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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§21 そして全ては水の泡

「俺をあそこまで案内しろ!!」

  頭痛を必死に堪えながら護堂は”剣”を須佐之男命に向ける。つまらなそうな須佐之男命。茶化すような黒衣の僧。一触即発の状態は、玻璃の媛によって打ち消される。

「御老公、御坊」

 若干の焦りを含んだ声。いつもと違う声音の彼女に須佐之男命は訝しげな視線を向ける。

「ん?」

「エル様と連絡が…… 黎斗様とも本日早朝より……」

 媛の言葉は怒り心頭の護堂にもしっかりと伝わる。

「れ、黎斗ぉ!? おい、どういうことだよ!!」

 護堂からしてみればわけがわからない。日常生活の友人たる黎斗の名前がなぜここで出てくるのか。エリカと恵那のことを忘れて一瞬だけ、呆けてしまう。だがそんな護堂を三人とも気にする気配はなかった、というより気にしている余裕が無い。非常事態なのだから。

「黎斗が音信不通って。あいつが死ぬことはないだろうし、どうせ念話の類を封印してんじゃねーのか」

「……媛、黎斗様は今朝から。エルとはついさっきですかな?」

「その通りです」

 しばしの間、黒衣の僧が黙り込む。黎斗の権能の一部を記載したままほったらかしていた紙。誰も見ないだろうと主張する持ち主(れいと)の一声で彼の部屋に放置されていたそれが行方不明になってから随分経つ。

「……御老公、黎斗様を捜索すべきかと。一部の方々の蛮行に巻き込まれている可能性が」

 須佐之男命の親友として黎斗の存在を公表した時、古老内部ですら懐疑的な声が上がっていた。彼らがもしこの神殺しの情報を得ていたとしたら。もし、黎斗が神殺しだと知ったとしたら。元”まつろわぬ神”である須佐之男命の盟友が宿敵である神殺し。この状況に異議を唱えそうな存在に彼はいくつかの心当たりがあった。

「内乱ー? アイツならなんとかすんだろ。俺とアニキとスクナの三人がかりですら無理だってのにひよっ子どもに何が出来る。まして”お袋”の権能使えば瞬殺だろ」

 須佐之男命の黎斗に対する信頼はとても厚い。だが、信頼が厚ければ良いというわけではない。黎斗抹殺派は相当事前準備をしているはず。いくら黎斗が規格外の一角でも、無事に済むとは言い難い。そんな彼の予想は残念なことに的中する。

「……先程調べるよう指示した情報が今来ましたが、八咫鏡が現在持ち出されています。持ち出したのは、大国主様です。ついでに迦具土様を始め、黎斗様に懐疑的な方々の全員が現在行方不明です」

 やはりか、呻きたいがそんなことをしてはいられない。後手に回っているのだ。

「八咫鏡? ……オイオイ、ちぃーとばかし、不味くね?」

 須佐之男命もここにきてようやく察したらしい。相手が黎斗の情報を得ているであろうということに。

「御老公、ただちに黎斗様捜索を。交戦している場合どうにかして停戦させてくださいませ」

 自分たちに介入は不可能だ。神クラスの存在が数人ひしめく危険地帯から生還できる自信はない。

「……あいつら」

 腹立たしげな声と共に須佐之男命の姿が掻き消える。

「最善は戦闘前に御老公が間に合うことですな。時間がかかりすぎていることを考える限りこれは望み薄ですが」

 次善は、黎斗の生存。友人云々を抜きにしても、彼の能力をここで失う訳にはいかない。それに神は(気の遠くなるほどの年月を必要とするものの)復活できるが黎斗はそうはいかない、というのもある。抹殺派は古老の勢力のおそらく半分程に上るだろう。勢力半減は非常に痛い。願わくば停戦が間に合ってくれると良いのだが。

「私の失策でしたな。まさかあの方々がここまで大胆とは」

 須佐之男命に話を通しに来ると思っていた自分の甘さに頭を抱える黒衣の僧。悩む二人は、部外者(ごどう)そっちのけで頭を悩ませる。

「あ、あのー……」

「「あ゛」」

 深刻そうに話す三人にすっかり毒気を抜かれてしまった護堂が遠慮気味に声をかけるまで、二人は難しい顔だった。二人の顔には一様に「やってしまった」という表情。屋敷の時が、止まった。





「参ったなぁ」

 状況はけっこう悪い。魂攻撃、屍特攻能力所有疑惑のある八雷神。不死破壊、という黎斗にとっての一撃必殺を持つ迦具土。二者に比べれば対したことないのだが、それでも黎斗に追随出来る近接戦闘をこなせ、バランス良くまとまっているようにみえる大国主。他取り巻き数十名。オマケに敵は破壊光線(カタストロフィー)無効。

「まぁスサノオ&ツクヨミ&スクナビコナの三連星再び、じゃないだけマシか」

 時間弄られるわ嵐叩きつけられるわ触手プレイに大津波etcetc…… あの時に比べれば現状は大したことない。そう思うだけでなんとなく楽になった気がする。現金なものだと内心で苦笑しつつロンギヌスを構えて前を睨む。前衛が大国主、後衛が迦具土、補助が八雷神、といったところか。大体の立ち位置を把握する。

「破壊光線で取り巻き殲滅、神様重症で休戦、ってシナリオは無理だったか」

 かくなるうえは本当に本気でいくしかない。やるならば、徹底的に。二度と襲ってこれないように大損害をださせるのみ。中途半端な加減が危ないことはよく知っている。

「流浪の守護、解除」

 莫大な力が黎斗の身体から放出される。これを解除しておかないと、強力な一撃を放った際にその余波で守護が自壊してしまうのだ。修復も可能だが面倒くさいので全力の際は解除する必要がある。これをしてしまうと気配の解放だけでなく盗み防止(コピーガード)隠密(ステルス)といった地味に有用な副次作用も消滅してしまうのだがしょうがない。幽世なのだし誰も見ていないことに賭ける。相手の面子を眺めた限りだと盗む輩もいないだろうし幽世(ココ)では隠密(ステルス)など意味がないとさきほど理解させられた。つまり解除にデメリットが無い。

相棒(ロンギヌス)、行くよ———!!」

 呪力を大地に込め、爆発させる。土砂が勢いよく舞い上がり黎斗の姿が見えなくなる。正攻法で若干厳しいのなら、奇策あるのみ。無理をして真っ向勝負をする必要性などどこにもない。舞い散る粉塵の中、月読の権能、時詠(イモータル)を発動。黎斗vs神々(このレベルのたたかい)では砂嵐など一瞬の目晦ましになるかどうかの下策だろう。だが、黎斗にとっては一瞬あれば十分。自身の時間を加速させることで結果的に神速での行動が可能となるのだから。相手が仮に心眼を使えたとしても、見失った相手の姿を捉えることは叶わない。見えないものは心眼だろうが神眼だろうが見えないのだ。神殺し(ロンギヌス)片手に突貫。一番近い神から順に潰していく。瞬時に距離を詰め八雷神を切り裂く。まず一人。次に行こうとして———突如、時詠(イモータル)の効力が切れる

「え?」

 本来ならばまだ使えるはずなのに。あり得ないほどに短い効果時間。周囲を見渡すとその疑問は霧散する。遠くから黎斗達を囲む奇怪な軍団。色々な種族が入り込んでいるだろう。そんな彼らが一心不乱に唱えているのはおそらく解呪の言霊。

「……やっぱただの飾りじゃなかったのね。予想通り、か。ちょっぴりただの飾りを期待したんだけどな。しっかしよくもまぁ、これだけの戦力を掻き集めたもので」

「我らの宿敵を倒すのだ。全勢力を結集したさ。一人で挑んで勝てると思うほど思い上がってなどいない。あの三方を退けた者に対し油断などするものか」

 何でもない事のように言う迦具土だが、ここまで準備を整えるのには苦労したはずだ。この努力を別のところへ使えばよいのにと思わずにはいられない。しみじみと感じつつ黎斗の視線は、数秒、八雷神の死骸に留まる。戦場で敵から目を離すのは命取りだと知っていても。

「しっかも八咫鏡なんてレトロな代物持ち出しやがって。スーリヤ無効、タネはコレか」

 八咫鏡は天照大御神の姿を映した鏡。太陽神の権能を反射できたのもつまりはそういうことだろう。破壊光線(カタストロフィー)は言ってしまえば超強力な太陽光のような物。

「太陽ビームだから反射しました、と。ホント対策練ってるのね…… でもこの発想は無かったわ」

 つまりは左目損だったわけだ。最初から集団でわざわざ来たのも、包囲していたのも、全ては広範囲殲滅技(MAPへいき)を撃たせる為に。八雷神に持たせたのはおそらく彼の主任務が束縛であり積極的こちらへ来るから。被弾率が一番高いと予想したのだろう。破壊光線(カタストロフィー)をただ避ければ良い(効果範囲が広大なので避けきれるとは思えないが)大国主や迦具土と違い彼は束縛を最優先する為回避を念頭に置かない行動パターンと推測する。もしくは二者が攻撃で彼は防御なのかもしれない。

「だけど、もう同じ手なんか使えない。使わせない。こっから僕のターンだよ、ってうわぉ!?」

 自信満々に言い切ろうとした黎斗に向けて雷撃が飛んでくる。辛くも回避に成功するが動揺は隠せない。雷神、と名のつく神はここでは八雷神(いまたおしたやつ)くらいの筈だ。

「何だよお前!! カグヅチ、お前火の神だろ!! なんで雷撃使ってくるんだよ! おかしいだろ!! 雷神に謝れ!!」

 黎斗が抗議しても迦具土はそれにとりあう気配がない。当然だが。

「……よろしい、ならば戦争(クリーク)だ、ってね。そっちがそうならこっちもいくぞ」

 権能破壊疑惑の焔に注意するため、再び砂塵を巻き起こす。

「小賢しいわ!!」

 気合一閃。同一視されることもあるシヴァ神の力だろうか。暴風が吹き荒れ、時間稼ぎの間もなく土砂は吹き飛ばされていく。

「我、主の御心に従わせし者」

 右目も閉じる。破壊光線の代償で左目が使えない今これは非常に危険な方法だ。視界が漆黒に染まる中、思考するのは日々の鍛練(リハビリ)。発現させるのは言霊によって一時的にだが全盛期の力を取り戻せるまでに復帰したサリエルの権能。発動までは視界が皆無になってしまうため、精神を統一する。周囲の気配を読み取り、空気の揺らぎで飛んでくる”何か”を察知、回避する。

「!?」

 目を閉じている相手に避けられるとは思わなかったのだろう。おそらく迦具土であろう存在が息をのみ、大国主がこちらへ駆けてくる。だが、もう遅い。

「「月よ、魔女よ、理よ」」

「「「月に狂え、地に堕ちよ」」」

「「「「(こうべ)を垂らせ、命を捧げ。今宵は月の踊る夜。厄災の下、魂灌ぐ夜!」」」」

 言葉を紡ぐ度に、どういう原理なのか、残響が辺りに響き声がいたる所から聞こえてくる。再び右目を開いたとき、暴風は微風へ、劫火は火の粉へ変貌する。直撃してもこの程度なんら支障は無い。邪眼———十全に力を発揮できている”|我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)”の前ではこの程度の嵐も、焔も、黎斗に近づくことなど出来はしない。自らが望む力以外の全てを無効にしてしまうこの瞳の効果範囲は、視界内全域。視界内に収めてさえいれば、対象が目視できるようなものでなくとも対象にとれる。

「……っ」

 目元を流れるのは血の涙。全力解放出来る時間は長くは、無い。痛みが酷くならないうちに決着をつける。黎斗の意思に応えるかのように空間が軋み始める。黎斗の力を封じている結界は容易く破壊され、視界内に解呪の術者がいる分解呪も威力が激減する。力を抑えるはずの結界も”邪眼”の情報で作成されたからか、我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)の前では塵屑同然だった。

「っとな」

「ぐぁ!!」

「ぎゃん!!」

 二柱の神から距離をとってさりげなく大地に触れる。次いで連鎖する悲鳴の数。大地を伝い少名毘古那神の権能、”でいだらぼっち”が木々に力を与えてくれる。樹木に協力を要請、異常活性した木々による触手プレイであっけなく術者の群れは壊滅する。圧殺されていく運命を逃れた者は、黎斗が放つ雷にその身を消し炭にされていく。草薙護堂”軍神(ウルスラグナ)”の力の一端を友愛の神(アーリマン)の権能により一時拝借したのだ。

「山羊つえー……」

 単体出力こそ本家(ごどう)に及ばないものの周囲の植物の意思を束ねることで生み出される破壊力は恐ろしいことになっている。護堂のものとは比較にならないほどだ。一撃で砂が融解する威力に黎斗も軽く引いてしまう。

「……そうだったな。貴様はスクナビコナの仇、ここからが本番だ」

 親友(スクナビコナ)の仇と明確に意識したからか。大国主の気配が更に狂気を帯びていく。暴風が吹き荒れる。同時に飛んでくる光線。光速の一撃に対し雷撃をぶつけて相殺を試みる。

「っはー……」

 まだ迦具土がいる。ここで時間をとられるわけにはいかない。こんな拮抗状態でヤマの権能を破壊しに来られたらたまらない。一瞬で塵になってしまう。

「目には目を。歯には歯を」

 結界はもう無い。力の制限以外に太陽神の力を封じる効果も含まれているらしい結界だったが、壊してしまえばこっちのものだ。

「面白いものを見せてやるよ」

 その言葉と共に、黎斗は雷撃を中止する。拮抗していた一筋の光線は、黎斗を消し炭に周囲を抉って吹き飛ばす。黎斗が笑みを浮かべていたことを、見ることが出来た者は当然いない。

「……?」

 凄まじい破壊力。だから大国主は、自分の身体が消し炭になることが理解できなかった。黎斗が光に包まれるのと同時に、大国主も消滅する。

「さてと、残るは迦具土(おまえ)だけだ」

「何!?」

 迦具土は動揺するがそれはしょうがない。光線を放ったはずの大国主が灰となって、灰となったはずの黎斗が現れたのだから。超再生と呼ぶに相応しく、黎斗は復活を遂げていた。灰が集まり黎斗の身体を修復していく。もっとも神力ももう半分程度しか残っていないが、迦具土のみが相手なら十分すぎる。その光景に思わず迦具土は、膝をつく。不死(ヤマ)を分離させても、他の神格を分離させても独力でこの怪物を撃破できる気がしなかった。神が屈する状況など前代未聞だろうその状況にも黎斗は全く動じない。

「冥土の土産に教えてあげる。大半の不思議攻撃には効果がないけど物理攻撃と一部の不思議攻撃に対する究極のカウンター。これがシャマシュの権能(ちから)、ヤマアラシのジレンマ(こっちにくんな)。ネーミングセンスは突っ込まないでね。目には目を、歯には歯を、の言葉の通り術者に与えたダメージの全てを与えた者も受けるのさ。僕は今光線で消し炭になった。だから大国主も消し炭になった。OK?」

 再生系能力が無かったら相討ちになっちゃってたけどね、とロンギヌスを左肩に担いで気楽に言う。そもそも神々の呪術耐性は規格外だ。神々相手だとこの権能を用いても自身の負った傷と同等の傷を相手に与えることはない。せいぜい八割から七割程度。一瞬で消し炭になった大国主を考えるに黎斗が直撃した分はよっぽどオーバーキルだったのだろう。
 そんなことを考える黎斗の右手には一筋の剣。光り輝くそれは放心状態にある迦具土をして危険なものだと予想がつく。護堂の切り札”戦士”の力を今度は借りたのだ。アカシックから強引に知識を引き出す荒業つきで。頭の中に膨大な情報が流れてくるので正直取捨選択が上手くできる自信がない。

「カグヅチ……神武紀に「火の名を厳香来雷(いつのかぐつち)と為す」と記された焔の神。落雷による火災が多かった古代では火神と雷神の連想は自然なこと。お前の死骸……お前がここにいるのに死骸とか言うのも変な話だけどさ。とにかくそっから雷神(イカヅチ)が出たという言い伝えもある。それが、お前が稲妻を放てる理由だったのね ……火と雷の発生する因果関係が逆な気もするけどさ。」

 そんな不安を隠しつつ黎斗は世間話でもするかのように、だがその瞳に油断はない。

「ホムスビ、ヒノカガビコ……様々な名前を持つお前の正体は大地の女神(イザナミ)を焼き殺した邪悪なる神。末っ子の母親殺し。鎮火祭祝詞にも「心悪しき子を生み置きて来ぬと宣りたまひて、返りまして更に生み給ふ子、水の神・匏・川菜・埴山姫、四種の物を生み給ひて、この心悪しき子の心荒びるは、水の神・匏・川菜・埴山姫を持ちて鎮め奉れ」とある。燃えやすい住居に住んでいた古代の人々にとって火の神は悪しき神の代表ともいえる存在だ」

 鎮火祭祝詞には火結神、とあり日本書紀にもだいたい同様の文献が見られる。初期から邪神扱いされるわ母ちゃん(イザナミ)殺すハメになるわ父ちゃん(イザナギ)に殺されるわ可哀想に、などと同情するには黎斗の迦具土に対するあまりにも好感度が不足していた。容赦せずに続行する。

「さて、(イザナギ)(イザナミ)を分離した焔。男(イザナギ)と女(イザナミ)を別離させた神。火を契機として天地が分かれ、男女が分かれる。天地乖離すなんとやら、か。お前の話は火山の爆発系云々は聞いたことあったけどこっちはなかったわ。離婚式にも鎮火儀礼があるんだってね。幸いなことに実際見たことないからわからんけど」

 火を契機とする天地分離の神話は東南アジアにもいくつか見られる。そこまで語っていると無理な使い方をしているからか、頭痛が始まった。だが、やめるつもりは毛頭ない。

「密接に関連する物を断ち切り”分離”させる力。権能を”破壊”する力だとばっか思ってたけど微妙に違ったのね」

「……無念。だが、一死報いてくれる!!」

 凶悪なまでに輝く剣を向ける黎斗に向けて、迦具土は焔と雷撃を全方位から放つ。その焔の数、九つ。回避は不可能。相手の気が緩む一瞬に放つ一撃。圧倒的優位にいる相手が自分に放つトドメの一撃。それを遂げる瞬間は気が緩むであろう。勝利が確定しているのだから警戒する必要などないのだから。だが、それでもまだ足りなかった。

「はい、残念でしたー」

 平然と立つ黎斗。今の攻撃で外傷を負った気配は、無い。初撃が当たる直前黎斗の姿が(・・・・・)掻き消えた《・・・・・》。全弾が黎斗が存在していた(・・・・・・)空間を過ぎた瞬間には黎斗は変わらずそこにいる。しかも気付けば自身は、細い鋼線で一部の隙もないほどに束縛されている。そして胸には、光り輝く言霊の剣。

「……!?」

 ドッ、と冷や汗が流れる。術を使った気配は無かった。物理的な回避も不可能のはず。今、正面の男は何をした?

「最後のネタバレタイム。この夏休みに北海道に行って潰してきた悪魔、フェニックス。その原型(オリジナル)となった不死鳥ベンヌの特徴を加えた権能。能力は———時間を繰り返す」

 発動から前後七十二秒の間の好きな時間に移動することが出来る能力。キングクリムゾンも時をかける少女(少年というべきか)も思いのまま。今までに殺めた神の分だけ一週間に発動できる。この能力で攻撃を受ける直前にほんの僅か未来へ飛んだのだ。つまり直撃した瞬間はその場に黎斗は存在していない。
 ベンヌの鳴き声で時間は始まったと言われる。
 不死鳥(フェニックス)は死の淵に炎の中に飛び込んで雛となる。———生命を繰り返す。
 二つの特徴が合わさった凶悪な能力。

「さて、終わりだ」

 アーリマンの力で今度は須佐之男命の能力を拝借、暴風を巻き起こして上空に吹き飛ばす。ワイヤーで雁字搦めに縛られて、遥か上空に打ち上げられた迦具土にもはやなす術などない。

「来たれ煌めく色無き柱。神をも下す灼熱を以て。その御光で大地を飲み込み。全てを滅し虚無へと帰さん。……大盤振る舞い光栄に思え」

 破壊光線を発動させる瞬間、過去に戻る。再び破壊光線を唱える。これを六回繰り返すと、どうなるか。

破壊光線(カタストロフィー)は無理に天からの一撃にしなくてもいいんだよ。掌から放ってもいい。ただ、そっちは被害が論外だから使わないだけ。空から光線を地上に叩きつけた方が被害が少ないのさ。手から放ったら正面根こそぎ焦土と化すわオゾン層ぶち壊すわでもう大変なんだから。幽世とか宇宙でもなきゃ使えないっての」

 呟く黎斗の声は、誰にも届くことはない。迦具土の末路は確定した。我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)の影響下で束縛されて上空なのだ。その上、”戦士”の剣が直撃している彼に出来ることは何もない。

「さて、と。実は初めてなんだけどね、破壊光線同時撃ちって。時間戻すの地味にめんどいな。っーかこんなん出来るのかね?」

 黎斗を取り囲むように輝く球体が出現していく。手を上空に掲げた彼の掌に出現したのを合わせると、総勢七つ。

「……出来ちゃったよおい。時間戻したら破壊光線もキャンセルされそうなもんなのに。時空でも歪ませたのか? ま、いっか。さて、殲滅したし恵那を探すかね。変なことになってなきゃいいけど。って恰好つけてるヒマはないか」

 背を向け走り始める黎斗の背後で極太の光線が七つ、上空の迦具土を貫く。周囲を焼き尽くす程の閃光が消えると同時に流浪の守護を発動させ、我が前に邪悪無し(オンリー・ザ・シャイニング)を邪眼へと戻す。時間を繰り返すことにより発生させた同時攻撃(・・・・・・・・)。一撃滅殺を受け続けた迦具土の末路など、確認するまでもない。 
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