうエルが助け舟を出してくる。

「やれやれ。何が聞きたいのよ? 一応全部話したと思うんだけど」

 ようやく話す気になったか。真面目に答える気になったと感じた護堂は黎斗に最大の疑問を叩きつける。今日の全てはこのためといっても過言などでは決してない。

「なんで、今まで黙ってた? いつからオレがカンピオーネだと知っていたんだ?」

「それについては、ごめん。陰でひっそりと生活したかったんだ。護堂がカンピオーネだと知ったのは最初に会ったとき。あの時に察することが出来た」

 そんな簡単にわかるものなのだろうか、と疑問に思うが相手は最古参の一角だ。それが頭の片隅にあるせいで説得力を持って聞こえる。たとえ言っている人間が社会不適合者(こんなの)でも。

「とりあえず、護堂の助っ人はある程度してたよ? アテナとヴォバンの時だけだけど。叢雲入れればみっつか」

「え?」

「アテナ戦ではアテナの障壁崩す手伝い、ヴォバン戦では”山羊”の強化。もっともヴォバンの時は近隣の生物の避難を優先したけれど」

 これで”ある程度”なのだろうか、と黎斗自信も首をかしげる。やっていることは地味どころか下手したらやってもやらなくても大差無いことばっかりだ。無論思ってもそんなことはおくびにも出さないが。一応は戦局をひっくり返すことに貢献したはずだと信じる。

「ちょっと待て、どういうことだ?」

 護堂からしてみれば、寝耳に水だ。必死に戦って打倒してきた強敵達の裏で密かに暗躍してきたという友人(れいと)。だが、彼の気配は微塵も感じとれなかった。

「んー……」

 黎斗は少し悩みこむ。大雑把な説明だととっても楽なのだが、それでは護堂は信用してくれそうに無い。かといって詳しく説明すると面倒くさい。権能について解説しなければならないし。雷撃増強に用いた意思疎通(カイム)、ヴォバンの雷撃を打ち破った時間加速(ツクヨミ)相棒(ロンギヌス)、アテナの闇障壁を突破した邪眼(サリエル)、隠密活動を今まで出来た最大の要因である気配断絶(ラファエル)。最低でもこれらを教える羽目になる。自身の手の内を知られること自体はそれほど痛手ではないのだが、こんなに教えていると権能説明だけで日が暮れそうだ。

「……えっと、僕は邪眼っーモンを持っているのね? 鈍っているから効果は対象の魔法やらなんやらの無効化、権能の軽減程度なんだけど。それでアテナの障壁崩し手伝いました。んで、生物と意思疎通が出来る能力もあるのよ。それで大量の「護堂に協力してくれる意思」を雷放ってた護堂に送り込んだの」

「もっと、普通に協力してくれても良かったんじゃ……」

 護堂の言うことももっともだ。だが、それでは黎斗の目的が果たせない。もっとも、当初の目的である”同郷のカンピオーネに会う”なら既に達成しているのだが。ぶっちゃけいつ引き篭もっても問題ない。せっかく久々に友達が出来たんだし、現世で知り合った友人達の一生を見届けてから戻ろう、と予定を立てているからいるだけだ。

「それだと護堂強くなれませんしー。とりあえず護堂が強くなってくれれば僕は楽隠居できるからさ。基本僕は手を貸さないよ。無理ゲーだったりそんな日和ったこと言える様な状況じゃないようだったら協力するけれど」

 だから頑張って、と爽やかな笑みを浮かべる黎斗。

「……協力自体は、してくれるんだな?」

 辛うじて護堂が言えたのはその一言だけだった。

「まーね。護堂一人で手が回らないと独断で判断した場合も勝手に動くけど、基本裏方に回るよ」

「……まぁ、敵対しないだけマシか」

 味方であるだけマシ、護堂はとりあえずそう思うことにする。勝手に戦局を引っ掻き回される恐れがあるのが心配だが、敵宣言されて襲い掛かられるほうがたまらない。それに比べれば、十分マシか。

「マスター、恵那さんとの関係も説明なされたほうが」

「そうだそうだ。普段オレの事散々言ってるくせに、清秋院はどうなんだよ?」

 エルに追随してこちらへ問いかけてくる護堂。顔がニヤけておりつっついてくるからだろうか、黎斗は内心すごくムカつく。ハーレム王に冷やかしを受けるなんて……!!

「恵那は現在叢雲の一件で謹慎処分になったのよ。んで同居人たる僕が監督責任者となっております以上QED証明終了ー!!」

「はえぇよ!?」

 護堂に一気に説明したらつっこまれた。だが他にどう説明しろというのか。

「いっとくけどなんで僕が監督とか理由なんて聞かないでよ? 僕だってわからないんだから。なんか謹慎処分の決定に当たりスサノオやら正史編纂委員会からなんか言われたらしいけど」

「そうだ、スサノオだ! 玄関のアレなんだよ」

 神殺しの話、恵那の話ときて次は須佐之男命。まったく、話題の移り変わりが早い。ちとばかしせっかちすぎはしないだろうか?

「あ、わかった? うん、アレはスサノオよ。護堂にバラしたから、ね」

「え……?」

 黎斗の笑みを見て、護堂の顔色が青褪める。

「僕の能力の一つ。マモンの権能(チカラ)。触れたモノを貴金属・宝石の類に変質させる。これは生命にも有効だ。あとは……わかるな?」

 予想外に(・・・・)須佐之男命の抵抗が激しかったので数回死ぬハメになったが、戦果は上々だろう。

「期間はてきとー。僕の気の済むまで。まぁ一週間かそこらにするつもりだけど。それまでタングステン製の彫像として玄関で伝言掲示板の役目を果たしてもらう。ご近所さんの為にもなる、とっても素敵な罰ゲーム。加減して体表面コーティングで済ませてあるから命に別状はないよ。邪眼で解けば一発さね。もっとも、一般人ならもう餓死しているだろうけど」

 普段と変わらぬ口調で、サラリと凶悪な事を言う黎斗に、護堂は数歩後ずさる。

「スサノオは……脱出しないのか?」

 護堂は思う。くさっても彼は神。黎斗の言が正しければ——表面コーティングとやらだけならば——すぐにでも脱出できそうなものだが。

「したら更に恐ろしい目にあわせるよ、って言ってあるから大丈夫」

 大丈夫なものか! 護堂は初めて須佐之男命に同情した。あとどれくらいの期間この苦行が続くのかはわからないが、黎斗の気が済むまで近所の人々にラクガキをされ続けるのだろう。

「第一ここで解除したらアパートの庭にカミサマ爆誕よ? 大事件じゃん。今は不思議パワーごと金属化してるから問題ないけど、少しでも解除しようもんなら大惨事になるのは目に見えてる。そこまでわかって抜けだすほどスサノオ(あいつ)も馬鹿じゃあないさ」

 信頼しているんだか信頼していないんだかよくわからない論法である。というか黎斗(コイツ)は大惨事覚悟で”罰ゲーム”とやらをおっぱじめたのか。

俺の同胞(カンピオーネ)人格破綻者(イカれたにんげん)ばっかりだ……」

 お前がいうな、と普段なら言われる台詞。ツッコミ役不在の状況だったからだろうか。その言葉はすぐに場の空気に溶け込んだ。ため息をつく彼の視界の片隅に、丸まり寝ているエルがいた。 
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